『魔法少女リリカルなのはA's―side『KYOUYA』―』
第3話 『嵐の夜』
周囲を満たす猛烈な怒りと殺意。それを正面から受けとめる。言葉は要らない。
もはや始まっている。そしてデバイスをしっかりと握り直したその時、蒼い狼が動い
た。
狼はヴィータを背負ったまま恭也に背を向ける形で走りだした。普通なら追跡捕縛す
るの
だろうが恭也は別に管理局の人間ではないし、なのはを救う過程で戦闘せざるをえな
かっ
ただけだ。
気絶させたのも目覚めた時に話を聞ければという理由もあったが――女性を傷つける
のに
ためらいがあったし、なにより、彼女が何の理由もなく暴力をふるう娘にみえなかっ
たからだ。
だから追わない。そう決めていたのだが
「撃ち抜け、ファイアッ!」
少女の声が夜空を切り裂き雷の魔弾が蒼い狼めがけて飛来した。
蒼い狼―ザフィーラは正面に防御魔法を展開し、別軌道から飛来した雷弾をシグナム
がた
たき落とした。
ザフィーラとシグナムは無言で飛来してきた方向を見つめる。そこには黒を纏った少
女が金の髪を
揺らしながら立っていた。
「そこの娘の民間人への魔法攻撃は軽犯罪では済まない罪だ。そのまま時空管理局に
連行
します。あなた達も。抵抗しないなら弁護の機会があなた達にはある……同意すらな
ら武
装を解除して」
凛とした空気をまとい、彼女は時空管理局嘱託魔導師として、言い放った。
僅かの間、しかしザフィーラは再び逃走を開始する。
「!待ちなさいっ」
黒の戦斧、バルディッシュを握りなおし追撃しようとする。そこに
<Explosion!>
「紫電、一閃!」
怒号に等しい叫びとともに現れたシグナムが炎を纏った剣をすさまじいスピードで振
り下
ろした。
とっさにバルディッシュで防ぐが炎剣はあっさりと柄を切り裂く。金髪の少女は短い
叫び
をあげると剣の勢いを殺せずそのままビルへと叩きつけられるように落下していく。
「ちっ!」
だがそれをそのまま見ていられる恭也ではない。少女を受けとめるため疾駆する。
『加速(ヘイスト)』
白姫から声が響くと同時に周囲の時間の流れが遅くなった。こちらの速度はあまり変
わらないが
周囲の速度はあきらかに減衰している。
落下予定地点へ辿り着くと同時にヘイストが切れ、落下してきた少女を恭也が受けと
めた。
――ぶつかる! 襲ってくる衝撃を予感し目をつぶる。……が、その衝撃はいつまで
たって
もこない。恐る恐る目をあける。そこは確かにビルの中だったが私がいたのは地面で
はなく
あの青年の腕の中だった。
「平気か?」
頭上から声がした。ゆっくりと視線をあげるとやはりあの時の青年の顔があり気遣う
よう
な目でこちらを見ていた。
しばらく呆然としていたが………今自分のいる場所のことに思考が辿り着き
「は、はいっ!大丈夫です!」
あわてて離れた。絶対赤面してる、と頬が熱くなるのを感じ僅かにうつむく。
青年はそれに首を傾げていたがすぐに真剣な表情に変わった。空気の変化を感じ、私
も
視線をあげる。
「それで、どうするんだ?」
「え?」
「君は管理局の人間のようだが俺は違う。俺はなのはの安全さえ確保できればいい
……しかし君は違うのだろう?」
その言葉に少し刺を感じたが、すぐ否定した。
「確かに私は管理局の人間ですけど、今回はなのはを――友達を助けにきただけで
す。」
視線をそらさずまっすぐに見つめる。それを見て
「……真っ直ぐな目をしているな。わかった、俺にも協力させてくれ」
私をみながら見惚れるような微笑みをこぼした。
む?と首を傾げる。目の前の少女が突然顔を真っ赤にして固まってしまったからだ。
(む。熱でも出たのか?)
(……マスター、本気でいってます?)
(やめろ白姫。……主は本気だ………)
そんな二人の念話にますますわからない風にしていると
((…………はぁ………))
盛大なため息が聞こえた。
そんなやりとりをしている間、いつのまにか復帰した少女がまだ若干赤面したまま向
き
直った。
「と、とりあえずアルフとユーノには今、念話で話ました。転送の準備をしてくれる
ので私達
であの剣をもった女性を押さえましょう」
「それはいいが、あの蒼い狼はどうするんだ?おそらく、強いぞ」
「大丈夫です。アルフとユーノなら」
絶対の信頼と自信を持って、少女は断言した。
それに微笑ましいものを感じつつ、わかったと恭也は言った。
二人、上空の一点、悠然と構えるシグナムを見つめる。
「……合図で飛び出します」
(準備はいい?)
