天上の黒薔薇
8話「イタリアからの訪問者 前編」
薔薇の館
「ふぅ〜。」
今このリリアンで最もアツイ人物、黒薔薇様ことシオン・ファシールは大きなため息をついた。
「どうしたの〜そんな大きなため息吐いちゃって?」
面白がって言う聖
「・・・・・あのねぇ、あなたも騒動の元凶の一人でしょうが、白薔薇様!」
「あら心外ね、私達が貴方を必要としているのは、紛れもない事実ですもの、
それとも、いまさら何か問題でも?黒薔薇様(ロサ・ジャンヌ)?」
「そうよ、往生際が悪いわ、シオンちゃん。」
間髪入れず、蓉子、江利子からも援護射撃を受ける。
この三人を舌で負かせる事が出来るのはそうは居ないだろう、
付き合いの浅いシオンでもそれくらいは解かる、
「むぅ〜」
頬を膨らませて、不満の表情を見せるシオン、本人は意識していないのだが
これが途轍もなくかわいい、山百合会の面々は皆固まり、
この状況に最も早く慣れた聖が、シオンに抱きついてくる。
「シ〜オ〜ン♪」
「わっ!やめてくださいよ!白薔薇様!」
必死に抵抗するシオン、もちろん本気は出していないが・・・・・
しかし、その状況さえかわいく見えてしまうようで、シオンは泣きそうになった。
「白薔薇様やめてください!シオンが嫌がっているでしょう!」
突然祥子がヒステリーを起こし、聖に食って掛かる。
「あれ?祥子、もしかして怒ってるの?」
祥子の神経を逆撫でる様な言い方で言う聖、祥子はますます眉間にしわを寄せ。
「怒っているに決まってるでしょう!シオンを離してください!」
「シオンはこうされるのは嫌?嫌じゃないよねえ〜♪」
さらに見せ付ける聖、シオンも弱みを握られているせいか、強く出る事も出来ずに
心の中で葛藤していた。
(うぅ・・・・・何で俺がこんな目に)
一触即発の祥子たちに、やれやれといった表情で蓉子は、
「はい、もうおしまい、祥子もそんな顔しないの、聖も祥子をこれ以上からかわない!」
「なになに?蓉子も参戦?」
江利子が何気なく言った一言に蓉子は顔を真っ赤にし、
「な!何を言っているの!いい加減にしないと怒るわよ!」
シオンの事になると何故か沸点が低い蓉子は、本来の役目を忘れ
騒動の中心にいる。
火種は大きくなり、今にも爆発しそうだった、その時
「え〜〜っと、シオンさんって武道やってるの?
素手でも十分強いみたいだけど?」
あきらかにおかしいタイミングで話を切り出したのは、黄薔薇のつぼみ
支倉令であった。
(はぁ・・・・蓉子さままでああなってしまわれたら、後は止めるのは
私しか居ないじゃない・・・・)
令の助け舟にいち早く気付いたシオンは、隙を見て聖の腕の中から脱出し、
「シオンって呼んでって言ってるでしょう、令。」
そう言って、一呼吸置いてから語りだした。
「武道というと剣とか、槍とか、弓とか?」
「そう、私は剣道やってるんだ。」
場の空気は、先ほどまでの、ぴりぴりした雰囲気から変わりつつあった、
すると、
「剣道と言うのは、日本の『斬る』剣術の事?」
意味深な事を言うシオン。
「そうよ、日本のって・・・・他にあるかなぁ?」
「令は強いの?」
「まあ一応二段は持っているけど・・・・・」
話をそらすために、思いつきで言った一言が、こんなにシオンの気を惹くとは
思っていなかった令は、少し動揺しながらもシオンの答えに答える。
「そう、とにかく強いのね、じゃあ行きましょうか。」
そう言って令の手を持って歩き出すシオン、
「え?うわわわわ、・・・」
驚いて間抜けな声を出す令、周りのみんなもかなり驚いているようで
「ちょっと黒薔薇様!令ちゃ・・・・お姉さまをどうするつもりですか!」
祥子に負けないヒステリーでシオンに迫る黄薔薇のつぼみの妹、島津由乃。
「どうって、勝負するに決まってるでしょう!」
さも当然のように言ってのけるシオン。
「あんなに目立ちたがらなかった黒薔薇様が、何故自分からそのような事を?」
志摩子がシオンに聞く、するとシオンは少し戸惑いつつも
「昔から剣だけは勝てない相手が居てね・・・・その人はすごく強くて・・」
嬉々として語るシオン、その笑顔にしばし見惚れる令達。
