天上の黒薔薇
16話「嵐の前の・・・・・・」
「セント・エルモ」の稽古は多忙を極めていた、劇に関わる部活は、手芸部や演劇部はもとより、発明部、文学部、美術部・・・・・・・・・・・さらに何故かオカルト研究部のようなマイナーな所までいる・・・・・・・、その中でも異彩を放っていたのは、やはり剣道部だ、
この劇は戦いの描写が多い、だからエキストラもやはり剣道経験者がいいのだろう、
しかし当の剣道部員達は、山百合会揃い踏みプラス、慣れない服での戦闘シーンにみんな参っているようだ。
そんな中、一人白熱して掛け声を上げて動き回る、おさげの少女の姿があった。
「由乃!駄目だよそんな無茶しちゃあ・・・・・・・・。」
令は情けない声で自身の妹である島津由乃に言う、由乃は元々心臓が弱く、
具合が悪くなって高熱が出る事がしばしばある、令はそれが心配なのだ、
しかし姉の気持ち妹知らず。
「令ちゃんは黙ってて!私は剣の達人の役をやるんだから、私がタダの兵士より弱かったら問題でしょ!」
イケイケ青信号の由乃は、ブンブンと竹刀を振りながら言う、
由乃が張り切っているのには訳がある、由乃が演じるリノスは、令扮するマクグレーネの副官だ、今まで令に守ってもらってばかりだった自分が、劇の中だけだが対等な立場になれる、由乃の張り切りようはすごかった。
ところで、由乃がこの役に固執したのは他にも理由がある。
「ごきげんよう、ミハイル君。」
「ああ、おはようございます由乃さん。」
舞台の上で祐麒と話していたミハイルは、そう言って笑顔で微笑む、傍らにはヘレネ役である祐巳がいた。
(なんだろう、この締め付けられる思いは?)
由乃は想った、実はこういう感情は今に始まったことではない、以前から同様の気持ちは抱いていたが、祐巳が来て、志摩子とのことも考えると胸が苦しいのだ、
しかしその原因がわからない由乃は、主役以外ではミハイルとの関わりが比較的多い、この役にしたのだ。
(何もしなきゃこの気持ちが何なのかわからない、だったらいつも側にいれば、何かわかるかもしれないわよね♪)
なんとも前向きな由乃である、一方の祐巳も、ミハイルの事を考えていた。
(何でだろう?ミハイルさんと居ると落ち着くんだよね・・・・・・・私みたいに百面相だから?神父様だから?・・・・・・・どれも違う・・・・・。)
そう想って首をかしげる祐巳、そんな祐巳に由乃が、
「ちょっと祐巳さん。」
「え?」
由乃に呼ばれて誰も居ない舞台袖に下がる、すると突然由乃が切り出す、
「ミハイル君と志摩子さんの事、どう思う?」
「どうって言われても・・・・・・・。」
由乃に聞かれて、祐巳は困った、いままでそのような事を意識したことが無かったから、
「じゃあ質問を変えるわ、志摩子さんと聖様のことは?」
そう言って再度由乃は祐巳に尋ねる。
「白薔薇様と?・・・・・・・・・・・う〜ん、最初はあまりお互いの事をしゃべらないし、姉妹らしくない姉妹だと思ってたけど・・・・・・・・・・・・・・・・・・今は何ていうか・・・・・・・大事な部分でお互いに依存しているというか、心かどこかで繋がってるような・・・・・・・・・・・・・・ゴメン答えになってないね。」
そう言って笑って誤魔化す祐巳、しかし由乃の顔は笑っていない。
「ど、どうしたの由乃さん・・・・・・・・・・・怖いよ・・・・・。」
祐巳は半分引いている、そこにはムッとした表情の由乃がいた。
「やっぱりちゃんと答えなきゃ、いけなかったのかな?」
「いいえ、祐巳さんの答えは正解よ、満点をあげるわ。」
「え?」
突然そんな事をいう由乃、なにがなんだかわからない祐巳は、
「あのぉ〜由乃さん、私にも解かるように説明してくれないかな?」
恐る恐る聞く祐巳、それに対して由乃は。
「だから、祐巳さんの言った答えが、最初の質問の答えであり、今の質問の答えでもあるのよ。」
由乃の言葉にまたさらに首をかしげる祐巳、未だ理解していない祐巳に、由乃は諭すように言った、
「・・・・・・・・だからね、祐巳さん・・・・・ミハイル君が志摩子さんを見る目、志摩子さんがミハイル君を見る目は、白薔薇姉妹のそれと同じなのよ。」
「!!!!!そういえば!!」
祐巳にも心当たりはあった、同じクラスでの志摩子とミハイルの姿を見ていたから、その時の二人は、言葉は少ないが、何か特別な強い絆を感じていたのだ。
しかし祐巳の胸に、また黒い靄がかかった。
(まただ・・・・・・・・・・なんか胸が苦しい・・・・・)
そんな祐巳の百面相を見ていた由乃は、
「やっぱり祐巳さんもか・・・・・・・。」
意味深な事を言う由乃に祐巳が訊ねると、
「祐巳さんも、ミハイル君のこと考えると胸が痛くなるのよね?」
「ええ、まあ・・・・・・・・・・。」
祐巳はあいまいに答えた、それを聞いた由乃は、
「そうか、私だけが変だって訳じゃなさそうね。」
そう言って何か考えている由乃に、祐巳は、
「あの〜由乃さん?さっきから話が全然読めないんですけど?」
そんな祐巳をチラッと見て由乃は、小声で
「要するにね・・・・・・・・・・・・・・・・・私達はミハイル君に・・・・・・・・・・・恋しちゃってるかもしれないって事」
祐巳は一瞬その単語の意味がわからなくなった、鯉、故意、変?
