セント・エルモ

 

 

 

 

昔々あるところにある王国がありました、その君主の名はユピテル

彼は領民全員を家族のように慈しみ、その名君の名は周辺諸国にまで轟いておりました。

そんな彼には目に入れても痛くない愛すべき子供達がおりました、

優雅で気品のある姉のクリュタイムネーストラ、戦術と乗馬にかけては右に出る物が居ない、弟のカストルとの双子の姉弟です、

二人は王家の人間であるにもかかわらず、王の配慮で小さい頃から町の子供達と遊んでいました、

 

「国を治めるには誰よりも国のことを知らなければならん」

 

王の言葉どおり、幼い二人は国のありのままの姿を目に焼き付けた、いつかは

父のような立派な君主になるために・・・・・・・・。

 

そんな二人の周りには、王家の人間であるにもかかわらず友達が多く集まっていた、

これもひとえに二人の人望の表れだろう、

そんな二人には、無二の親友と呼べる人達が居た、この国の皇帝騎士団団長の子、

ポルックスとヘレネの姉弟だ、

姉のヘレネは、まだあどけなさが残る年齢で、クリュタイムネーストラが蘭の花だとすると、

元気いっぱいの向日葵のような少女だった、そして弟のポルックスは、

カストルの静に対して動、剣や拳闘では負けた事が無く、彼一人で軍隊一つにも相当するとまで言われている。

 

あまり年の離れていないこの二組の双子は、それぞれ性格は異なっていても、

ポルックスはカストルを実の兄のように慕い、またヘレネもクリュタイムネーストラのことを実の姉のように思っていた。

そしてカストルとヘレネ、ポルックスとクリュタイムネーストラは異性としてもお互いの事を気にかけていた・・・・・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

この国に暗雲が立ち込めたのは、教皇騎士団団長マクグレーネの一言からだった。

 

「皇太子様、姫様、長い間お世話になりましたが本日をもってこの国を去ることになりました。」

 

急にクリュタイムネーストラとカストルの前にひざまづき、別れの挨拶を言い始めるマクグレーネ、

 

「ちょっと待って下さい、マクグレーネ!父があんな状態の時に貴方に居なくなられたのではこの国はどうなるのです!?」

 

彼らの父であるユピテルは、原因不明の病でもう長くは無い。

 

「クリュスの言うとおりですよマクグレーネ、貴方が居るから皇帝騎士団の連中も、

下手に動けないのですから。」

 

この国には軍隊が二つある、皇帝騎士団と教皇騎士団の二つだ、この国の皇帝は教皇も兼任しているので、事実上軍の最高責任者が二人居る事になる、

ヘレネたちの父であるイーダスは、権謀術数に長けた野心家で、名門アルカディア家の現当主であることを誇っている、それに比べ教皇騎士団団長のマクグレーネは、若くしてその並々ならぬ武と人望を買われ一兵卒から叩き上げで今の地位についたが、それに驕ることなく尊敬する王のように自分を高めてきた、次第に彼は領民からの絶大なる人気を集め、

 

「ユピテル様とマクグレーネ様がいらっしゃる限り、この国に太陽は沈まない」

 

と領民に言わしめたほどである、

 

面白くないのはイーダスである、ただでさえ元々一兵卒だった人間と肩を並べるのも気に食わないのに、しかもマクグレーネは人気がある、醜い嫉妬心がイーダスを犯していった。

そして狂気に取り憑かれたイーダスは、あることを実行に移す、それは・・・・・・・

 

                            皇帝暗殺

 

あくる日より、王の体調が悪くなり始めた、イーダスが遅効性の毒薬をしこんだのである、そして、王が公務に出られない事が多くなり、国の実権はイーダスに集まるようになって来た、

しかしそんな絶頂期の彼にも、目の上のたんこぶが二つあった、一つ目はマクグレーネ率いる教皇騎士団の王の周りの警護が厳しくなった事、おそらくマクグレーネがイーダスの策略を察したのだろう、二つ目は、怪しげな行動をしているイーダスを誅す二人の双子、ヘレネとポルックスだ、この二人は王の子供達であるカストル、クリュタイムネーストラと親しい点と、家柄だけで養子にした血の繋がらない親子だという点でイーダスはこの二人を愛しては居なかった。

 

そこで自身の野望を果たすためイーダスは、ある男を雇った、その男の名はリンケウス、堕ちたドルイドだ、彼は早速王の洗脳を始めた、そしてこの国は文字通りイーダスの傀儡国になってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「教皇騎士団を解体処分とし、団長マクグレーネをこの国から追放せよ。」

 