(こっちはOKだよ)
(僕の方もいいよ)
言葉とともにアルフとユーノに念話を飛ばす。そして返ってくる言葉にうなずく。
「……高町恭也だ。名前がわからないと呼びずらいだろう?」
視線は空中の一点で固定したまま声をかける。それを受けて
「……フェイト。フェイト・テスタロッサです」
同じように視線を固定したまま返した。それで十全。
フェイトは修復したバルディッシュを、恭也は白姫と黒姫を構え
「行きますっ!」
「ああ!」
空の二つ凶星へ、金と黒そしてオレンジと緑の星が流星のごとく飛びかかった。
飛行しつつフェイトはバルディッシュを鎌状に変化させた。
漆黒の衣に、大きな鎌。まさに死神と呼んで遜色ないだろう。
死神の鎌が猛スピードでシグナムに襲い掛かる。シグナムはそれを身を捻り躱す。
が、縦に振り下ろしたそれはここにきて横薙ぎに変化した。全体重を乗せたその一
撃。
しかしシグナムは予測していたかのごとくその一撃を軽々と受けとめた。
そして、そのまま剣で強引に弾かれ反れた姿勢に遠心力を乗せた剣閃が疾る。
<Defencer>
瞬間、バルディッシュがオートで防御魔法を展開させる。ぎりぎりで派生した障壁が
しか
し確実にシグナムの剣を受けとめた。
が
「貫け!レヴァンティン!」
<ja!>
コッキング音とともに剣が炎に包まれ、同時に密着状態から障壁を破砕しそのまま振
り下
ろされた。
半ば反射的にバルディッシュを閃かせ、炎剣を受けとめることに成功する。だがビシ
リと
不吉な音が響き、見ると受けとめた場所は本体の宝玉のある部分で所々に亀裂が入っ
てきていた。
このままでは本体が破壊される、他の部分はいいが本体が壊されては本当の意味でバ
ルディッシュが壊れる。
だが自分の相棒とも言えるバルディッシュが死んでしまうとわかっていても力を緩め
ることはできない。
・・・緩めれば今度はこの身があの炎剣に引き裂かれるだけだ。
ぎしぎしと力の拮抗が続くがいくら魔力で強化しているとはいえフェイトの力は小学
3、4年生の平均的な
力でしかない。数瞬後にはあっけなく拮抗が崩れるのは明確だった。それでも、フェ
イトは歯を食い縛りながら
耐える続ける。
――風が起こる。フェイトとシグナムではない。この場にいる疾風の黒い剣士が起こ
す風
が、その戦況を崩した。
いつのまにか配置された無数の光刃が上空からシグナムに射出された。
ガガガガガ!と、まるで機関銃の掃射音のような音が空気を裂く。そのあまりの数に
シグナムは
目を見開き、すぐさま空を蹴り剣の雨の射線から離脱した。しかし追撃するかのよう
に剣雨は続く。
まるでシグナムの進路を予測しているかのように行く先々に、かつ多方向から魔法陣
が現れ
そこから剣雨が降り注いでいる。その度に紙一重で回避していくシグナム。
しかしこの剣雨はもう一つの意味がある。それに気付かずまた、さらにまたと出現す
る剣雨を躱しなが
ら移動していく。
そう、檻の中へ誘われるように。
突如、シグナムの表情が驚愕に変わる。仕掛けに気付いたのだろうがしかしもう遅
い。
剣雨を隠れ蓑にして接近したフェイトがシグナムの背後から襲い掛かる。逃げ場はな
い、
フェイトが現れ場所以外は剣雨が絶え間なく降り注いでいる。
ならばと背後から襲ってきた死神の鎌を剣で力任せに払おうとするが
「バルディッシュ!」
<yes,sir>
声に呼応しバルディッシュの出力が目に見えてあがる。重くなった斬撃が拮抗状態を
つくり、
そして
「この距離なら、外しませんっ!」
見る間にフェイトの背後に無数の雷弾が出現し
「撃ち抜け、ファイアッ!」
そのすべてがシグナムに襲い掛かり、爆発した