「シオンにそこまで言わせる人って、すごい人なんだね」
「ええ、いい人でした」
少し顔をしかめて言うシオン。
「いい人・で・・・・した?」
自分が地雷を踏んでしまった事に気付く聖、
「あ、いえ、気にしないで下さい。随分と昔の話ですから」
皆さんが考える以上にはるか昔のね、と小声で付け加えたが、皆には聞こえていないようだった
「そう、でもシオンにそんな表情させるなんて余程出来た方だったのね。」
「ええ、自分にも他人にも厳しくて、曲がった事が大嫌いな、
とても尊敬できる人でした。」
目を細くして蓉子の問いに答えるシオン、そして暗い雰囲気を吹き飛ばすように、
「そういうことだから、行くわよ!令!」
早歩きで走り去るシオン、
「ちょっと!シオン!武道場どこにあるか知ってるの?」
「あ〜そういえば知らなかったかも。」
微笑みながらそう答えるシオン。
(お前はベリアル達の様な愚かしい真似はしないと信じてるよ、ベルゼブル)
結局、学校案内もついでに行うと言って、山百合会総出で行くことになった
道すがら、シオンはそう思っていた。
武道場への道
ふと志摩子は予感がした、誰かが呼んでいるような、誰かを求めているような、
そんな感覚だった、聖やシオンに会った時のような、もしくはそれ以上の
強い何かが志摩子を惹き付けていた。
「誰かが呼んでいる・・・・・・。」
志摩子はシオンたちの列を離れ、一人彼女の聖域と呼べる所へ歩みを進めた。
桜の下
講堂の裏の、銀杏の中に一本だけ生えている桜へ志摩子は向かっていた、
聖に会った場所でもあり、何か特別な予感がしていたからだ。
そして、講堂を回って桜の方へ行くと先客が居た。
「・・・・・・シオンさん?」
志摩子が声をかけた人は確かにシオンに似ていた、黒髪や整った顔
決意のこもった赤い眼も、シオンを思い出させるには十分だった、しかし
「・・・・えっと、それは僕のことですか?」
そうなのだ、そこに居たのは紛れもなく少年だった、よく見なくても
癖のある黒髪や、背の高さなどシオンとは決定的に違うところもある、
しかし、根本的な部分ではとても似ていたのだ。
「申し訳ありません、あなたがとても知り合いに似ていたものですから・・・・・・・」
「・・・・・・そうですか。」
そう言って、かるく笑ってみせる少年、そして季節外れで花の咲いていない桜の方を見て、
「何故か、この木には引き寄せられます、桜と言うのでしたか?
日本に来る前いくつか桜の写真を見ましたが、この桜ほど私の心を
惹きつける者はない。」
「・・・・・・・・」
志摩子も同じ事を考えており、しばし二人で花のついていない桜を見やっていた。
そして、ふと志摩子が少年に尋ねる
「そういえば、日本に来る前とおっしゃってましたが、外人の方ですか?」
志摩子が尋ねる、
「あ、はいイタリアから来ました、ミハイル・フォイエンバッハと言います、
あなたは藤堂志摩子さんですね。
「!どうして私の名前を?」
志摩子は驚いて、ミハイルと名乗った少年に尋ねた、
しかし不思議な事に彼に対して全く不信感を抱いていない自分が居た。
「ああ、それは先ほど学園長が・・・・・「ミハイルさーん」」
小走りで現れた学園長の声で、言葉が遮られる、
「探しましたよミハイルさん・・・・あら藤堂さん、ちょうど良かったわ、
シオンさんたちはどこにいるのかしら?」
「武道場にいると思いますが。」
学園長の問いに答える志摩子、
「じゃあ、みんなで行きましょう、」
そう言って、武道場に向かおうとする学園長を、志摩子は呼びとめ
「ところであの男性はどうしてここに?見たところ私達と同じ年くらいに見えますが?」
「う〜ん、みんなのいるところで説明しますから、とりあえず武道場に行きましょう。」
そう言って早々と武道場へ足を進める学園長に、残された二人は顔を見合わせて
苦笑いし、一緒に学園長の後をついていった。
武道場
シオンの剣は、一度も令に当たってはいなかった、いや、シオンは剣さえ振っていなかった、ただ令の剣を川の流れのように柔らかく受け流しているだけだった。
(何故当たらないの?)
