第十三話「現実U」






 
 《SIDEムーンタイズ》

 私立八坂学園。
 午後4時35分。

「潤様! 放課後ですよ?」
「知っていますよ?」
「もぅ、私の口調を真似しないでください」
「なにか用?」
「……え?」
「いや、え? って?」
「……なにを訳のわからないことを仰っているのです?」
「それは俺のセリフなんだけど」
「ところで潤様、この後のご予定は?」
 潤の予定を聞くリアン。
「ご予定? あー……うん……リカさんと、ちょっと……」
「……ちょっととは、なんです? なにかお約束でも?」
「そうじゃなくてさ……」
「邪魔よ、退いてくれる?」
「あ、リカさん……?」
 リカは逃げた。
「……あ……待って! ちょっと話しが……」
「……もう……乱暴な人……。わざわざ私と潤様の間を割って通ることもないでしょうに、嫌な女」
「……あぁ……まいったな……なんか俺、相当嫌われてる……?」
「まぁ、仕方ないのではありませんか? 彼女は元々、自分から望んで眷族になった訳ではありませんし、それに、あの性格でしょう? むしろ、よく耐えています」
「耐えるって……?」
「彼女は追いかけられているのですよ、新しい自分に……」
「意味が分からないけど……」
「人間が……吸血鬼になるというのは……そういうことです……。人間としての墓場、歩く自分の後ろから、まったく別の自分が追いかけてくる……その足音は次第に近付いてきて……足音が完全に重なった時、人であることを完全に捨て去ることになる……目は暗いか明るいかぐらいしか認識できなくなる……歯はボロボロと抜け落ちる……手足は退化し腐り落ちる……まるで、自分が芋虫にでもなって行くような……やがてサナギになって……蝶になる……眷属になりたての人間は、そんな夢を見るそうです……毎晩毎晩。中にはそんな夢を喜ぶ筋も居るそうですが、並の神経では、持ちませんよ……そんなことより潤様! よろしければ、帰りに私とお茶でもいかがですか? ……なんでもモノの本によると、愛し合う男女は、放課後になるとたがいの手を取り合いファーストフード店やファミレスなる場所で、愛を語らいながら、関係を深め合うそうな……でもね? こういうのは、本来殿方の方から声をかけるものなのですよ……? 女である私の方から声をかけるのも、いかがな物かと思案に暮れたのですが……ゼノが……潤様のオツムの具合がアレなので……私の方からアレしないとアレなのだと……そう言うものですから……。……だから、その……なんて言いますか……決して私がいやらしい女だとか……そういうことではないのですよ? そこの所を勘違いなされては……私、泣いてしまいますよ?」
「……潤様でしたら、すでにお帰りになられたご様子ですが……」
「……な゛っ!?」
「……な? なんで引き止めませんか貴女は!!」
「あぁ、申し訳ありません……気が回りませんでした……」
「ぅお? リアンちゃん、こんな所でなにをしているの?」
「……………………」
「あ! アレか? 潤君に置いてけぼり食らって、途方にくれているね? アタリ?」
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「……え? ちょ……あの……なんで怒って……えぇ!?」
「これっ!! お待ちなさい福ダヌキ!!」
「いやぁぁぁぁぁ!! なんでぇぇぇぇぇええっ!?」
「……………………。……リアン様観察日記……11月15日、追記……。……獲物を目の前にして舌なめずりをする獅子は……獲物を食い逃がす……それは当然…… 獲物を逃して飢えた獅子の前に、生肉をぶら下げて現れれば、襲い掛かる……それは必然……。……それが、今日の教訓……」

 …………
 ……………………


「……さて、リカさんは何処へ行ったんだろう……?」

 ……避けられてるって、わかってるのに後を追うのか……。
 こういうのストーカーって言うんだな……。
 問題は、どうやってリカさんに懐柔策を持ちかけるか……。
 いくつか……手は考えてあるんだけど……。

「まずは、リカさんを探さないと……」


 同日。
 八坂駅前通り・路地。
 午後5時13分。
「……Hi……ヤマモト……」
「おっ、リカちゃん久しぶり、聞いているぜ? 極秘任務だって?」
「まーね……」
「つか、そのサングラス似合わねーぞ?」
「うるさいわね……極秘任務なのよ……」
「あんまりおかしなカッコして俺に近寄らないで欲しいな……これでも一応、善良な市民で通してるんだからさ」
「はン……? 誰のおかげで社会復帰できたと思ってるの?」
「はいはい、ダイラス・リーン様のお陰ですよと……。それで? 今日はなに?」
「弾と……銃のメンテ……」
「種類は?」
「9ミリを200発……あ、あと50口径マグナム弾を50発」
「あぁ、そりゃ無理」
「どういうことよ……」
「9ミリは何とかなるけど、50口径マグナムは無理、手に入らない」
「ちょっとぉ……」
「あのね、そりゃお宅の兵器開発部に言ってよ、本国ですら実用化していない銃の弾なんて、どうやって手に入れるの? 大体さ、化け物相手に使うにしても、ハンドガンで50口径って、馬鹿じゃないの? 普通に長物じゃ駄目な訳?」
「長さが40センチ以上の武器を持ち歩くには、重火器携行許可書の申請が要るのよ」
「だからってハンドガンはどうかと思うけどね……パワー馬鹿のアメリカ人の考えそうな武器だよね、実用とかどうでもいいんだ、パワーさえあれば」
「余計なお世話よ。どんなに凄い銃でも、弾がなければ意味がないわ。どうにかならないの?」
「空カートあるなら、リロードするけど?」
「空カートなんて、捨てちゃったわよ……」
「じゃあ、無理。1発もないの?」
「部屋に戻れば、3発分ぐらいあるかな……」
「じゃ、今度ソレ持ってきな。詰めてやっから。ソフトプライマーになっちゃうけど、贅沢言うなよ?」
「……まぁ、いいわ」
「メンテは?」
「……これ……」
 メンテナンスする銃をだすリカ。
「M9?」
「92Fよ」
「M9だって」
「どっちでも一緒でしょ。いいから診てよ、あんた、前にメンテした時、また中華バレル入れたでしょ。全然当たんないわよ?」
「バカ言うなって、本家P・B社の純正だって、それに、最近じゃ中国製のライセンス品だって、ちゃんと当たるんだぞ?」
「じゃあなんで当たらないのよ」
「リカちゃん、この銃何年目? なんか……かなりガチャガチャなんだけど……」
「まだ降ろして半年目だけど……」
「ちょっとちょっと……半年やそこらで、ここまでガチャガチャにしちゃう? 細かい砂噛んだままバカバカ撃ったり、敵の頭小突くのに使ったり、弾がなくなりゃ放り投げたりしたんだろ?」
「道具なんか、使ってナンボでしょうが。磨いて並べるもんじゃないわよ」
「そりゃ、俺もそう思うけどね。あ〜……リカちゃん、これもうダメよ、スライド終わってる」
「じゃあ、新しくしてよ」
「だから、ここ日本なの。わかる? そう簡単にパーツとか手に入んないの」
「純正じゃなくても、トーラスとか、手に入んないの?」
「どっちだって同じだって。今から発注かけても、週末跨いじゃうから、入ってくるのは来週だね」
「出来るだけ急がせてよ」
「センチュリオンの方はまだ使えるだろ? こいつは壊さないようにな、レフティ用のパーツなんて、自作するしかないんだから」
「もっと頑丈な奴ないの?」
「リカちゃんの使い方じゃ、なにを持ったって一緒だよ。もっとマメにメンテナンスしなきゃ」
「遊びで使ってる訳じゃないんだけどな……」
「どうする? 部品注文、ブリガディアにしとく? ガタ減るし、当たりやすくなると思うけど」
「いいわよ、普通ので。なんかオモチャっぽくチャラチャラしてるの嫌いなのよ」
「いいのかぁ〜? 折れたスライドが顔面に向かって飛んできてグサッと刺さっても知らないぞぉ〜?」
「とにかく、コレ、置いていくから、直しておいて」
「あいよ」
「ね、なんか代わりだしてよ」
「代わり?」
「軽くて振り回しやすくて、よく当たって、部品点数がすくなくてメンテも楽な奴、なんかっそんなの、ないの?」
「うん、リカちゃんラッキーよ? 丁度ね、あるんだよ、良いのが!」
 そう言って、出す山本。
「じゃんっ!!」
「……じゃんって……なによコレ……」
「見ての通り、南部14年式ね」
「ミュージアムアイテムじゃない! ヴィンテージカップに出場するわけじゃないのよ?」
「大丈夫だって、ちゃんとメンテしてあんだから。よく当たるし、軽いし、壊れない!」
「弾は?」
「8ミリ南部弾、とりあえず50発渡しとく」
「当時物じゃないでしょうね? なんか不安……」
「もちろん具は詰め替えてあるよ。俺の爺さんはコイツのお陰で戦場から生きて戻ってきたし、俺もこの銃に何度も命を助けられてる。リカちゃんだから貸すんだぜ? 文句あるなら貸さねぇぞ?」
「わ……わかったわよ……借りるわよ……」
「まぁ、南部のレンタル料はサービスしとくとして、M9のオーバーホールと、アモ200で……1390ドルって所かな?」
「……ちょ……高くない?」
「バカ言え、格安だぜ? クェス姉さんの手前、リカちゃんには8掛けで卸してんだから、赤字だよ」
「……むぅ……」
「それよかさ、もう結構ツケ溜まってんだけど? 先月の分も、まだ貰ってねーし」
「……わ、わかってるわよ……今月の支払いでまとめて払うから……」
「仕事の道具に掛ける金はケチるなよ? 下手にケチると、いざって時、道具に裏切られんだからさ」
「大丈夫! ちゃんと払うわよ!」
「んじゃ、生きていたらまた連絡しな……」


