第十四話「現実V」






 
 《SIDE月姫》
「今宵から行動しようと思ったのだが、まだ土地勘になれておらぬ」
 土地勘に慣れていないというアルトルージュ。
「明日からでよいか?」
「はい」
「その前に、オマエを更にパワーアップさせて置く。いくら二十七祖クラスの力を持っていてもネロと戦うには時期尚早……」
「パワーアップって、私、赤黒い三日月クレセント・ムーンを使えば時限付ですがパワーアップできますよ?」
「ネロは、時限付のパワーアップでどうにか出来る相手ではないぞ!?」
「じゃあ、どうするんですか?」
「そなたは、死徒で唯一、かの英霊の武器が湯水のごとく使えるではないか」
「確かに使えますけど……」
「妾と同レベルの赤い月になってもらう」
「アルトルージュさんと同レベル?」
「オマエは、『アカシャの蛇』以上の存在のようだ! 支配すら受けておらぬのであろう」
「はい。まったく命令が来ません」
「やはり、あやつの因子を濃く受け継いでいるようだな……」
「姫様!」
「なんじゃ?」
「ロアとネロの居場所は分かっておられるのですか?」
「不用意に動けぬということぐらい分かっておるだろう? 不用意に動けば聖堂教会に気付かれる」
「私、既にマークされているんですけど……」
 マークされているというさつき。
「誰にマークされておるのだ」
「シエル先輩です」
「先代の蛇か……」
「知っているんですか?」
「知っているも何も、妾も『蛇』とは関わりがある」
 ロアと関わりがあるというアルトルージュ。
「そのシエルとか言うものは、埋葬機関に所属する第七司祭じゃ。死なないから重宝されておるようじゃがな……」
「『蛇』が倒されれば、お払い箱でしょうね」
「あの殺人狂のナルバレックが簡単に手放すわけがなかろう。サド機関長のことだ、オモチャとして手元において置くだろうな」
「あのう……私のパワーアップは?」


 《SIDEムーンタイズ》
 同日。
 午後10時39分。
「ただいま〜……」
「潤様! 今何時だとお思いですかっ!?」
 リアンが怒っている。
「……え? 10時半……ぐらい?」
「こんな時間になるまで! 何処で何をなさっていたのですかっ!?」
「あ……いや、アルバイトをね……」
「ブランドル家の嫡男ともあろう者が! 何をアルバイトする必要がありますか!」
「えっと……何をそんなに怒っているの?」
「別に怒ってなどいません! ただ私は! ディメルモール家の四女にして、潤様の許婚であるこの私をないがしろにして! 何処で何をしていたのかと……っ!!」
「ちょっと……邪魔よ……通れないじゃない……」
「なっ……!? ちょっと潤様!? どう言うことですっ!?」
「なにが?」
「なにがではありません! 何故この女と一緒なのですかっ!?」
「なぜって……一緒にバイトしてたからだけど……」
「一緒に……! 一緒にバイトって!! この私を差し置いて! 何故このような下賎な者と……!!」
「……いいから退きなさいよ……」
「あ……リカさん……?」
「……疲れた……今日はもう寝るわ……」
「大丈夫……?」
「……しつこいわね……放っておいてよ……」
「……あ……」
「これっ! おまちなさい潤様!! まだお話は終わっていません!!」
「あぁ、もぉなんなの?」
「ですからっ……!!」
「リアン様……」
「なんです!? いま私は潤様と大切なお話が……!」
「……ぞんじております……ですが、僭越ながら申し上げさせていただきますと……いまここで潤様をお責めになるのは……逆効果かと……」
「どういうことです!?」
「……怒ってはいけません、殿方には、殿方の付き合いと言うものがあるのです。ここでリアン様に求められるのは、ツンデレで言う所の『デレ』です……」
「……デレ?」
「……男は船、女は港……どんなに長い航海に出ようと、船は必ず港に帰ってくるものです。旅立つ船を、海のように広い心で包み込むのです……海……母なる海…… 私は帰ってきた……あぁ、お母さん……。結局男は、母に勝る女を知らないのです……己が全てを包み込んでくれる、母のような女こそ、男の理想なのです……」
「マザコンじゃありませんか!」
「男はマザコンぐらいで丁度いいのです……マザコン男は、女のありがたみを知っています……亭主関白気取りで、女をオモチャ扱いする男より、ずっとマシです……」
「う〜む……」
「ではリアン様、もう一度最初から……。潤様? お手数ですが、もう一度帰宅するところから、テイク2ということで……」
「なんでだよ……」
「おぉ、潤、戻ったのか、おかえり」
「あ、ベルチェ……ただいま」
「まったく……遅くなる時は電話の1本も入れろよ。腹は減っているのか?」
「あぁ……うん、そうだね」
「ではスグに用意しよう。その間に風呂に入って来い、オマエ、すこし汗臭いぞ?」
「え? そう……?」
「風呂は沸いている、風呂から上がる頃には食事の用意も出来ているだろう」
「うん、ありがとう」
「ちゃんと耳の裏も洗うんだぞ?」
「わかってるよ」
「……まったく、手の掛かる坊やだ……」
「……………………」
「ん? どうした……?」
「流石です……エルシェラント様……ゼノ・ジェイルバーン、感服いたしました……」
「なにがだ?」
「おば様の卑怯者……」
「だから、なにがだ? 暇なら手伝え」
「……むー……」
「見習ってください、リアン様。殿方とは、従順な女の言うことには逆らわないものですよ」
「……そこまでしなければいけないの?」
「……故郷へ帰りますか?」
「……やればいいのでしょう? やれば!」
「心中お察しいたします……」


 ザブーンと湯船に浸かる潤。
「はぁ……なんか今日は疲れたな……」
「潤、入るぞ」
「……え? ベルチェッ……!?」
「背中を流しに来た、湯船から上がれよ」
「あ、あぁ……いいよそんな、自分で洗えるから」
「遠慮しているのか? それとも私では不満か? ゼノかリアンが良いのであれば……」
「いや、そうじゃなくてさ!」
「慣れろよ、もしオマエがブランドル家の当主になれば、一人で風呂に入ることもなければ、歯すら自分で磨くことはなくなるぞ?」
「……でも……俺はまだ……当主になるって決まったわけじゃ……」
「まだそんなことを言っているのか? 遅かれ早かれ、オマエはいつか必ず当主の座につく、慣れておくことに早過ぎることはなかろう?」
「必ずって……」
「オマエがそう望むのであれば、必ずそうなる」
「なんで……そんなことが言えるの……?」
「馬鹿だな。オマエには私がついているからだ。私がついている以上、オマエに叶わぬ望みはない」
「……言い切るね……」
「ハードルは高めに設定してある方が面白い。長い命だ、退屈は死よりも苦痛だぞ」
「……………………」
「……どうした?」
「……俺に……そんな資格……あるのかな……?」
「資格とはなんだ。なんの資格だ?」
「……キミは……どうして俺なんかに良くしてくれるの……?」
「意味がわからん。なにが不満だ?」
「不満じゃなくてさ……あぁ、いいんだ……忘れて、また昔の悪い癖だ……他人の親切が素直に受け取れない……」
「私とオマエは他人ではない。初めて会ったあの日、私はオマエに誓ったな? エルシェラント・デモン・アノイアンス……我が存在の全ては、ただ主人のためにと ……。……あの日、あの時点で……私はオマエの眷属となった……私はオマエの下僕であり、姉であり、妹であり、母担った……家族の愛情を疑うな……私の忠誠を疑うな……私はオマエが望むなら、なんでも手に入れ、なんでも捨てるだろう……。……潤……わたしはオマエを愛している……」
「……………………」
「なにを照れている?」
「……照れるだろ……普通……」
「私の献身が重く感じるのであれば、それはオマエがまだ、王の器を持ち合わせてないという証拠だ……なに、それもじきに慣れる……今は甘んじておけ」
「……うん……」
「わかったらコッチへ来い、背中を流させろ」
「……いや……でも……」
「……………………」
「……恥ずかしいって……」

