『ネギまちっく・ハート〜season of lovers〜』
第二十符『大切な人』
「ん・・・」
ここはどこだろう。見覚えのある部屋。そうだ。ここは自分の部屋だ。力ない体に鞭を打って起き上がる。
布団を剥ぎ取り、飛針を刺された腹を見る。しかし、そこには傷が無かった。まるで始めから怪我なんかしていなかったかのように。
恭也は首をかしげながら周りを見回す。一体どれくらい眠っていたのだろうか。おそらく麻帆良祭は終わっているだろう。
恭也は自分の携帯電話を探そうと起き上がろうとしたとき、部屋のドアが開いた。
「目を覚ましたか、恭也。」
エヴァだった。手には濡れたタオルを持っている。恭也の体を拭くためのものだろう。エヴァは勤めて冷静に恭也の側に座るとタオルを恭也に手渡した。
「俺は・・・・勝ったのか・・・・?」
恭也は受け取ったタオルを見つめてつぶやいた。最後の死闘は恭也も既に無意識の中で戦っていたようだ。
エヴァは恭也のその手を取って恭也にわかるようにはっきりといった。
「勝ったよ。最後に立っていたのは恭也だった。」
エヴァのその言葉に恭也はタオルを握り締める。
「そうか・・・・勝ったのか・・・・。」
少し信じられないような口調でつぶやく恭也を見てエヴァは恭也の名前を呼んでエヴァのほうを向かせた。
エヴァは恭也の顔に手をやるとでこを指ではじいた。でこピンだ。しかも、一切の加減は無かったようで、あの恭也がでこを押さえて痛がった。
「確かに勝ったが・・・・いった筈だぞ?これ以上心配させるなとな。」
エヴァの口調は少々怒気をはらんでいた。エヴァは何度も恭也に自分を心配させるような戦いをしてほしくないといってきた。
しかし、真名との試合では重傷を負い、鼎との試合では瀕死の怪我を負っている。エヴァが怒るのも無理は無いだろう。
「だが・・・・こうして目を覚ましたんだ。色々と言いたいことはあるが今回はこれで許してやるよ。」
エヴァはそういうと笑いながら恭也に軽くキスをした。恭也はこの笑顔を見たかったのだと改めて想うとエヴァを抱きしめてすまなかったと謝った。
「ん・・・・。今回は許してやる。さて、こうして目を覚ましたんだ。茶々丸のところにいってやれ。」
エヴァはそういうと立ち上がって恭也の手を取ると恭也を無理やり立ち上がらせた。恭也は想いもよらない力に引っ張られて立ち上がりはしたものの、
長く横になっていたのか、足に思うように力が入らずふらついてしまった。
「エヴァ、今日は何日だ?」
自分の不調に疑問を感じた恭也はエヴァに聞いたが、エヴァの口から出たのは想像を超えた答えだった。
「今日は7月13日。お前は約一ヶ月眠ってたんだよ。」
麻帆良学園大学校舎。恭也はそこに足を運んだ。茶々丸は今日、月に一回の点検のために工学部に行っている。
恭也はエヴァの手を借りず、一人重たい体を引きずるようにここまでやってきた。
何度も足を運んでいる恭也は勝手知ったるなんとやらで大学校内を工学部の研究室に向かって歩いていく。
そして、恭也はすぐに研究室に繋がる廊下に出た。と、一番奥の研究室の扉が開らかれた。そこから茶々丸が姿を現す。
定期メンテナンスを終えたのだろう。茶々丸は研究室内に一礼すると廊下を一歩歩いた。そしてすぐに恭也の姿を視認する。
恭也も茶々丸の姿を目にしながら一歩一歩茶々丸に向かって歩いていく。茶々丸は走り出した。
一ヶ月も眠り続けた恭也が目を覚ましたのだ。それどころか、目覚めたばかりで体の調子もいいというわけではないのに、自らの足でここまで来たのだ。
「恭也・・・!!!」
茶々丸は恭也に抱きついた。恭也は茶々丸を支えようと力を入れたが思いのほか力が入らず廊下に倒れこんでしまう。
しかし、恭也は茶々丸を離さずに抱きしめた。大切な存在の茶々丸を。
「泣かないでくれ茶々丸。お前のそんな顔を見るためにここまで来たんじゃないんだ。」
恭也はそういって茶々丸の顔を上げさせる。茶々丸は恭也の顔をみて、笑った。ぎこちないながらも笑った。