はあ、はあ、はあ。
肩で息をしながら煙が上がっている方を見据える。今のは躱しようがない。
直撃だったはずだ。そんな実感がある。次第に煙が晴れてくる。そして完全に煙が消
え去り
「………嘘」
そこには剣を胸の前で構えた態勢のまま、紫の光に包まれたシグナムがたっていた。
無傷で。
「今のは危なかった。防御が遅れていたら間違いなく私の負けだっただろう。」
言い、剣を一度払い再び戦闘態勢をとる。
「さっきのはそこの男の策か?」
ちらりと恭也に視線を送る。
「…………そうです」
フェイトは再び瞳に戦意を灯しバルディッシュを構える。
「………確実にとらえたと思ったんだがな。あれを防ぐか」
恭也は返答しつつフェイトの隣に並び、両手のデバイスを構えた。
それを見て、シグナムの口元にうっすらと不敵な笑みが浮かんだ。
「いい気迫だ。……私はベルカの騎士、ヴォルケンリッターが将、シグナム。
そして我が剣レヴァンティン。お前は?」
その宣誓ともいえる言葉をうけ
「ミッドチルダの魔導師、時空管理局嘱託、フェイト・テスタロッサ。
この子はバルディッシュ」
言い、突き付けるようにバルディッシュを向けた
。
「テスタロッサ……それにバルディッシュか」
確かめるように言い
「……お前は?」
視線を恭也へと向け同じように問うた。
「……御神の剣士、高町恭也。」
言い、片方の剣を向け
「それと、白姫に黒姫だ」
恭也は厳然と言い放った。
「恭也、それと白姫、黒姫…か」
同様に確かめるように口の中で言葉をまわし
……何の合図もなく、しかしそれが当然のように。三人は再び戦闘を開始した。
戦いは加速していく。幾色もの光が炸裂し、流れていく。一見すれば綺麗なそれ、し
かしその実
まちがいなく戦いの光だ。
「……助けなきゃ」
誰に言うでもなくつぶやきなのははふらふらとおぼつかない足取りで歩きだす。一歩
進む
たびに腕に激痛が走る。しかしそれでも歩みを止めようとはしない。できない。皆が
戦っている。
誰のために。……私のために。腕は動く、足も動く。なら、進まなくては。そんな主
の意志を
組取ったように、レイジングハートが輝き――羽を広げた。
「……レイジングハート」
気遣うように声をかけた。すると
<Let's shoot it.“STAR RAIGHT BREAKER”>
なのはの持つ最強の砲撃魔法、スターライトブレイカー。負担も決して軽くないそれ
を撃てと
下手をすれば自壊の可能性すらあるにもかかわらず撃てと、断言した。
「そんな、ムリだよそんな状態じゃ」
なのはの心配する声を聞いてなお、レイジングハートは撃てると断言する。
「レイジングハートが壊れちゃうよ!」
なのはの声に涙が混じる、それを聞いて一言だけ
<I believe my master.>
その言葉に、いったいどれだけの想いがこめられているのか。わからないなのはでは
ない。
こぼれ落ちそうな涙を堪える。再びあけたその瞳には確固たる意志が宿っていた。
「……わかったよ。レイジングハートが私を信じてくれるなら」
同時、桃色の巨大な魔法陣が眼前に形成される。杖から伸びる光の翼が輝きを増す。
「私も、レイジングハートを信じるよ」
杖を構え直し、ありったけの魔力を込める。
(私が結界を壊すから、タイミングをあわせて転送を!)
同時に自身の意志を念話を通して伝える。今自分がやれること。それはレイジング
ハート
の信頼に応えることだけなのだから!
友人達の気遣う声が聞こえ、大丈夫と応える。その中に
(……わかった。まかせたぞ)
見知った声が念話ごしに確かに聞こえた。絶対の信頼と友愛を兼ねそろえたやさしい
声が。
(うん!)