王の口からこの勅命が下ったのは、桜が咲き始める春の事だった、

しかしリンケウスとイーダスがかけていた暗示は、マクグレーネを完全にこの世から追放する・・・・・・・つまり死刑にするということだった、二人の奸臣の間でいつ死ぬかも解からない状態の中、王は一瞬だがリンケウスの暗示に打ち勝っていた、そんな王にマクグレーネは、かつての偉大なる王の威厳をみた、王はマクグレーネに生きろと言っている、マクグレーネは無力な自分と、王の苦しみを思い血の涙を流した。

 

そんな状態の中、マクグレーネは古い知り合いで、大切な親友でもあるカストルたちの下へ向かった、王の苦しみ、変わり果てた姿になりながら、未だに自分達の行く末を案じ続けていてくれる事などを涙ながらに語った、それを聞きその場で涙を流さぬ者は居なかった、

 

「・・・・・・・・・・では私はこれで。」

 

去ろうとするマクグレーネ、必死に呼び止めようとする双子にマクグレーネは、

 

「くれぐれも眼を失わぬよう、あなた方の眼は今憎しみで溢れている、昔の悪ガキだったあの頃の眼はもっと輝いていたぞ。」

 

最後の台詞は、臣下としてではなく友人としての忠告だ、カストルはその想いを汲み、忘れかけていた笑みを見せた。

 

「いい笑顔だ、その笑顔がこの地に輝く時、俺はいつでもあんたたちの元に駆けつけるよ、カストル、クリュス。」

 

最後は友人としての別れを選らんだマクグレーネ、そしてその夜、今の国を状態を善しと思わない者や、マクグレーネに心酔している元教皇騎士団の数十名がこの国を去った、来るべき戦いの序幕である

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国王崩御の知らせは雷光のように国に響き渡った、偉大なる王の死に多くの領民が悲しみ、王の葬儀には、この国のすべての領民が参列したのではないかと思うくらい、参列者が絶えなかった。

 

そんな中、国はイーダスとリンケウスの思うがままに動いていった、ある夜カストルとクリュタイムネーストラの寝室に三人の人影が現れた、

二人が気付いて飛び起きると、そこに居たのはポルックスとヘレネ、それに皇帝騎士団副団長へパイストーネだった、

 

ここでこの女傑について話さなければいけない、皇帝騎士団副団長へパイストーネは、ポルックスの拳の師匠であり、皇帝騎士団の武の要だ、女ながらに大槍を振り回し、この国で唯一マクグレーネとまともな試合が出来る人物として、教皇騎士団副団長リノスと共に「戦場の二花」と呼ばれていた、性格はいたって義理堅く、アルカディア家先代当主にその武を買われ今の地位まで登りつめた、それによりアルカディア家に(決してイーダスではない)忠誠を誓っていて、今の当主であるイーダスの姿にアルカディア家の行く末を案じ、頭を悩ませている忠義の士である

 

「どうしたの?久しぶりじゃない、元気だった?へパイストーネもよく来てくれたわ。」

 

へパイストーネはカストルたちの友人の一人であった、しかし彼女も双子達も、イーダスが実権を握ってから、カストルたちに会わせてはくれなかったので、本当に久しぶりの再会だったのだ。

 

「カストル、クリュス、それどころじゃないんだ。」

 

「今、皇帝騎士団の人達がこっちに向かってる、貴方達を殺すためによ!」

 

「私が時間を稼ぎます、今すぐお逃げを。」

 

二人はすぐに寝室を後にした、敵方である三人をすんなり信用できたのは、

お互いに強い信頼があったからだ、そして夜が明けぬ漆黒の闇の中、二人は城を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一年後、カストルは隣国の王位に就いていた、彼らがさまよっていた時この国の総督が二人を保護し、王位に就く事を請うたのだ、この国は彼らの国よりは小さいが、市民革命が起こり王権が消滅してから優れた指導者が居なく、高名が全国に轟いているユピテル王の嫡子であり、自身の人望も厚いカストルと、クリュタイムネーストラを天の助けと、この国を治めてくれるよう、重臣全員で頼んだのだ。

 

行く当てのない二人は喜んでこの話を受け、カストルが王位に就いた、今では争いごとも減り、領民全員が笑い合えるような国になりつつある、領民は

 

「さすが名君ユピテル王の嫡子」

 

と賞賛するが、カストルは言いようも無い不安に駆られていた。

 

(自分は父上と違う・・・・・・・・何故だ、何故父のようになれない!)

