天上の黒薔薇

 

10話「船上の歌姫」

 

 

シオンは、今まで感じた事のない恐怖に陥っていた、考えただけでぞっとする、

それの事を考えただけで意識が遠のきそうになるシオンは、それを必死にこらえ、

またすぐに訪れるであろう恐怖に、身を固めていた。

 

カツ、カツ

 

死神の足跡が聞こえる、シオンはその音を聞き必死に逃げようとするが、

身体に力が入らない、そして死神の手がシオンの肩に・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・ねぇシオン、もうすぐヴェネツィア行きの飛行機出るわよ。」

 

・・・・・・・・その死神の声はシオンの良く知る女子高生のものだった。

 

「イヤ!」

 

ミラノの空港の片隅にうずくまり震えていたシオンは、祥子の言葉に

耳を貸そうとはせず、子供のようにイヤイヤをしている。

 

「ははは・・しかしシオンがここまで飛行機に弱いとはね・・・・・・」

 

「まったく、私達のクラスでは大騒ぎだったんだから。」

 

苦笑する令と、頭を抱える祥子

 

その騒動は、成田空港で起こった、

 

「・・・・・来てないわね、シオン。」

 

「どうしよう、もうすぐ出発の時間だよ。」

 

海外へ修学旅行に行くだけあり、集合時刻は二時間以上も前であったにもかかわらず、

成田空港のロビーにシオンの姿はなかった。

ちなみに、シオンと同じグループなのは祥子と令である、クラスが違うのに同じグループと言うのは学園長が裏で手を回したのだが・・・・・・。

 

「本当にこのままじゃまずいわね・・・・・」

 

先生までもが困りはてていたその時。

 

「ど〜も・・・・・遅くなりましたぁ・・・・・」

 

腰を低くしてシオンが現れた、そして先生と数分話した後、何故か哀れむように

肩をたたかれてすぐに解放された。

 

「ふぅ〜間に合った」

 

「間に合った、じゃないでしょう!今何時だと思っているの?」

 

祥子のヒステリーが爆発する、それを令がおどおどしながら必死でなだめている。

 

「間に合ったんだからさ、もういいじゃない、ね、祥子・・・・・・・・」

 

ぜんぜん懲りていないようなシオンに、未だヒステリー全開の祥子、

さらにそれをなだめる令・・・・意外といいトリオかもしれないこの三人は・・・・・・。

 

「ふぅ〜もういいわ、貴方に言っても暖簾に腕押しだもの・・・・・早く搭乗口に行きましょう。」

 

頭を抱えながら、祥子はシオンと令にそう呼びかけた、

そして三人を含むリリアンご一行様は飛行機へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       機内

「・・・・・・狭いわね、」

 

祥子は言った、女子にしては長身の令やシオンに挟まれているので、なおいっそう

感じるのかもしれないが、外国へ行く際はいつもファーストクラスである祥子には、

エコノミークラスの席は狭いのかもしれない・・・・・。

 

「そう?私飛行機乗るの初めてだから、ちょっと怖いかも・・・・・」

 

令がもじもじしながら言う、その仕草は見た目美少年の令であっても可愛く感じられた。

 

「そんな怖いものじゃないわよ、ちょっと上に上がる時重力がかかるけど、すぐに慣れるわ。」

 

大丈夫、と令を励ます祥子だったが、もう片方のシオンに注目していなかった

まさか、令以上にシオンが飛行機を怖がっているなんて思いもしなかったのだろう・・・。

 

 

 

「まもなく離陸しますシートベルトをお締めになって・・・・・・・・」

 

機内アナウンスが流れる、そんな中、

 

「ひっ!」

 

小さく悲鳴のような声が聞こえた祥子だったが、すぐに気のせいだと思って

シートベルトを締め始める。

 

「離陸します」

 

機内アナウンスが流れ、飛行機が動き始める、飛行機は滑走路を走り、まさに飛び立とうとする瞬間、

 

「きゅぅ〜・・・」

 

妙な音がして、祥子がシオンのほうを見ると

シオンが泡を吹いて気絶していた。

 

「先生!大変です!シオンさんが!シオンさんが気絶してます!」

 

「なんですって!スチュワーデスさんに言ってこの中でお医者さんが・・・・・・・・」

 

いるわけがない、この飛行機に乗っているのはリリアンの生徒だけだから・・・・・・

 

「どうしたらいいの、このままじゃシオンが・・・・。」

 

半泣き状態の令、とそんな時、

 

「そういえば、何かあったときのために学園長から伝言が!」

 