「……………………」
 ため息をつくリカ。
「……お金……か……」
 金欠のリカ。
「マズイなぁ……お金……どうしよう……?」
「……リカさん?」
「わぁっ!? なっ! なによ! いきなり出てくるなっ!!」
「別に脅かすつもりはなかったんだけど……」
「な、なんなのよっ! アンタ私の後つけてきた訳!? なに!? ストーカー!?」
「そう嫌わないで欲しいな、これでも一応、心配してるんだし」
「余計なお世話! 貴方に心配される覚えなんかないわよ! そういう勘違いした発想がストーカーだって言ってんの!」
「俺にはリカさんを生き返らせた責任がある……それに、生かしておく以上は、俺が面倒を見る責任がある」
「なにそれ? ペット扱い?」
「近いかもね。こういうこと言いたくないけど、リカさんが理性をなくして人を襲いださないようにするのも、飼い主である俺の仕事な訳」
「勝手に吸血鬼にしておいて!」
「悪かったとおもっているから、命令はしたくないんだけど……。でも、それじゃダメみたいだね、リカさんの場合」
「……な、なによ……」
「俺のこと、恨んでいいよ……。むしろ、怨まれて怨まれて、怨まれて怨まれて、そして怖がられているぐらいが丁度よいのかも知れない」
「な、なにをする気っ!?」
「……リカ……俺について来い」
 リカに命令する潤。
「……う……」
「どうした? ニワトリじゃあるまいし、もう忘れたの? 逆らうだけ無駄だって」
「……ぐ……どこへ連れて行くのかぐらい……教えなさいよ……」
「そうだね、キミはどこへ行きたい?」
「…………意味わかんないですけど……」
「冗談だよ。とりああえず、食事に行こう」
「……食……事……?」
「別に、誰か人を襲って食べようとか、そんなんじゃないよ。普通に食事、人間のね。お腹、空いてるでしょう?」
「……べ……別に……」
「リカ、正直に」
「……ぅ……ちょっと……だけ……」
「なら行こう。おごってあげる」
「あ、こら! 勝手に決めないで!」
「無駄に逆らうなよ、リカ。賢くないよ?」
「……ぁ……ン……呼び捨てにしないで! 背筋がゾクゾクして気持ち悪い!」


 ……まぁ、ここは無理にでも引きずり回して言うことを聞かせた方が良い……。
 そうした方が確実だし、実際、下手に突っ張って吸血鬼化が進行しても困るしね……。

「ゴメンね……」
「謝るぐらいなら最初から見捨てて殺しときなさいよ……」

 それが出来る性格なら、今ここで『ゴメン』なんて言葉は口にしないって……。



 同日。
 八坂駅前通り・ハードピーチヘヴン八坂駅前店。
 午後5時30分。
「なに? ここ。ファミレス?」
「うん、まぁ、ファミレス? だと思うけど」
「いらっしゃいませぇ〜、お二人様ですか?」
「……あ……」
「あれ? 潤ちゃんじゃない!」
「……ご無沙汰しています……」
「なによ、あんたこのお店知っているの?」
「うん……まぁ……」
「あらぁ? なに? この子、潤ちゃんの彼女?」
「いや、そういう訳じゃ……」
「なんか潤ちゃん、いっつも違う子連れて歩いているから、どれが本命なのかわかんないよね」
「……へぇ……そうなんだ?」
「人聞き悪いな」
「事実じゃない。貴方、うちのバイトの女の子、何人泣かせたか覚えてる?」
 潤は、女泣かせの様だ。
「あのさ、誤解だって。知ってて言ってるでしょ?」
「あはは、まぁまぁ、とりあえず席に案内するから」
「あ、店長……」
「マコちゃん」
「……………………」
「マコちゃん!」
「……あのね、マコちゃん」
「なぁに? 潤ちゃん」
「えっと、今バイトの空きって、ある?」
「え? なになに!? 潤ちゃん、またバイトする気になったのっ!?」
「あ、いや……俺じゃなくて、彼女」
「……へ……?」
「いや、へ? じゃなくてさ。お金、必要なんでしょう?」
「そりゃ……うん……そうだけど……」
「なら働いたら?」
「ファミレスで!? 私がっ!?」
「どうかな? 店長」
「マコちゃん」
 訂正を求める店長。
「………………どうかな、マコちゃん……」
「ん〜〜……」
 リカをジロジロみる。
「……だ……ぅ……な、なによ……」
「う〜ん……化粧っ気のない子ねぇ……まぁ、逆にそれはそれで人気は出る気もするけど……どれどれ?」
「んなっ!? ちょ……!! む、胸っ!!」
 店長はリカの胸を揉んだ。
「うん、出るとこはちゃんと出てるな、大きさも柔らかさも申し分ない……というか、ちょい柔らか気味? それで居てこの張り……コレが若さか……」
「なっ! がっ! な、なにをっ!? は、放しなさいよ!!」
 リカの胸を念入りに揉んで確かめる。
「いつまでさわってんのさ、その癖、治んないね」
「まぁ、うちの店はほら、一部の例外を除いて、バイトは胸で選ぶから」
「一部の例外……?」
「いや、まぁ、いいから。それで? 雇ってくれる? 合格?」
「う〜ん……実はさ、バイトの空きはないのよねぇ……」
「なによそれ!? 散々人の胸を揉んでおいて……!」
 リカの腹の虫がなる。
「……ぁ……」
「あはははは! 貴女、お腹空いてんだ? いいよ、詳しい話する前に、なんか食べようか? 好きなの注文して良いよ」
「雇ってくれるの?」
「ん、まぁね、丁度いいちゃ丁度いいかなぁ?」
「丁度いいって?」
「とりあえず、裏行って話そうか?」

