天上の黒薔薇
25話「剣士の心は…」
令には守る者が居た、自分がする事、自分の意志の中にも優先的に由乃の事が組み入れられている、
私が由乃を守る。
その考えは由乃が生まれてきてから何も変わっていない、リリアンに入りこの男のような顔立ちと、剣道でミスターリリアンと呼ばれているがそんな事はどうでもいい、令はたった一人を守る事が出来れば良かったのだ。
「・・・・・・由乃。」
小さく呟かれる声は秋風にかき消されて、雑踏にまぎれた今の状態では決して聞かれることは無い、
「ミハイル君・・・・・・いい子だもんね。」
由乃は祐巳たちと一緒に、志摩子とミハイルの居る小寓寺へ行っている、久々の一人での帰路、令の目に浮かぶのは誰よりも愛しい由乃の姿、彼女がミハイルという人と出会えたのは令にとって悪い事ではなかった、ミハイルが素晴らしい人だと知ってる、もちろんシオンも、そして初対面こそ最悪だったが、ベルゼブルにも令は畏敬の念を抱いている、反対する理由など無いのだ。
「・・・シオンもミハイル君も、ベルゼブルさんも・・・・・皆良い人達だもんね。」
歩道陽の上で立ち止まってそうささやき、くだりのかいだんに差し掛かった時、
「はは・・・・・娘を嫁に出す父親ってこんな気持ちなのかな?」
令は自嘲的に呟いた、そしてシリアスモードは終わりといわんばかりに大きく伸びをして、目を瞑り深呼吸をした、
「あっ!」
しかし令の体は深呼吸に力が入りすぎたのか、前のめりになってしまい数段階段を転げ落ちてしまった、
「いたたたぁ・・・・・・・・」
(何やってるんだろう…私……。)
へたり込んでいる令に一つの手が差し伸べられた、それは、
「・・・・・・ベルゼブルさん?」
令はベルゼブルの顔を見て少し戸惑ったが、彼の腕を取って立ち上がった。
「どこか変な所を打っていないか?」
「はい・・・・階段から落ちたと言ってもほんの数段ですから・・・・。」
「そうか、なら良かった・・・・・これからは気をつけるんだぞ。」
そう言ってベルゼブルはその場から去ろうとする、
「待って!」
令は無意識のうちにベルゼブルを引き止めていた。
「どうしたんだ?支倉さん。」
「あ、えっと・・・・・・・・。」
意外そうな目で見てくるベルゼブルに対して、令はおどおどしながら、
「あ・・・・・・・ちょっとお話しませんか?」
そう言って近くにあった喫茶店にベルゼブルを連れ込んだ。
喫茶店
令は困っていた、特に理由も無いのに何故か喫茶店にベルゼブルを連れてきてしまい、話す事が無いのだ、もちろん先ほどのことを相談すれば良いのだが、いくらなんでも最近会ったばかりの彼に相談出来る程の軽い事では無かった、
(あ〜もう、どうしよう!)