そんな考えが堂々巡りした後、たどり着いた答えに祐巳は絶叫した、
その声は、体育館内に響き渡る物だったらしい・・・・・。
舞台の中央には蓉子が居た、劇のエキストラの演劇部や、剣道部達に指示を出している、さすが山百合会のまとめ役、あまり接する機会の無い演劇部と剣道部の面々を、上手く一つにまとめている。
そして舞台を降りたところにはシオンが、
「この絵の背景はもうちょっと暗さを出した方がいいわね、モノクローム6号と、ビリジアン9号、あとはそうね・・・・・・・・インディゴの9号かなんかはあるかしら?」
そう言うと、訊ねられた生徒は顔を赤くして、美術室まで走っていった。
そしてその子が帰ってきて、シオンが手を加えた作品を見て、全員が鳥肌を立てた。
(こんな色使いが出来るなんて・・・・・・・。)
美術部の面々だけではなく、誰もがそう想ったであろう、その色彩は夜明けの淡い光と、夜の闇を同時に内包した、珠玉の物だったからだ。
「どう?ちょっとは良くなったと思わない?」
そんな彼女達の驚きを、知ってか知らずか、シオンは満面の笑みで尋ねる、
しかし、返事の無いことに失敗したのかと想ったシオンは、
「まずかった?私はこの方が良いと思うんだけど・・・・・・・・。」
その時、やっと意識を戻し始めた一同は、これでもかというくらい首をたてに振る、
そんな姿にシオンは一瞬引いたが、そんなこんなで、劇の指導担当の蓉子、
小道具、演出のアドバイザーのシオン、二人の活躍で劇の練習は、スムーズに進み始めた、しかしその時、体育館入り口から誰かが入ってきた。
「どきなさい、今から私達がリハするから。」
そう言って現れたのは、そこそこ有名なミュージシャンだ、合唱部もいる事から学園祭のゲストとして出るのかもしれない。
「ダリーな、おい、こんな金になんねぇ仕事、なんでやらなきゃなんねぇんだよ。」
愚痴を言っているのはもう一人の男性メンバーだ、どうやら、とあるリリアンの生徒の父が招待したらしい、こんな所でも小笠原グループへの対抗意識が見える、
しかし、この二人組のミュージシャン、礼儀も素行も悪い事で評判だ、奇しくもそれを今証明したようだ。
「悪いですけど、今の時間は私達が使う事になっています、学園長の許可を得てから、時間を考えてまたお越しください。」
蓉子が威嚇するような笑顔で言う、そんな中
「うるせえ、さっさとどけ!」
そう言って蓉子を突き飛ばす男、そんな男を見て、シオンが冷ややかな目で言った。
「はっ・・・・・・・・馬鹿みたい、誰だか知らないけど、あなたたちに音楽に携わる資格はないわね。」
思いっきり挑発するような声で言うシオン、
「何だと!もういっぺん言ってみろ!」
今にも飛び掛ってきそうな男にシオンは、
「まぁここであなたを倒すのも面白そうだけど・・・・・・・・・・・・・・・・。」
そう言ってシオンは中指を立て、
「どうせなら歌で勝負しない?あなたたちの得意分野で・・・・・・・・・」
そう言って妖艶な笑みを浮かべるシオン、
こうして、プロ対素人の前代未聞の歌合戦が始まった。
その男は勝利を確信していた、
(バカが、プロの俺たちに素人がかなうわけ無いだろう)
そう言ってピアノの前に座った彼は、相棒の女性に合図をし、音楽を奏で始めた、
その音色は腐ってもプロ、やはり素人とは比べ物にならないくらい上手い、
誰もがシオンの敗北を思い始めていた、ある三人を除いて・・・・・・・。
「何よこれ!こんな歌でシオンと勝負しようとしてるの?バカね・・・・。」
「はははは・・・・・・・どうしよう、あの人達立ち直れなくなったら・・・・・・。」
「でも十分その可能性はありますよ、私が黒薔薇様の歌を聞いたときも、少なからず思いましたから」
イタリアでシオンの歌声を聞いた祥子、令、静の三人は、シオンの心配よりもあのミュージシャンの今後の心配をしている、彼女達から見たシオンの歌声は、並以上のミュージシャンを、凌駕しているようだ。