 

カストルの苦悩の答えは、彼の眼にあった、彼の眼は憎しみで濁っていたのだ。

 

そんな中、クリュタイムネーストラは復讐のためではなく、この国を守るため、そして風の便りで家に軟禁状態であるというヘレネとポルックスを助けるため、剣を取っていた、彼女は剣の才を持っていたらしく、この一年で軍の誰よりも強くなった、そしてついこの間、この地に逃れていた、教皇騎士団副団長リノスに勝ったのである、リノスは武というよりも変装や密偵などの任務を得意としていたのだが、この国では彼女より強い者は男の中にも居なかった、そんな彼女を倒した事で、事実上クリュタイムネーストラはこの国最強になったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦争ですって!何故です!このような時に!」

 

カストルたちを庇った事がばれ、兵卒へと落とされたヘパイストーネは、彼女の後釜で皇帝騎士団改め正規軍団長になったリンケウスに猛烈に抗議した、

今のこの国の状況は、城を襲い王となったイーダスの暴政により、ユピテル王のときには見られなかった貧富の差は広がり、疫病がはやり、争いごとが絶えなかった、

このような状態の中、王の贅沢によって税の徴収もままならなくなり、最近豊かになりつつある隣国を侵略しようとしているのだ。

 

(こうしてはいられない、このことをヘレネたちにも・・・・・・・・・・・・)

 

その夜、ヘパイストーネは二人にこのことを話し、こっそり家から抜け出させた。

 

「カストルたちにこのことを伝えてちょうだい」

 

忠義の女傑は、これから自分に起こるであろう死を予感しながらも、小さいときから妹や弟のようにかわいがっていた二人を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カストルは悩んでいた、ヘレネたちがこの国に来て半年が経とうとしていた、始めのほうはほんの威嚇に過ぎなかった挑発が、最近は酷くなっているのだ、きっとイーダスを諌める者が居なくなったのだろう、

 

「どうしたの?カストル?」

 

彼の隣には向日葵のような笑顔のヘレネが居る、彼女達が来てから、カストルの眼は輝きを取り戻し、クリュタイムネーストラは、ポルックスという新しい強敵との出会いでお互いを高めあっていた、

そして確信する、お互いに愛し合っているのだと言う事を。

 

「このまま時が止まってくれたらいいのに・・・・・・・」

 

重責を担うカストルはそう思っていた、

しかし、そんな日々は長くは続かなかった、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘパイストーネが処刑されました!」

 

イーダスの元へ隠密に行っていたリノスが、涙ながらに報告した。

それと同時に、皇太子時代特に懇意にしていた友人の首と共に、宣戦布告状がカストルたちの国へ送られてきた。

 

カストルは怒り狂った、しかし彼も名君ユピテルの子、怒りに身を任せ領民を巻き込む事の無いように、重臣を含む領民達に事の次第を話し、民主的に意見を聞いた、

カストルの話を聞いていた者たちは皆涙を流し、打倒イーダスの旗印の下、力をあわせることが満場一致で決まった、カストルがこの国に撒いた人望の種は、このような所で花を咲かせ、カストルたちの力になった、カストルは涙ながらに自分のために命を賭けてくれる領民達に礼を言いながらも、その眼は復讐の心でまた濁りつつあった・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いは思いのほか拮抗した、イーダス軍の半分程度しか居ないカストル軍だったが、

カストルの戦才と、クリュタイムネーストラとポルックスの武、またさらに二人は優秀な指揮官でもあった、カストルからの指示が途絶えた時も、冷静に部下に指示を出していた、

イーダス軍とは元々士気の高さも違うカストル軍は、善戦し双方はネメアの谷で対峙した。

 

ネメアの谷はイーダス軍の守りの要所であり、その入り組んだ地形は天然の要塞となっていた、しかし昔からこの国を駆け回っていたカストルたちには、庭のようなものだ、

カストルは常に先陣に立ち、味方を鼓舞し続け、それに同調するかのようにポルックスたちを含む兵士達は怒涛の勢いで、敵陣に向かっていった、しかしそんな中思いがけない人物が現れた、

 

「ヘパイストーネ!」

 

そこには処刑されたはずのヘパイストーネが、大槍を持って立っていた、顔が青白い、

彼女は無言で大槍を振り回し、一振りで何人もの命を刈った、ポルックスとクリュタイムネーストラが二人がかりでかかっても、防御するだけで精一杯だ、

そんな姿をヘレネは呆然と見ていた、自分には戦いに関しての能力が無い、

カストルに頼み込んで彼の側に居るがその護衛の数は、彼よりもはるかに多い、

尊敬する姉と弟の苦闘を見、そして愛しいカストルが絶望的な状態ながら、必死に味方を鼓舞する姿を見て自分の無力さに涙した。

 

そんな中二人の一瞬の隙をつき、ヘパイストーネがカストルの方へ向かってくる!