「ちっ……構ってられるか、いいから出ろよ、ほら!」
「きゃぁぁぁ!!」
「なにがキャァだ、こら、おとなしくしろコイツ!」
「うひゃっ! ……うひゃひゃひゃひゃっ!! ちょ……待って! くすぐった……うひゃひゃひゃひゃ!!」

 石鹸をつけたベルチェの小さな手が……俺の背中をベタベタと撫で回す……。
 その力強くも華奢な感触が、なんとも言えずくすぐったい……。

「髪が邪魔だな……先に頭を洗うか」
「え……?」
 頭から湯をかけられる。
「……うぶらぼばるぼるげぼは……!!」
「お湯をかるぞ、目を閉じろ」
「……ぶはっ!!かけてから言うなよっ!!」
「……ん? なんだ? オマエ、やけに肩の筋肉が張ってるな……」
「……あ……うん……ずっと重い中華鍋を振ってたからね……」
「アルバイトか……」
「リカさんがね……お金が必要だって言ったから、昔世話になったバイト先を紹介したんだ……」
「……オマエからの金は受取らなかったのか?」
「……うん……」
「……まぁ、だろうな……あの女の性格では……」
「リカさんにして見れば……俺はやっぱり吸血鬼で……敵なんだろうね……敵の情けは受けられないみたいな?」
「なにを今更だ……」
「俺もそう思うんだけどね……でも今は精神的にも不安定な時期だと思うし……」
「オマエ、ちゃんとリカに餌をやっているのか?」
「毎日あげなきゃダメなの?」
「それは固体によるな。毎日与えなければいけない者も居れば、週に1度ですむ者も居る……まぁ、あまりやりすぎても、それはそれで問題なんだがな」
「問題って……?」
「Vウイルスは貪欲なんだよ、やればやるだけ食っちまう。余剰に与えられた分はストックされるが、貰えるのが当たり前になってしまうと、いくらでも欲しがる」
「与えすぎると、どうなるの?」
「別に? 日に何度も欲しがるから、与えるのが面倒になるのと、1度でも与え忘れると、禁断症状が出て発狂するだけだ」
「……大問題じゃないか」
「リカの奴……吸血鬼化が振興するのを怖がって、餌を拒絶しているのか?」
「うん……多分ね……と言うか、俺から餌を貰うこと自体が嫌いみたい……」
「飢えすぎても発狂するぞ? 欲求が暴走する分、苦しみが増すし、下手をすれば命を落とす」
「死ぬの……?」
「一度燃えつきかけた命を再燃焼させているるのはVウイルスだ、ウイルスの活動が止まれば、命も燃え尽きるさ」
「……俺も……魔力が尽きたら……死ぬ……?」
「真祖であるオマエにはその心配はない。魔力が尽きても眠りに落ちるだけだ、やがては自らの体内で魔力が復活すれば、目を覚ます」
「私やリカのような、自らの体内で魔力を生成できないセカンドブラッドは、主からの魔力供給が絶たれれば死ぬ。魔力の消費は、自分の寿命を消費することと同じだ」
「セカンドは……主人から餌を貰えないと……死んじゃうんだ……」
「なに、直接貰わなくても、主人の側に居るだけで日常生活に支障がない程度には供給されるのさ……。まぁ、それもあまり長期間放置すると、マズイことに変わりはないがな」
「ベルチェも……セカンドなんだよね?」
「そうだが?」
「ベルチェは……誰から餌を貰っているの?」
「なにを言っている? 私の今の主人はオマエだ、オマエ以外の誰から貰うというのだ」
「……え? だって俺……ベルチェには1度も……」
「初めて会った日、キスをしただろう? それに、私も400年から生きる魔女だ。それなりに魔力の量も多い、1年や2年、餌を貰わなくても、どうと言うことはない」
「そうなんだ……」
「それにな、餌をねだろうにも、このナリではね……こんなしみったれた身体では主人を満足させることも出来ん」
「別に、キスするぐらいなら、身体の大きさは関係ないじゃないかな?」
「なんだ? オマエ、その手の趣味があるのか?」
「そういう訳じゃないけど……」
「まぁ、無理に餌を寄越せとは言わんよ。いかな真祖とは言え、魔力を大量に消費すれば疲弊もする。私のことは、気にしないでいい」
「……大丈夫なの……?」
「うむ……もう暫く日が経てば魔力も回復するはずだし、魔力が充実していれば、この身体も一時的に元の大きさに戻れるのだがね……」
「……満月の時みたいに?」
「そう言うことだ」
「ベルチェは、もうもとの大きさに戻れないの? 一時的にとかじゃなくてさ」
「戻ろうと思えば戻れるのだけれどね……一応、保険をかけておく必要はある」
 保険が必要だというベルチェ。
「……保険……?」
「オマエは余計なことを気にしないで良いよ。それより、リカにちゃんと餌をやれ。発狂して人間を襲いだしても知らんぞ?」
「うん……でもなぁ……嫌がるだろうな……リカさん……」
「無理矢理にでも食わせろ、それが奴の為だ」
「うん、そうだね……」
「……まぁ、その辺りは後で私の方からあの女に言い聞かせておくよ」
「なにをする気?」
「別になにもせんよ。ただ、『姉』として、教えておくべきことはある。その程度さ……」

「……うぶらぼばるぼるぶぼは……!!」
「お湯をかけるぞ、目を閉じろ」
「……ぶはっ!! だからっ!! かけてから言うなよっ!!」

 エルシェラント・ディ・アノイアンス……その存在の全ては、ただ俺のために……。
 彼女と初めて会ったあの日……彼女は俺の眷属となった……。
 彼女は俺の下僕であり、姉であり、妹であり、母になった……。
 彼女は俺が望むなら、なんでも手入れ、なんでも捨てる……。
 ただ一つ……性格が大雑把なのを除けば……ベルチェは完璧だ……。
 俺には勿体ないほどに……。


