天上の黒薔薇
11話「洗礼堂の歌姫」
ヴェネツィアを後にしたリリアン一行はユーロスターに乗りフィレンツェに到着した。
シオンは何故か列車は大丈夫だったらしく祥子や令たちと、話しながらだったので
すぐ着いたように思えた。
「ここが花の都フィレンツェかぁ。」
14、15世紀メディチ家の本拠地でありルネサンスの花開いた町でもあるフィレンツェは
予想よりも小さな町だった、
フィレンツェ一日目は市内観光をし、今日の二日目はピサに行く予定だ
そしてバスに揺られ走る事数時間、斜塔で有名なピサ大聖堂に到着した。
「・・・・・・本当に傾いているわね。」
これを見たら誰でも言うであろうベターな答えだ。
「ねぇ、どうする?斜塔に登る?」
先生が斜塔に登る人の点呼を取っている、令は上ってみたい気持ちと怖い気持ちが半々だったので、祥子たちの意見を聞いたのだった。
「・・・・私はいいわ。」
露骨に嫌がる祥子、そんな姿を見たシオンは、
「あれぇ〜怖いの?祥子♪」
これでもかと言うくらい祥子を煽る、そのシオンの言葉に、負けず嫌いの塊のような祥子は、身を乗り出して反論する。
「何ですって!私が怖い?そんな事あるわけないわ!」
そんなシオンの言葉に、むきになって斜塔の方へ行こうとする祥子に令は、
「祥子・・・・・斜塔に登るには申し込みしなきゃいけないし、そんな
無理して行かなくても・・・・・・」
「そうよ、まずはピサ大聖堂を見て、洗礼堂へ行くのがベターね。」
令の言葉にシオンが相槌を打つ、祥子は納得いかないような表情をしていたが
無理もない、あの三薔薇様相手に同等に渡り合えるシオンなのだ、自分などがいくら言ったところで、軽くかわされてしまうことが、目に見えている。
そして三人は洗礼堂へ向かっていった。
洗礼堂
ピサの洗礼堂は、白亜の円形の建築で、そんなに大きくはないが、中にちょっとした仕掛けがある。
ガイドらしき女性に連れられ、洗礼堂の中に入っていく三人、中には数人同じような観光客がいて、中にはリリアンの制服を着ている人達もいる、そして真ん中には八角形の、バスタブのような洗礼盤があった。
「なんか、不思議な空間ね、仕切りのない大きな空間だから余計に感じるのかも。」
令が感心したように言う、そんな時祥子は、
「・・・・・・・・・」
自分が斜塔に登る姿を想像し、周りを見渡す余裕はなかった。
そんな時、洗礼堂が急に暗くなり、一斉にドアが閉まり始めた。
「なに!また何かあったの?」
ヴェネツィアでの事もあり、こういうことに敏感になっている祥子たちに、シオンは
人差し指を自分の口にあて、
「シ〜ッ、静かに」
すると、先ほどのガイドの女性が前に進み出て、手をたたく
ポーーン ポーーン
音が木霊のように響きあう、この円形の建物は、仕切りの無い大きな空間のため、音が響くのだ、さしずめ大きな風呂場といった所か。
その後ガイドの女性は歌いだした、歌うと言っても、声が響くのを利用して和音を作り、音楽を奏でている、観客からは大きな拍手が沸き起こった、しかし祥子たちは、
「・・・・上手いし綺麗な声だけど・・・・・・・。」
「シオンの声を聞いちゃうと・・・・・・ねぇ?」
ヴェネツィアでのシオンの歌声を聞いた祥子たちは、こと音楽に関しては
他のどの歌を聴いても、受けることが出来ない衝撃を受けたのだから、少し興醒めなのかもしれない。
「・・・・・・・・・・・・何よ。」
知らず知らずの間に、二人の視線はシオンに行っていたらしく、シオンは訝しげに
二人を見ている、
「だから何なのよ、こっちをじろじろ見て。」
「ねえシオン、ここで歌ってみる気ない?」
ふと令がシオンに言った、
「はぁ?ここで?何で私がそんな事・・・・・・・」
と言っている間に、シオンの身体は祥子と令によって、洗礼堂の中心に連れて行かれていた。
「・・・・・・・・私の意見は聞く気無しなのね。」
なんだかんだ言って、結局祥子たちに甘いシオンは、歌うからには最高の歌声を届けようと真剣な表情になる、
そんな中シオンはふと、何かを言いたそうにもじもじしているリリアンの生徒を見つけた、
「あなたは蟹名静さん・・・どうかしましたか?」