本来ならこの場で聞けないはずの声が聞こえうれしくなる。
友人達や……そして兄。その存在のすべてが自身の支えとなり更に魔法陣は輝きを増
した。
収束する巨大な魔力。それを感知しシグナムとザフィーラが動こうとするがそれをさ
えぎるように
恭也、フェイト、アルフ、ユーノがそれぞれの前に立ちはだかる。
発射完了まで10秒、その間、なのはへは一歩も近寄らせない。
その意志を瞳に宿し、なお近寄ろうとするシグナムとザフィーラを止める。
「はああぁぁぁああ!」
死神の鎌が疾駆する。その様、断頭台の刃のごとく。それを躱し抜こうとするシグナ
ムよ
りなお疾く、恭也がシグナムの眼前にまるで瞬間移動したかのように現れ、両の光刃
が肉
薄した。
その間にカウントは進み、魔力の収束がピークに達した。カウント残り1。
それにともないなのははレイジングハートを大きく振りかぶり――――――
ずぶり、と。なのはの胸から、腕が生えた。
「…………なの、は?」
その、あまりにも奇妙でグロテスクな様に言葉を失う。その腕はもう一度動き、今度
はそ
の手にナニカをつかんでいた。
「なのはぁぁあああ!」
叫ぶと同時になのはの元に駆けようとするが、急停止する。いや、させられた。さっ
きと
は逆にシグナムがその行く手を阻んでいる。おそらく向こうも同じ状況になっている
だろう。
攻めるより守る方が圧倒的に有利だ。しかも実力自体が相手の方が上なのだ。
きっ、とフェイトがシグナムを睨み付ける。シグナムはそれを意にも介さず剣を構え
なおした。
「なんだ……あれは」
赤熱する感情を押さえ付けながら言葉を紡ぐ。
『おそらく……空間魔法の一種です』
『手につかんでいるのは、なのはさんのリンカーコアでしょう』
恭也の声に白姫と黒姫が応える。
だがそれが限界だった。感情はもはやオーバーヒート寸前で冷却がおいつかない。
「なのはぁあああああ」
フェイトと同じように叫びながら空を駆る。しかしまた同じように剣を振りかぶった
シグ
ナムが妨げるように現れ剣を振り下ろす。しかし
「…………邪魔だ」
さっきからは想像もつかないような空間すら凍結しそうな殺意を宿らせた声をつむぎ
『『刹那』』
二つのデバイスからガキガキガキン!とコッキング音と声が響き、恭也の姿がかき消
え
「神薙」
どこからか恭也の声が響くとまったく同時にシグナムが突然ビルへ吹き飛び、突き抜
け、二つほどビルをぶち
抜き、三つ目のビルの窓ガラスを砕いてようやく止まった。
フェイト達がその光景に呆然とする。が、恭也はそんなことは気にすらせずなのはの
元へ。
「失せろっ!」
近付きなのはの胸から生えてる腕目がけてリンカーコアを傷つけないように飛針を射
出した。
射出された飛針は複雑な軌道を描きながらすべてがリンカーコアを避けて生えだした
腕に深々と突き刺さった。
手はびくり、と一瞬痙攣しそのままずるりと抜けた。
「……す・・・スターライト、ブレイカァー!」
0カウントとともに引き裂くような声が夜空を満たし放たれた巨大な砲撃があれほど
強固だった
結界を完膚無きまでに破壊した。
どさり、となのはが倒れる。それを寸でのところで恭也が抱き留めた。
「なのは………なのはっ」
呼びかけるが一向に応えはない。
『マスター落ち着いてください!』
『リンカーコアから魔力を奪われた所為で気を失ってるだけです!主が落ち着かなく
てど
うするんですか!』
白姫と黒姫から檄が飛び、恭也の表情に理性が戻る。
「……すまん」
落ち着け、と念じながら理性で感情を冷却する。そして改めてなのはの容体を見る。
若干体温が低下し、軽い衰弱状態になっている。命に別状はないようだがこのままに
して
おける状態でもない。
視界の端を飛びかう閃光が掠めた。どうやら逃げるらしいが無視する。
今優先すべきはなのはをすぐに安静にできる場所につれていくこと。
「「「なのはっ!」」」
戦闘が終了したからかフェイトとアルフとユーノの三人があわてて駆け寄ってくる。
「すまないが、誰か管理局に通信できる人はいないか?」
「僕ならすぐできますけど………あなたは」
「俺のことはどうでもいい!なのはは命に別状はなさそうだがだいぶ衰弱してる。な
るべく急ぐように
いってくれないか………頼む」
ユーノは最初すこし訝しんでいたが恭也の真剣さを感じてか話を聞くなりすぐに通信
を始めた。
ぐったりしているなのはの手を握りながらフェイトは涙目になりながら「なのは!」
とアルフ
と呼ばれていた女性とともに名を呼び続けている。
夜の幕が次第に降りる。こうして、再開された戦いの最初の夜が終わっていく。
冷たい風が、吹いた。
倒れてしまったなのは。
美姫 「そして、去って行く騎士たち」
ひとまず、戦いは終了を告げる。
美姫 「果たして、彼女たちの正体は」
その目的とは。
美姫 「倒れたなのはの復活を心待ちにしつつ」
次回を待て!
美姫 「って、またやってるし」
お前もノリノリだし。
美姫 「いや、面白いからつい」
ともあれ、次回も楽しみにしてますよ〜」
ではでは。