天上の黒薔薇
12話「闇の翼」
夜は明けて修学旅行最終日となった今日、サン=ピエトロ大聖堂へ向かう道すがら、二人の生徒が頭を抱えていた。
「全く・・・・・・二人ともだらしないわね。」
涼しい顔で言うシオンに、祥子と令の二人はシオンを睨む。
「「一体誰のせいだと思っているの!」」
二人の声が見事にハモった、シオンのせいというのは、間違いなく昨日の夜のワインのことだろう、かなりの量を飲んだ二人は、人生初の二日酔いをここイタリアで体験したのだ。
「聞こえなぁ〜い、第一途中から貴方達ノリノリだったじゃない。」
その言葉にピクッと反応する二人、何か心当たりでもあるのだろうか。
「祥子は酔って絡んで、愚痴って泣いて死んだように眠っちゃったし。」
「うっ・・・・・」
的を射ているため、何も言い返せない祥子。
「令は令で、笑いながら服を脱ぎ始めたじゃない・・・・止めるの大変だったんだから!あなた力強いし!」
「はうっ・・・・」
赤面して黙る二人、ぼんやりと自分のしたことを覚えているらしい、シオンはそんな二人を見て、わざとらしくため息をつき、
「まぁこれからは、酒は飲んでも飲まれてはいけませんよ、お嬢様方♪」
「「あんたが言うな!!」」
「てへ♪」
舌を出して二人から逃げるシオン、その前にはもうカトリックの総本山、サン=ピエトロ大聖堂があった。
聖堂内
ヴァチカンの美術館の中を回っていたシオン達は、ある出店の前で足を止めた、
「どうしたの?シオン」
急に止まったシオンに令が話しかける、
「あ、うん、いやちょっとね」
そう言って言いよどむシオンの前には、何種類かのロザリオが並んでいた。
「こんな私でも、妹(スール)を作らなければいけないのかしら?」
そう言って自嘲的な笑みを浮かべるシオンに、
「当たり前でしょう!私達は来年薔薇様になるのよ、シオンは今でも黒薔薇様だけど、薔薇様たるもの、妹が居なければ示しがつかないわ。」
祥子は少し怒気を含んだ声で言う、その祥子をなだめている令も、
「そうだよね、今までは何とか八人でやって来たけど、お姉様たちが卒業すると何か心もとないし・・・・・・・やっぱり必要だと思うよ、ロザリオ。」
そう言って「貴方にもまだ妹いないでしょ」と言って祥子を軽く叩く、そんな微笑ましい?光景を眺めながらシオンは、
(今までは無限に続くと思えた時間が、今ではとても惜しい、俺には時間が無い、シオン・ファシールとしてこの世にいられる時間はおそらくもう長くない、祥子たちと薔薇様としてやっていくことはおそらく・・・・・・・・・・不可能だ。)
シオンの気持ちは深く、深く沈んでいった、
「・・・ン、オン・・・・・シオン!」
祥子の声でやっとシオンは我に帰った。
「どうしたのシオン?・・・・・すごい汗」
心配そうに令が訊ねるが、
「いや、なんでもない、なんでもない・・・・・・昨日の酔いが今回ってきたかな?」
そう言って気丈におどけて見せる、そんなシオンの笑みに違和感を覚えつつも、
「全く・・・・・・・・それで?どれにするかは決めたの?」
「へ?私買うとはまだ・・・・・。」
「そんな事言って、ここで発破かけておかないと、あなた妹作らないでしょう!」
「・・・・・・だから祥子にもまだ妹は「令は黙ってて」・・・・・はい。」
なんとも意志の弱い令と、強引な祥子に観念したのか、シオンはある一つのロザリオを指差す。
「じゃあこれにするわ。」
シオンが選んだロザリオはチェーンにヘマタイト、クロスの中央にブルータイガーアイという、どちらとも黒っぽい鉱石をあしらったシックな物だった。
「いいんじゃない、シオンに合ってると思うよ。」
そう言って誉める令に、少しだけテレながらシオンは買ったそのロザリオをつけ、奥へと進んでいった。
サン=ピエトロ広場
イタリアに来て何度目だろうか、シオンたち三人はとにかく目立つ、紅、黄、黒の薔薇にたとえられた彼女達は、ただ歩いているだけでナンパの対象になっていた、
いつもなら祥子のヒステリーや、令の睨み、シオンの実力行使で乗り切って来た、しかし今回ばかりはそうもいかなそうだ。
「全く・・・・・そろいも揃って暇な奴らばっか。」
さすがにこの広場でいつものような事をすれば目立つ、さらにナンパしてくる奴らは黒とオレンジの衛兵服を着た者達だった。
「あんなの無視よ、無視!全く不愉快だわ。」
祥子が悪づく、シオンも令も話しかけられても、無視を決め込む事にした。
しかし、男達の中の一人がシオンの肩を掴み、ニヤニヤしながらこっちに来いとジェスチャーをした。
「触らないでくれる。」
無表情のまま、その男の手首を思いっきりひねるシオン、男は悲鳴を上げてその場にしゃがみこむ。シオンはイタリア語で
「いつからイタリアの男はこんなに不節操になったのかしら?私がここに居た時は幾分かマシだったわよ。」