 良かった、なんとか上手くいきそう。
 ちょっと……というか、かなり強引だけど……お金を渡すんじゃなくてバイト先を紹介するぐらいなら、リカさんも素直に俺の言うこと聞けるだろうし。

「ね、潤ちゃん、桜ちゃんって、覚えてる?」
「……桜? って、宮田桜?」
「そ! あの子、今日の5時からバイトに入る予定だったんだけどね」
「5時って……もう5時半過ぎてるんだけど……って、また?」
「そうなのよ、あの子、相変わらず遅刻魔でさ……今日も遅刻。おかげで店長の私がフロアに出てるって訳よ」
「なるほどね……」
「桜の奴ぅ、本当ならとっくにクビにしてるんだけどね。でも、あの子ほら、変にお客に人気あるでしょ? それに、あの子に『クビにしないで』って言われると、私も強くいいにくくてさ……だから、桜と同じ日にリカちゃんに入ってもらえると、桜が遅刻したり無断で休んでも、私が慌てないで済むって訳」
「じゃあ、丁度良かったじゃない」
「ま〜ね、本当は伝説のウェイトレス『JUNちゃん』が復活してくれると、一番嬉しいんだけどなぁ〜?」
「いや……勘弁してよ……」
「すみませーん! 叉焼麺おかわりぃ〜! あと半ライスも!!」
「ははっ……しっかし、よく食うなぁ、この子……」
「あー……えっと、バイト代から差っ引いておいてください……」
「いいさ、お客の前で腹鳴らされちゃ困るし、好きなだけ食べて良いってのが、うちのバイトの特典だしね」
「バイトは、いつから入れば?」
「ん、そうねぇ……出来れば今日にでも、すぐに入って欲しい所なんだけど……」
「すみませーん! デザートに杏仁豆腐とマンゴープリン2つずつ!」
「ま、食い終わってからでいいか。あと、任せちゃって良い?」
「……え?」
「おへチャのまま、お店に出す訳にいかないでしょ? ちょっとは化けさせないと」
「俺がですか?」
「得意でしょ? ついでに、仕事も教えてあげて? あ、なんだったら、JUNちゃんとして、バイト復帰してくれても構わないわよ?」
「いや、でも俺は……」
「俺、じゃなくて僕。まだ維持張ってるの? じゃあ、頑張ってね?」
「あ! ちょっと! 店長!?」
「店長じゃなくて、マコちゃん! 次は返事しないよ? じゃ、私忙しいから! まったねぇ〜〜♪」
「まったねぇ〜〜じゃなくて!! ちょっと!!」
 店長は、逃げた。
「……ったく……またいつものパターンか……」
「すみませーん!! あとエビチリと蟹炒飯大盛りを追加で!!」
 リカがまたまた追加注文をする。
「って! まだ喰うのっ!?」
「だって、好きなだけ食べて良いって、言ったじゃない」
「限度って物があるでしょ……」
「それで? 私、雇ってもらえる訳?」
「話、聞いてなかったの?」
「うん」
「うんって……」
 リカは話を聞いていなかったようだ。


 目の前に食い物があると、それに集中しちゃうタイプか……。
 なんだっけ? 目の前に白い紙を置かれると、ラクガキしないと気が済まない人って居るよね?
 それに近いのか?

「……ハァ……とにかく、雇ってもらえるみたいだから、着替えて準備をしなきゃ……」
「着替え?」
「学校の制服のまま働く訳行かないでしょ? ほら、コレ」
「……え?ちょっと……まさかソレ……私が着るの……?」
「イヤ?」
「イ、イヤよぅ! そんなヒラヒラ! 絶対似合わないし!」
「そう?ダイラス・リーンの制服だって、大して変わらないじゃん」
「アレは別よ! アレはアレで、ちゃんと機能を重視した服なんだから!」
「服に不満が出るのは、その仕事にプライドを持ってないからだよ。仕事に自信と責任を持てば、制服を着ている自分が誇らしく思えるようになるから」
「……そんなプライド、欲しくない……」
「欲しいのはプライドよりお金? お金を貰うならプロとしての対価を労働で支払いなさい。ほら、サッサと着替える!」
「え? 今っ!?」
「着方、教えてあげる」
「い、いいっ! 自分で着れる!!」
「普通に着るとダサいよ? 格好のいい着方があるんだって、ほら、脱いで! 裸になって」
 リカに裸になってと言う潤。
「やっ! ばっ!! こらっ! やめっ……!! 胸を触るな!!」
「……あ? なにコレ? リカさん、制服の時まで銃を持ち歩いているの?」
「わぁっ! か、返して!!」
「ダメだよ、ほら、全部出して、まったく、何丁持ち歩いてるんだよ……歩く弾薬倉庫か? ほらほら。早く出さないともっと胸を揉むぞ?」
「いやぁぁぁぁ!! えっちぃぃぃぃぃ!! 胸を揉むなぁぁぁぁぁっ!!」
「大きな声出すなよ、まるで俺が変なことしてるみたいじゃないか……って、アレ?」
「こ、こらぁ!! それはダメ! 返しなさい!!」
「……っていうか、なんで服の下にまで銃の弾が入っているんだ?」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!! 見てはいけない女の秘密がぁぁぁ!!!」
「……まぁ、いいけどさ……」