「あ〜……さっぱりした……」
「言っておきますけど! べ、別に貴方の為に用意したんじゃないんだからねっ! たまたま自分の分を用意した、ついでなんだからねっ!」
「……はい?」
「ゆ、夕飯! 食べるんでしょう!? 用意しておいてあげたわよ!」
「あ……そう、ありがとう……」
「……ど、どうです?」
「なにが?」
「えっと……」
「えっと?」
「ゼノッ!」
「ツンデレの『ツン』でございます、リアン様……」
「それですっ! ツンですっ!!」
「いや、そんな力強くツンです言われてもな……」
「……ダメ?」
「なんで俺の周りってこう……おかしな子ばっかりなの?」
「……ん? リカはどうした?」
「さぁ? 私は存じ上げませんが。既に眠っているのではありませんか?」
「……フン……」
「あ……おば様?」
「……リアン様、今この時が好機です……今がまさにデレ期かと思考いたしますれば……」
「……はっ!!」
 リアンが、デレを実行に移す。
「も、もぉ……潤ったら、こんなにこぼして……食べるの下手なんだから……仕方がないわね……た、食べさせてあげるわよ……」
「……え? そんなにこぼしてって……俺まだ食ってないし、自分で食えるし……」
「ほ、ほら! いいからサッサと口を開けなさいよ! こ、こんな所、誰かに見られて変な噂が立ったら、迷惑なんだからねっ!?」
「……グー……パーフェクトです、リアン様……」
「あの……ゼノさん……?」
「なにか?」
「俺とリアンをオモチャにして遊ぶのやめてくれない……?」
「……これはまた人聞きの悪いご冗談を……」
「……だから、なんで俺の周りには変なのしか居ない?」


 ドアがノックされる。
「……ン……」
「居るのだろう? 入るぞ……」
「……なによ……なにか用……?」
「食事を摂れ」
「……はぁ?」
「なぜ皆と一緒に食事を摂らない?」
「……食べたくない……」
「……………………」
 ベルチェが部屋の明かりを点ける。
「……う……ちょっと……まぶしいじゃない……!」
「……フン……闇を好む様になってきたか? 大分吸血鬼化が進行しているようだな……」
「……暗い所に目が慣れているのに、いきなり照明点けられたら、誰だって眩しいわよ……」
「食事は1日3回、決められた時間に皆と摂れ……。不規則な食生活は、Vウイルスにも悪影響が出る……どんどん貪欲になるぞ」
「貴女にそんなこと言われなくても、ちゃんと自分で管理するわよ……余計なお世話……」
「……なぜ潤を拒む? セカンドブラッドがマスターを拒んだところろで、いいことなど、なにもないぞ?」
「だから! 余計なお世話よ! なんで貴女にそんなこと言われなきゃいけないのよ!?」
「オマエが私をどう思おうと勝手だが……オマエが潤の眷属である以上、私とオマエは他人ではない」
 ベルチェがリカに言う。
「オマエ、ちゃんと潤から餌を受取っているのか?」
「……関係ないわよ!!」
 関係ないというリカ。
「……ぐっ……!」
「……脳が痛むか? 意地を張らずに、潤に魔力を分けてもらえ」
「……嫌よ……そんなことしたら……ますます吸血鬼化がすすむじゃない……私は……絶対に……人間に戻る……」
「だから、無理だと説明しただろう……?」
 吸血鬼化の治療法が確立されるのはまだまだ先のことである。
 それは、シオン・エルトナム・アトラシアが吸血鬼化の治療法を確立させるまで待たなければならない。
「……そんなの……まだわからないじゃない……!」
「なら勝手にしろ……飢えのリバウンドで一気に吸血鬼化しても知らんぞ……」
「……ぐっ……」
「不安か……?」
「……不……安……?」
「……護るものを見失ったことがだ……」
「……………………」
「子供の頃からダイラス・リーンで生きてきたオマエだ……今更別の生き方など……ましてや吸血鬼としての人生など……想像も出来まい……。ダイラス・リーンとして……なに一つ疑うことなく貫いてきた信念……護ってきた物が……今のオマエには見えなくなっているのではないか?」
「なに……を……知った風な口を……」
「私とて……最初から吸血鬼だった訳ではない……所詮は私もオマエと同じ、セカンドブラッドでしかない……オマエの不安は理解できないでもない……楽になるのは簡単だ……新たな足場を定めて、その上に立てばいい……」
「新しい……足場……」
「オマエには、新しい目標が必要だ……ダイラス・リーンのような、無意識に刷り込まれた、ただ漠然とした正義や平和にすがる必要はない……今のオマエは、ただ一つ、潤のためだけに生きればいい……。潤が手にしたカードの1枚になれ……潤を護る……潤のために戦う……ただそれだけの機能を持ったカードになれ……」
「……貴女は……そうしているの……? それでいいの? 自分は……荻島潤の……カードでしかないと……そう思っているの……?」
「その通りだ。私は潤の持つカードの中でも、最強のカードである必要がある……。どんな状況であっても、私と言うカードを潤が切ることで、全てを解決する反則カードでありたいと思っている」
「……異常だわ……そんなの……」
「……理解できない訳ではあるまい? まがりなりにも、オマエとて潤の眷属だ……。精神的にもかなり潤に依存している部分があるのは、自分でも理解できるのではないか?」
「……そんなこと……ないわよ……」
「……潤が側に居ないと、胸をすかれるような不安を感じないか……?」
「……感じない……」
「潤が側に来ると、満たされるような感じがしないか……? 潤の顔を見ると、幸福感が胸にあふれてこないか……?」
「……こないわよっ!!」
「潤を見ていると……この男の為に……なにかしたい……なにか役に立ちたいと思わないか……?」
「わからないわよ! そんなこと!!」
「大声をだすな、頭に響いて痛くないのか?」
「……痛い……」
「だろうよ……」
「私にどうしろって言うのよ……」
「そう尋ねてくる内は、まだ自覚が無い証拠だ……己の力を見極め、己に出来ることを知れば、己の役割が見えてくる……正直な所、オマエには期待していない。私のようになれとは言わないが、まずは最低限のことはして見せろよ」
「最低限って……なによ……」
「ボサボサの髪のまま潤の前に立つな、化粧の一つもせずに潤の横に立つな。潤の所有物であるオマエの存在が、潤の評価に直結する。順に恥をかかせるな」
「……勝手に所有物にしておいて……」
「己が運命を呪うだけか? 今の自分にしか出来ないことを見つけ、自分以外の物に価値を見出せ。そしてそれを新たな生きがいにしろ。今のオマエは潤の重しでしかない」
「……………………」
「強くなれよ、リカ……。オマエの強さが潤にとって、なくてはならない物となるぐらいにな……私を驚かせてみろ」
 電気を消すベルチェ。
「……話はそれだけだ……邪魔をしたな……」
 部屋から出るベルチェ。
「……………………」
 ベルチェに文句を言うリカ。
「なによ……格好つけちゃって……。……どうせ……可愛くないわよ……悪かったわね……」