藁にもすがる気持ちで、学園長が書き記した分厚い伝言の一番上をめくった、そこには、

 

<学園長のお告げその1 シオンは飛行機の中で気絶するかもしれないけど、無視ね♪ほっときゃ目覚ますから♪>

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 

無言で固まる一同、不意に

 

「・・・・まあシオンだし大丈夫でしょう。」

 

「そうね、あのシオンさんですもの」

 

「「「「ほっときましょうか」」」」

 

恐るべき学園長マジック・・・結局放っておかれたシオンは、飛行機が止まるまで起きず

ミラノ空港につくまでの十三時間、放置され続けたと言う・・・・・・・合掌。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで、

 

「いやよ、いやよ、いやよ!もうあんなもの乗りたくない!」

 

目を潤ませながら言うシオン、そんないつもと雰囲気のかなり違うシオンにたじろきながらも祥子は、

 

「・・・・・いくわよ令。」

 

「・・・・・わかったよ祥子。」

 

祥子と令に両腕をつかまれ連行されるシオン、

 

「いやーやめて助けてだれかぁ〜」

 

そしてシオンはミラノからヴェネツィアまでの道程も、ずっと気絶したままだったようだ・・・・・さらに合掌・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ヴェネツィア

飛行場から電車に乗り換えヴェネツィア・サンタ・ルチア駅に到着した、

軽くランチを取り、ホテルに荷物を預け町に繰り出した。

 

「本当に車走ってないんだ。」

 

世界遺産であるサン=マルコ聖堂を見学した後、祥子たちはゴンドラ乗りを体験するために、運河の方へ向かっていた、

 

「もう!しっかりなさい!シオン」

 

「ふぁ〜に?ひょうこ?」

 

完全にトリップしてしまっているシオン、それを見てさらに祥子は頭を抱える、

 

「全く世話が焼けるわね・・・・・」

 

祥子も令も、口では文句を言っているが、シオンが自分達を頼ってくれていることが

嬉しいのだ、今までは守られてばかりだった祥子たちが、やっとシオンにやってあげる事ができたから。

 

しかし、そんな雰囲気もつかの間、運河にさしかかろうとした時数人の男に囲まれる、

 

「・・・・・・・・・・・」

 

男達はニヤニヤしながら祥子たちの方を見て何か言葉を発している、

 

「・・・・・・・・・・」

 

「何?何て言っているのあの人達?」

 

おびえる令が祥子に尋ねる、それを聞いていた祥子は

 

「私達を・・・・・・・」

 

イタリア語の教養が少しある祥子は、男達の言っている内容が、自分達にとって

危険であると言う事を聞き取っていた。

祥子の表情でその事を読んだ令は、

 

「どうするの?シオンがこんな状況じゃあ逃げる事も出来ないよ!」

 

「落ち着きなさい令!それにいつもシオンにばかり頼ろうとしないの!」

 

そう言っている間にも、男達の包囲網は狭まってくる、しかしその時祥子に手を伸ばしてきた男の頭に、何かが直撃した。

 

「!!!!!」

 

驚いてその場に倒れる男、その後ろには初老のゴンドリエがオールを剣のようにもち男達に対峙していた。そのゴンドリエは勇猛果敢に飛び込み、もう一人にも一撃を入れるが、

多勢に無勢、結局追い詰められてピンチを迎えていた、

 

「・・・・・・!!」

 

お前達だけでも逃げろ、と手でジェスチャーをするゴンドリエ、しかし祥子たちは恐怖で

身動き一つ取れない、男が懐からナイフを取り出して、ゴンドリエの頭に突き刺そうとしたその時、

 

グギャ

 

悲鳴を上げ倒れる男、それは一瞬の出来事だった、その男の後ろには

不機嫌そうな顔のシオンが立っていた

 

「全く・・・・・やっと酔いが覚めたと思ったら・・・・・・まあいいわ」

 

そういって中指を立てるシオン、それからその男達が立っていられなくなるまで時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

「ありがとうございます、助けていただいて」

 

祥子は稚拙なイタリア語で、そのゴンドリエにお礼を言う、そしてそのゴンドリエは祥子に微笑んだ後、シオンの方を向いて早口で何かを言っている、これは祥子も聞き取れなかったらしく困っていると、

 

「昔の片思いの相手に私が瓜二つなんだそうよ、だから放って置けなかったみたい」

 

後ろから、復活したシオンが言う、そして流暢なイタリア語でゴンドリエと話す

それは値段の交渉だったのだが、話の節々で笑みも飛び交い、とても値段の交渉をしているようには見えなかった

 