 リカを着替えさせる潤。


「……………………」
「……あんまり似合わないな……」
「言うこたそんだけかコノヤロウ……」
「いや、可愛いんだけどね? なんて言うか……性格キツそうなのが隠れないって言うか……」
「悪かったわね!! だから言ったでしょ!? 私、こーゆーのは似合わないって!!」
「まぁ、まだ化粧していないし。リカさん化粧道具持ってる?」
「持っているわけないでしょう!?」
「銃や弾薬は不必要に持ち歩くくせに、口紅1本持っていないのか……まぁ、いいや、ちょっと持って」
「なにする気よ!?」
「……えっと……あ……俺のロッカー、まだそのまま残ってるのか……。荷物も全部ある……店長、俺が戻ってくるって、信じてたんだ……」
「アンタ、昔この店でバイトしてたんだ?」
「うん、1年生の頃にね……買いたい物があってさ……修の紹介で、あ、言ってなかったな、さっきの店長、函南真琴さん、修の2番目のお姉さんだよ」
「伝説のウェイトレスって?」
「食い物に夢中になってたクセに、変なところだけ聞いてたんだね。そうそう、お察しの通り、俺、この店でウェイトレスやってだよ、今キミが来ているのと同じ制服着てね」
「……ぷ……」
「笑うなよ。仕方ないだろ? 男として働くなら髪を切れ、切りたくなかったらウェイトレスをやれって言われたんだから」
「髪、切れば良かったじゃない」
「切ってもすぐ伸びちゃうし、それに、嫌いなんだよ、髪切られるの……。ハサミが耳の後ろでジョキジョキいってるのを聞くと、背中がムズムズする」
「子供ね」
「余計なお世話。……っと、あったあった……」
「なにが?」
「俺が昔使ってた化粧ポーチ。ほら、そこ座って」
「ちょ……貴方がするの!?」
「自分で出来る?」
「……やったことない……」
「だから、俺がやるって……。ほら、座って」
「……うん……」
「……お化粧とか、興味ない?」
「必要ないもの……」
「……………………」

 女の子なら、子供の頃、1度や2度は、お母さんの化粧品で遊んだことがあると思う……。
 でも……リカさんのお母さんは……リカさん生まれたときには……もう……。

「……ぅっ……」
「……ちょっと……なによ急に……なに泣いてンのよ……」
「だから……こんなガサツな子になっちゃったんだな……?」
「ガサツ言うな! なによ! なんなのよ!」
「いいさ、俺がキミを立派なレディーにしてあげる……ほら、目を閉じて……」
「……ン……」
「……綺麗な顔……」
「……ぇ……?」
「はい、ちょと口開けて……」
「……ぁ……」
「……ティッシュ……軽く……はむっ……て」
「……は……む……」
「髪は……どうしよう? エクステンション、つけてみる?」
「……なにそれ?」
「いいから。あ、顔が痒くても、かいちゃダメだよ?」
「……えぇ?」
「そういうものだよ。なれないうちは、どうせスグ崩しちゃうから、化粧直しの時に洗顔すると良いよ」
「……面倒……」
「その面倒なことを、皆してるんだよ……。こんな軽いメイクで文句言わない」
「……う……」
「……はい、出来た。鏡みてごらん」
「……………………」
「どう?」
「……どうてって……別に……」
「別にって……なにか感想は?」
「な、なにを言えってのよ……? だ、だったらアンタはどう思うのよ!?」
「うん、そうだなぁ……リップカラーはもう少し濃い色の方がいいかな? でも、良いと思うよ、うん、可愛い」
「…………あ……あぁ……そう…………」
「そうだ……今度は……」
「あややぁ〜、すっかり遅くなっちゃいました〜、まいったねどーも」
 遅刻魔、桜がやってきた。
「……あ……」
「あれぇ!? 潤先輩!? なんで? どうして居るんですかぁ!?」
「やぁ、桜……久しぶり……」
「あ、やっぱりアレですかあ? 桜のこと、忘れられなくて?」
「は?」
「……ヤダ……そんなにジッと見つめて……どこ見てるんですかぁ? 胸ですか? 先輩のエッチ……」
「いや……なんか相変わらずだね……桜……」
「……思い出しちゃう?」
「なにをだよっ!?」
「わぁ、怒ったよぉ!」
「本当、変わらないねキミ……」
「やだなぁ、桜は先輩に好かれようと必死なだけなのにぃ……」
「……あのさ、そろそろ紹介して頂けると、助かるのですが?」
「あ、そっか……えっと、この子は宮田桜……秋津学園の2年生」
「2年生? でも、貴方のこと先輩って……」
「あぁ、ここでのバイトは、俺の方が先に入ったから……。ほら、桜、挨拶して」
「……あ……はぁ……桜です……」
「で、こっちは八坂学園2年、リカ・ペンブルトンさん」
「……どーも……」
「……え?」
「え? って?」
「……先輩と……同じ学園? 同じ……2年生……?」
「そうなんだけど?」
「どういう関係……ですか……?」
「関係って……別に……」
「ただのクラスメイトよ」
「……本当……?」
「嘘言ってどうすんのよ。この男にはバイト紹介してもらっただけよ」
「ですよね? もしお二人がただならぬ関係だったらどうしようかと思っちゃいました!」
「ただならぬ関係って?」
「えっと……押しも押されぬ関係?」
「意味が分からん」
「相変わらず不思議な空気を作る子だな……」
「桜もね? そんな訳きゃねーなって、思ってました、最初から!」
「……それはそれで気になる言い草だなオイ……」
「で? バップラドンさんは、なん人なんですか?」
「誰よ! バップラドンって!!」
「なに星人?」
「……星人っ!?」
「ハラペコ星からやってきたハラペコ星人だよ。今日からここのバイトに入るから、面倒見てやってよ」
「ちょ……こらぁ!! 地球人だっつの!! なんだ! ハラペコ星人って!!」
「お腹が空くと、暴れだすから気をつけて」
「ぅえぇ!?」
「ンな訳あるかぁっ!!」
「水に濡らさない……太陽光なてない……夜12時以降は食べ物を与えない……。大丈夫、ちゃんとルールを守って接すれば大人しいから」
「あたしゃ化け物かっ!!」
「こ、怖ぇぇ〜〜!!」
「つか信じるなっ!!!」
「あはははは、冗談ですよぉ、ちゃんとわかってますって。えっと……プテラノドンさん?」
「最後の『ン』しか合ってないじゃない……あんた、わかっててわざとやってるんじゃないでしょうね?」
「素だと思うけどな……この子の場合……」
「だって、長くて覚えにくい。桜、頭悪いから」
「……リカでいいわよ、リカで……」
「あ! 2文字! それなら桜にも覚えられる! リカちゃん!」
「この子……私と同い年なんだよね……?」
「こういう生き方しか出来ない子もいるんだよ。仕事はちゃんと出来るから、心配は要らないよ」
「……へへへ……まーね!」
「なーんか……貴方って、こういうポヤ〜ンとした子に好かれるのね……」
「そうかな? 誰のこと言ってるの?」
「べっつにぃ〜〜?」
「お? 桜、やっと来たのか。小学校の時、学校で時計の読み方教わらなかったの? キミ」
「でへへ……ごめんねぇマコちゃん……」
「まぁ、いいよ……桜の場合、怒るだけ無駄だしね。いいからサッサと着替えなさい」
「はぁ〜い!」
「おぉ! コッチはコッチでまた、えらく器用に化けさせたもんだなぁ!!」
「まぁ、リカさんは基が良いから」
「うんうん、うんいいね! 人気出るよ、絶対! 指名料だけでも食っていけるかも!」
「……指名料……?」
 この店では指名料が貰えるらしい。
「うん……まぁ、このお店って、少し変わったシステムがあって……」 
「そんなの、潤ちゃんが仕事しながら教えてあげなよ、ほら、潤ちゃんも着替えて」
「……え? ちょっと……まさか……」
「潤ちゃんが昔着てた制服、まだ残ってるから!」
「いや、ちょっと待って!」
「あ……もしかして、背ぇ伸びた? 一応、大き目の制服もあるけど……」
「だから! そうじゃなくて! なんで俺が!? バイトするのは俺じゃなくて、リカさんでしょう!?」
「キミが連れて来たこだろう? キミが面倒見るのが普通でしょ?」
「いや、だから俺は別にバイトをしに来た訳じゃ……」
「あ……じゃあなに? キミはアレ? 初めてのバイトで、右も左もわからない女の子を一人、ポツンと置いて行って、じゃ、頑張って、みたいなこと言うの?」
「そうじゃないけど……仕事を教えるのは店長とか、他のバイトの子であって、別に俺がおしえなくても……」
「白状者! 見損なったわ潤ちゃん!! 修君に言いつけてやるっ!!」
「だ……もぉ……なんでそこで修が出てくるの?」
「お姉ちゃん、潤ちゃんに苛められたって! 修君に言いつけてやる! 朝までグチグチ、泣き言いってやる!」
「……やめてよ……修に文句言われるの俺なんだよ?」
「またそんな『俺』とか言って! 潤ちゃんは不良になっちゃったの!?」
「……なっちゃったのって……」
「……どうでもいいけど……仕事しないでいい訳?」
「あ……いや……」
「姉殺しっ!! 目で殺さないでっ! 私をっ!!」
「意味がわからん……」

