彼がいなくなるかもしれない

 

たまらなく怖かった

 

彼は騎馬戦で落ちて少し頭を打って気絶しただけ

 

それは解っている

 

でも、それが解っていてもたまらなく怖かった

 

軽傷ということが解っていても怖かった

 

閉会式の後、すぐに彼のいる保険室に向かった

 

私は目覚めた彼と話をする

 

ただそれだけなのに、涙が出た

 

言いたいことがあったはずなのに、言葉は出ずに涙が出てくる

 

既に私の心に巣くっていた不安は消えている

 

もう彼から離れたくなかった

 

もう彼を離したくなかった

 

もう彼のことがいとおしくて仕方がなかった

 

唐突に、何故か唐突に私は彼に対するこの感情が理解できた

 

私は彼のことが―

 

 

 

 

 

新式日常 第10話「理解、そして前進」

 

 

 

 

 

 

目を開ける

 

白い天井

 

自分が横になっていることに気付く

 

少し、頭が痛い

 

そして、左手に何か重みがある

 

「正・・・起きた?」

 

「鈴音?」

 

左からふぅ、とため息の音が聞こえる

 

でも、それはうんざりとした感じではなく、心からの安堵に聞こえた

 

しかし、何故か鈴音が胸を思いっきり叩いてきた

 

「痛ッ!お前、怪我人に何を・・・」

 

しかし、俺はそこで言葉を止めた

 

否、止めざるを得なかった

 

泣いていたからだ

 

「ばかぁっ・・・!」

 

胸が詰まった

 

息が苦しい

 

自分が計り知れなく悪いことを犯してしまったのではないかとの疑問すら沸き起こった

 

こいつに泣いていて欲しくないと思った

 

笑っていて欲しいと思った

 

守りたいと思った

 

そうか、俺はこの女に惚れてるな

 

理解、できた

 

ふと、さっきから重かった自分の左手が鈴音に握られていることに気付いた

 

俺は何も言わずに手を握り返した

 

鈴音も更に握り返してきた

 

それで通じた気がした

 

 

 

 

「大体、正がいけないのよ、私を心配させるから・・・」

 

「はいはい、悪かったね・・・」

 

あれからすぐに不在だった保健室の先生が帰ってきて、俺たちは大慌てで握っていた手を放し、両方とも顔を真っ赤にした

 

そしてそのまま下校時間だと保健室を叩き出された

 

適当な教師だ

 

その足でお互い着替えて、今帰り道にいるというわけだ

 

二人の間にあった気まずい空気は消え、前にしていたような自然な会話を交わしていた

 

いや、前と少し違うところがあった

 

どこか、穏やかな空気が二人の間に流れていた

 

 

 

 

 

9月28日(火)

 

 

AM 8:00

 

 

通学路

 

 

 

やっと休みが終わった

 

昨日は体育祭の振り替えで休みだったのだが、退屈していた

 

学校に行けることが嬉しかった

 

それはアイツに・・・ん?あれは・・・

 

「鈴音」

 

「あ、正おはよー」

 

いつもの別れ道に鈴音がいた

 

「どうしたんだ?誰か待ってるのか?」

 

「あ、いや、そのそうゆうわけじゃないんだけど、ちょっと・・・」

 

何故か口ごもる

 

あと少し頬が赤いような・・・?

 

「まぁいいや、誰も待ってないんなら一緒に学校に行こうぜ」

 

なるべくさりげなく言えたと思うが、声が少し緊張してるかもしれない

 

返答までの間がとてつもなく長く感じた

 

「うん、一緒に行こう」

 

嬉しそうに言う鈴音の声を聞いて心中で安堵のため息を思いっきり吐き出す

 

なさけねぇ、なんでこんなに緊張してるんだ・・・

 

俺はそのことを感付かれないように、鈴音の横になるべく自然にならんだ

 

 

 

 

 

今日の1時間目、2時間目は臨時ホームルームとなっている

 

理由は1ヶ月後に迫っている文化祭の段取りを決めるため

 

文化祭実行委員という有難くない役割決めから、クラスで何をして、誰が何の役割をするのかということまで決定される

 

で、その有難くもない(誰もなろうと思わない)文化祭実行委員が・・・・

 

「先生、実行委員は小田が適任だと思います」

 

「賛成。小田が適任だと思います」

 

ちょっと待て、こいつら

 

なんで俺に推薦を・・・、ああそうか。鈴音と仲の良い俺に対する嫌がらせの一種だな

 

先週は俺と鈴音がまったく会話をしなかったから薄れていたが・・・朝に自然と会話しているのを見て再燃したのか?

 

「じゃあ、小田が実行委員に適任と思う奴は手を上げてみろ」

 

担任が言う。言い終わると同時に間髪いれず上がる男子全員の手。

 

「よし、じゃあ男の方の委員は小田に決まり、と・・・」

 

くそ、ことこの事に関することは完全に同調してやがる・・

 

「先生、女子の方は私が立候補して良いですか?」

 

突如隣から上がる声

 

見なくても解る。鈴音だ

 

「椿か、まだ転校して1ヶ月ほどしか経ってないが実行委員をして大丈夫か?」

 

「その辺りは大丈夫です、解らないとこがあれば小田くんにサポートして貰います」

 

男達は突然の展開に唖然としているのか、いつもの殺気は来なかった

 

「ふむ、じゃあ女子で椿が実行委員をすることに異論がある奴はいるか?・・・・・いないな、じゃあ女子の委員は椿、と」

 

俺も少し唖然とした

 

思わず鈴音の顔を見る

 

鈴音は俺の顔を見て、ニヤっとした笑みを返した

 

その後、茫然自失から立ち直った男子による殺気攻撃がはじまったが・・・まったく気にならなかった

 

結果的に道化と化した男子は歯軋りせんばかりに悔しがったらしい

 

天罰と言う奴だろう・・・結果的には嬉しいことだったが

 

1ヶ月後の文化祭

 

今から思うのは変だが、何故か人生においてとてつもない意味を持つ日になるような予感がした

     

    


あとがき

 

10話をお届けしました、きりしまです。

 

えー、いよいよ佳境です。

 

なんか語ることが少なくなってきました(汗)できれば次の話もお付き合いください

 

では、また次の話で

 


おお、二人が自分の気持ちを…。
美姫 「そして、ここでお話は次回へ〜」
気になりますな〜。
美姫 「ええ、それはもう本当に」
さて、そんなこんなで実は次話が手元に。
美姫 「それじゃあ、早速読みましょう!」
おう!



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