そして曲が終わった時、男は下卑た笑みを浮かべ、
「まあせいぜい頑張れよ。」
嫌味たっぷりに言う、しかしシオンはそんなのを全く無視、ひょいと舞台の上に上がって、何故かミハイルを呼んだ、
「ミハイル、ちょっとピアノ頼むわね。」
「はい、わかりました姉様」
そう言って、当然のように舞台の上に上がっていくミハイル、そんなミハイルに、
「ちょっとミハイル君!相手はプロだよ!いくら何でも合唱部のピアノ奏者が弾く方がいいんじゃないの?」。
由乃の言葉にミハイルは笑みを浮かべ、
「大丈夫ですよ、姉様ほどではないですが、僕もピアノは弾けますから。」
そのミハイルの言葉に、毒気を抜かれた由乃は、顔を赤くしながらミハイルを見送った。
「じゃあ聞かせてもらおうか、あんたの歌声をな!」
そんな男は気にも留めず、シオンはミハイルに合図をする、
そしてミハイルの指から旋律が奏でられる。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪
その音色は優しく、それでいて存在感と個性を併せ持っていた、きっとこの音色は、眠っている人を起こすことなく、どんな人ごみの中でも聞こえるのだろう、そんな相反する二つのものを秘めた音色だったのだ。
とにかくあの男も含め、こんなにも優しく、力強い音色を聞いた事が無かった。
(何で?何であんなピアノが弾けるの?)
ゆっくりと、流れるようなアルペジオは、リリアンの生徒なら知らないはずの無い曲だ。
「これは・・・・・・・・・・・シューベルトのアヴェマリア!」
静がそう気付いた時、前奏が終わり天使の歌声が聞こえてきた、
アヴェマリア わがきみ
野の果てに嘆こう 乙女の祈りを
シオンの歌声は、この狭い体育館一杯に広がり、壁に跳ね返った音が、シャワーのように一同に降り注いでいく、それを引き立てているのはミハイルのピアノ、シオンの歌を包み込むように、軽やかに鍵盤の上でミハイルの指が踊る。
悩める心 君に祈る
アヴェマリア アヴェマリア
歌が歌い終わったときには、結果は誰の目にも明らかだった、この中で涙を抑えられていた者はいない、もちろんあの男も泣いていた、
「俺が、俺たちがこんな小娘どもに負けるのか?認めねえ・・・・認めねえぞ!!」
突然男がシオンに殴りかかってくる、その拳をシオンは片手で受け止め、
「・・・・・・・・・やっぱりこうなるのね・・・・・・・・目立ちたくないのに・・・・・。」
そうしてシオンが身構えようとした時、シオンに待ったをかけた人がいた。
「シオン、こんなのでも一応芸能人だから、喧嘩沙汰はまずいわ。」
「そうそう、こんな奴のせいでシオンが謹慎処分になったら、バカみたいだしね。」
蓉子は真面目にシオンのことを心配して言っているのだが、聖はあからさまに男を挑発している、しかし男には、どちらの発言も挑発にしか聞こえなかった。
「上等だ!お前らの綺麗な顔、メチャメチャにしてやるよ!」
そう言って男が飛びかかろうとする、すると、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そこまでです」
真の通る声が体育館に響き渡った、そこに現れたのは学園長だった、
「申し訳ありませんが、あなた方を呼んだ覚えはありません、たとえ誰かの保護者の独断で呼ばれたとしても、あくまでも決定権を持つのはこちらですから。」
その言葉に顔を赤くする女、
「ちょっと待って下さい!私達はちゃんとした依頼を受けて来たんですよ!・・・・・・お金も戴いてますし、どういうことなんです!?」
途端に敬語長になる女、そんな女に学園長は、
「生徒の保護者の中に、貴方達を広告塔に使おうとした人がいたのよ、その人にはそれなりの罰則は受けてもらいました・・・・・・・それに・・・・・。」