令の葛藤とは対照的にベルゼブルは、優雅にコーヒーカップを傾けている、ところで二人は致命的なミスを犯していた、令もベルゼブルもかなりの美形で目立つ、さらにここはリリアンの通学路だ、喫茶店の前で様子を見ている生徒は片手では足りない、そして彼女達を代表するかのように、一番厄介な人物が乗り込んできた、
「あら、奇遇ですね先生、黄薔薇のつぼみ、ごきげんよう、こんな所で何を?」
なんともいやらしい言い方で聞いて来たのは、新聞部部長築山美奈子、令は顔を真っ青にした、彼女には黄薔薇革命の時のこともあり、最上級の危険人物としてインプットされている(実際そうなのだが・・・・)勝ち誇った顔で笑っている彼女を前に平常を保とうとするが、そう長く持ちそうも無い。
「こんな所で二人っきり、私達に説明する義務が在るんじゃないんですか?まさか言えない事をしている訳では無いでしょう?」
慇懃無礼な態度で言う美奈子に、もはやここまでと思った令は、ベルゼブルだけでもと口を開こうとするが、腕を組んで見下ろしている美奈子に一枚の紙が渡された、
「その場所知っているか?」
「え?ここ?川沿いの・・・・・黄薔薇のつぼみの家の近くの住所だとおもいますけど・・・・・。」
突如渡された紙には令の家の近くの住所が書かれていた、美奈子はそれを読んで不思議そうな顔をしたが、逆にベルゼブルは心なしか軽く微笑んだように見えた。
「築山、俺は本日付でリリアンに赴任した教師だ、情報の早い君ならある程度プロフィールくらい押さえてあるだろう?」
「ええ、まあ・・・・・」
ベルゼブルの静かだが有無も言わせないような迫力に、美奈子はたじろいたが、気にせずに続ける。
「では俺の故郷も知ってるな?」
「・・・・どこかまでは聞いていませんが、外国から来たのだと記憶していますけど。」
「そうだ、そんな俺がこの町のことを知っていると思うか?」
「!!!!」
美奈子はハッとする。
「どうやら気付いたようだな、その住所は俺の住む予定の家の住所だ、支倉の家と近いようなんでな、家の近くまで案内するついでに、この町も案内してもらったらどうかと鹿島先生に言われた、しかしただ案内してもらうのも悪いから、コーヒーの一杯でも驕るという話になって今に至るんだが、それがどうかしたか?」
こう断言されてしまうと美奈子も辛い、
「ですが・・・・・・。」
なんとか食い下がろうとするがべルゼブルは一向に動じない。
しかしあまりしつこいので、少し脅しをかけた。
「そういえば築山、先日の報道の仕方について職員室で問題になっていたぞ、前回の被害者もたしか支倉達だったらしいが、仮に思いつきでゴシップ記事を載せるようなら・・・・・・・・」
ベルゼブルの言葉は効果覿面だった、美奈子は青い顔をしてそそくさと帰っていった。
それを見て令は安堵の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、私が話していたら誤解される所でした。」
「ん?何の事だ?」
「先生が私の所へ来た理由ですよ、でも鹿島先生も意地悪だな、私に一言言っておいてくれればいいのに・・・・・・・・。」
「ああ、そのことか。」
一人で納得している令を横目に会計を済ませ、二人は外に出た。
「さっきの事だが、あれは全部嘘だ。」
「へ?」
間抜けな顔で聞き返す令。
「突然現れたものでな、アドリブでやったから後でこっちでフォローしておく。」
しれっと言うベルゼブルの姿は少し慌てていた、どうやらポーカーフェイスを気取ってはいたが、実はばれないか内心ヒヤヒヤだった様だ、そんなベルゼブルの行動を見て令は、急に親近感が沸いてきて大声で笑ってしまった。
「む・・・何故笑う。」
不機嫌そうになるベルゼブルだがその仕草も、いつもの彼の行動とかけ離れていて、それもまた令を笑わせた。
やがて令の笑いが収まった所で、ベルゼブルは話を切り出した。
「支倉さん、君は・・・・・・・俺の勘違いで無ければ悩んでいるように見えたが・・・・・・?」
令はハッとして彼の方を振り返る。
「あーなんだ、俺もこれでかなりの長く生きてる、俺でよければ相談に乗るぞ。」
ぶっきらぼうに言うベルゼブルに彼なりの優しさを感じながら、令はふっとと一笑して、
「聞いて・・・・・・くれますか?」
「もちろん。」
令は由乃の事や自分の今の気持ち、由乃の事を考えるとこのまま何も言わず見守ってあげるべきだと思っていること、全て包み隠さず打ち明けた、するとベルゼブルは沈痛な面持ちで歯を食いしばっている。
「あの・・・・・・どうかしました?」
「いや・・・・・・・・俺たちの存在が、本来なら交わらないはずの者達との邂逅でこんなに悲しむ人が居る、どうしようもない事かもしれないが・・・・・・やるせない。」
ベルゼブルは令の前に立ち居住まいを正し、
「本当に悪かった。」