 《SIDE月姫》
「さつき!」
「なんですか? アルトルージュさん」
「従卒の一人ぐらい作れ!」
 従者を作れというアルトルージュ。
「お前も一応姫君だぞ! 従卒の一人も居らぬと顔が立たぬぞ?」
「如何すればいいんです?」
「街へ行って適当に血を吸って従卒にすればよかろう」
「今の時間に出歩いている人って居るかな?」
 猟奇殺人の影響で夜中に出歩いている人は居ないのだ。
「早速街へ行って従卒を作るがよい」
 アルトルージュに連れられて街へ出ることになったさつき。
 

「さつきの言う通り、誰も居らぬな……」
「姫様、あの人間はどうでしょう?」
「さつき、あの人間の血を吸え!」
「嫌だよ、あんな不味そうな男の人……」
 見たからに不味そうな人間だった。
 さらに街を捜し歩く。 
 そしてやっと満足できる人間を見つけた。
「紀久子ちゃん!」
「知って居るのか?」
「クラスメイトです」
「ならば、その者の血を吸って従卒にするがよい」
「でも……」
「早くしないと代行者が来るぞ!」
「うぅぅぅ……」
 さつきは、迷いながら紀久子に近付く。
「ん?」
 紀久子が振り返る。
 その目に入ったのは、赤い目をしたさつきだった。
「さつき! 今まで何処に……」
「紀久子ちゃん、ゴメンね」
 紀久子にあやまて首筋に噛み付いた。
 噛み付いたさつきは、紀久子の血を吸い自らの血を送り込んだ。
 アルトルージュの血を受け半真祖化した其の血を……。
 紀久子は、瞬く間に死徒化した。
「さつきの従卒も出来たこだし帰るか……」
 さつきの従卒になった紀久子も後に続く。
 次の日、紀久子が失踪したとニュースになったのは言うまでもない。



 《SIDEムーンタイズ》
「だっ! もぉっ! 触んなぁ! ブスッ!」
「貴方! 潤様の稚児だと思えばこそ、其の気安さも許したというのに! ブスとは!」
 ブスと言われて怒るリアン。
「ボクの頭に気安く触んな! 潤くんにしか許していないんだぞ!」
「なに? なんなの、朝っぱらから……」
「あ! 潤くん!! このブスが! 僕の頭に触るの! 叱ってやって!」
「潤様!? 稚児の躾がなっていませんが!?」
「あ〜……え〜……いっぺんに話さないでくれる? えっと……お〜い、ベルチェ〜」
「なんだ?」
「なにこれ? どうなっているの?」
 状況が掴めない潤。
「私に聞けば何でも教えてもらえると思うなよ、自分の許婚と稚児だろう? 自分で管理しろよ」
「聞いてよ潤くん! このブサイク! ひどいんだよ!?」
 呼び方がブスからブサイクに変わった。
「……っ!! そのブサイクとは誰を指した言葉ですか!!!」
「オマエだよオマエ! 何様ですかオマエ! はぁ!?」
「ゼノ! この者を喰いなさい! 骨一本、血の一滴残さず!!」
「だから喧嘩するなって! なんなの!?」
「……原因は、潤様のお弁当です……」
「俺? 俺の弁当がなんだって?」
「潤くんっ!! 今日はね!? ボクね!? お弁当作ってきたんだよ!? 潤くんの分も!」
「でーすーかーらー!! そんな物は不要だよ申しております!! 潤様のお弁当を用意するのは!! 妻であるこの私の勤めです!」
「ツマってなんだ!! お刺身についてくるアレかっ! オマエは潤くんについてくるオマケか! この大根女っ!!」
 今度は、大根女と来た。
「……大……っ!! こ……の……言わせておけばっ!! この福ダヌキ……っ!!」
「……リアン……」
「なんですっ!?」
「……言葉が良くないね、キミ、俺の友人を侮辱しているのか……?」
「……そ、それは……別に……そういうつもりでは……」
「……操……」
「……う?」
「キミも、俺をネタに喧嘩をしない」
「……あぅ……じゅ、潤くん、怒ってる……?」
「ベルチェ」
「なんだ?」
「キミも、見ていないで止めてよ、こういう状況になったらさ」
「それは主としての命令か?」
「命令されなきゃ働いてくれないの?」
「……了解した、では以降、独自判断で状況を処理する」
 独自判断で処理すると言うベルチェ。
「おいリアン、操、二人とも仲良く朝食でも摂れ」
「……むぅ〜……」
「ボク……この子の隣ヤダ……」
「従わなければ殺す。潤の許可は得ている」
「いや殺すなよ! 許可していないぞ!!」
「では死なない程度に、死んだ方がマシだと思えるほど痛めつける……」
「だから! もぉ!」


 なんでこう……問題のある奴ばかり……まったく……


「あ……ベルチェ、リカさんは……?」
「あぁ、奴なら今朝早く、出て行ったぞ?」
「出て行ったって……」
「いや、別に逃げ出したとか、そういう意味ではないよ。朝食は食っていたようだし、制服を着て出かけたからな、先に学校へ行ったのだろう」
「……そう……」
「さぁ〜、オマエ達もさっさと飯を食ってサッサと学校へ行け! これ以上私の仕事を増やしてくれるなよ!」


 リカさんは……先に学校へ行った……?
 別に、必ず一緒に行かなきゃ行けないって訳じゃないけど……同じ家に住んでいるのに、わざわざ時間をずらすってのは、やっぱり、避けられてるのか……。



 同日。
 私立八坂学園。
 午前8時00分。
「おはよう、修」
「あぁ、おはよう」
「修ちゃんおはよー!!」
「おはよう御座います」
「…………ペコリ…………」
「フフン……集団登校かい?」
「操が毎朝俺の家に来るのはいつものことだろう? リアンもゼノさんも、同じ家に済んでいるんだから当たり前じゃないか……」
「なに、別に悪いことだとは言っていないさ、むしろ推奨すべきだよね。なにせ最近は、厄介な事件も多い」
「うん、その辺りに関しては、俺も気にしているし……」
「集団で登下校すれば、おかしな事件や事故に遭遇する確率も減少するか……? いや……集団で登下校することで、新たに生まれる問題を検証してみないことは、迂闊に学園上層部へのリコメントは出来ないな。あぁ、そう言えばキミ、また真琴の店に、アルバイトに言っているそうだね」
「俺が行っている訳じゃなくて……リカさんが……って、もうそんな情報が入っているのか? 早いな……」
「……ん……いや、まぁ、昨日の夜、ちょっとした事故があってね……」
「……事故……?」
「真琴がね、昨日の夜……店を閉めて帰宅する途中、車で事故を起こしたのだ」
「真琴さんが……? 怪我は?」
「なに、心配するほどの大怪我ではないのだけれど少し……顔と右腕をね……合わせて18針ほど縫った……」
「大怪我じゃないか」
「心配は要らないよ、真琴は強い……というか、姉妹の中では一番図太い性格をしている……。病院で処置してもらった後はケロッとしていたし、今朝もそのまま仕事に出かけたよ」
「心配だな……」
 心配する潤。
 其処へリカが登校してきた。
「あ、リカさん! 店長が車で事故を起こしたって……」
「ふぅん……」
「ふーんって……それだけ?」
「どこの病院? お見舞いにでもいきましょうか?」
「いや、入院はしてないらしいけど……」
「……店長の仕事は? 出来るの?」
「どうだろうね、一応現場に立つことぐらいはできるだろうが、いつもと同じと言う訳には行かないだろうね」
「あぁ、そう……」
「あぁそうって……ちょっと、リカさん……? ……つめたいなぁ……」
「いいね、彼女」
「そうかな?」
「……無駄がない……というか、隙がない。自分が心配した所で、真琴の怪我が早く治る訳じゃない……そんな発想なんだろう。おかしな同情をしていい人ぶったりしないところは高評価できる」
「お大事にの一言ぐらい言おうよ……」
「お国柄……文化の違いかも知れないね。人の死の身近に育つと、いちいち怪我をしたぐらいで大騒ぎしなくなるのかもね。戦争をしている国の子供とか、あんな感じだよ」
「……なるほどね……」


