天上の黒薔薇

 

14話「大発表」

 

 

「話を整理しましょう。」

 

山百合会のまとめ役である蓉子がそう切り出した。

 

「ミハイルさんは、顧問兼手伝いと言う事で有事の際には協力してくださる事になったんですね。」

 

「そうです、あと敬語はいいですよ、堅苦しいのは苦手ですし。」

 

そう言ってにこやかに微笑むミハイル、その笑顔に1年生三人娘の祐巳、由乃、志摩子を含む多くのメンバーが顔を赤面させた、クラス上よくミハイルと行動を共にする志摩子も、いつまで経っても彼の笑顔には慣れない様だ。

 

「ところでシオンは何の用事でイタリアに留まったの?」

 

急に訊ねる聖。

 

「ああ、ミハイルの育ての親にちょっと挨拶にね・・・・・・・・。」

 

「!!!それって教皇様じゃない!!!」

 

聖が驚いたような声で言う、他のメンバーも心なしか動揺しているようだ。

そして一同はミハイルが、ここに居る誰よりも殿上人であった事を思い出す。

 

「ええそうよ、よかったわねミハイル、いい人そうじゃない。」

 

シオンはそれがどうしたの?と言う感じに軽く流した。

 

「でもそれだけでこんなに遅くなるかしら?」

 

江利子が尋ねる。

 

(うっ・・・・・・・いつも鋭いんだよな、黄薔薇様は・・・・・・・・・・・まるでどっかの誰かさんみたいだ)

 

学園長室で高笑いしていそうな人の顔を思い浮かべ、シオンは大きくため息をついた。

 

「まあいいじゃない、それよりもどうしたの?何か騒がしかったみたいですけど?」

 

江利子の問いをやんわりかわし、質問を質問で返すシオン、

 

「実はね、祥子が学園祭で男の人と踊るのが嫌みたいで、さっきまでグズってたのよ。」

 

やれやれと、祥子の神経を逆撫でするような言い方をする江利子、そんな江利子の行動を理解したシオンは、

 

「全く・・・・・・イタリアに居た時と全然変わっていないじゃない、あの時だって・・・・・・・。」

 

修学旅行の事を話し始めようとするシオン、すると。

 

「ちょっと待ちなさい!シオン!」

 

「え?どしたの祥子?」

 

わざとらしく首をかしげるシオン、

 

「そんな事・・・・・・・・・・・・・言わないで・・・・・・・いいじゃない、今は違う話をしているのでしょう?」

 

いつもはクールな祥子が思いっきり動揺している、まあシオンに会ってからの祥子はこういう表情を良く見せるようにはなったが、それでも珍しい事に変わりは無い、そしてこんなおもしろいことを江利子が放っておく訳が無い。

 

「いいわね、私聞きたい、それ。」

 

目を輝かせて言う江利子に祥子は眠れる獅子を見た、絶対この人に知られてはいけない、知られたら一生からかい倒されるに決まってる、そして祥子のすべき行動は一つしかない。

 

「ねぇシオン・・・・・・・・・・修学旅行のことは・・・・・・・・・・。」

 

「えぇ〜〜〜〜だって私、竹刀で打ちのめせれる所だったのよ、貴方がそんな事言える立場かしら?」

 

「うっ!・・・・・・・・・」

 

形勢は逆転した・・・・・・・いや最初からシオンの方が圧倒的優位だったのだろうが。

 

そしてうなだれる祥子、余程恥ずかしい事があったのか、顔が赤面している。

そんな祥子の姿を見て、シオンと江利子は顔を見合わせて笑った、

祥子は何が起きたのか判らない様な表情をしている。

 

「ふふっ・・・祥子、からかっただけだから、これ以上私を笑わせないで!」

 

腹を抱えて笑う江利子、

 

「やっぱり祥子をからかうのは最高だわ、ね?薔薇様方?」

 

すると何かを考えている蓉子以外の、江利子、聖が首を勢いよくたてに振る。

 

「シオン・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱりあなたも薔薇様に染まってきたわね。」

 

哀愁を漂わせた顔で言う祥子、そんな祥子にシオンは、

 

「まあ、とりあえずお酒は控えめにね♪」

 

「シオン〜〜〜〜〜!」

 

懐かしき令嬢のヒステリーがまた薔薇の館に響いた。

その祥子の叫び声を聞いていた令は、

 

(この話を私に振られたら、由乃に何を言われるか・・・・・・・)

 