深々と頭を下げた、それに驚いたのは令である、令は彼らの存在が災難だとは微塵も思っていない、むしろその逆だ、ただシオンからベルゼブルの過去を聞いているので、彼は進んで罪を被ってしまう、そんな気がしたのだ。
「いいえ!そんな事ありません!シオンやミハイル君、それにベルゼブルさん達との出会いは皆歓迎していますよ・・・・・」
「しかし・・・・・・」
「そんなに気負っちゃ駄目ですよ、ベルゼブルさん達は悪くない、悪いのは・・・・・・・・・・・・・学園長・・・・・・・。」
令は俯きながら言う、学園長、ウリエルはかなり破天荒な部分もあったが、その人間性は誰もが模範に出来る人物だった、いつも姉の江利子と妹の由乃に挟まれ、オドオドしていた令にとって、ウリエルのように奔放ながら筋の通った生き方には、強い憧れを持っていた、他のメンバーだって同じように考えていると令は確信している、
「・・・・・・・・・・・。」
令の言葉に暗く頭を垂れるベルゼブル、どうも先ほどと落ち込み方が違う。
「どうしたんですか?」
令の呼びかけにハッとしたが、すぐに落ち着いてこちらが見ていて苦しくなるような苦笑を浮かべた、
「・・・・・俺が相談にのる筈だったんだが・・・・・・励まされてしまうとはな・・・・・・・・・」
その苦笑は痛々しく、令は一瞬、自分より格段に強いベルゼブルを守りたいと思った。
「なあ、支倉。」
「なんですか?」
「もし島津が道を踏み外したとする、そして他の大切な人たちを苦しめてしまおうとしている、止めるにはその人に刃を向けるしかない・・・・・・・・・君ならどうする?」
令はしばし無言だった、時折目を瞑り何かを考えるようだ、そしてゆっくり目を開ける。
「私なら・・・・・・・・・どちらも守ってみせる、由乃も、山百合会の人達も、シオンもミハイル君も・・・・そしてベルゼブルさんも、私の大切な人達だもの、説得して、説得してそれでも駄目なら私だって戦うよ!でもそれは目を覚まさせるため、ただ諦めて刃を振るうことだけは絶対にしたくない!」
拳を握って自分に言い聞かせるように言う令に、一瞬呆気に取られたベルゼブルだったが、目を閉じて。
「・・・・・・どちらも諦めない、大切な者はたとえそれがどんなに困難でも守りきる、か・・・・・・・そんな当たり前の事に気付かないなんてな。」
「え?」
「俺は最初から諦めていた、ウリエルを救うにはあいつを倒すしかないと・・・・・他の誰でも無くこの俺の手で・・・・・・・・しかしそうではなくて最後の最後まで足掻いてみるか、たとえ救える可能性が限りなくゼロに等しくても、それがあいつの・・・・・・である俺の・・・・・。」
そう言いかけたところでベルゼブルの顔色が変わった、そしてゼロコンマ一秒後には令をお姫様抱っこして大きく後ろに跳んだ。
「え?ちょ・・・・きゃっ!」
今彼女達が居た所は地面がクレパスのように抉れていた。
「手荒い挨拶だな、ノーム。」
ベルゼブルの前に杖を持った老人が歩いてくる。
「ふぉふぉ、元気そうじゃのう、ベルゼブル。」
ノームと呼ばれた老人は高らかに笑う、その笑いにベルゼブルは苛立ちを隠さずに言う。
「何の用だ、お前一人で俺に勝てるとでも思っているのか?」
「ふぉ、戦う気はないぞい、おまえさんと話がしたかっただけじゃよ。」
「あんなトラップを仕掛けておいて・・・か?」
ベルゼブルの手には聖具ムラマサが具現化されようとしていた、令はベルゼブルの後ろで肩を震わせている。
老人はそんな令を見て、
「そこに居る小娘が邪魔での、早々に退場してもらおうと・・・・・。」
ベルゼブルの聖具から凄まじい衝撃波が放たれる、老人は目を見開いて避けるが、その左手を肩の辺りから失っており、衝撃波が通った跡には先ほどの比ではないクレパスが出来ていた。
「グァァァァァァ!」
予想外の出来事だったのか苦痛の声を上げる老人、
「誰であろうと俺の大切な人を傷つける奴は許さん!」
(ベルゼブルさん………。)
とどめを刺さんとムラマサを振りかぶるベルゼブルしかし、金色の光によってそれは防がれた。
「へぇ・・・・・・・それが私でも?」
目の前には漆黒の翼、シオンのそれとは似て非なる暗黒の黒まるですべての色を吸収しているような、そんな闇の翼を持った美しい天使が居た。
(あれ?この人どこかで・・・・・・。)
令はこの天使を見て軽いデジャヴを感じていた、最近、いやもしかしたらずっと前から彼女の事を知っている、そんな感じがしたのだ。
「・・・・・・・・・・そうだ、だが決してお前を倒すためではない、救うために俺は・・・・・・・・・・・・俺だって・・・・それを教えてくれた令の為にも、俺はお前の目を覚まさせる!」
するとベルゼブルの聖具、漆黒のムラマサが光り輝き始めた、50mにも達そうかという一筋の白い光の刀身は、柄の部分の漆黒と、鍔の部分の色とりどりの光の色とのコントラストは彼の真っ直ぐな決意を表すかのごとく、光り輝いている。
「目を覚ませウリエル!誤った聖獣・・・・浄化せよ!カリバーン!」
(ウリエル!学園長?)
