天上の黒薔薇
22話「真の敵…裏切りの地」
ミハイルはその時懐かしい風を感じた、正確には彼の意識の底に眠っているもう一人の存在、炎を操るための聖獣が、
「・・・・・・・・・・これは青龍の気配・・・・だけどまだ力は弱い、どういうことなんでしょうか?」
ミハイルが怪訝そうに考えていると、あさっての方向から山百合会を乗せた蒼き龍がこちらへ向かってくる。
「よう、久しぶりミカエル!」
「青龍!あなたがどうして?」
ミハイルは呆気に取られて一瞬手が止まる、それを敵が見逃すわけも無く、
キシャー
声にもならない音を響かせ、数体の天使が突撃してくる。
「!!!!!!!」
そのうちの二体は反射的に滅する事が出来たが、数体は防げそうに無い、ミハイルは衝撃を覚悟するが、その攻撃がミハイルに当たる事は無かった、一陣の風が天使達に吹き抜けたかと思うと、たちまち台風を圧縮した位の暴風になり、天使達を切り刻んだのだ。
「危なかったね、ミカエル。」
それをやったのはもちろん青龍だ、そんな青龍を見てミハイルは額に手を当てながら。
「・・・・・・・・・ミカエルは止めて、今の僕にはミハイル・フォイエンバッハと言う名前があるんだ。」
「そうか、わかったよミハイル。」
無邪気な少年のような青龍に再度たじろいたミハイルは
「・・・・・・・・・はぁ・・・・ところで何でキミがここに居るんだい?風の眷属であるキミが何の前触れも無く来るなんて・・・・・・。」
もしかしてラファエルが近くに?と言いかけてミハイルは言うのを止めた、過度の期待は重度の落胆を生むことを、彼は知っていたから、
「何故って、呼ばれたから?」
「何故そこで疑問系なの!?・・・・・・・・・・それで誰に?」
「志摩子ちゃんだったっけ?この嬢ちゃんだよ」
「!!!!!!」
ミハイルは絶句した、青龍…西洋ではシルフと呼ばれる風の化身は、ラファエルの聖獣、彼女以外には使役も出来なければ呼ぶ事も出来ない、志摩子が青龍と心を通わせることができたと言う事は、彼女がラファエルの転生体であることに他ならない。
「そんな……僕が気付かないなんて…本当に君を呼んだのは藤堂さんなの?」
「ああ、間違いないよ、ところでこんなこと話してる余裕無いんじゃないの?」
青龍が言うが早いか突撃してくる天使達を軽くかわし、ミハイルに言った。
「オレッチは嬢ちゃんたち乗せてるから援護に回るよ、周りは気にせずに最大火力で爆弾投下してやれ!」
青龍がそう言うと空気が変わった、これは比喩でもなんでもなく実際にここら一体の空気が青龍に支配されたのだ。
「………まったく、終わったら全て説明してもらいますからね!青龍!」
ミハイルは投げやりにそういいながらも自分の気を集中させる、幸い親玉であるベリアルは、シオンとベルゼブルに気を取られていてこちらには気付いていない、
「……姉さまとベルゼブルなら避けますよね?」
ミハイルは不安そうに青龍を見るが青龍は、どこ吹く風か無視を決め込んでいる。
「まあいいでしょう、どの道これ以上力をつけられる前に一瞬で葬り去る以外道は無いですしね。」
ミハイルはそう言うと静かに呪文を詠唱し始める、先ほどまでは周りの事を考えて力をセーブして戦わざるを得なかった、彼一人だけでは彼が操る聖獣の力はオーバースペックなのだ、しかし炎を援護し、力を最大限に発揮できる状態にある今、鬼に金棒、某自由を名に冠するロボットにミーティアと言った感じなのだ。
「我の求めに応じ……出でよ朱雀!」
ミハイルが最後にそう言い放つと、轟音と共に莫大な炎の放流が天使達を焼き尽くす、先ほどの火力とは比べ物にならないくらいの熱量が、朱金の光を帯びて当たり一体を包み込む、さらにその炎は青龍の風に煽られより凝縮されて、天使達を塵も残さず消し去った。
「やった………わよね?」
由乃が恐る恐る青龍に聞くが、青龍は答えない、不安になった彼女達はさらに聞こうとするが、近くから聞こえてきた低い声に遮られた。
「ミ〜ハ〜イ〜ル〜青〜龍〜(怒)」
そこには般若が居た、ミハイルの炎に巻き込まれかけたシオンとベルゼブルはほうほうの態で逃げてきていたのだ。
「貴方には一度しっかり解からせる必要がありそうね。」
シオンがドスの効いた声で言う。
「タルタロス仕込の、仕置きのフルコースを所望のようだな、ミカエル!」
「あぅ〜」
二人は照準をミハイルに合わせた、こうなったのは青龍が大きく関係していたのだが二人には見えていない、これ幸いにと青龍は逃げ出そうとする。
(あ!こら、逃げるなんて卑怯ですよ!青龍!)