 ……子供の頃からダイラス・リーンに居た彼女なら……あぁいう冷たさも、それが普通なのかも知れない……。
 でも……うん……なんだろう……上手く言えないけど……。
 もうちょっと……肩の力を抜いて生きても、良いんじゃないかな……?

「……ん? 待てよ……?」
「どうした……?」
「……あ、いや……」


 リカさん……今朝は俺達より先に家を出たはずなのに……どうして俺達より後から教室に来たんだ……?
 可能性があるとしたら……いったいどんな……?
 ……道に迷った……?
 いや、それは流石にないな……。
 部活に入ったとか……朝練?
 普通の学生じゃあるまいし……リカさんに部活に参加する理由も余裕も感じられない……。
 そうだな……後は……。
 ……ダイラス・リーンと接触していた……とか……。
 とにかく、俺達に知られたくない何かをしていた……って考えるのが一番自然かな……。
 後で問い詰めてみるべきか……女の秘密は見なかったことにして、全て包み込んであげるのが男らしいか……。
 う〜む……。


 同日。
 私立八坂学園。
 午後12時00分。
「お昼だーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!」
「……ぅうわっ! ビックリしたぁっ!! なんだよ! 急に大きな声を出すなっ!!」
「はい、そんな訳でね、操、愛情込めてお弁当作りました、いなり寿司、もうね、絶対美味しいから、一緒にイナリましょう」
「いや、稲荷は名詞であって、動詞じゃないからイナリましょうはおかしいだろ……」
「イナろう、イナります、イナる、イナるとき、イナれば、イナれ、未然形丁寧語、イナりましょう……合ってるじゃん」
「だから、動詞じゃないんだってば」
「潤様? そんなオカマの握ったイナリなど、おかしな物を連想して召し上がりにくいでしょう? それよりも、私の用意したBLTサンドを……」
「なにおう!? ボクのイナリのなにがいけないって言うのさっ!!」
「お黙りなさいな、この有袋動物」
「袋があってなにが悪いって言うのさっ!!」
「またこの展開か……いい加減うんざりだ……」
 頭が痛くなる潤。
「修、この二人、面倒見てやってくれないかな?」
「それは構わないが……」
「あ……潤様……? どちらへ……!?」
「俺が原因で喧嘩になるなら、俺が居ないほうが良い」
「あぁっ!? 潤くんっ!? あ、ちょっと……!!」
「このタヌキっ!! 貴方が余計なことをするから! 潤様が機嫌を損ねたではありませんか!!」
「ボクのせいじゃないだろが!! それにタヌキは有袋動物じゃないぞ!? バーカバーカッ!!」
「うるさぁぁい!! 顔がタヌキなのよ!! 顔が! このタヌキ顔!! このタヌキ! タヌキタヌキ!!」
「タヌキタヌキ言うなぁっ!!」
 激怒する操。



「……ふぅ……やれやれ……なんであの二人、あぁまで仲が悪いかなぁ……」


 ……でも……言うほど仲が悪い訳じゃないのかな……。
 人見知りする操が、リアン相手にあぁも簡単に悪態をつくってことは、少なくとも嫌っては居ないだろうし・。
 リアンも操が相手だと、意外なほど素直に自分の感情を表に出しているように見える……。
 喧嘩するほど仲が良いって言うけど……そのパターンなのかな……?


「……とは言え、顔を合わせるたびにアレじゃね……タダでさえウルサイ操がますますパワーアップするのは勘弁して欲しい……」
 悩みの種が尽きない潤。
「ん? あ、リカさん? どこ行くの?」
「今は昼食の時間でしょう?」
「そうだけど……」
 リカが去っていく。
「……あ……」
 潤は何か言うことがあったようだ。
「……………………」


 ……まったく……露骨に避けてくれるよなぁ……。
 どうしよう……追いかけようか……。
 ……今朝、何をしていたのかも気になるしね……。


 ……っていうか……どこへ向かっているんだ……?