「よかった・・・・。目を・・・・覚ましたんですね・・・・。」
茶々丸は涙をぬぐって恭也に言った。恭也は心配をかけてすまないと頭を下げて茶々丸の手を借りて立ち上がる。
茶々丸は恭也の腕を取って一緒に歩き出す。恭也は自分の力で歩こうとしたが、茶々丸の好意をそのまま受けて、大学を後にした。
「遅かったな。恭也、茶々丸。」
恭也の家に着いたとき、玄関先でエヴァが待っていた。
「ただいま。」
恭也はそういってエヴァの手を取って茶々丸と三人で家に入った。二人の笑顔を見たいという想いの下に剣を振るった一人の剣士は、
その想いを貫き、強くなるための理由と二人の笑顔という自分の欲したものを手にした。そして、自分の大切な存在と歩んでいくこと。
それを改めて心に誓う恭也だった。
「うにゃぁ・・・・」
唐突に目を覚ました。長く眠っていた気がする。ベッドから体を起こしてカレンダーをチェックすると既に6月分はめくられていて7月のものになっている。
鼎は寝すぎたかなとつぶやきながらベッドから降りた。しかし、思い通りに体が動かず膝をついてしまう。
しかし、力をこめて立ち上がると携帯電話を探して正確な日付を確認する。7月13日。どうやら一ヶ月近く寝ていたようだ。
鼎はやれやれと頭をかくとそのままバスルームに向かう。シャワーを浴びて出てきた鼎は着替えを探した。しかし、どこにも無い。
「あ、ここってさよと和美の部屋か。どおりで俺の下着が無いわけだ。」
鼎は仕方ないとさっき脱いだ下着をもう一度着るとかけてあった制服を手に取った。
制服はおそらく鼎が目を覚ましたときに一緒に学校に行けるようにと二人が用意していたのだろう。
鼎は制服を羽織ると携帯を手に二人の部屋を後にした。既に時刻は2時を回っている。
今から用事を済ませて学園にいけば、ちょうど下校時間になるころだ。鼎は二人に会うために足を運ぶ。麻帆良学園に。
「さて、それじゃ帰りますか。」
授業が終わった教室から生徒が帰宅のために、部活のために出始めた。そんな中、さよと和美も寮に帰るために荷物をまとめ始めた。
麻帆良祭が終わって早一ヶ月。そして鼎が眠りに就いてから早一ヶ月。鼎の傷は既にすべて癒えているが、意識は一向に回復する気配はない。
それでも二人は鼎を自分の部屋のベッドに寝かせ献身的に世話をしている。
「今日の夕ご飯はどうします?」
さよは帰り支度を済ませると和美に聞く。和美は魚が食べたいかなとさよにリクエストした。
二人の関係において、さよは料理と裁縫を受け持ち、和美は洗濯と掃除を担当している。
さよはそれじゃあ、買って帰りましょうといって帰り支度の済んだ鞄を手に取り、廊下に出た。と、そのときさよの携帯電話が鳴った。
マナーモードにしていたから震えたといったほうが正しいかもしれない。しかし、すぐに切れてしまった。
さよは誰からだろうとポケットから携帯電話を取り出す。着信履歴を確認するさよ。そこには、ありえない名前があった。
いや、ありえないというわけではない。しかし、その名前の人は眠りについているはずである。さよは和美に伝えようとする。
あまりの驚きに声は出ないが、和美のほうを振り向いた。と、和美も携帯電話の画面を見ている。
さよは反射的に和美の携帯電話の画面を覗いた。こんなことがあるわけない。
でも、このタイミングで二人が同じことをするということは間違いない。さよはそんな確信を持っていた。
和美もさよの顔を見てそれを確信した。そして急いで家に帰ろうと自分たちのいつも使っている階段のほうを向く。
廊下には生徒がまばらながらもいる。しかし、二人はその先にいる一人を見つけた。一歩一歩廊下の真ん中を二人のほうに向かって歩いてくる。
間違いない。あの人だ。二人は駆け出した。その距離はだんだんと、確実に近づいていく。そして、二人は大切な人に、心から愛する人に抱きついた。
「おとと・・・・うわぁ!!!」