ことさらお酒のことに関して言えば、祥子よりもはるかに醜態をさらしてしまった令は、何とか話を変えようとする。

 

「祥子、落ち着いて、シオンもあんまり祥子をからかわない方が・・・・・・・・・」

 

おどおどと言う令、そりゃ慎重にもなる、からかいの矛先が自分にきたら堪ったもんじゃない。

 

「ふふふ、そうね、今日はこれくらいにしておこうかしら。」

 

「もう最後にして!」

 

まだ小刻みに震えながら笑っているシオンと、「もうたくさん」と言う顔でため息をついている祥子、この構図はきっとこの先変わることは無いだろう・・・・・・。

 

「ところで祥子、シオンは帰ってきたけど妹は?何かさっき妹も連れてくるって言ったわよね?」

 

けらけらと笑いながら聖が言う、

 

「!!!シオンが帰って来たのだからいいじゃないですか!私が主役をやらなくても・・・・・・・。」

 

自分の話はシオンが来た事で解決したと思っていた祥子は、思いっきり動揺して言う。

 

「何を言っているの?シオンが帰ってきても何も変わらないわよ、劇をするのは基本的につぼみだし、それを貴方が勝手に勘違いしたんじゃない、蓉子が言ったはずよ、妹を作らない人に発言権は無いって。」

 

またもや言葉に詰まる祥子、よくよく考えてみればシオンが帰ってきたらシオンが主役をやるなんて誰も言っていない、祥子が勘違いしていただけだ、そう最初の話は妹を作らない人に発言権は無いという事だった。

 

祥子は考えた、どうにかしてこの状況を打破できないかと、するとふと祥子の目に、見知らぬ少女が映った。

 

「あなたは?」

 

訝しげに訊ねる祥子。

 

「えっ?あっはい!1年桃組35番福沢祐巳です!」

 

先ほどの祥子たちを見て呆然としていた祐巳は、突如かけられた声にびっくりして、裏返った声でそう言った。

 

「そう、ときに貴方、お姉様はいて?」

 

意味深な発言をする祥子、

 

「い、いませんけど・・・・・・・・?」

 

「結構。」

 

先ほどまでの騒動の中心に居た人と、自分の憧れの人が同一人物だとは信じられず、未だに混乱している祐巳は、祥子にこの質問の真意を聞く。

 

「あの・・・・それがどうか・・・・「お姉様方!!」」

 

祐巳が言おうとしていた事は、祥子の声によってかき消された、そして次の瞬間祥子が口にしたのは、

 

「先ほどの約束、果たさせていただきます!」

 

「約束?」

 

先ほどまで何か考えていた蓉子が聞き返す。

 

「今すぐ決めれば文句ないのでしょう?ですから私、この祐巳にします。」

 

そう言って祐巳を自分の前に立たせる祥子、しかし当然のことながら突然すぎて理解できていない祐巳は、

 

「ええと、何のことで・・・・・・・・・」

 

最後まで言い終わる前に、祥子に睨まれて言うのをやめる祐巳、他の全員もあっけに取られていた。

 

しかしそんな中、意外な人物が声を発した

 

「祥子さん・・・・・・・・貴方は馬鹿ですか?」

 

「!!!ば、馬鹿ですって!!!」

 

その言葉の主は何とミハイルだった、一番こういう汚い言葉と無縁と思えるミハイルの発言に、言われた祥子はもちろん、シオン以外のほかのメンバーも眼を丸くしている。

 

「ええ馬鹿です、劇で男性と踊りたくないから、適当な人を妹にして難を逃れようとする、実に短絡的で、自分勝手で愚かしい行為だ、自分で言って恥ずかしくないのですか?」

 

そのミハイルの言葉は、多少なりともこの中に居る全員が思ったであろう考えだ、しかしプライドの高い祥子は反論しようとするが、ミハイルの顔を見て言葉を失った、その顔は今まで見てきたミハイルとは別人であり、思わずあとずさってしまうような、威厳を持っていた。

 

「ミハイルさん、抑えてください!!!」

 

祐巳が言った、祐巳は自分のことで怒っていてくれるのは嬉しいのだが、目の前で明らかにうろたえているのは祥子、自分の憧れであった人なのだ、その人がどんな人であっても苦しんでいる姿は見たくない。

 

その言葉でミハイルは我に帰り

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・出すぎた真似をしました・・・・・・・。」

 

憮然とした声で言うミハイル、しかし未だに祥子を見る眼は険しい。

とりあえず現状が打破できて祥子は一安心するが、隣から聞こえてきた声に、また祥子の表情は硬くなる。

 