「話はついたわ、タダで乗せてくれるって」

 

シオンがあっけらかんと言った言葉に祥子たちは驚いた、危ないところを助けてもらって

(倒したのはシオンだが)さらにタダで乗せてもらうなんて申し訳なさ過ぎる。

 

「ちょっとっシオン・・・・・・」

 

「何にもきこえなぁ〜い」

 

たじろく祥子たちを引っ張ってシオンはゴンドラに乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・きれいね」

 

「ほんと、映画の舞台そのままみたい」

 

人間と言うのは環境適応能力にとても優れていて、先ほどあんなに恐縮していた

二人は、外の景色に目を奪われそんな事なんか忘れていた、

 

「全く、さっきまでの殊勝な態度はどうしたのよ」

 

からかうように言うシオン、その言葉を聞いた二人はハッと我に返り

恥ずかしそうに顔を赤らめる、シオンはそんな姿をみて苦笑しながら、

ゴンドリエに何かを話す、するとゴンドリエは陽気にこの町のことを話し始めた、

二人とも言葉はよくわからないながらも、ゴンドリエの話と周りの風景に酔いしれていった。

 

 

 

 

 

 

 

「ここら辺で良いわ」

 

シオンが不意に、ため息橋付近でゴンドリエに話しかける、するとゴンドリエは

ゴンドラを止め、シオンを自分が居たところへと導いた。

 

「何をするつもり、シオン?」

 

不思議そうに祥子が尋ねる。

 

「何って、お代を払うのよ」

 

そう言ってくるっと祥子たちの方へ向いてお辞儀をする。

 

「〜〜〜〜〜〜♪」

 

ゴンドラの縁に立ってシオンは何かを歌い始める、その歌声はまわりの喧騒が

全く無であるかのように、感じられるほど透き通っていた。

 

「シ・・・・オ・・ン?」

 

祥子たちは突然のことでシオンの名を呼ぶのが精一杯だった、

気がつくと、今まで感じた事の無い感情の奔流が祥子たちを駆け巡った

 

(何?何なのこれは?)

 

祥子たちは戸惑っていた、今まで感じたことのない感情が自分の身体を支配しているのだから・・・・・

 

しかしその謎はふと隣を見て解けた、みると

先ほどのゴンドリエがとめどなく涙を流している。

この感情の正体は感動、それも今まで感動した事が全部嘘であったのかと思えるくらいの感動だ。

 

「・・・・・・祥子、悲しいときだけじゃなくて感動した時だって泣いていいんだよ。」

 

その令の言葉が祥子の堰を切った、祥子はとめどなく流れる自分の涙を止めようとはせず、ただシオンの声に聞き入っていた。

そしてシオンはラストのフレーズを歌い終えた。

 

「クラウディオ・ヴィッラ、イヴァ・ザニッキ『Non pensare a me(愛の別れ)』でした」

 

そう言ってシオンはもう一度お辞儀をする、するとあちこちから割れんばかりの

拍手喝采が惜しみなくシオンに注がれる、

いつの間にかシオンたちのゴンドラの周りには多数のゴンドラが囲んでおり、

近くの民家からは住民が身を乗り出してこちらを見ている。

 

「グラツィエ〜〜」

 

シオンはその一人一人に向けて笑顔で手を振る、それによってますますヒートアップした

観客からはアンコールの声が響く、

 

「じゃあロベルト・カルロス『Testarda io(心遥かに)』」

 

こうしてシオンのミニコンサートは、ラストに誰でも知っている『帰れソレントへ』lを歌い

惜しまれながら閉幕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ〜疲れた」

 

船着場に着いたシオンはそう言ってへたれこむ、

 

「お疲れ様シオン、とっても良かったよ。」

 

未だ興奮が冷めない令は、先ほどのシオンの歌を思い出してうっとりしている。

 

「令はわんわん泣いていたものね。」

 

からかうように言う祥子、

 

「!!そんな、祥子だってかなり泣いていたじゃない!シオンの歌に感動したんじゃないの?」

 

「それは・・・・・・。」

 

照れ屋の祥子は素直になれず、口をつぐんでいると、

 

「いいのよ令、祥子がしっかり聞いてくれていたのは見てたから、」

 

シオンが助け舟を出す、そしてこれ以上追求すると、また祥子のヒステリーがくると思った令も、祥子をからかうのをやめる、

 

「・・・・・・・だけど、何であんな綺麗な歌声隠してたのよ、どこかで習っていたの?」

 

「本当に時が止まったようだったよ。」

 