鼎は抱きついてきた二人を支えきれずに受身も取ることもできないまま廊下に倒れこんだ。
さよと和美はそんなこともおかまい無しに鼎を離すことなく、強く抱きしめた。
「そんなに泣くなって。お前らの泣き顔を見たくて来たわけじゃないんだから。」
鼎は何とか起き上がって二人の顔を上げさせる。しかし、その後も暫く二人は泣き止まなかった。
どこか別の場所に移動しようにも二人が鼎を押さえ込んでいるために起き上がれても立ち上がれない。
鼎は仕方なく周りの視線に耐えながら二人が泣き止むのを待った。10分ほどで二人は泣き止んだが、
さすがに廊下で話はできないので自分たちの教室に二人を連れて行った。
教室には当然、何人も残っていたが鼎たちが入ってくると何かを察したかのように教室を後にした。
「えっと・・・・何から言えばいいのかな・・・・。」
鼎は何を言えばいいのか困惑していた。何から言っていいのかわからない。大会のこと、『蓬莱人形』のこと、
断片集(フラグメント)のこと、プロポーズのこと。話すべきことはあるのに何からいっていいのか、頭の中が混乱している。
「鼎のことはよくわかりました。」
そんな中、さよが口を開いた。その通りだろう。今回の大会ですべてわかるだけのことを鼎はやってきたし、鼎の父親からも聞いた。
その上でさよが口を開いた。
「俺は・・・・過去を受け入れようと思う。過去との断絶のために大会に出るつもりだったけど、恭也との戦いの中でそれが甘いことだってわかった。
今まで俺がやってきたことをすべて受け入れようと思うんだ。」
鼎は何を言っているんだろうと思いながらもそんなことを言っていた。しかし、それは鼎の大会で見つけた『答え』でもあった。それを聞いた二人は頷いた。
「過去を捨てるなんてことは誰にもできないから。それでいいんじゃない?私たちが好きになったのは鼎っていう存在なの。
鼎は鼎のまま、鼎の生きたいように生きればいいんだよ。だから・・・さ・・・・。」
和美はそういって恥ずかしそうにほほをかいた。
「ですから、ここでプロポーズの返事をさせてください。」
さよはそういうと和美の顔を見る。そして二人は頷くと鼎のほうをまっすぐに見て世界樹の下で交わした約束を果たした。
「「私たちと結婚してください。」」
声をそろえて二人は言った。すべてを受け入れた上で二人で考えて決めた答え。
この答えは世界樹の下で二人が思った答えと同じであって全く違うものだった。
鼎にプロポーズされたとき二人は何を今更という感じで聞いていた。しかし、大会が進むにつれ鼎の背負うものの重さに、
大きさに気付かされのだ。大会が終わり、鼎が目を覚まさない間に二人は幾度と無く話し合った。そして、この結論に達したのはつい先日。
それまで二人の答えは出ていなかった。しかし、鼎のすべてを受け入れ、支えていこう、支えられていこうという答えを二人は出した。
だからこそ、二人はこの道を、結婚を選んだのだ。
「ありがとう。和美、さよ。」
鼎はそういって胸ポケットから二つの箱を取り出した。それを手のひらに載せて二人の前に差し出す。
「少し早いかもしれないけど、お前たちにこれを送りたい。」
鼎の言葉に二人はその小箱を手にとってふたを開ける。その中にあったのはダイアの輝く指輪。二人は互いに顔を見合わせると鼎の顔を見た。
「昔やってた仕事の関係で少し・・・いや、実を言うと相当の蓄えがあるんだ。きれいな金じゃないし、使いたくは無かったんだけど、
俺は過去を受け入れることをはっきりと決めた。だから、こうしてお前たちにこれを送りたい。」
鼎の言葉を受けて二人は指にその指輪をはめた。
「受け取るよ。じゃあ、鼎には代わりにこれを。」
和美はそういうと首に提げたペンダントを鼎の首にかける。鼎は首にかかったペンダントを手に取るとありがとうと頭を下げた。
「じゃあ、私はこれを。」
さよはそういうと手首からブレスレットをはずし鼎の手につける。
「私たち、あんまりお金持ってないからさ。高いのじゃないけど。」