 ……う〜ん……でも確かに、俺が教えるのが一番効率がいいんだよな……。
 店長は忙しいから、リカさんに付きっ切りで仕事を教えることも出来ないだろうし……。
 かと言って、桜に全部任せるのも不安だし……。
 ……それに……リカさんがちゃんと仕事できるのかも不安だしな……。
 リカさん、この手のアルバイトの経験なさそうだし……それに……。
 それに……リカさんは今、吸血鬼として不安定な状態だし……やっぱり……目を話すのは少し不安かな……。

「……わかったよ……わかりました! やればいいんでしょう? やれば!」
「潤ちゃん!!」
「今日だけですよ!? リカさんに仕事を一通り教えたら、もう来ませんからね!?」
「潤ちゃん……貴方、やっぱり私のこと……愛してるのね……?」
「なんでそうなる……?」
「私も愛してる……潤……」
「……聞けよ、人の話……」
「じゃ、早速着替えてね? あとよろしくぅ〜♪」
「……うそ泣きか……またやられた……」
「……楽しそうな職場で何よりだわ……」
「あのさ、じ厭味で言ってる?」
「サッサと着替えて、お仕事教えてくださる? 潤ちゃん?」
「潤ちゃん言うな」

 着替え……着替えかぁ……。
 やっぱり、あの制服着なきゃ、ダメなんだろうなぁ……。
 ウダウダ言ってても仕方がないか……。
 サッサと着替えちゃおう……。


 同日。
 八坂駅前通り・ハードピーチヘヴン八坂駅前店。
 午後6時30分。
「……………………」
「……………………」
「……なんだよ……言いたいことがあるなら言いなよ……」
「ほぉほぉ……コレが伝説のウエイトレスJUNちゃん……?」
「……笑いたければ笑えばいいさ……」
「ぷははははははははははっ!!!」
「笑うなっ!!!」
「いや、うん! 凄いね! 確かに女顔だなぁとは思っていたけどさ! なにそれ! 似合い過ぎっ!! まいった! 私より綺麗じゃん!! あははははっ!!」
「……だから嫌いなんだよ……この仕事……」
「なんで? 昔はずっと働いてたんでしょ? そのかっこで」
「仕方がないだろう……? 給料が他のファミレスよりずっと良かったんだから……」
「ういーーっきゅ!! お待たせコキまくりやがりましたぁっ!!  サクラちゃんは入りま〜す!!」
「ぅあっ! ビックリした! なによ急に大きな声出して!!」
「お仕事の前には、まず大きな声でご挨拶! ね!? そうすれば、自然と笑顔になりまっすし! 元気な子の方が、お客さんも指名しやすいじゃないですか!?」
「なんで最後が疑問系なのかよくわからないけど、うん、そうだね、元気な子の方が回転早いよね」
「……だから、なんなの? さっきから指名だの回転だのって……」
「ありゃ? なにも聞いてないんですかぁ? ほら、お店の入り口に、女の子達の顔写真、張ってあるじゃないですかぁ、お客様はアレを見て、どの子が良いか決める訳ですよぉ。でね? お客様に指名されるとぉ、シートチャージ料の10パーセントが女の子の取り分になるんです!」
「……あぁ、そうなんだ、ゴメンなんだか私、騙されて連れて来られちゃったみたい……普通のファミレスだって思ってたから」
「普通のファミレスですが?」
「異常者の普通は、健常者にとって異常なのですが?」
「てへへ、まぁね〜」
「いや、褒めてないし。バイト紹介してもらっておいてナンだけど、初日から挫けそうだわ……」
「確かにちょっとおかしなシステムがあったりするけど、基本的に普通のファミレスと変わらないよ? すぐ慣れるから」
「じゃあ! まずは門張り用のポラ撮っておきますか! はい! 笑ってぇ〜!」
「……は?」
「いいから笑ってぇ〜?」
「……いきなり笑えって言われてもなぁ……」
「リカ……笑え……」
「……ぅ……」
「笑うんだ、ほら、ニッコリ……」
「……ニ……ニッコリ……」
「う〜ん、ヒドイ笑顔ですねぇ……こりゃチョット……店先に張ると逆効果かも?」
「でも、そのぎこちなさが、逆に初心っぽくていいんじゃないか? スレてない感じがして……あ、もう笑顔いいよ」
「よ……余計なお世話よ……」
「まぁ、どうせ最初は、誰かの下について回るわけですし、そのうち仕事に自信がついてくれば、お金がもらえる笑顔を作れるようになるでしょう」
「今日のところは俺が面倒見るからさ、それ以降は桜が面倒見てあげてくれる?」
「う? ということは、アレですか? リカちゃん、桜の妹になるですか?」
「うん、そういうこと」
「……妹ぉ?」
「このお店ではね、新人は先輩の下について、仕事を覚えていくんだよ」
「はぁ〜い! 桜は、JUN先輩の妹でしたぁ!」
「いろいろ苦労させられたけどね……」
「むぅ、そいつぁ昔の話ですぜ? 今や桜は固定客を12人から持つ売れっ子なんですよぉ? まぁ……確かに12人のうち4人は先輩にご紹介して頂いたお客様ですがぁ……」
「まぁ、この業界、固定客が10人超えたら一人前って言うしね」
「ですです! 固定客が25人超えたら、自分でお店持っても、なんとか食べてイケルですよ?」
「……えっと……何処までがファミレスの話?」
「だから、ちょっと特殊なんだってば、この店は」
「サクラぁ〜? 指名入ったわよぉ〜!?」
 桜に指名が入ったようだ。
「オーゲェ〜イ! いま行きマース! んじゃ先輩、桜行ってきます!」
「うん、頑張って」
「ほなっ!!」
 桜は行った。
「お帰りなさいませお兄ちゃまぁ〜♪」
「イェ〜イ、ただいまサクラ! 良い子にしていたかはぁ〜い?」
「うん! サクラ、ちゃんとお留守番できたよぉ〜?」
「そっかぁ、偉いなぁサクラは、よぉし、お兄ちゃま今日は新しいボルト入れちゃうぞぉ〜?」
「わはぁ〜い! お兄ちゃま大好きひぃ〜〜っ!!」
「……妹キャラか……腕を上げたね、桜……。よく見ておくと良いよ」
「……ちょ……まさか貴方……! 私にアレをやれって言ってるんじゃないでしょうねっ!?」
「妹?」
「妹って言うか! 無理っ!! 無理無理無理っ!! ありえないからっ!!」
「いや、桜のやり方を、そのままやるんじゃなくてリカさんなりに、お客様に癒しとか、憩いとか、アメニティを提供すればいいんだけど……」
「何処の誰ともわからん男を相手に! 身体クネクネさせて媚びろって言うのっ!? つーか! アンタも昔! あんなことしてた訳っ!?」
「いや、俺の場合は……うん……わりと普通に、なんて言うの? クラスメイトに接するのと変わらない感じで対応してたけど……」
「っていうか……貴方には男としてのプライドはないのっ!?」
「プライドでお金が貰えるのは、ヤクザか芸術家だけだからねぇ……それに、俺はあまりフロアには出ないで、裏方ばっかりやってたしね」
「ウラカタ……?」
「うん、食器洗いとか、厨房で調理やったりね」
「……出来れば私にもそういう仕事回してくれたほうが、ありがたいがな……」
「でも、フロアと違って力仕事もあるし、結構キツイよ? 給料も全然違うし」
「精神的に磨り減るよりは、身体使ってた方がマシよ」
「じゃあ、とりあえず、裏方の仕事から覚える?」
「うん、お願い」