そう言って学園長は舞台に上がって、シオンと静の肩にそれぞれ手を置き、
「ウチにはこんなに素敵な歌姫が二人も居るのよ、他に何を望むの?」
その台詞は、深く二人のミュージシャンの心に突き刺さった、天狗になっていた自分達の鼻をへし折られた・・・・・・・いやそんな生半可な物ではない、自らのアイデンティティーを全否定されたようにも思えてしまったからだ。
「畜生!ちくしょおぉぉぉ〜〜〜〜〜」
男が叫んでいる、女の方は既に呆然としている、
「・・・・・・・・・・・・・・・お帰りはあちらですわ、」
反論を許さない顔で学園長が言うと、男達は逃げるように去っていった、これから自分に何が起きるかを知らずに・・・・・・・・・。
桜の木
「ちょっと!何するつもりよ!」
先ほどの男女のうち、女の方が男に言っている。
「人殺しはまずいよ!逮捕されちゃうよ、私達!」
どうやら男は腹いせに、シオンたちをナイフで切りつけようとしているらしい、いつもポケットの中にナイフが入っている事から、彼の素行の悪さを垣間見る事が出来る。
「うるせぇ!!!あいつらが許せねぇんだよ!!殺してやる!殺してやるぞぉぉぉぉぉ」
既に男は周りが見えていない、たかが演奏が劣っていただけで・・・・・・・・・・そう思うだろう、だが、自分の演奏に過剰な自信を持つ者ほど、それが砕けた時の影響は大きい、さらに今回は、完膚なきまでにである、彼の頭の中には殺意に満ちていた。
そんな彼らが、ミハイルと志摩子の出会いの場所でもある、桜の木の前に差し掛かった時、
「何をお考えかな?若いの?」
突然声をかけられ、男達が振り返ってみると、そこには濃い紫色の服を着た老人が立っていた。
「何だ!ジジイ!ぶっ殺されてえのか!」
男は老人を脅すが、老人は何食わぬ顔で、
「そうか、シオン様達をのぉ。」
男はギョッとした、初めて会った老人に、心を見透かされたような気がしたからだ。
「おいジジイ!貴様何も・・・・・・・・・・・」
男が言い終わる前に、彼の眼は鮮血によってふさがれた、彼の目の前には、かつて女であった彼の相棒が、何十本もの木の根のような物に串刺しにされ、無残な姿になっていたからである。
「お、おい、嘘だろ。」
男は目の前の事実を認める事は出来なかった、認めてしまえば、待っているのは確実に自らの死であるからだ。
「フォッフォッ・・・・・・・・・やはりワシだけでは身体が少し残るか、」
無残な姿をさらしている死体に向かってそう言う老人、そして、
「主人が所用で居ないのだ、早め済ませてもらうかの。」
「ヒイ!」
逃げようとした男に、容赦なく木の槍が突き刺さる。
「ギエェェェェェーーーーーー。」
彼の断末魔の声は聞かれる事無く、彼の身体はすぐにただの肉塊になった、
二人の死体は数秒でミイラ化し、すぐに完全に消えた、桜の木は根を下ろし何事もなかったかのように、佇んでいた。
冥府(タルタロス)
アザゼルはタルタロスに来ていた、古代ギリシアでは冥王ハデスが治めていたといわれている地だ、光は無く、多くの亡者達が終わりの無いトンネルのような苦しみを味わっている。
彼の友は、そんなタルタロスの中でも最も過酷な所を選んだ、しかし彼が居るはずの最下層には彼の姿は無かった。
「・・・・・・・・・・遅かったか!」
アザゼルは、舌打ちをしてタルタロスを後にした、彼の友の名はベルゼブル、地獄の王と呼ばれた堕ちた天使・・・・・・・・・。
あとがき
ケイロンです、天上の黒薔薇16話をお届けします、
だんだん話が重くなってきました、これからかなり
オリジナル要素が増えるので、それが苦手な方は
厳しいかも・・・・・・・。何にせよ頑張っていきますので
よろしければ次作も、では
学園祭の準備が進む一方で、何やら動き始めているモノたち。
美姫 「この先、一体何が……」
次回が気になる展開を見せつつ…。
美姫 「今回はここまで〜」
次回もまた、待ってます。
美姫 「それじゃ〜ね〜」