和美は恥ずかしそうにそういったが、鼎は値段なんか関係ないよといって素直に喜んだ。
「本当にありがとう。二人に出会えて本当によかったよ。」
鼎はそういって二人を抱き寄せた。二人は互いに鼎を抱きしめた。これからどんなことがあっても三人でやっていける。
それを確信させる三人の新しい姿だった。
「のわぁ!!!押さないでよっ!!!!」
と、教室の引き戸が勢いよく開いた。そして、そこから雪崩のように生徒が、三人の友達があふれ出てきた。
「いや、別に盗み聞きするつもりなんて無かったんだよ?」
あわてた口調で弁解する桜子。
「ちょっとー、誰よ押したの!!」
人の山を見て文句を言う美砂。
「学生結婚すごいじゃん!!」
和美とさよの方に手を回す円。
「オッケー、オッケー!!!場所はとってあるから『婚前披露宴』よ!!!」
そういって机に立って手を振り上げる忍。
「「おめでとー!!!さよちゃん、かずみちゃん!!!」」
心からの祝福を叫ぶ鳴滝姉妹。
「結婚式はいつするん?」
未来の話をする木乃香。
「おめでとうございます、朝倉さん、相坂さん。」
祝福の言葉をかける刹那。
「これも一つの形・・・か。よかったな鳳。」
仇。しかし、友でもある鼎を祝福する真名。
「お、おめでとうございます。鳳くん、相坂さん、朝倉さん。」
頭を下げ祝福するのどか。
「おめでとう。鼎。いい夫婦になれよ。」
鼎の頭をくしゃくしゃにしながら祝福する勇吾。
「みんな・・・。」
友達がいる。自分たちのことを祝福してくれる友達がいる。それでいいじゃないか。温かい友達がいる。それ以上望むものは無い。
鼎は目を瞑って笑みをもらすと立ち上がる。
「よっしゃ!!!今日は婚前披露宴だ!!月村、場所は取ってあんだな!!!」
鼎の声に忍がもちろんと親指を突き出す。
「ヨーシ!!今日は騒ぎに騒ぐぞ!!明日のことなんか考えんな!!大いに飲んで大いに食って大いに騒げ!!いくぞオメーら!!!」
鼎の声に呼応するかのように教室中が割れんばかりの歓声に包まれる。
「エヴァちゃんと茶々丸ちゃんにも連絡するですぅ♪」
文伽が携帯を手にそんなことをいう。
「でも、恭也君がまだ床に臥せってるし・・・・。」
風香がそういって文伽をとめようとした。しかし、そこに鼎が声を上げる。
「大丈夫だよ。恭也のやつなら目ぇ覚ましてやがるさ!!さっき、大学校舎のほうで見たからよ!!」
鼎の声にこたえるように文伽と風香がエヴァと恭也に連絡を取る。
「鼎、なんか騒ぎが大きくなってる気がするんですけど・・・・。」
さよが心配したふうに鼎に聞く。
「鼎、いいの?ほかのクラスの生徒も混じってるけどさ・・・・。」
和美が見慣れない生徒の顔を見つけて鼎に聞く。
「いいじゃん。みんなで騒ごーぜ。」
鼎はそういうと二人の手を取った。
「新しい未来への第一歩だ。しっかりと踏み出そうぜ。三人で。」
鼎の手を握り返すさよと和美。
「おーい、主役が先頭じゃないと始まんないぞぉー!!」
桜子の呼びかけに三人は頷く。
「「行こう、鼎!!」」
二人が鼎の手を引く。
「おう!!」
鼎が二人を引っ張るように駆け出す。三人が見つけた答え。その先にあるのは『希望』と『未来』と『幸せ』。三人の新しい一歩が、今始まる。
あとがき
やっと終わりました、麻帆良祭編。
(フィーネ)麻帆良祭って言っても、PRIDE〜麻帆良祭り〜だけしかないけどね。
仕方ないだろ。この結末考えてた手前、最後まではできないって。
(フィーラ)それもそうね。
さて、じゃあ次回予告をおねがいね。
(フィーリア)はーい♪次回、ネギまちっく・ハート第二十一符『剣士の恋物語@』!!!
(フィーネ&フィーラ&フィーリア)乞うご期待♪♪♪
遂に完結、麻帆良祭編〜。
美姫 「色々あったけれど、過去を受け入れたみたいね」
うんうん。さて、次回からはどうなるのか、楽しみだな。
美姫 「次回はどんなお話が始まるのかしらね」
次回も楽しみにしてます。
美姫 「それじゃ〜ね〜」