シオンに話しかけられた蟹名静という生徒は、リリアンの合唱部のエース、リリアンの歌姫と呼ばれている女性だ、そんな彼女も黒薔薇様であるシオンに声をかけられて、少し動揺しているようだ。
「えっと・・・・・・・・・私は・・・・・。」
あきらかに何かを遠慮している、
(何かしら、確か彼女の部活は・・・・・・・・・・・・・・・・ああそういう事ね。)
するとシオンは、ガイドの女性にイタリア語で何か話しかけた後、静を
自分の前に連れて来て両肩をたたく。
「歌いたいんでしょう、この洗礼堂、リリアンの歌姫としては最高のステージだもの。」
この言葉を聞き、静は驚いたような表情をした
「何故って顔してるわね、でも貴方の顔には、ここで歌いたいと書いてあるわよ。」
シオンは、にこやかな笑顔で静に話しかける、静は少し思案した後
「・・・・・・・・解かりました」
覚悟を決め、目を瞑り無心になって歌い始めた。
「〜〜〜〜〜♪」
その旋律の一音一音が洗礼堂に鳴り響く、さすがはリリアンの歌姫、
イタリア人の女性ガイドとは、比べ物にならないほど上手い、観客も突然の歌姫の登場に動揺しているようだ。
そして第一節が歌い終わろうという時、
「――――〜〜〜〜♪」
彼女の声にもう一つの声が重なる、その声は自分自身を主張するわけでなく、彼女の声をサポートし、それでいて、彼女の声に根を張っている、そんな声だった、
そして二人の歌声は、お互いの歌を立て、洗礼堂の中に響いていった・・・・・・。
「・・・・・・・・・・」
観客が、唖然とした顔で見守る中シオンがラストフレーズを歌い終える、
そして二人には、割れんばかりの拍手が送られる、そんな中、
「・・・・・・・・蟹名さん。」
静は泣いていた、自分の歌がこんなにも人を感動させることが出来る、もちろんシオンの力も大きいが、彼女は自分を高める上で、最も大切なものの一つである『自信』という物を手に入れたのだった。
「・・・・・・・・・・・良かったよ、シオン、静さん」
「全く、シオンはいつも私達を泣かせるんだから・・・・・・・」
涙目の二人がシオンと静に話しかける、
「ふふ、ありがとう、でも祥子、あなたはまたすぐ泣くことになるかもよ。」
「え?」
「じゃーね静さん♪」
そう言って静と別れた後、シオンは祥子の手を引っ張り、斜塔の方へ連れて行った。
「ああ!泣くってこういうこと。」
一人、なるほどと納得している令を尻目に三人は斜塔へと向かっていった
そこで祥子が泣いたかは定かではない・・・・・・・・
ホテル
シオンたちは、ピサを観光した後、電車でローマへと向かった、
ローマにつく頃には日が暮れており、食事の後、各自部屋で自由行動ということだった。
「・・・・・・・・暇ね」
ホテルの部屋で突然祥子が言った。
「暇って・・・・・祥子・・・・・・・・。」
令が驚いたように言う、確かに修学旅行で浮かれている部分もあるが、祥子は
こういう事をめったに言う人ではなかったのだ、
(かなりシオンに影響されてるね・・・・・・・・・)
確かにシオンと居る時と比べたら、日常生活は、暇以外の何者でもないのかもしれない。
「・・・・・・・だから私達はシオンの部屋の前に居るのね。」
二人は話している間にシオンの部屋に着いていた、ちなみに部屋は祥子たちの隣で、シオン一人で泊まっている。
「シオン〜」
トントンと扉をたたく、すると中から、
「う〜ん、祥子達?」
中から出て来たシオンは、いつもポニーテールにしている髪を下ろし、
Tシャツとジーンズという、ラフな格好で少しボーイッシュな印象を受ける。
「丁度良かった、入って入って。」
そう言ってシオンは、部屋に二人を招き入れる。
部屋は何かを使った形跡があまり無く、生活感が皆無だった、唯その中で場違いな物が机の上に載っていた。
「!!ちょっとシオン!これワインじゃない!」
その机にあった物は、数本のワインと,数種類の摘み類だった。
「堅い事言いなさんな、それにワインはキリストの血よ、カト高の生徒が窘めなくてどうするの。」
ワインはキリストの血、パンはキリストの肉体、最後の晩餐でのキリストの有名なエピソードだ、
「まあとりあえず座りなさい、」
シオンに促されるまま、近くにあったベッドに腰掛ける二人、すると祥子と令の前にはさも当然のように、ワインが置かれる。
「ちょっとシオン!」