 

「危ない!カストルっ!」

 

彼が振り返った時、大槍に貫かれた愛しい少女の姿があった、彼はその一瞬感情と言うものの意味を失くしてしまった、

 

「カストル・・・・・・やっと貴方の役に立てた・・・。」

 

消えかけの命の中カストルの胸の中で、彼の頬をそっと撫でるヘレネ。

 

「ねぇカストル、悲しまないで、愛しい貴方にはいつも笑顔で居て欲しいから・・・・・。」

 

少女の精一杯の告白は、彼女の吐いた深紅の血によって遮られた、

カストルはその場でぜんまいの切れた人形のように、崩れ落ちた、そんな敵大将の無防備な姿を敵兵士が見逃すはずが無い、あっという間にカストルとヘレネの亡骸は敵兵に囲まれた、しかしカストルの様子がおかしい

 

「ヘレネぇーーーーーーー。」

 

そこには修羅が居た、彼の振るう剣はまるでチェーンソーで果実を切るがごとく、

敵兵の身体を、切り刻んでいった、そこには地獄が広がっていた。

 

彼が正気になったのはポルックスの叫び声を聞いてからだった、カストルの前には何十人もの敵兵の惨殺死体が広がっていた、カストルは元々剣に関しては、マクグレーネやヘパイストーネに師事し、潜在能力はポルックス以上と言わしめたほどであった、しかし彼の温厚な性格は、戦う事より守る事を選んだ、そんな中彼の才能は憎しみと言うドーピングにより、最も不幸な形で現れたのだ、

彼は自分のした行為に気が狂いそうになった、「死んでしまえば楽に・・・・・・・」そうして自害まで考えた、しかしそんな彼を救ったのはなんとヘパイストーネだった。

 

「カストル・・・・・・・・お前は生きるんだ、お前が私達の希望、ユピテル王やイーダスとリンケウスに殺された者たちの・・・・・・・・・・。」

 

何かに耐えているような、そして悲しんでいるそうなヘパイストーネがそういい終わらないうちに、強弓がヘパイストーネごとカストルを貫いた。

 

「・・・・・・・・・・・・死体人形はやはり脆いな、もう使い物にならん。」

 

ヘパイストーネの影から現れたのはリンケウスだった、彼はヘパイストーネの魂と

肉体だけを操り、幾人の命を奪ったのだ・・・・・自分の手を汚さず。

 

「・・・・・・・リ・・・ンケ・・・・ウ・・・ス!」

 

浅からぬ傷でリンケウスに飛び掛るカストル、しかし怒りに任せた彼の攻撃は、

老練なるドルイドであるリンケウスにとって恐るべき物ではなかった、

 

一瞬の隙を突き、影を伝い背後に回った彼は、カストルに止めを刺そうとする。

 

「死ね、カストル!」

 

カストルは絶望と憎しみに呆然としながら、自分に迫る脅威をコマ送りのように見ていた、

 

その時、リンケウスの前に一振りの小太刀が飛んできた、それを投げた相手とは。

 

「マクグレーネ!」

 

そこには白亜の甲冑を身に着けた騎士が立っていた、リンケウスはチッと舌打ちをして一時退却をしようとする、

 

「させない・・・・・・・・・。」

 

それを阻んだのはヘパイストーネだった、彼女もまたユピテル王と同じく、消え行く命の中カストルたちのため、リンケウスの呪いに打ち勝ったのだ、

 

「奸臣、リンケウス覚悟!」

 

奇声を上げるリンケウスにマクグレーネはもう一振りの小太刀を投げる、

しかしその小太刀は、胸をそれ、リンケウスの右肩を貫通しただけだった・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

結局この戦いでヘレネは死に、カストルは重症、リンケウスは右肩を失い多くの術が使えなくなった。

カストルは気合で国へと帰り、肉体的にも精神的にも極限状態の中、気丈にも公務をこなし、ヘレネの葬儀の後、糸の切れた操り人形のように床に伏すようになった、敵国もリンケウスが重傷なのでしばらく襲ってはこない、

そんな中公務は、クリュタイムネーストラとポルックスで行っていた、

元々国に居た時は彼女が王位を継ぐはずだったこともあり、カストルと同じくらい国を良く治めた。

 

しかし彼女たちにとって、一番力になって欲しい人物はマクグレーネだ、しかし彼女達が彼の元を訪れると彼は

 

「カストルの眼は濁りきってしまっている、彼の眼に輝きが戻るまで俺は協力できない。」

 