「いいえ、ミハイルさんのいう通りよ。」

 

そういったのは祥子の姉である蓉子だった、蓉子は一口紅茶を飲んだ後

 

「私の指導不足ということになるのかしらね・・・・・・・まさかこんな単純な事さえ解からないなんて・・・・・・・・。」

 

そう言って大きくため息をつく蓉子、そして言葉を続ける、

 

「でもね、姉妹(スール)制というシステムは、互いの同意さえあればきっかけがどうであっても、それは成立するのよ・・・・・・・。」

 

そう言って祐巳のほうを見る蓉子、祐巳は今までの話を何度も頭の中で反芻し、「そんなはずは無い」「そんなはずは無い」と祐巳コンピューターは何度もエラーをはじき出している。

 

祥子は神妙に、自分のお姉様の話を聞いていたが、一応妹と言う事を認めてくれた事で、劇を降りられるという希望が出てきた、しかしその希望は、すぐに打ち砕かれる。

 

「でも主役は貴方にやってもらうわよ、祥子。」

 

「何故です!約束は?」

 

思いもよらない蓉子の言葉に、祥子は驚きの悲鳴を上げる。

 

「約束?ええ守ってあげるわよ、妹が出来たのだからどうぞ自由に発言して頂戴、結果は変わらないと思うけど。」

 

そう言って軽く笑う蓉子、それはそうだ、たかが一人で発言権を持っても他の人が反対すればその考えは駆逐される、ましてや今の山百合会は、祥子の男嫌いを治すことで結託している、初めから祥子に主役を逃れる道は無かったのだ。

 

「・・・・・・・・帰ります。」

 

「ちょっと待ちなさい祥子、貴方にとって祐巳ちゃんは何?」

 

蓉子は聞いた、そんな中祐巳は、十中八九祥子の答えは「前言撤回」だと思っていた、何故なら祥子にとって祐巳を妹にするメリットが何も無いからだ、しかし祥子の口から出てきたのは意外な言葉だった。

 

「・・・・・・・・・・・・当たり前です、何ならここでロザリオも渡しましょうか?」

 

そう言って自分のつけていたロザリオをはずし、祐巳にかけやすいようにし、そのままかけようとする、

 

「あ、あの・・・・・・・・・。」

 

祐巳は考えていた、目の前に居るのは憧れの祥子様、その妹になれるチャンスだ、普通なら喜ぶべきだろうが、それ以上に本当にこれでいいのかと言う気持ちが、祐巳の中をめぐっていた、そして何よりもミハイルの言った言葉が祐巳の中に残っていたのだ。

 

「待ちなさい祥子。」

 

その声は、騒動の中心から幾分か離れた所から聞こえた、

 

「貴方は大切な事を忘れてる、貴方は祐巳ちゃんの意見を少しも聞いていないわ。」

 

その声の主は、今まで黙って祥子たちを静観していたシオンだった、その顔にはミハイルほどではないが、怒気が含まれている。

 

「まあ、一応聞いてみるのが筋よね、でもこの子一目で祥子のファンだってわかるし・・・・・・聞くだけ無駄じゃない?」

 

聖の言葉にシオンはゆっくりと首を振り、

 

「祐巳ちゃん、貴方の本当の気持ちを聞かせて、貴方は祥子の妹になりたいの。」

 

祐巳はシオンにすべて見透かされているような錯覚に陥った、しかしその優しい瞳は、祐巳に本当の気持ちを言う勇気をくれた。

 

「ごめんなさい、わたし祥子様の妹にはなれません。」

 

小さなどよめきがおこった、そんなどよめきにまた祐巳は、おどおどと百面相をしながら、言う

 

「確かに私は祥子様のファンですけど、ファンだからって、必ずしも妹になりたいかって言うと、そうじゃないんじゃないかと・・・・・・・・。」

 

そんな祐巳の言葉に、祥子は呆然と祐巳のほうを見、蓉子は再び何かを考え始めた。

 

「でっ、でも、シンデレラの主役はなにも祥子様でなくても・・・・・・・。」

 

今度は必死にフォローを始める祐巳、すると蓉子がおもむろに立ち上がり。

 

「いいわ、祥子は主役をやらなくていいことにしましょう。」

 

この蓉子の言葉で祥子の表情はパッと明るくなり、他のメンバーからは驚いた表情で蓉子を見ている。

 

「・・・・ちょっと蓉子・・・・。」

 