抗議する祥子と、ワインをじっと見つめる令、
「全く・・・・・・全然酒を飲んだ事が無いなんてことは無いでしょうに・・・・・。」
シオンが呆れ顔で言う、祥子は家での付き合い上、お酒を嗜む事はあるのだが、やはり修学旅行では・・・・と気が引けている様だ。
「それに今飲んでおいた方が得よ、このワイン、愛好家がいくら値が張ってものどから手が出るほど欲しがる物だからね。」
そこに書いてあった年号は今から150年以上前だった、丁度その十年後頃から
フィロキセラという病によって、ヨーロッパ原産の葡萄はほぼ壊滅したため、今では幻の一品となっている。
しかし、何故シオンがこんなワインを持っているのか・・・・・・・謎だ。
それからは酷かった、酔った祥子は絡み上戸になり、
「私だって、作りたくなくて妹を作らないんじゃないのよ、それなのにお姉様達ったら・・・・・・。」
終いには泣き上戸も入る始末、
そんな中まだ素面の令は、
「ねえシオン、大丈夫なの?先生達がもし入ってきたら・・・・・・・・・」
不安げに訊ねる、するとシオンは何かを取り出した、それには
<学園長のお告げ2 シオンの部屋には何があっても入るべからず、入ったらどうなるか解かってるわね♪by学園長>
「これは同じ班である貴方達にも適応されるはずだから、安心して飲んじゃって構わないわよ。」
「・・・・・・戴きます」
その言葉を聞いた途端、令はワインを飲み始めた・・・・・こんな所でも学園長マジック・・・・。
それから一時間ほど経っただろうか、シオンの部屋には泥酔して寝ているふたりのすがたがあった。
「・・・・・・・飲むなぁあいつら、知らねぇぞ、明日二日酔いになっても。」
そう言いつつも二人を彼女達の部屋まで運び、ベットに寝かせた後、もう一度一人で飲み始めた、
「・・・・・・・・・ローマか、あまり良い想い出があるとは言えないな。」
煌煌たるローマの夜景を見つつ、シオンは小さくそう呟いた、
視線の先にはカトリックの総本山、ヴァチカンのサン=ピエトロ大聖堂があった。
「・・・・・またあそこに行く事になるとは、」
シオンは残っていたワインを一気に飲み干しうなだれた。
「畜生!・・・・・・・・・全然酔えねえよ・・・・・」
シオンは昔の記憶を思い起こし、顔を歪め苦しんでいる、
そんなシオンの前に一筋の光が現れた、それは天使の形となり、シオンの前に降り立った。
「・・・・・・・・・レミエル。」
「シオン様に頼まれました今の教皇庁についてのもの、調べて参りました。」
そう言ってシオンに結果を報告するレミエル、シオンは終始無表情だったが、深深と怒りが込み上げているのがわかる。
「それと一応あちらの方にも連絡を取っておきました、以上です。」
「ああ、遠い所わざわざすまなかった。」
そう言って頭を下げるシオン、そんなシオンを見て、
「シオン様・・・・・・・・謝るなんて貴方らしくも無い、貴方はそんな弱気な人じゃないでしょう?貴方にはいつも自信満々で、人をこき使う姿がお似合いですよ。」
そう言って背中をたたくレミエル、もちろん後半部分は揶揄だが、落ち込んでいるシオンにとって、このレミエルの言葉はありがたかった。
「レミエル・・・・・・・・・・よしわかった、それじゃあおまえは、何をしている時にでも来てくれるんだな?」
「え?いやそういう訳では・・・・・・・・・」
途端におろおろし始めるレミエル、そんな姿を見ていたシオンは、さっきまで死にそうだった顔が嘘のように、シオンの顔に笑顔が戻った。
(ありがとう、レミエル・・・・俺は明日過去を乗り越える、大切な人達を守るために・・・・・・)
レミエルが去った後、シオンは一人眠りについた、そしてローマの夜は過ぎていく・・・・・。
あとがき
天上の黒薔薇11話をお送りします、すいません、ローマまでいきませんでした
次回にまわす事にします、一応次の12話でイタリア編は終了予定です(あくまでも予定ですが・・・・)ではよければ次も読んでください、ケイロンでした。
次回はいよいよローマ。
美姫 「一体、そこで何が起こるのか」
そして、祥子たちは二日酔いになっているのか、いないのか。
美姫 「次回が待ち遠しいわね」
だね〜。
次回も楽しみに待っています。