マクグレーネたち元教皇騎士団のメンバーはこの国から少し離れた野原にテントを張っている、この国に入ってきたのはヘレネの葬儀だけだ、

マクグレーネは誰よりもユピテル王の言葉を理解していた、ゆえにカストルに解かって欲しかったのだ。彼が賢帝であったわけ、その理由を。

 

「クリュス・・・・・・あんたはいい眼をしている・・・・・・でもな、悲しい時は泣いた方がいい、痛みをためると自分を傷つけることになるぞ。」

 

ある時マクグレーネはそう言った、その言葉を聞いた途端、堰を切ったように、傍らにいたポルックスの胸でクリュタイムネーストラは泣きじゃくった、それはそうだ、まだ二十にも届いていない少女が、相次ぐ友の死や戦い、このような事に彼女は気丈にも耐えて来たのだ、眼の輝きを失わずに・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・月が消える日の夜、アルゴの森で待つ、カストルにそう伝えてくれ。」

 

三度目に彼の元を訪問した際、マクグレーネはそう答えた、カストルの眼の輝きを取り戻す事、それが今自分に与えられた使命だと感じたからだ、

しかし彼はカストルが床に伏している事を知らない、明日も知れない命だという事も・・・・・・。

ポルックスがその事を言いかけた時、クリュタイムネーストラがそれを制す、

 

「解かりました、では時間は月が一番高い位置にあるときで良いですね、」

 

決意のこもった眼で言うクリュタイムネーストラ、そして彼女達はマクグレーネの元を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗いアルゴの森、マクグレーネは一人カストルを待っていた、彼は各地を転々とし、どこの国でもその実直な性格は慕われてきた、ある国では大将軍の要請までされたほどである、しかし彼はどこの国に仕える気が起きなかった、ユピテル王以上の君主が居なかった事もあるが、彼は大切な親友の約束を守ろうとしていたのだ、カストルやクリュタイムネーストラ、ヘレネやポルックス、ヘパイストーネやリノス達は年齢はまちまちだがみんな彼の親友である、しかしそんな中、ヘレネとヘパイストーネは死に、カストルの眼にはもう生気が無い、

 

「自分がもっと早く来ていれば・・・。」

 

そう後悔して泣いたのは一度や二度ではない、だからこそカストルだけは、

ユピテル王のような賢帝になり、このような事が二度と起きぬように立ち直らせなければいけない、それが自分の義務だと思っていたのだ。

 

そんな時、一筋の風が吹き、漆黒の甲冑を着た騎士がマクグレーネの前に現れた、

傍らにはポルックスが居る。

 

「カストル・・・・・・・俺を殺す気で来い、」

 

マクグレーネが剣を正眼に構え、漆黒の騎士の攻撃を待つ、

騎士の武器はマクグレーネの剣より一回り小さい小太刀だ、

真っ当に戦っても勝ち目は無いと思ったのだろう、そして激しい斬撃線が始まる、

その光景は暗闇の中、妖艶さは増しポルックスはただ呆然とその光景を見ていた。

 

「カストル!お前の腕はこんな物ではないはずだ!本気で来い!」

 

未だ出方を伺っているような戦い方に、痺れを切らしたマクグレーネは一瞬彼の懐に入りすぎた、その時騎士の兜の奥の眼が光ったように見えた、

マクグレーネはハッとして思わず後ろに飛ぶ、騎士の手には二本の刀が握られていた。

 

「・・・・・・・・・・・・・二刀流か」

 

マクグレーネは考えた、いくら小太刀とはいえ二刀では腕の負担が多すぎる、だがそれは短期戦には威力を発揮する、トリッキーな動きは短期間で相手を倒すなら好都合と言える、しかしマクグレーネは一度刃を交えた時から思っていた事があった。

 

(こいつはカストルではない・・・・・・・・・・・・)

 

その騎士は夜の暗さと深く兜をかぶっていることにより、顔が良く見えなかったのだ、

しかし眼を閉じた時の雰囲気は、まさしくカストルのそれだったのだ、

だが、マクグレーネは二刀を防いだ時、すべての謎が解けた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・そういうことか!」

 

マクグレーネは一歩下がり、剣を両手で持ち直し、正面から騎士の兜へ剣を振り下ろした、

マクグレーネの渾身の一撃は、二刀で防ぐ事もできず、騎士の兜だけを真っ二つにした。

そしてそこに居たのは・・・・・。

 

「クリュス!」

 

ポルックスが駆け寄る、クリュタイムネーストラは軽い脳震盪を起こしたようだが、すぐに立ち上がり、剣を収めたままマクグレーネに対峙した。

 