(嫌だね!いくらオレッチでもあの二人じゃ話にならないよ、ひとりでも勝てないのに二人係でこられたら……それにこんな所を姐さんに見られたら………。)
青龍はそう言いかけて止まった、その先には深紅の身体に朱金のヴェールを巻いた美しい女性が立っていた、その女性は青龍を見るとにっこりと微笑んだ、
「私がどうかして?青龍?」
「ぎよえぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜姐さん!!!!!」
その女性の微笑を見て青龍はがくがくと震えだした、死刑判決を受けたように…。
「主人の方はお二方に任せるとして、まず貴方に知らしめす必要がありそうね、ねぇ青龍?」
女性は妖艶な笑みを浮かべると、朱のヴェールを燃え上がらせ、巨大化していく、そのヴェールが薄れた時にそこに居たのは。
「紅い龍?」
志摩子がそんな感想を漏らした。
「え?どちらかって言うと鳥よ、鳥、そう見えない?」
その反面聖はその姿を鳥だと感じたようだ、そんなのんきな事を言っている彼女達だったが、その彼女達を乗せている青龍は今にも意識が飛んで言ってしまいそうだ、
「ま、待ってくれ朱雀姐さん!あの場合は周りのことを考える余裕無かったんだって!」
「あら、あなたの力なら拡散した炎を一箇所にまとめて、周りに影響が無いように出来たでしょ?」
「ぐっ!」
青龍は言葉に詰まった、どうやらシオンやベルゼブルに対しての、ミハイルを巻き込んだ笑えない悪戯を朱雀と呼ばれた存在に見破られたようだ。
「それにラファエルちゃんの転生体さんも居る事だしね、」
そう言って朱雀は志摩子の方を向く、志摩子は少し怯えたような表情で朱雀をみている、そんな志摩子の心情を察した朱雀はにこりと微笑んで。
「初めまして、私は炎の聖獣朱雀、宜しくね藤堂志摩子さん。」
「どうして私の名前を!」
「え?だって私ミハイル付きの聖獣だし、ずっと見てたわよ、リリアンに来てからのミハイルが見ていた映像全部、ミハイルの中からね。」
それを聞いて何故か志摩子は顔を赤らめる、何があったのか訝しげに見る一同だが、さらに追い討ちをかけるように、
「まあオレッチもある程度の事は嬢ちゃんのなかから見てたけどな……。」
突然の青龍の発言でさらに志摩子の顔が真っ赤に染まる、そんな状況を打破しようと彼女の姉である聖が話をそらす。
「えっと……朱雀さんだよね、朱雀ってこう……鳥じゃなかったっけ?今の姿はどう見たって龍だよ。」
あからさまな話のそらし方だったが、全員これ以上からかうのもためらわれたので、そのまま聖の問いを朱雀が答えるのを待っていた。
「それは私が炎そのものだからですよ、例えばそこの青龍、今こそ龍の姿をしていますが、西洋では悪戯好きな妖精として認識されています、貴方達も聞いたことがあるでしょう、西洋の風を司る聖霊シルフ、それが青龍のもうひとつの肩書きなんですよ。」
朱雀はそう言うと、空へと舞い上がるそして一回転したかと思うとその姿は美しい鳳凰の姿へと変わっていた。
「私は東洋では朱雀と呼ばれているけど、西洋ではサラマンドラと呼ばれているの、さっきの姿が原型に近いからいつもは龍の姿で居るんだけどね。」
朱雀は元の龍の姿へと戻り、ゆっくりと青龍に近づいていく、
「ところで話は終わって無くてよ、青龍、覚悟は出来たかしら?」
「ヒィッ!」
青龍と朱雀、天災規模の笑えない喧嘩(この場合朱雀が一方的に攻める)が勃発しようとしたその時。
「危ない!」
突然の声に振り返き、慌てて飛びのく青龍と朱雀、彼らが居た馬首には黒いエネルギーが通過し、地面を1メートル程えぐっていた。
「私を忘れてもらっては困りますね。」
そこには体中が傷だらけのベリアルが立っていた、
「ベリアル………変わってしまいましたね。」
朱雀が悲しそうに言う、
「貴方には何もわからない!最初からすべてを持っていた人達に、私の気持ちは!」
ベリアルは狂ったように傷ついた身体を振るわせる、しかし集中力を完全に失った彼の放つ力は、一発も命中する気配は無い、
「ああ、わからないな、おまえの言っている事が。」
彼女達の後ろから声がする、そこにはシオンたち三人が立っていた。
「お前がやっていたことは、失った事で殻に閉じこもってしまった最低な奴の行動だ。」
「……失う事は誰にだってある、必要なのは失わないことではなく、取り戻す努力をする事、私はこの何千年もの間でそれを学んだわ。」
「今ならまだ間に合います、堂かこんなバカな事はもうやめにしてください。」