 リカの後を追う潤。
「……屋上……?」
「……どうしてついてくるの……?」
「少し話しがある」
「話……? なんの?」
「うん……さて、どう話した物か……」
「手短に話してくれる? 食事をする前に昼休みが終わっちゃうわ」
「食事って……リカさん昼食は?」
「用意してきたわよ」
「……お弁当? これ、自分で用意したの?」
「悪い?」
「……おにぎりと、タクアンに塩昆布とリンゴ……。……リカさんって、アメリカ人だよね?」
「文句あるの?」
「いや、ないけどさ……」
「ならいいじゃない、放っておいてよ」
「じゃあ、食べながらで良いから、話をしようか」
「……どうぞ?」
「あ……」
 その時、潤の腹の虫が鳴った。
「貴方、自分のお弁当はどうしたのよ……」
「多分、リアンが持っているんだろうけど……教室に置いてきちゃった……」
「取ってきたら?」
「いいや、時間もあまりないし……」
 また、潤の腹の虫が鳴く。
「……………………」
「……………………」
 腹の虫に同情するリカ。
「……一個だけよ?」
「うん、ありがとう……」
「……それで? なんの話?」
「うわ、デカイおにぎりだな……」
「嫌なら返しなさいよ」
「いやいや、うん、美味しいよ?」
「それでっ!?」
「あ……だから、デカイけど味は最高だって……」
「そうじゃなくて! 私になにか話しがあるんでしょう!?」
「あぁ、うん、そっちの話か……えっと、あれから俺、いろいろと考えてみたんだけど……ちょっとコレ見てくれる?」
 潤は何かをリカに見せる。
「……これって……」
「そう……俺とリカさんを含む、吸血鬼関連の人物相関区……俺のわかる範囲で書いてみた」
 その仲には、さつきの関係も含まれていた。
「気になるのは、ブリュンスタッドと死徒二十七祖とこの新勢力って所……」
「ブリュンスタッド、二十七祖、新勢力……?」 
「E組みの神崎さんがVウイルスに感染した経路は、久住経由……。久住を吸血鬼化したのは、謎の女……。この謎の女の正体がわからないんだ……。どこにも属していない……だから、新勢力」
「久住をVウイルスに感染させることが出来るということは、吸血鬼の可能性が高いわね……」
「うん……でも謎の女が吸血鬼……それもファストなら、自分の血を直接与えれば良い。薬を与えるなんて回りくどいことはしないと思うんだよね……」
「もしこの『謎の女』がセカンドだった場合、直接感染させると、サードが生まれる……つまり久住はロゥム化するわ……」
「謎の女がファーストで、感染経路を誤魔化す為に、薬と称して久住に自分の血を与えた可能性もある……」
「極端な話……セカンドを生み出す『薬』さえ持っていれば、謎の女が吸血鬼である必要もないのよね……」
「……そう……まさに『謎の女』なんだよ……」
「なにか、心当たりとかない訳?」
「可能性は、幾つ考えた……」
 幾つか可能性を考えた潤。
「まず第1に……ブランドル家の関係者……。聞いた話じゃ、ブランドル家って言うのは、分家を含めるとかなりの数の身内が居るらしい……」
 ブランドル家には、かなりの身内が居るらしい。
「俺みたいな、ポッと出の半端者に、家督を継がせるのを反対している連中も居るんじゃないかと思う……」
「それで? 貴方を亡き者にしようと刺客を送りつけてきた……と……」
「ありそうでしょう……?」
「濃厚ね……」
「第2に……ディメルモール家の身内の可能性……。ディメルモール家って言うのは……うん……言い方は悪いんだけど、宗家であるブランドル家と比べると、どうしても権力が低いって言うか……」
「……だから、次期当主候補である貴方の元へ、4女であるリアンを送りつけてきたのでしょう……?」
「そう……。でね? 気になっているのは、本来リアンは来月日本へ来る予定だったのを、予定を繰り上げて来日している……」
「だから……?」
「早めに来日して……リアンが俺との既成事実を成立させた上で、俺が死んだらどうなる……?」
「……リアンが未亡人になる……?」
「あまり考えたくはないけど……そうなれば、リアンは当主夫人として、かなりの権力を労せず手に入れられることが出来るんじゃないかな……。リアンを見ていると……『家のために仕方なく』俺のことが好きだという振りをしているように見えるんだよね……」
「親同士が決めた許婚って時点で、可能性は高いわね……」
「次は……ブリュンスタッドと二十七祖……」
 ブリュンスタットと二十七祖に話が移る。
「リカさんは、ブリュンスタッドと二十七祖についてどれ位知っている?」
「詳しくは知らないけど、すこしくらいなら……」
「俺も良くは知らないけど、わかる範囲で話すね」
 わかる範囲で話を始める。
「ブリュンスタッドは、真祖の王族の名前らしい……」
「王族ってブランドル家だけじゃ……」
「うん……。俺とはまったく違う吸血鬼の一族なんだ」
「まったく違うって……久住を殺したあの子も?」
「多分……直系の吸血鬼と思う」
「直系って……」
「普通の吸血鬼じゃ持てない特殊能力を持っていた」
「特殊能力って、あの変な鎖みたいなヤツ……?」
「ベルチェに聞いたんだけど、アレは真祖しか使えない能力なんだ」
「貴方は使えないよね」
「うん……。使えない」
 空想具現化を使えないという潤。
「それからあの子が言っていた言葉が問題なんだ」
「問題って……『偽りの『偽りの赤い月』』……?」
「うん。その『偽りの赤い月』が重要なんだ」
 『偽りの赤い月』が重要らしい。
「『赤い月』と言うのは、大昔、月から地球にやって来た吸血鬼の王様らしいんだ」
「吸血鬼の王様って……」
「そして、あの子が言っていた『赤黒い三日月クレセント・ムーン』って能力のオリジナルはアルトルージュしか使えないとか……」