「その小太刀は俺を攪乱させるため、二刀にしたのは女の力の限界を感じて、

短期決戦を挑んだから・・・・・・だろ。」

 

マクグレーネの言葉にクリュタイムネーストラは、悔しそうに頷く。

 

そんな時、早馬に乗ってリノスがやってきた、

 

「クリュス!イーダス軍がまた戦の準備を始めたわ、このまま行けば後一週間ほどで国境までたどり着く!」

 

そういうや否や、リノスは自分が乗っていた早馬に二人を乗せ言った。

 

「団長の事は私に任せて、貴方はカストルを。」

 

そして物語は最終幕へ・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最終決戦の日クリュタイムネーストラたちは戦地へ赴いた、その姿を見送ったカストルはベッドの中、今までの自分を振り返っていた、楽しかった少年時代、無論今の彼も少年と呼んで差し支えない年齢であるが、精神面では誰よりも生きる辛さを解かっている、外はなにやら騒がしい、また戦でも始まるのだろうか?もうどうでもいい、自分など、国など、仲間など・・・・・・・・・・・。

 

「うっ!」

 

そんな事を思っているとカストルは激しい頭痛に見舞われた、そして彼の前には

純白の衣装を着た、ヘレネとヘパイストーネが立っていた、カストルは彼女達の方へ走った、痛みは無い、しかし彼女達はすぐに居なくなり、代わりに彼女たちの死の場面が

映し出される。

 

「やめろぉ〜〜〜〜〜〜!!!!」

 

カストルは幻想に取り憑かれてしまったように、奇声を上げる。

 

「僕は何のために・・・・・・・・・。」

 

固く結んだ唇からは血が流れ、もう乾いたと思っていた涙が溢れた、

 

そんな中最後に彼の目の前に現れたのは、友達と一緒に楽しそうに遊ぶ、自分達の小さいときの姿だった、彼らに家柄は無く、争いは無く、涙も無かった。

そして彼は思い出したのだ、何故自分が剣を取ったのか、それは守るため、傷つけるためでなく、一人でも多くの人の幸せで国を満たしたいという心だ。

 

彼は暁の中、暗闇から抜け出したようにさわやかな顔をしていた、無論痛みはある、しかし彼は迷わない、彼の眼は光に満ち溢れていた、

そして彼は、もう二度と着ることが無いと思っていた甲冑に身を包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦況は圧倒的に不利だった、カストルという指揮官を欠いた今、人数のハンデはクリュタイムネーストラとポルックスの武をもってしても埋まる気配が無い、

最後の守りの要害が突破されようとする時、後方から時の声が上がった。

 

「カストル!」

 

そこには病気で命いくばくといわれていたカストルが、白馬に乗り威風堂々と現れたのだ、その姿に敵はもちろん、味方の兵も驚き、その勇姿を見て士気が上がり、敵を押し返し始めた。

敵はこうなると敵陣のど真ん中に居るようなものだ、陣頭にいたリンケウスは慌てて退却を始めようとする、とその時。リンケウスたちの北の高台から白亜の甲冑の騎士が駆け下りて来た。

 

「お前は、マクグレーネ!」

 

マクグレーネの武を知っている兵士達は、その姿にたじろく。自分の指示が聞かれていないことが解かると、我先にとリンケウスは逃げる、仮にも指揮官としてあるまじき行動だ。

しかしそんな彼の前にカストルが立ちはだかった。

 

「父上の、ヘパイストーネの、この戦いで犠牲になった人達の、そしてヘレネの怒り、その身に受けよ!」

 

奇声を上げ、命乞いを始めるリンケウスにカストルの剣が振り下ろされた、

 

「敵将リンケウスの首は取った!これによりこの戦いを終了とする!」

 

そんなカストルの姿に兵士達はかつてのユピテル王の姿を見た、

彼らは敵味方関係なく、身体が勝手にカストルへ平伏していた。

 

その姿を見ると安心したかのようにカストルは突如倒れた、急いで駆けつけるポルックスたち、

 

「僕の命はもう長くは無かった・・・・・・・ヘレネが死んで僕は暗闇の中をずっとさまよっていた、その暗闇の中で一生を終えると思っていた・・・・・・・」

 

そう言って大量の血液をはくカストル、だが彼は周囲の精子も聞かず話を続けた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・最後に・・・・最後に僕は光を・・・・・・・・・。」

 

彼の言葉はそこで途切れた、そして命も・・・・・・・・・・・。

 

「カストルーーーーーーー!!!」

 