江利子が言い終わる前に蓉子は話し始める、

 

「その代わり貴方には来賓の方々の接待をしてもらいます。」

 

「「「「え!」」」」

 

祥子を含め、多くの人が驚きの声を上げた、いくら女子高といえども来賓は圧倒的に男性が多い、しかも大人数だ、さすがにこの役目だけは可愛そうなので、祥子を除く山百合会のメンバーは、劇で男性と踊ると言う点で妥協したのだが、蓉子はその役目を祥子にやらせるといっているのだ。

 

「そ、それならまだ劇をやった方がましです!」

 

祥子は、驚くほど戸惑っている、しかしそんな祥子に蓉子は、

 

「駄目よ、もう主役は決まったから。」

 

そう言っておもむろに席を立つと、ある人物の肩を叩く、

 

「あなた達よ。」

 

「「え!?」」

 

その肩を叩かれた二人は同時に声を上げる、そう肩を叩かれたのは・・・・・・

 

「紅薔薇様!何故私と祐麒が・・・・・・・」

 

百面相をしている祐巳と、

 

「ちょっと待って下さい!俺は柏木先輩の代理で来ただけですって!」

 

必死に逃れようと顔を青くしている祐麒だった。

 

「あら祐麒さん、学園祭まで日は少ないのよ、花寺の方でも最初からあなたを手伝いにしたのだと思うわよ。」

 

蓉子の言葉を聞いてはっとした、祐麒には心当たりでも在ったのだろうか・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・謀られたか。」

 

未だに動揺している姉を尻目に、早くも祐麒は諦めたようだ。

 

「それに祐巳ちゃん、これは祥子を振って、そして庇った貴方と祥子との賭けよ。」

 

「・・・・・・・・それはどういうことですか?お姉様?」

 

やっと現実に戻った祥子が、蓉子に聞く、

 

「あなたが祐巳ちゃんを妹に出来るか・・・・・・・もちろん貴方はできる方に賭けてもらうわ、もし、祐巳ちゃんを妹に出来たら、その時は晴れて役目から開放してあげましょう。」

 

すると祥子は間髪いれず、

 

「やりがいのあること!」

 

祥子のプライドに火がついた、それを見ていた蓉子は、

 

「そうそう、かわいそうと言う理由で妹になったら、貴方が接待と劇を両立させなきゃいけないのだからね、祐巳ちゃん」

 

「ちょっと待って下さい!私達が出る事は決定ですか!?」

 

そんな祐巳に、ミハイルが肩を叩き、

 

「駄目だよ・・・・・・・ああなった薔薇様方はもう止められない、頑張ってね。」

 

同じ頃、祐麒の方でも、

 

「頑張れユーキ君・・・・・・・・・いい事あるわ・・・・・・・・・・・・・・きっと。」

 

そんな中、蓉子が何かを思い出したように手を叩き。

 

「そうだったわ、主役は貴方達だけじゃなくてよ。」

 

そして蓉子が指さした先には

 

「「私(僕)?」」

 

これまた二人同時に声を上げるシオンとミハイル、

 

「そう、今回の劇は二組の双子の物語にします、どうかしらみんな?」

 

他のみんなと言うと

 

(ミハイル君が出るのか、ちょっと興味あるわね。) と、由乃は思い

 

(シオンが劇に?またあの歌声聴けるかな?)と、令は思った

 

「シオンが出るんだぁ〜こりゃ面白そうだ♪」

 

結局声に出したのは聖一人だけだったが、突然の美形双子の劇参加を想像し、うっとりしており、反対のはの字も出そうに無い。

 

「決まりのようね、題名はSt.Elmo(セント・エルモ)≠諱v

 

そして誰にとっても長かったであろう一日は過ぎていった。

    

    

   


あとがき

       天上の黒薔薇14話をお送りします、学園祭を書くということで

       いろいろ思案した結果、題名はこうなりました、セント・エルモについては

知っている方も多いのではないでしょうか、劇についての話は次と言う事で、

ではよろしければ次も読んでください ケイロンでした。




セント・エルモの火の事なのかな?
美姫 「多分、そうだと思うわよ」
双子と言ってるし、ギリシア神話のやつで良いんだよな。
美姫 「多分ね。浩は、知ってるの?」
いや、詳しくは知らないから、楽しみ。
美姫 「祥子と祐巳の妹になるかどうかの賭けも始まったみたいだしね」
うんうん。こっちもどうなるのか楽しみ〜。
美姫 「次回も、楽しみに待ってますね」
待っています。



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