 この店……ハード・ピーチ・ヘヴンは、函南修司の2番目の姉、函南真琴が経営している……。
 元々は、経営不振で営業休止になったラーメン店の店舗を、修の父親が経営権利ごと買い取り、ファミリーレストランとして再運営する予定だった。
 そこで店を任されたのが、函南家次女の真琴さん……。
 真琴さんは、銀座で多くの飲食店を持つ多重経営者だったのだけど、持ち前の現場気質と言うか……。
 お客と接するのが商売の基本という考えのもと、銀座のお店はそれぞれの店長に任せて、自分はファミラスのオーナー兼店長の椅子についた……。


「そんな訳だから、メニューに中華が多いんだよ」
「中華がおおいって……8割が中華じゃない……それに、なんで天ぷらとかお寿司までやってる訳?」
「お客から要望があったんじゃないかな? 店長、メニューにない物注文されると、ムキになって『あるっ!』って言っちゃうから……」
「この冷やし中華とざる蕎麦も?」
「それは夏季限定メニューだね、今は、マツタケと牡蛎のフェアをやるってるよ」
「なんとも節操のないおみせねぇ……。それに、ファミレスにしては斬新な接客システムも、銀座のお店の名残って訳?」
「まぁ、そんな所かなぁ……」
「オーダー入りマース! ホイコーローと黒酢酢豚! パーコー麺と大ライスに鉄鍋餃子! あと半チャーハン2つお願いしマース!!」
「はいよっ!」
「えっと……後は生中2つ……と。いっけない! 裏から瓶ビール出しとくの忘れた!!」
「リカちゃん! 桜、裏行って来るから! 中ジョッキ二つ! 生注いで、お客さんのところに運んでおいて!」
「……え?」
「あぁ、まだリカさんには無理だよ。裏にはリカさん行かせるから、桜がビールもってって!」
「了解!!」
「リカさんは裏行って、瓶ビール運んできて。そこのドアから出て、階段下りたら右の棚に積んであるから、3ケースほど! 急いで!」
「わ、わかった……!」
「終わったらすぐ戻ってきて! エビの殻剥き手伝って!」
「わ、わかった〜!」
「……さて、地獄の時間帯7時半か……忙しくなるな。えっと、まずは回鍋肉? フライパンに、油を大さじ3杯……ネギ……生姜……唐辛子、イカと野菜を炒めてと……あれ? タレがもうない? うわ、しまった! リカさんについでに頼んでおけばよかった!」
「も、持ってきた! 3ケース!!」
「うわ、いっぺんに3つ運んできたの!?」
「急げって言ったじゃない」
「じゃあ! 悪いんだけど、もう一回倉庫へ行って、タレ持ってきてタレ!」
「タレ……?」
「ビールケースの棚の正面に、『ラーメンタレ』って書いてある一斗缶があるから! 開いている缶からこの容器に一杯入れてきて!」
「ら、ラーメンタレねっ!?」
「ワープスピードで……急げっ!!」
「わ、わかったっ!!」
「えっと! じゃあこの隙に酢豚と餃子を……!」
「お? 相変わらずいい腕してるねぇ!」
「まったく……相変わらず厨房は人が少ないんだね」
「まーねー、特に夏場は厨房暑いからね〜。ほら、麺と餃子は私がやるよ」
「プロの調理師、雇えばいいのに」
「いいのよ、うちの店は、料理も女の子が作ってるってのが売りなんだから」
「あのね……今ここで鍋振ってる俺は男の子なんだけど?」
「黙ってりゃわかんないわよ。細い腕で、ガンガン鍋振り回す潤ちゃんの姿が見たくて、このお店に来るお客だって居たんだから」
「タ、タレ! 持ってきたっ!!」
「早いな」
「じゃあリカちゃん、チャーハン作ってくれる?」
「……チャーハン?」
「チャーハンぐらい、作ったことあるでしょ?」
「……ないです……」
「え? ないの?」
「あぁ、チャーハンは俺がやるから、リカさんはゴハンよそって! 右側のお盆にチャーハン用に炊いたゴハンがあるから! どんぶりで1杯! あと、大ライスは左側のお盆! 間違えないでね!」
「わ、わかった! チャーハン用がどんぶり1杯で、大ライスが……えっと、これぐらい!?」
「OK! はい! 回鍋肉と黒酢酢豚あがり! 入り口から反時計回りに7番目のテーブルまで運んで!」
「な、7番ね!?」
「そう! テーブルの側面に番号書いた札が貼ってあるから、間違えないようにね!? お待たせいたしました〜って、ニコッリ笑って!」
「……ニ、ニッコリ……」
「まぁ、いいや……! ホラ急いで!」
「……い、行ってくる!」
「焦らなくていいから! 料理落とさないように!!」
「わ、わかったぁ〜!!」
「えぇと……後は半チャーハン二つか……」
「ふぅん……なんだか気が強そうで扱いづらそうな子だと思ってたけど、結構素直に言うこと聞くのね」
「え? あぁ、リカさん? 彼女は……まぁ、確かに気は強いけど、責任感も強い子だから、仕事となれば真面目に働くと思うよ」
「ほほぉ……それはそれは……」
「なに? それはそれはって……」
「どういう子なの?」
「どうって……うん、まぁ、そうだね……ちょっと特殊な環境で育った子かな? チャーハンの作り方は、俺が教えるから、大丈夫だよ」
「そうじゃなくて、潤ちゃんとは、どう言う関係?」
「主人と奴隷」
「おぉっ!!」
「冗談だよ、ただのクラスメイト」
「本当にぃ〜? 修くんに聞けば、すぐにわかっちゃうだぞぉ〜?」
「本当だって。彼女、まだ転校してきてたばっかりで、知り合ってからそんなに日にちも経ってないしね。ただのクラスメイトだよ」
「そいつはどうかなぁ?」
「なにがさ」
「お兄さん、あの子に惚れられてるね?」
「は?」
「まぁね、私も女を27年もやってれば、わかるのよ、ニオイでね」
「なに軽くサバ読んでるのさ、店長29歳でしょ?」
「……うっさいわね、女は25からは逆に歳が減っていくのよ!」
「25から減っていくなら、計算が合わないじゃん」
「どうでもいいじゃない歳なんてさ……いちいち数えてないわよ、そんな物!」
「貴女は今年の11月13日で30歳になっています」
「勝手に30にしないで!! ……って、あれ? 潤ちゃん、私の誕生日、覚えてくれてたんだ?」
「まぁね……」
「……じゃあ、結婚する?」
「じゃあの意味がわからないし、誕生日覚えてたら結婚する風習は、日本にはありません」
「でも、好きでもない女の子の誕生日、覚えたりしないでしょう?」
「店長の場合、修が教えてくれたんだよ『真琴の誕生日は、13日の金曜日だった、奴はきっと悪魔だ』ってね、それで覚えてただけ」
「ちぇ……なんだよぅ、30になったばかりの女に変な期待を持たせないでよねぇ! 覚えてろよ? 修の奴ぅ!」
「うだうだ言ってないで! ちゃっちゃと料理する! はい! 半チャーハン2丁あがりっ!!」
「はいよ! こっちもパーコー麺と鉄鍋餃子あがり!」
「あれ? リカさん遅いな……。まだ戻ってこないの?」
 何かが割れる音がする。
「……っ!? なんだ……?」