最初は令とシオンの試合を見に来た大群衆の誰もが、シオンは逃げているだけだと思っていた、しかし見ているうちに素人である彼女達にも解かってきたのだ、圧倒的な力の差を。
(・・・・いくら日本の剣術が優れていても、ベルゼブル並の
技術を持った者はそうは居ないか・・・・。)
シオンは小さくため息をつき、行動に出た、令の剣を避ける際身体を半回転させる動作を加え、令の後ろに回ったのだ。
「はい、これで一回死んだ。」
これらの一連の動作が、令はおろか、見ている全員が見えないほどのスピードで
行われたので、対峙している令は急いで振り返るが、そこにシオンの姿はなく、
「これで二回。」
令は後ろからシオンの竹刀で肩をたたかれる、
(なんで?動くところが見えなかった。)
令はシオンと距離をとり、態勢を立て直そうとする。
「なかなか冷静ね、みんなが貴方を強いと言うのもうなずけるわ、
だけど、まだまだね。」
そう言うと、シオンは今度は自分から攻め始める、令は反撃に出ようと竹刀を振りかざすが、
「甘いわ!」
なんと、シオンの竹刀の柄ではじき返され、その勢いで面に鋭い一撃が、
「いっ、一本!」
審判だった生徒が、驚いたような声で試合の終わりを宣言する。
(剣道で二段を持っている黄薔薇のつぼみが負けた!)
(黒薔薇様かっこいい〜)
(ぜひとも妹に!)
最初こそ、シオンが令に勝ったことを驚いていた野次馬達だが、次第にそれは
シオンへの賞賛の声に変わっていく、
「まさか令が負けるとは思わなかったわ、」
「ええ、そうですね」
令ちゃんの敵を取る!と言って、今にもシオンに飛び掛らんばかりで、祐巳たちに抑えられている由乃以外は、みんな落ち着いている、心のどこかでこの結果を予想していたのかもしれない。
そんな中、防具をはずした令がやって来て、
「強いね、シオン、勝てる気がしなかったよ。」
自嘲的に笑う令、しかしシオンはまじめな顔で、
「言ったでしょう令、あなたは強い、けれど自分の力を信じ切れていないのよ
もっと自分に自信を持ちなさい、そうすればもっと強くなれるわ。」
と言って微笑む、その笑顔でギャラリーのほとんどが撃沈したと言う・・・・・・
そんな中武道場の入り口が開いて、学園長と志摩子、それと先ほどの少年が入ってきた。
ギャラリーはその少年の、まだあどけなさは残るが、凛とした表情にまたその多数が撃沈したようだ・・・。
「あれ、志摩子?遅かったじゃない、試合終わっちゃったよ。」
「そうよ、今までどこに行っていたの?」
「そ、それは・・・・」
志摩子は口ごもった、まさか桜につられたなどと言えるはずも無く、
困っていた時、思わぬところから助けの手が差し伸べられた、
「彼女は、僕を迎えに来てくれたんですよ、
少年が言った、それに合わせる様に志摩子と学園長も首をたてに振る、
と、そこへ、機嫌の悪そうな声が聞こえる
「何故男がここにいるのですか!」
ヒステリーを起こしそうな祥子を、蓉子がなだめているのを確認した学園長は、
説明を始める、
「この方はね・・・・・・・」
学園長が話し始めた時、防具をはずしたシオンが武道場に戻ってきた、
そこでシオンと少年の目が合う、すると少年は、シオンの方へ走り
「・・・・・・・お会いしたかったです姉様」
そう言って涙を流しながらシオンに抱きついてくる
突然の事に目を丸くするシオンだったが、少年を見て、何を理解したように、すぐに優しい眼になり
「そう、あなたも転生してきていたのね」
そう言って、シオンより若干背が低い少年の頭を撫でるシオン、
そんな、絵画のような美しさを持った二人の抱擁に周りは、一瞬時が止まったように
その光景を眺めていたが、ハッと我に返り。
「きゃあーーーーー」
歓声にも悲鳴にも聞こえる声が武道場にこだました。
あとがき
天上の黒薔薇8話をお送りします、これも分けました
ミハイルの正体は次回に回したいと思います
それではよろしければ次作も、 ケイロンでした。
ミハイルという新たな人物も加わり、次の展開が更に楽しみに〜。
美姫 「ミハイルとは一体、何者なのかしら」
それは次回の楽しみだ!
美姫 「次回を待ってま〜す」