高慢な表情で、男達を心底軽蔑するような眼で見て言うシオン、周りにはギャラリーも集まり始めた。
そんな中、その光景を見ていたもう一人の男が、シオンに喧嘩を売った。
「うるせえ、黙って聞いてりゃいい気になりやがって、ブチ殺すぞ!」
「あら、黙る前にその節操のかけらも無い下品な顔を隠したら?周りの人の迷惑よ。」
シオンの台詞を聞いて、どっと辺りは笑いの渦に巻き込まれる、
「こっ・・・・・・・・・・このアマ!」
男はシオンを殴ろうとするが、シオンはそれを涼しげにかわし、男は地面とキスする羽目になった、そこでまたさらに笑いが起きる。
「全く・・・・・・・行くわよ、祥子、令!」
そう言って二人を促すシオン、しかしシオンと男の会話はすべてイタリア語で話されていたため、祥子たちは終わったタイミングがわからず、少しうろたえながらシオンについていこうとする、すると、
「一体何事ですか?」
一人の高位そうな老祭司がやってきて、衛兵に尋ねる、すると男は立ち上がり、シオンたちを指差して、
「こいつらは、神聖なるこの地を荒らそうとする者達です!」
形勢逆転と言わんばかりに、下品な笑みを浮かべ、嘘をはく男達。
「そうなのですか?」
あくまでも冷静に、そして静かにシオンに尋ねる祭司
「いいえ、違います。」
「・・・・・・・そうですか。」
いまにも抗議にきそうな男達を手で制し、祭司はふとシオンの名を尋ねた。
「ところで貴方のお名前は?」
「私はシオン…シオン・ファシールよ。」
すると祭司は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑みを浮かべ、
「そうでしたか、あなたが・・・・・・・・私どもの衛兵達がとんだご無礼を致しました。この通りお詫び申し上げます。」
そう言って深々と頭を下げる祭司、
「・・・・・・・・もういいです、だけどもう少し人は選んだ方がいいと思いますよ、せっかくのカトリックの品位が穢れてしまう。」
何故かカトリックの事になると毒を吐いてしまうシオンは、最後に皮肉を残して祥子たちと一緒に去って行った。
「祭司様!なぜあいつらをお放しになったのです!」
「黙りなさい!私はあなた達が何をしたか知っていますよ、しかもよりにもよって、教皇様の大事なお客様にまで粗相をして!」
その言葉を聞いて、途端に顔が青ざめる男達。
「先ほど、お前達と言い争っていた女性は教皇様の大事なお客様で、ミハイル様の姉君なのだぞ!」
その言葉を聞き、さらに男達の顔から血の気が引く、こちらでもミハイルの名声は轟いている、彼らを敵に回したらどうなるか位は、この男達にも理解できた。
「・・・・・・・しかし。」
「黙れ!お前達の言い訳は聞かん!お前らは今日付けでクビだ!もう二度とこの地に足を踏み入れるな!こいつらの暴挙を止めなかった奴も全員だ!」
こうして十数人もの衛兵のクビが切られた。
空港
「ああ、そういえば」
シオンが急に何かを思い出し、手を叩いた。
「どうしたの?シオン?」
「私用事思い出した、悪いけど先に帰ってて。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
ローマの空の玄関口、フィウミチーノ空港でいきなりシオンは先に帰っててと、のたまったのだ・
「ちょっと、学校の帰り道じゃああるまいし!」
さすがの祥子もあきれすぎて、いつものヒステリーが出ない。
「大丈夫、文化祭までには帰るから!」
何というか、「ちょっと出掛けてくる、夕飯までには帰ってくるから」みたいなノリ
で話すシオン、この時点で、二人とは話がかみ合ってない。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!シオン!」
その時シオンは、もうすでに居なかった、二人は呆然とシオンが去っていった方向を見ている、とそんな時二人は肩を叩かれる。
「・・・・・・鹿取先生。」
そこにいたのは、疲れた顔をした彼女らの担任でもある鹿取先生だった、
その先生がある一枚の紙を祥子たちに見せた。
<学園長のお告げ3 多分シオンはフラっと居なくなると思うけど、ほっといて構わないから、別にイタリアに置いてきたって自力で帰ってくるわ、あの子♪>
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
「「シオンだから!!!」」
無理矢理そう結論付けたリリアン一行は、一路日本へと旅立っていった。
謁見の間
「で、どうしてこんな時間に私はここに呼ばれたのかしら?」
誰も居ない謁見の間でシオンは一人つぶやいた、現在午前0時、本当ならここら一帯は、衛兵すらいないはずだ。
「それに関しては謝ろう、あなたを正式な客とするといろいろと厄介なのだ。」
奥から一人の男性がやってきた、服装から見るに彼は教皇だろう、そしてその男性は椅子に腰掛けこちらを見上げた。