ベルゼブルとシオンとミハイルが淡々と語る、目の前に居るのはいくら先ほどまで敵だったとはいえ、彼らの大切な仲間には変わりない、ベリアルは自分の正義を貫こうとするあまり、前が見えていなかったのだ、三人はベリアルを説得してバカな事を辞めさせようとしているのだ。
「……隊長……ベルゼブル……ミカエル様…。」
傷だらけのベリアルの目に涙が溢れ出る、シオンはそんなベリアルに手を差し伸べようとするがそれは敵わなかった。
グサッ
それは実にあっさりとした幕引きだった、ベリアルの胸を一本の岩の槍が打ち抜いたのだ、
「あ、が、は………。」
「ベリアル!」
シオンが駆け寄ろうとするが、それはある者の声でふさがれた。
「死にたくなかった近寄らない方がいいわよ、役立たずを始末しちゃうから。」
苦痛に悶えるベリアルを冷酷な目で一瞥し、さらに多くの岩の槍でベリアルを打ち抜いたのは、
「ウリエル!何て事をするんだ!」
ウリエルだった、先ほどまでの人懐っこい笑みは消え去り、別人かと思うような氷のように冷たい眼光を放っていた。
「だってせっかく力をあげたのに、使いきれなくて暴走気味だったじゃない、もうちょっとは上手く動いてくれると思ったんだけどな………」
「?どういうこと?」
シオンが訝しげにウリエルに近寄ろうとする、すると。
「やめろ!危ない!」
ウリエルに近づこうとするシオンを、体中に岩の槍が突き刺さっているベリアルが突き飛ばす、それが彼らがベリアルを見た最後だった、ベリアルは左右から来た石の壁に押しつぶされ漆黒の光を上げ、消えた、最後はシオンを庇って消えたのだ。
「ベ…リアル…?」
シオンは、何が起きたのかが全く解からないような状態だった、さらに追い討ちをかけたのはある言葉だった。
「全く、捨て駒にもなりはしなかったわね、最後の最後なんて私の邪魔なんてしてくれちゃって、本当に使えない奴だったわ。」
ウリエルは綺麗な金色の翼を真っ黒に染め、シオンの地に向き直った。
「貴様!どういうことだ!」
「どうって…見て解からない?邪魔者を処分したのよ、せっかく人間を滅ぼすって意気込んでたから、少し力を分けてあげたら、この結果、せめてルシファーかベルゼブルのどちらかと相打ちになってくれるかなと思ってたんだけど、とんだ役立たずね。」
表情を変えずに言い放つウリエル、完全に今までとは別人のようだ、そしてその言動の意味する所は。
「…………全部貴方が仕組んだ事だったの?」
震えるような声でシオンが言う、その目には涙がたまっていた。
「仕組む?違うわね、私はベリアルが力を望んだから与えただけよ、まぁそれからは見事に私の思うように動いてくれたけどね、死ぬ事も含めて。」
「貴様ぁーーーーー」
その言葉を聞き黙って居られるほど二人の怒りの沸点は高くない、怒りに任せて放たれようとする二筋の天災規模の光は、ウリエルに当たる事は無かった。
「これで終わり?」
先ほどのウリエルならば絶対に受けられなかったであろう光を、ウリエルは片手で握りつぶした。
「人間って便利よね、人の憎しみ、ねたみとかの負のエネルギーは消える事は無い、それが私に力を与えてくれるのよ、ふふっ、バカみたいね、そのせいで今人間は窮地に立たされようとしているんだから。」
そう言うとウリエルは手を高く挙げる、
「これで終わりにしてあげるわ、深淵の大地(ダークネス・ノーム)」
ウリエルが呪文を詠唱する、それを止めようと青龍と朱雀は動こうとするが、彼らはウリエルからの封印で動けない、ウリエルの魔力は、地殻変動なんていう生易しい物ではなく、地がブラックホール化している、このままでは重力でミンチになるのは時間の問題だろう、
「私は・・・・・・・・・」
シオンが小さくつぶやく、
「私はこんな所で・・・・・・・・・・・・・」
その呟きは誰の耳にも聞こえない、
「負ける?ウリエルに・・・・・・いや、まもりきれなかった自分自身に。」
シオンは自問自答を続ける、その間にも安全地帯はドンドン減り続けている、
「今度こそ、失くさない、失くさないためにも、私は負けない!」
最後の安全地帯が消えかかっていた時、彼らは金紫色に輝く大きな獣のような光を見た、そして彼らの意識は落ちていくのだった。
あとがき
ケイロンです、天上の黒薔薇22話です、かなりシリアスになっています、
シリアスも織り交ぜつつほのぼのとしたかんじのものもやって生きたいです、
ミハイルと三人娘とか、シオンと聖、祥子、蓉子とかベルゼブル→?とか、
それではよろしければ次作も、では。
うーん、シリアスだなー。
美姫 「ええ、シリアスね」
果たして、最後に現われた金紫色の獣とは!?
美姫 「次回が非常に気になるわ」
続きを期待してます。
美姫 「それじゃ〜ね〜」