「ほう? そこまで調べたのか?」
 不意に掛けられる声。
「誰だ!?」 
「妾のことを知って居るのではないのか?」
「若しかして……」
「アルトルージュ・ブリュンスタッドじゃ」
「なんで、アルトルージュが来るのよ!」
「そなたらが妾の話をしていたから顔を出したまで……」
 アルトルージュの登場に驚くリカ。
「聞きたいことが幾つかあるけど聞いていい?」
「妾に話せることならな……」
「じゃあ、質問するよ。第一の質問。あの子は、キミの眷属?」
「さつきのことか……? 妾の眷属でもあるがアルクェイドの眷属でもある」
「アルクェイドって……」
「妾の妹だ! 妾が死徒の姫君と呼ばれているのに対して真祖の姫君と呼ばれておる」
「其の娘は、セカンド? それともサード?」
 アルトルージュの後ろにはさつきが居た。
「妾たちにセカンドとかサードという呼び名は存在しない。存在しているのは真祖と死徒と死者だけだ」
「俺たちで言うファーストが真祖で良いのかな?」
「そう言うことだ。我等の死徒がそのたらで言うセカンドだ」
「其の娘は?」
「さつきは死徒だ! それも原初の二十七祖と同格のな……」
「二十七祖って化け物じゃない!」
「あいにくとさつきに相応しい位が空いていないのでな……今は、二十七祖候補とだ!」
「其の娘が二十七祖候補?」
「驚いているようだな……もっと驚く事を教えてやろう」
 もっと驚く事を教えるというアルトルージュ。
「さつきは、『赤い月』の因子を持っているのだ」
「若しかして……」
「その通りだ! アルクェイドの血を受ければ、真祖になれる可能性がある。同時に『赤い月』の因子も強くなる」
 アルクェイドの血を受ければ更にさつきはパワーアップするようだ。
「第二の質問……。其の娘の能力について」
「さつきの能力か……」
 さつきの能力について聞く潤。
「其の娘の能力で聞きたいのは5つ……」
「5つか……」
「先ず一つ目、其の娘の目について……。其の娘の目を見ただけで暗示に掛かった」
「『魅了の魔眼』の事か? 妾たちは皆『魅了の魔眼』を持っておる。そなたらは持っておらぬのか?」
「持っていません。あぁ、リアンは似たような能力を持っていますけど……。『脳内君主ブレインタイラント』といいます」
「オマエは何か持っているのであろう?」
「色んなものを反対にしてしまう能力です」
「無律反転か……」
「第二に、変な鎖を出した事についてだ」
「さつきは、妾と契約を結んだ居るから使えて当然であろう? ブランドルの者は使えぬのか?」
「使えない。俺もだが……」
「空想具現化はブリュンスタッド系の吸血鬼しか使えぬからな……死徒のでもスミレとか言うやつしか使えぬ代物だ!」
「其の娘は、特別って事?」
「そう言うことじゃ。近いうちにブリュンスタッド城を具現化させる」
「えっ。私が具現化を?」
「そうじゃ。オマエは、アルクェイドの孫……妾の姪じゃ」
「其の娘は、王族だというの?」
「そう言うことじゃ。さつきは正真正銘、ブリュンスタッド系の吸血鬼だ!」
「第三に其の娘が使った周囲の魔力を奪う能力について」
「ふむ。それは、固有結界じゃ。そなた等で言うムーンタイズじゃ」
「どの位の時間維持できるの?」
「さつきは、トップクラスの吸血鬼じゃ、その気になったら数時間は余裕で維持できるじゃろう……」
「力のない吸血鬼は……?」
「1分も持たぬであろうな……」
「1分持たないって……強力な能力じゃない!」
 さつきの枯渇庭園は、強力な能力のようだ。
「その方等も体験してみるか?」
「いえ、結構です。もう、体験済みです」
「そうか、経験済みか……」
 潤とリカはさつきの枯渇庭園は経験済みだった。
「第4の質問……。『赤黒い』何とかについてなんだけど……」 
「『赤黒い三日月クレセント・ムーン』のことか……。これは、妾と同系の固有結界だ」
「貴女は、無条件で使えるのですか?」
「無条件では、無い。『赤黒い満月フル・ムーン』は妾の最終形態じゃ。その上、10分が維持できる限度じゃ」
「さつきって子は如何なの?」
「さつきの場合は、満月の時しか妾と同等の力を出せぬ。さつきも10分が限度じゃ。まぁ、満月以外でも使えるが、時間は3分が限度だ」
「……………………」
「その方も使いたいのか?」
「いいえ、結構です。自分の力も使いこなせないのに、新しい能力だなんって……」
「必要なとこは妾の元に来るが良い」
「第5の……最後の質問!」
「なんじゃ?」
「さつきって子が使った能力で、色んな武器が沢山出てくるヤツなんだけど……」
「アーサー王の剣が有ったような気がしたんだけど」
「間違いではないぞ! その能力こそ妾と契約して得た能力じゃ」
「一体幾つ武器を持っているのか?」 
「さっさと教えなさい! さもないと撃つわよ」
 アルトルージュを撃つと言うリカ。
「撃てるものなら撃つがよい。その前にオマエは死ぬ」
 アルトルージュの隣に白い犬……プライミッツ・マーダーが現れる。
「リカさん、落ち着いて!」
 リカを落ち着かせる潤。
「其の娘が武器って本物?」
「その方等は、神話に興味はあるか?」
 神話に話を振るアルトルージュ。
「あまり興味がないな」
 興味がないという潤。
「ギルガメッシュ叙事詩は知って居るか?」
「ギルガメッシュって人類最古の英雄王でしょ」
「リカさん知っているの?」
「知っているわよ」
「其の娘が使った武器って本物?」
「当然であろう? 全て本物に決まっておろう」
「じゃあ、アーサー王の剣も……?」
「本物だ!」
 さつきの武器は本物らしい。
「武器の真名を言えば、武器本来の能力を引き出せる」
 