号泣するポルックス、マクグレーネもクリュタイムネーストラも涙を止める事は出来なかった。

カストルは病の中、数人の兵士を引き連れ戦地へと向かい、その途中マクグレーネたちと会った、マクグレーネはカストルの眼にかつてのユピテル王を見た、その眼の輝きは今までのカストルとは比べ物にならない、

彼は思わず馬を降り、平伏してしまった、するとカストルはリノスに敵軍と自軍の戦況を聞き、瞬時にマクグレーネに指示を出したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

敵軍を吸収し、大軍となったカストル軍はかつての故郷へ向かっていた、

カストルの指示は、自分の死を予想してすべてリノスに伝えてあった、敵兵を丁重に扱うという彼の遺志どおり、敵兵を味方の兵と同じようにした、敵兵は最初何かの罠かと思い身構えたが、これがカストルの遺志だと知るや否や、それに感動し、ぜひ自分も彼の愛した国のために働きたいと多くの敵兵が自ら志願したのだ。

 

そして門の前に着いたときポルックスはいつもの元気をなくしていた、尊敬する姉と兄を相次いで失ってしまった悲しみに、ポルックスは心を閉ざしていた、考えても浮かぶ事は彼らの事ばかり、何故自分だけが・・・・・・・・そのように思ったのは一度や二度ではない、

彼の頭には今やイーダスへの恨みしか無かった。

 

そんな時リノスが密偵から帰ってきて報告する

 

「イーダスはリンケウスから授かった秘術により、身体を消し、潜んでいるという事です」

 

硬く閉ざされた城門の外で彼女達は待機するしかなかった、とりあえず東西南北全ての門に、数百人単位で見張りを置き脱出を防ごうとした、

 

そしていつの間にか辺りは闇に包まれ、半月が顔を出した

 

クリュタイムネーストラはポルックスの元へ向かった、彼と一緒に居たい、こんな時だからこそ・・・・・・・・、彼女は城内が見下ろせる高台に一人座っているポルックスの隣に無言で座った、彼女達は眼を合わせた、数十秒くらい合わせていただろうか、彼女達にはそれで十分だった、ポルックスの悲しみ、クリュタイムネーストラの悲しみそれぞれに大きい小さいなんて無い。

 

そうして何分かそこでボーっとしていた二人が立ち上がろうとすると、突然二つのまばゆい光が二人の前に降り立った、そこに居たのは・・・・・・。

 

「ヘレネ!」

 

「カストル!」

 

白い衣を着て二人の目の前に立っているのは紛れも無いヘレネとカストルだった、

二人の後ろには二つの羽がある、

 

「元気にしてた?ポルックス?」

 

「姉さん!姉さん・・・・・・・・・・・。」

 

ヘレネの胸で泣きじゃくるポルックス。

 

「姉様・・・・・・・・・・・・勝手な事をして・・申し訳ありません。」

 

「ええ勝手よ、いきなり現れたと思ったら、あっという間に戦いを終わらせて・・・・・・・・・私あなたに何もお別れの言葉言ってあげられなかった・・・・・・・・・・・・・・」

 

崩れ落ちるクリュタイムネーストラ、二人が落ち着くまでヘレネたちは、赤子のように泣きじゃくる二人に言葉をかけ続けた、そして二人が落ち着いたとき、二人は羽根を広げ空へ飛び上がると、

 

「今から私達が炎となって、イーダスを照らします」

 

「姉様たちは、イーダスを捕まえて・・・・・・・・・・・・・この戦いを終わらせるんだ!」

 

そう言って二人は二つの炎となり城内へ消えていった、丁度その時、先ほどの光を見たマクグレーネとリノスがやってきて、何かあったのかと二人に聞く、そんな彼らに、

 

「マクグレーネ・・・・・・・・・・最後の戦いよ、東門とここに兵を集めて!」

 

クリュタイムネーストラが言ったとおり、兵士達は東門を開け、その半数は彼女達の居る高台へと来ていた、すると二つの炎が現れ、城の中心の噴水の前の像の前で止まった。

 

「あそこだ!みんな行くぞ!」

 

ポルックスの時の声により、東門から、高台から、兵が怒涛のように像へと向かう、すると炎に照らされていた像の影がだんだん濃くなっていく、そしてクリュタイムネーストラを先頭に、噴水を取り囲んだ時にはその影は立体的に人の形を成していた。

 

その姿は仮初にも一年以上国の長であったという人物とは思えないほど、汚く、醜悪な表情をしていた。

 

「・・・・・・これで」

 

「終わりだ!!!!!!」

 

二人が同時に振り下ろした剣は、二つの光と共に七色に輝き、イーダスを打ち抜いた、長く、多くの犠牲を払った戦いがここに終了したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