「だからっ!! こんな物俺は頼んじゃいないって言ってるだろうがっ!! ナメてんのかっ!?」
「……でも、こちら7番テーブルで……」

 ……マズいな……ミスオーダーか……?
 しかも、よりによって対処の仕方を知らないリカさんに……まいったな……。
 俺が行って謝ってきた方が良さそうだな……。

「とにかく! こんな物俺は頼んでねぇんだ! 持って帰れクソボケッ!!」
「……あ……っ!」

 アイツ……リカさんに料理を投げつけた!? なんて奴だ……酔っ払ってるのか!?


「……………………」
「なんだよそのツラはよぉっ! ムカついてんのはコッチだっての!! 俺は客だぞ!? 投げた料理も金払ってやるよ! それなら文句ねぇだろうがっ!!」
「……テ……メ……ェ……」

 マズい……リカさんメッチャ怒っている!? なんか……両手の人差し指がピクピク動いている……無意識に指が引き金を求めているのか……?
 落ち着けリカッ!! キレるなっ!!


「……ぐ……申し訳……あり……あり……ありま……ぐ……ぐぐ……」

 限界だ! 急いで止めに行かなきゃ……!


「すみませぇ〜ん! 私のオーダーミスですぅ〜!!」
「あぁん!? なんだオマエはっ!?」
「すみません、さっき注文取ったの私です! ごめんなさい、なんか聞き間違えちゃったみたいで!」
「だろーがっ!! だったらなんで最初からそう言わねーんだよ!! そっちのミスを客のせいにしてっから俺だってキレんだろうがよっ!!」
「はい! すみません、ホント、ごめんなさいです! えっと、ご注文、なんでしたっけ?」
「ンなことも聞いてなかったのかよ!! チンジャオロースーって言っただろぉが!!」
「あー、はい、ごめんなさい、今すぐにお持ちいたしますので!」
「要らねぇよ! 気分が悪りぃ! 帰るよ!!」
「まぁ、そうおっしゃらずに! スグにお持ちいたしますから!」
「わーったよ! 急げよっ!? ったく……」
 急げという客。
「はぁ〜い♪」
 桜がリカに囁く。
「……(リカちゃん、行こう?)……」
「……でも……」
「……(いいから)……」
「桜! 大丈夫かっ!?」
「あはは、平気です、慣れてますから」
「……オーダーミスって言ってるけど、アレ、客の方の勘違いでしょ?」
「あ……やっぱり?」
「そりゃそうよ、注文とった後、わざわざ注文繰り返して読み上げて確認してるんだからさ……よく居るのよね、自分で勘違いしたくせに、オーダーミスを主張する客。客も自分で薄々気がついてるんでしょ、だから居心地悪くなって、帰るって言い出すのよ……」
「リカさんも、大丈夫だった?」
「……私は別に平気だったけど……危なかったわ……」
「料理投げつけられたからね……どこも怪我とかしなかった?」
「止めるのが後5秒遅かったら、客が大怪我してたかもね……」
「桜、助かったよ……ありがとう」
「いえいえ、桜も昔、JUN先輩に助けてもらったことありましたし……先輩にしてもらったのと同じことをしただけですから!」
「それにしても腹立つわね!」
「いやいや、そうは言っても店としては怒っている客を、笑顔で帰すのが当たり前なんだからさ」
「あ〜! くそ! もぉ! ムカつくなぁっ!!」
「大丈夫ですよ。あぁいう人には、絶対に天罰が下りますから」
「天罰ぅ〜?」
「天網恢恢、疎にして漏らさずって言うじゃないですか。きっといつか、天罰がくだりますよ、あの人……」
「天罰って……どんな罰?」
「さぁ? それはわかりませんけどね。家が火事になったりとか?」
「はン……きっといつか……とか、のんきなこと言ってないで、私なら今すぐに天罰下してやっても良いんだけど? 父と子と、聖霊の御名において……」
「そんなバイオレンスなシスターは代行者以外居ません、大人しくしててよ」
「はいよ! チンジャオロースーあがり! サッサと持ってちゃいなさい」
「あ、私もって行こうか?」
「大丈夫、桜がもっていくから。リカちゃんは、制服着替えてきたら? お料理のシミが付いているよ」
「あ……うん……」
「桜、大丈夫?」
「はいなぁ、まかせてください。じゃ、行ってきま〜す!」
「…………なんか、いまひとつ不安要素が拭いきれない子なんだよなぁ……桜って」