振り下ろされたカリバーンはノームへ向かい、一瞬でその身を消し去った・・・・・・・・・筈だった。
「無駄よ、いくら倒してもノームは地の聖霊の化身だから何度でも蘇るわ。」
ウリエルの言葉の通り、金色の光はも他一点に集まろうとする、しかし様子がおかしい。
「!!どういうこと!ノームが再生しない?」
「無駄だ・・・俺の聖具の力でノームの存在を吸収したからな。」
「!!!そんな事出来るはず無いわ!あの状態でノームの存在だけを限定して消し去るなんて・・・・・・。」
「できる、俺の最大の技《カリバーン》を持ってすれば・・・・・今まではこれを使うのに躊躇っていたが、そんな事は杞憂だと教えてくれた人が居る、その人のためにも。」
そうしてムラマサを構え。
「俺は…俺はお前を倒してお前を救う!それが俺の・・・・・・・・・・・お前の兄である俺の役目だ!」
(え!!!)
「………そう、それが貴方の答えなのね、兄さん。」
驚いている令を見ずに、ベルゼブルはムラマサを振りおろした。
「ウリエルの・・・・・・・我が妹の悪しき心を消し去れ、カリバーン!」
振り下ろした光の剣は、まばゆい光を発しながら周りへと広がっていく、しかし振り下ろされた咲に、彼女は居なかった。
「・・・・・・・・・・逃がしたか。」
悔しそうに舌打ちをするベルゼブルに令が駆け寄ってくる。
「ねえ!今の天使って学園長?ベルゼブルさんがお兄さんって・・・・・・・・・。」
(そう・・・・・その娘なの・・・・その娘が兄さんを・・・・・・)
その声はまぎれも無くウリエルの物だった、
「・・・・・・・・違う、彼女は俺の目を覚ましてくれただけだ、俺がお前に刃を向けるのは、俺の意思だ!」
令を背中に庇いはっきりと言い放つベルゼブル、
少しの間が空いて、悲しそうなウリエルの声が聞こえる。
(そう・・・・・兄さんまで敵に回るのね・・・・・解かったわ、でも私を殺さずに救うなんて思わないことね、そうじゃないと・・・・・・。)
ウリエルは憂いを帯びた目で令を見つめて、
(兄さんはまた大切な人を守れなくなるわよ。)
「!!!!」
ベルゼブルは返す言葉が無く、その一瞬の間にウリエルの気配は完全に消えた。
「・・・・・・・・・・・・・クッ!」
拳を強く握ってうなだれるベルゼブルを見て、令は今まで言いたかった事、聞きたかった事、全てどこかに行ってしまったかのように慈愛に満ちた笑顔を浮かべ、無意識のうちに彼の肩を叩き。
「お話をしませんか?」
無言でうなずくと、二人は海辺の方へ歩いていった。
後書き
どうもケイロンです、ベルゼブルとウリエルとの邂逅ですね、かなり話の核になる部分だったのでいろいろ悩みました、こんな亀スピードの愚作を読んでくださる方が居れば次作も読んでやってください、ケイロンでした
一体、どうなっているのか!?
美姫 「あの天使は本当に学園長なの!?」
それは非常に気になる所。
美姫 「果たして、どんな展開が待っているのかな〜」
次回も楽しみにしてますね。
美姫 「それじゃ〜」