城内は夜中であるというのに騒がしい、暴君が倒れ、二人の賢君により新しい国が始まるのだ、彼らは勝利の美酒に酔っていた、

しかしそんな中、酒宴を抜け貸しポルックスは中庭に出ていた、すると目の前に二つの光が現れた、

 

「どうしたのポルックス?」

 

「何かあったのか?」

 

天使の姿となった二人は、思いつめた表情のポルックスに訊ねる、

 

「俺も・・・・・・・・・・・・俺もカストルたちと行きたい!もう失うのは嫌なんだ、失いたくない・・・・・・だから・・・・・。」

 

ポルックスの言葉を聞いて一瞬驚いた表情をする二人だったが、すぐに普段の表情に戻り。

 

「それは出来ないわ・・・・・・・・・・それにね・・・・。」

 

そう言いながらヘレネはポルックスの後ろを指差した、ポルックスが振り返ってみると突然何者かに頬を叩かれた、

 

「・・・・・・・・・・・・・二度と・・・・・・・二度とそんな事言わないで!」

 

それは眼いっぱいに涙を浮かべているクリュタイムネーストラだった、そして彼女は泣きながら走り去って行った。

そんな姿を見たポルックスは、

 

「俺は・・・・・・・・・・・・なんて事を・・・・・・・」

 

悲しいのは自分だけではない、クリュタイムネーストラだって同じ、いや自分以上に悲しいのかもしれない、そんな中ポルックスまで居なくなってしまったら・・・・・・・・・・彼女はそんな悲しさには耐えられないだろう・・・・。

いまさらながら彼女の思いに気付いたポルックスは、もう一度二人の前に向き直った、

今度は二人と決別するために・・・・・・。

 

「姉様を頼んだぞ、ポルックス。」

 

「元気でいるのよ、私達はずっとあなた達のこと見てるからね。」

 

ポルックスの言いたい事を予想したのか、二人は言った。

 

「ありがとう姉さん、カストル、俺は一人じゃない、もう弱音をはかない・・・・・・だから・・・・・・・。」

 

ポルックスは二人を想って流す最後の涙を拭いて。

 

「だから見ていてくれ、この国も、クリュスも、絶対に幸せにしてみせる!」

 

その言葉を聞いて、二人は満足気に頷いて、光となって飛び去っていった。

 

「・・・・・・・・・・・・・・行っちゃったわね、あの子達。」

 

その言葉にぎょっとするポルックス、彼の後ろにはクリュタイムネーストラが立っていたのだ、

 

「・・・・・・・・・・・・・・・どこから聞いていた?」

 

恐る恐る聞くポルックス、すると彼女は

 

「というかほとんどよ、そこの噴水のところで泣いてたら、あなたの大きな声が聞こえたのよ、あの大声で聞くなって方が無理よ。」

 

ポルックスは頭を抱えた、一世一代の二度といえないような恥ずかしい台詞を、あろうことか本人の前で言ってしまったのである、そんなポルックスにクリュタイムネーストラは、

 

「・・・・・・・・・・・守ってくれないの?」

 

一瞬儚げな表情を浮かべた彼女を、ポルックスは抱きしめ、

 

「ああ・・・・・・・それは約束する。」

 

ポルックスの言葉に満面の笑みを浮かべ、彼の頬にキスをするクリュタイムネーストラ、その後彼らが統治した国は、ユピテル王以来の繁栄を続ける事になる、この国は二人の天使(セント・エルモ)が守ってくれる、民はそう信じている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昔々あるところにある王国がありました、奸臣によって離れ離れになった二組の双子は、仲間と一緒に立ち向かいました、途中の悲しい別れを乗り越え、

敵の総大将へ導いた二つのまばゆい炎は、セント・エルモの火と呼ばれるようになり、この国に語り継がれています、

        

        



今回の{セント・エルモ}は登場人物の名前と性格以外は、天上の黒薔薇につなげるため百パーセントオリジナルです。
異説でもこんな話はギリシア神話には無いので、誤解されぬようにお願いします・・・。


壮大な物語だな。
美姫 「本来のセント・エルモってどんな話なの?」
俺も詳しくは知らないんだけれど、カストールとポルックスという男の双子の話。
美姫 「で、それで?」
おう! 最後は私怨で殺されて、双子座の二つ星になったという話。
美姫 「物凄い概要というか、大筋みたいな部分だけしか知らないのね」
あははは。
美姫 「で、これをシオンたちが演じるのよね」
うんうん。それじゃあ、本編の方も楽しみにしてます。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



頂きものの部屋へ戻る

SSのトップへ