 武器本来の力を引き出せる?
  

「それって、アーサー王の武器の名を言えば……」
「本来の能力を引き出せるであろうな」
 当然真名を言うようなことはしないさつきとアルトルージュ。
「質問は以上か?」
「質問は以上です」
「では、妾たちは失礼させてもらう」
 そう言って、アルトルージュとさつきは去って言った。

「次は……。ねぇリカさん、ダイラス・リーンにも、吸血鬼は居るんだよね?」
「居るわ……」
 ダイラス・リーンにも吸血鬼は居るようだ。
「だったら……」
「ないわよ!」
「……まだなにも言っていないのに……」
「ダイラス・リーンに『吸血鬼を生み出す薬はないのか?』……でしょう? そんなもの、無いわよ」
「じゃあ、ダイラ・リーンにいる吸血鬼って……どうやって手に入れたの?」
「その殆どが事件に巻き込まれた吸血被害者ね……成り損ないって奴よ……吸血鬼に強い恨みを持つ者がその大半ね」
「ファーストの吸血鬼は居ないの?」
「居ないわね。居るのは無理矢理吸血鬼にされて保護を求めてきたセカンドか、脳へのVウイルス感染を免れたサードだけよ」
「うん……となると、ダイラス・リーンが送り込んだ暗殺者っていう可能性は無視していたのかな……?」
「ダイラス・リーンなら、暗殺なんて面倒な真似はしないわよ。真正面で堂々と名乗って、その名を恐怖として刻み付けてからブチ殺すわ」
「いや、そんなこと力強く主張されてもな……」
「それに……貴方の殺害命令は、まだ発令されていないわ……たとえ吸血鬼と言え社会の害悪と認識される前に勝手に殺すと、色々と面倒なの」
「キミ、いきなり俺を殺そうとしたじゃないか!!」
「殺した後からでも『貴方が害悪だった』と説明できれば、問題ないもの」
「……ヒドイ組織もあったものだ……」
 ダイラス・リーンよりも問答無用の組織がある。
 聖堂教会である。
「とにかく、この謎の女がダイラス・リーンの派遣したエージェントという可能性は、とても低いわね」 
「いろいろ考えてはみたもの……謎の女の正体は、どれもピンと来ないな……。なんか、どれもありそうだけど、コレだっていう決め手に欠ける感じ……」
「考えていたって仕方がないでしょう?」
「ん? リカさん? 何しているの?」
「なんでもないわよ、コッチみないで、ドスケベ!」
「ドスケベって……」
「考えてもわからない時は、本人に聞けばいいのよ」
「本人って……どうやって?」
「なんの目的があって貴方を狙っているのかは知らないけれど、久住の失敗で、そう簡単に諦めたとは思えないわ」
「だろうな……」
「とにかく、久住を吸血鬼化して、貴方への攻撃命令を出した人物『謎の女』は、まだ正体すらわかっていない……。だったら探し出して、本人に直接問いただすのが一番簡単じゃない」
「……………………」
「なによ? 人の顔ジロジロ見て……」
「……口紅、いつつけたの? さっきまでは、つけてなかったよね?」
「い、今はそんなことどうでも良いでしょうっ!? 真面目な話してるのに! なに見ているのよ!!」
「あぁ……もしかして、お化粧するの気に入った?」
「う、うるさいわね! そんなことより、今日から街を巡回するわよ!」
「巡回……?」
「パトロールよ!」
「いや、それはわかるんだけど、どこを?」
 場所を聞く潤。
「どこって……そりゃ……色々よ……」
「色々って? 無闇に捜し歩いても、そう簡単に遭遇するとは思えないけどな……」
「そりゃ私だって、そう思うわ。でも、こっちには餌がある!」
「えさ……?」
「貴方よ」
 潤が餌と言うリカ。
「俺っ!?」
「針に餌もつけずに魚が釣れるとは思ってないわ。敵の目的は、貴方の身の確保か殺害でしょう? つまり、貴方が居れば、敵のほうから寄ってくるってことよ」
「敵が現れたら……どうするの?」
「そりゃ、駆除するでしょう」
「駆除……ねぇ……」
「あのね、貴方まさか、まだ『話し合いでなんとか』みたいな発想しているわけ? 久住になにをされたか忘れたの?」
「……忘れた訳じゃないけど……」
 潤は、久住に内臓を破裂させられていた。
られえる前にる! それが対吸血鬼のルールよ!」
「……気が進まないな……」
「別に貴方に戦えとは言っていないわ、貴方は餌になってくれればそれでいいのよ戦闘は、私一人で十分」
「無理だよ、相手は吸血鬼なんだよ?」
「忘れたの? 私だって吸血鬼よ……。いま面白いもの見せてあげるわ」
「なに?」
「このリンゴ、あそこのフェンスの陰に置いてきて」
「陰に……?」
「私に直接見えない位置に置くの! ほら早く!」
「わかったよ……」
「これで良い?」
 フェンスの陰にリンゴを置く潤。
「いいわ。よく見てて?」
「わ……ちょ! なにをする気!?」
「この位置から、あのリンゴを撃ち抜いてみせる」
「……え? でも、この位置からじゃフェンスの陰になってて……」
「いいから、見てて!」
 見ててというリカ。
 銃を撃つリカ。
「うわ! 当たった……!!」
 銃の玉がリンゴに命中した。
「……えぇ!? 弾道が……曲った!? ちょっと……今の……どうやったの!?」
「わからないけど……今朝早起きして、銃の試し撃ちをしてた時に気がついたのよ。撃った後に、こう……身体を傾けながら曲れ〜〜って祈ってみると、曲るのよね……」
「その銃が特殊なの……?」
「……それもどうも違うみたいなのよね……銃じゃなくて、投げた石でも同じことが出来るから……」
「石でも……?」
「曲れ〜って念じている時、頭の中がジリジリ鳴るから……多分、私の特殊能力なんじゃないかしら……」
「あ……そうか! そういうことか!」
「なにがよ……?」
「ほら、リカさんの特殊能力って、時間の流れを遅くすることが出きるでしょう? それの応用だ!」
「どういうこと?」
「つまり、弾丸の半分……つまり、右に曲げたい時は、弾丸の右半分の時間の進行を遅くすれば、左半分との速度差で方向がかわるんだ」
「……ん?」
「だから、戦車と同じ! 曲りたい方向の速度を落として曲げるんだ!」
「戦車……?」
「あー……いや、感覚的には逆なのかも知れないな……曲りたい方向に減速をかけるんじゃない。むしろ瞬間的に超加速をかけて、ほぼ無限に近い質量をのせる感じ?」
「しつりょう……?」
「……リカさん、直感でやっているからわからないんだ……グーってやるとガーッと曲る、みたいなノリなんだ……」
「なっ! わかってるわよ! 質量でしょう!? 質量っ!!」
「上手くコントロールできればすごいな……慣れてくれば、2回3回って方向転換できるよ、きっと」
「確かに、自分の思った通りに何度も弾道を変えられれば、相手が物陰に隠れていても正確に当てられるわね……」
「弾道が曲る原理はわかったんだし、もっと正確に、飛んでいる弾を意識しながら力を使えれば、不可能じゃないと思うよ」
「試してみる」
 試してみるというリカ。
「あ……2回曲った!」
「やっぱり……」
「よし! 次は3回!!」
 再び試すリカ。
「曲った! 凄いよリカさん!!」
「……う……」
「リカさん? どうしたの……?」
「頭が……痛い……」
「え? 大丈夫……?」
「今朝……練習している時も……痛くなったのよね……力を使いすぎると、痛くなるみたい……。頭の内側から、固い棒で突っつき回されているみたいな痛み……」
「……能力にも、回数制限みたいなものがあるのかな……?」
「今朝試した時には、20発ぐらい撃ったら痛くなったのよ……今はまだ、3発しか撃っていないのに……」
「電池切れ……みたいな物かな? きっと電池みたいな感じで魔力の量が決まってて、使い切ると良くないのかも……」
「電池……?」
「ほら、乾電池ってさ、一度使い切っても、暫く時間を置くと、少しだけ復活したりするでしょう? 同じような感覚なんじゃないかな?」
「あー……なんか、そんな感じかも……力を使った後、何もしないで居ると、少しずつ頭の痛みが薄らいでいくし……」
「あまり無理しない方が良いよ? ベルチェが言うには、自らの体内で魔力が生成できないセカンドブラッドにとってさ魔力の消費は自分の寿命を消費することと同じだって言ってたし……」
「でも……まだ試してみたいことが一杯あるのよね……どれくらい大きい物体の時間を制御できるか……とか」
「一度本格的に充電した方がいいかもね」
 充電した方が良いという潤。
「充電……って?」
「あー……つまりその……俺の血……かな? 多分……」
「……………………」
「軽く飲んで、充電しとく?」
「……今はいい……」
「でも辛そうだよ? とりあえずキスだけでも……」
「嫌よ……吸血欲が制御できなくなったら……困る……」
「だから、とりあえずキスだけ……」
「……貴方……そんなにしたいの……?」
「あのさ……別に俺は……その……キスしたいからこんなこと言っている訳じゃなくて……」
「……したくないの……?」
「いや、それも……別にしたくないとかじゃなくて……」
 言い淀む潤。
「……って……なんか俺、ウジウジしているな……えーと……出来ればしたいです……その先も(ボソッ)……」
「……したいんじゃないのよ……」
「うん、正直に言うと……リカさんと初めてキスした時のこと思い出すと……ニヤニヤしている時あるし……」
「……ドスケベ……」
「仕方ないだろう!? 俺だって男の子なんだから!! 責めたら可愛そうだろう!?」
「も、もぉ……そ、そのうちヤらせてあげるわよ! でも今はイヤ!!」
「……ちぇ……」
 舌打つ潤。
「ちぇって言うな!」
「とにかくさ、あまり力は使わない方がいいと思うよ? それと、体調に変化があったら、我慢しないで、ちゃんと俺に言うこと、いい?」
「……………………」
「返事は?」
「……貴方馬鹿じゃないの?」
「はい?」
「……貴方は、私のマスターなんだから……ヤリたかったら『ヤらせろ』って命令すればいいのに……」
「あれ? もしかして、無理矢理の方が好み……?」
「……バカ……」
「馬鹿っていう子が馬鹿なんだよ? 覚えておきなさい、マスターからの命令」
「……フン……」

 そうか……リカさんが今朝早く出かけた理由は、ムーンタイズを試すためだったのか……。
 リカさんはリカさんなりに、新しい自分の能力の研究とかしてるんだな……。
 自分の変化を嫌って……なにもしない俺とは大違いだ……。



 あとがき

 潤とアルトルージューを接触させちゃった。
 更にさつきの従者まで作っちゃった。
 もっとさつきの家来を増やそうかな?
 でも、血を吸いすぎるとアルクェイドとシエルが動くからな〜
 次は、ネロ戦の予定だが、無事に入れるかどうか……。



さつきに従者ができたけれど。
美姫 「これはこれで問題になるんじゃないかしら」
どうなるんだろうか。潤とアルトルージューも軽く接触したけれど。
美姫 「今の所は特に大きな出来事は起こってないわね」
これからどうなるか、だな。
美姫 「そうね。それじゃあ、この辺で」
ではでは。



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