「お待たせしました〜♪ ご注文のチンジャオロースーで〜す!」
「おう……早かったじゃねぇか」
「えぇ、そりゃもう、超特急でつくらせましたから。ご迷惑をおかけいたしました。ご注文は以上でお揃いでしょうか?」
「……お?」
「お客様? お電話が鳴っていらっしゃいますよ?」
「言われなくてもわかってるよ!」
「もしもし……? 俺だけど……あ? ファミレスだけど……なんだよ?」
 客が興奮する。
「あぁっ!? マジで!? ちょ……嘘だろ!? いつっ!? ……全焼って……おい! 嘘だろ!? わかった! 今すぐ帰る!!」
「あのぉ〜……お客様? ご注文は全部お揃いでしょうか?」
「うるせぇな!! それどころじゃねぇんだよ!!」
「あ! お客様!? どちらへ!?」
「帰るんだよ!! 会計は!? いくらだっ!?」
「あ、いえ……ご迷惑をおかけしたので、お会計は結構ですけど……」
「じゃあ俺、帰るからな!!」
「あ……ぅ……またのお越しをお待ちしておりますです……」
「あれ? あの嫌な客はどこへ行ったの?」
「あ、うん、なんか急に帰るって、お料理食べないで帰っちゃった」
「フン……デザートに飴玉が出てくる前に帰ったか……勘の鋭い男ね……」
「……う?」

 ……そんな感じで、リカさんと俺のアルバイト初日は幕を閉じた……。


 同日。
 八坂駅前通り・ハードピーチヘヴン八坂駅前店。
 午後10時05分。
「……はぁ……」
「ご苦労様、疲れた?」
「見た目ほど華やかでもなければ楽でもないって……学んだわ……」
「仕事って、なんだってそういうものだよ」
「……う……」
「あ……リカさん!? どうしたの!?」
「なんでもない……ちょっとフラついただけ……」
「……大丈夫? なんか、変な汗かいてない?」
「……平気よ……ちょっと……なれない仕事で疲れただけ……」
「……本当に?」


 でも……なにか……吸血鬼化の悪影響とか……。
 心配し過ぎか……?

「ういーっす!! お疲れ様でーっす!!」
「お疲れ。桜も今日はもう上がり?」
「ですね! ここから先、このお店は大人のお店になってしまうので、お子ちゃまの桜には荷が勝ちすぎるのですよ!」
「こらこら、人聞きの悪いこというなよ。確かにお酒がメインになって客層は変わるけど、店の営業自体は変わらないわよ?」
「お疲れ様、潤ちゃん。どうだった? 久しぶりの現場は」
「うん、なんて言うか、相変わらず」
「どう? 今日だけとは言わずに、バイト復帰したら?」
「あ……いや……」
「私ね? 潤ちゃんになら、このお店あげてもいいかなーって、おもってるのよ? 学校卒業する前に食品衛生責任者認定講習会を受講して、ついでにお店で2年間修行して、調理師免許とって、卒業と同時にオーナーシェフとかって、どうよ?」
「えぇ!? いや、でもお店だよっ!? 犬猫の子供じゃあるまいし、そんな簡単にあげるって……」
「だって私、お店なんかいっぱい持っているもの。今だったらダイナミックキャンペーン期間中だから、美人で優しいお嫁さんも付いてくるわよ?」
「お嫁さん……?」
「もちろん、ワ・タ・シ♪ 函南家次女、家付き、別荘付き、外車複数台つき! 親の老後の面倒は、修ちゃんが看るから手間いらず! 言うことナシ!」
「修にお義兄さんってよばれるのは……ちょっとなぁ……」
「もぉ! マコちゃんズルイ!! そうやって先輩を困らせないでよぉ!」
「お? 別に困らせてないよ? ねぇ?」
「ねぇって言われてもな……」
「とにかくダメ! 潤先輩は、若くてピチピチな方が好きなんですっ!!」
「……なに? 私も歳で耳が遠くなってきたのかねぇ? もう一回言ってごらん、桜……」
「喧嘩するなよぅ……」
「という訳で、後は若い二人にお任せして……ということでね? さぁ先輩? 帰りましょう?」
「こら桜! アンタ遅刻してきた分! 残って働いていきなさいよ!」
「なっ……!?」
「……ふっふっふ……店長命令よ?」
「……くっ! それが大人のやり方だと言うのっ!?」
「あ、じゃあ俺、もう帰ります」
「えぇっ!? 一緒に残業してくれないんですかぁ!?」
「あぁ、うん……ちょっと……心配なこともあるし……」
「……む〜なんですか? 心配なことって……」
「うん、まぁ……ちょっとね……」

 リカさんの様子も……ちょっと気になるしな……。

「……うぅ……じゃあ先輩は、桜のことは心配じゃないんですか……?」
「え? いや……別にそういう訳じゃ……」
「桜がストーカーに襲われたら、どうするんですかぁ〜?」
「ストーカーって? 狙われているの?」
「いえ……別にそういう訳じゃないですけど……」
「気をつけて帰るんだよ?」
「フンだフンだ! なんですかまったく、どうせ先輩は桜のことなんかどうでもいいと思ってんですよ」
「そんなことないって」
「バイトの帰りに、桜がストーカーに襲われちゃってもいいんですか?」
「あのさ……」
「なんかこう、開きかけの牡丹の花が、ボトリと落ちるような心理描写?」
「牡丹……?」
「こんな感じです」
「待て、そんなイメージ映像とか要らないから」
「潤ちゃんを困らせてるの、アンタじゃないのさ。いいから潤ちゃん、今日はもうお帰り」
「あ、はい……じゃ、お先に失礼します」
「うわぁあぁん! 先輩ヒドイぃ〜! 桜の言うことは聞いてくれないのにマコちゃんの言うことは聞くんだ! うわぁぁぁん!!」
「……泣くなよぉ……鬱陶しい……」

「リカさん……大丈夫?」
「……なにが?」
「なにがって……なんだか酷く疲れてるみたいだけど……」
「言ったでしょ……平気よ……。ちょっと……頭が痛いだけ……」
「……帰ろう……」

 リカさんは強がっているけど……誰がどう見たって失調している……。
 まっすぐ歩くのも困難みたいで、気を抜くと膝が崩れ落ちて転びそうになる……。
 バイト先で見せた異様なまでの食欲……。
 あれは……俺にも覚えがある……。
 吸血鬼は……魔力が消耗すると、食事と睡眠でそれを補おうとする……。
 俺も、リカさんに撃たれた後とか……久住と戦った後……異常な量の食事を摂った覚えがある……。
 リカさんの不調も……一時的なものだと思うけど……一応、ベルチェに相談した方が良いのかな……?



 あとがき

 潤のバイトまでで、結構な量になっちゃった。
 ネロやロアとの戦闘挿入タイミング難しいわ。
 ネロやロアの戦闘力は久住以上だし……。
 戦場の設定もしないと……。 
 ネロは、原作だと三咲町の公園で倒されているから、潤たちを三咲町へ連れて行って戦わせようかな?



今回は大きな出来事もなく。
美姫 「バイトのお話だったわね」
でも、ただそれだけかどうか。
帰りに不調の様子やあのクレームの客があるからな。
美姫 「何かあったのかもね」
さてさて、どうかな〜。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



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