「・・・・・・・・・・・・・・あんたは。」
「お久しぶりです、今はシオン様とお呼びした方がよろしかったでしょうか?」
そう言うやいなや、男性の身体が光に包まれ、一人の天使の形になる。
「アザゼル!あんたも現世に?全くヒヤヒヤさせるなよな、お前が敵に回るかのと思ったんだぞ」
そう言ってがっしりと握手を交わす二人、
「レミエルから聞きました、ベリアルがそんなことを・・・・・・・もはや私にはグリゴリを統率する力も、資格も無いというのに・・・・」
暗い顔でうつむくアザゼル、
「ベルゼブルのことは?何か聞いているか?」
そんなアザゼルの苦悩を察したシオンは、話をもう一人に移す、
「いえ、彼のことは全く・・・・・・・・・しかし、彼はあの時最も自分がしたことを悔やんでいましたから。」
「そうか、そうだったな、あいつは・・・・・・・・未だ苦しんでいるのか。」
こぶしを握り締め、かつての戦友であり、剣の師でもあった友のことを思い、やりきれない気持ちになる二人、
「・・・・・・・・・・・・・・俺がここに来た理由もレミエルに聞いているよな?」
そして本題に入る、それを聞いたアザゼルは、
「はい、いつでも、でも本当によろしいのですか?これをしてしまっては貴方はもう二度と・・・・・・・。」
最後まで言えずに言いよどむアザゼル、そんなアザゼルにシオンは、
「わかっているよ、俺がどうなるかくらい、でも守りたいんだ、あいつらに対抗するためにはこうするしかない、彼女達を守るためにはこうするしかないんだ・・・・・・。」
決意のこもった声で言うシオン、
「・・・・・・・・・・・・わかりました、ではこちらに。」
そう言ってシオンとアザゼルは聖堂の奥へと入って行った。
サン=ピエトロ広場
夜の闇にまぎれて十数人の男達が集まって来ていた。
「裏門の奴らには気付かれなかったか?」
リーダー格の男が尋ねる、
「ああ、騒がれそうだったから始末しておいた。」
よく見るとこの男達は、昼間シオンたちに喧嘩を売って、見事玉砕、その場で首になった哀れな男達だった、
「俺たちに恥をかかせやがったあの女どもも、俺たちを首にした教会連中も、許せねぇ、全部燃やしてやる。」
そういう男達が持っているのは、大量のガソリンだ、腹いせに聖堂を燃やそうとしているようだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・人間は愚かね。」
「!!誰だ!!」
突如不気味な声が、男の耳元で聞こえた、しかし振り返っても誰もいない。
「答える必要は無いわ、貴方達は今ここで死ぬのだから。」
その言葉を聞き振り向くと、同時に他の男達も振り向く、そこで男達が見たのは漆黒の羽を持つ天使と老人、それに対比して輝く月の光だった、
「・・・・・・え?」
そして最後にその男達が見たのは、いくつもの巨大な石のとげが、剣山のように自分達の身体に刺さっている所だった。
「グラン=ノーム(大いなる大地の怒り)」
天使が、ある呪文を詠唱すると、男達であった者たちは、形を変え続ける土へ取り込まれていき、隆起していた地面は元に戻った。
そして、天使は羽を下ろし
「・・・・・・・これが現実、人間は、人間の心は変わらない。」
そう言って、とても哀しそうにつぶやいた後、
「貴方はどうするの?答えは見つかった?」
シオンが居るであろう聖堂の方を見上げ、目を細めながら言う天使。
そして天使は暗闇へと消えた。
「ん?」
聖堂の奥へと行く道の途中、不意にシオンが後ろを向く、
「どうした?」
アザゼルが訊ねる。
「・・・・・・・・いや、気のせいだと思う。」
シオンは、何か引っかかる物を感じながら、去っていった。
リリアン女学園
「全く、シオンったらいつまで帰ってこないつもりかしら!」
シオンへの寂しさ半分怒り半分の気持ち、さらにそれ以上にシオンを心配に思う気持ちで、祥子は朝っぱらから機嫌が悪かった、
すると、ある生徒を見た祥子は一瞬それらの感情をすべて無くした、
そして運命の出会いを迎える。
「あなた・・・・・・タイが曲がっていてよ」
「えっ!」
その言葉に固まり、声も出せない様子のツインテールの少女、
こうして小笠原祥子と福沢祐巳は出会った。
あとがき
これでイタリア編は一区切りです、大変だったけど書いてて楽しかったです、
次回からはリリアンに舞台を戻して展開していきます、では良ければ次も
ケイロンでした。
イタリア編が終了〜。
美姫 「シオンはまだイタリアに居るけれどね」
そのうち帰ってくるだろう。
しかし、一体、何をやっているのか。
美姫 「聖堂の奥で、何が起こるのかしら」
更に、ついに祐巳が登場〜。
美姫 「次回がどんな話になるのか、今から楽しみにしてます」
では、次回も待ってます〜。
美姫 「じゃ〜ね〜」