祥子と令は口をそろえて言うが、シオンは苦笑しているだけだ

そしてシオンは何かを思い出し、急に首をかしげる。

 

「そういえば今何時?」

 

シオンの言葉にハッとして時計を見る祥子たち、時計は集合時間の丁度十五分前

の時刻を示していた、

 

「どうするの!このままじゃ絶対に間に合わないわ!」

 

初めての土地、しかもここヴェネツィアは町が迷路のように入り組んだ町だ

船を使わなければ行けない所だってある、そんな中帰りの時間を計算せずに

かなり遠くまで着たシオンたちにとって集合時刻十五分前というのは絶望的な数字だった。

 

「私達つぼみが遅刻なんて面目が立たないわ!」

 

優等生の祥子は、遅刻ということをすること事態我慢ならないのだろう、

無計画であった自分にも非があるため、悔しそうに帰る手段を考えている。

そんな時、

 

「・・・・・・全くしょうがないわね。」

 

シオンがゴンドリエに何か話し、祥子たちをゴンドリエが持ってきた先ほどのものよりも

少し小型のゴンドラに誘導した、そして。

 

「しっかりつかまっててね。」

 

そう言って手馴れた手つきで櫂を運河の水に指し、ゴンドラを動かし始めた。

 

「ちょっと待ってよシオン!いくらなんでも無理だって!」

 

令が叫ぶが、

 

「気にしないで、それよりしっかりつかまってないと舌噛むわよ!」

 

そう言って大きく舵を取り九十度進路を変える、

その速さはもはやゴンドラではなく軽自動車並だった。

 

「ちょっとシオン!ほんとに止めなさい!事故でも起こしたらどうするの!」

 

「聞こえな〜い、だって集合時間に間に合いたいんでしょう?」

 

「それはそうだけど・・・・・・・・・」

 

そう言っている間にゴンドラは裏路地のような所から、広く開けたようなところへ出る

 

「あ、あそこ!」

 

令が指差した先には集合場所であるサン=マルコ広場が見えた、

多くのゴンドラが走っている中、シオンは交差点のような所では

ゴンドリエの合図であろう遠吠えのような声を出し、器用にゴンドラとゴンドラの間を縫って行く、

そしてシオンはだんだんとスピードを落とし、サン=マルコ広場近くの船着場に

到着した。

 

「ほら!早く行くわよ」

 

先にゴンドラから降りたシオンが、祥子たちに声をかける。

 

「・・・・・ねぇシオン」

 

「ん?何?」

 

下を向きながらシオンの名を呼ぶ祥子。

 

「これは飛行機の時あなたをほっておいた私達への仕返し?」

 

祥子が肩を震わせながらシオンに言うと、

 

「さあ!どうかしらね♪」

 

シオンはイタリアに着てから一番の笑顔で、祥子たちに微笑みかけた。

 

「シオンっっ!!!」

 

祥子の声は、サン=マルコ広場までも聞こえたと言う・・・・・・・・

 

こうしてヴェネツィアの夕日に見送られながら、三人は集合場所へ急いだ。

      

      


あとがき

       間があいてしまってすいません、資料が少ないのに

       イタリア編としてしまったので・・・・・・・次の舞台は

       ピサ、ローマの予定です、では次もよろしければ

       読んでやってください ケイロンでした。




思わぬシオンの弱点……。
美姫 「そこがまた可愛いのかもね」
さて、次はローマか。
それにしても、海外か〜〜。
美姫 「一度で良いから、行ってみたいわね」
いや、俺はいい。
美姫 「どうして?」
どうしても!
美姫 「……もしかして、シオンと同じ理由?」
!! な、何を言ってるかな。ソンナコトアルワケナイジャナイカ。
美姫 「図星みたいね。まさか、飛行機が怖いだなんて。
ひょっとして、高所恐怖症?」
いや、それはない。
どう言えば良いんだろうな。例えば、崖登りとか、高いところを梯子で登っていたりするのは平気なんだ。
でも、飛行機やジェットコースターなどで高い所へ登るのは駄目なんだ。
ジェットコースターの何が怖いって、あのスピードでも、ループでもなく、高いところに登っていく所が怖いんだ!
美姫 「いや、そんなに力説されても……。でも、高所恐怖症ではないんだ」
うん。飛行機とかで登るのが駄目。これって何なんだろうな。
美姫 「う〜〜ん。まあ、考えても仕方ないわね。そうだ、ジェットコースターに乗りに行きましょう」
嫌だ!
美姫 「大丈夫よ。こういうのは慣れよ、慣れ」
嫌じゃ〜〜〜〜〜!!



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