視界を埋め尽くしたのは、鮮烈な赫だった。

 

倒れ伏す幾人かの人―――それはよく、見知った顔で。

 

十条紫苑、御門まりや、周防院奏、上岡由佳里、厳島貴子

 

祖父の遺言で強引にしかも女装までさせられて通った学院で、様々なきっかけから強い絆を持った人達。

 

それが今目の前で無惨な姿を晒している。

 

声が、出ない。

 

目が、離せない。

 

親友達が血に染まった姿を見てなお、私の瞳はただ一点だけを映していた。

 

 

「恭也、さん・・・?」

 

 

恐る恐る、声をかける。私の予測が外れていればどれだけいいだろうか。

 

だけどそんな都合のいい未来が起こるわけが無く

 

未来は重なった要因を反映したものしか訪れることは出来ず

 

 

「ああ・・・瑞穂か」

 

 

声の主が振り向く。

 

その声は私の予感とピタリと嵌るもので。

 

彼の顔全体に返り血で施された血化粧がどうしようもなく禍々しく、そしてそれ以上に美しかった。

 

恭也さんは私が視界に入ると、嬉しそうに笑う。

 

普段の彼からは想像もつかないような完璧な笑顔。人々を魅了するそれは今はこれ以上なく妖艶。

 

「どうして・・・?」

 

だから、その笑顔こそが異常だった。

 

血の香りが蔓延した密室で、倒れ伏した皆の身体からはみ出している内蔵特有の悪臭が交じり合った空気は吐き気を催すほど最悪だ。

 

気を抜いた瞬間、私は胃の中身を撒き散らすだろう。

 

それだけじゃない。

 

恭也さんだって皆と交流があったし、関係は友好的で、中には好意を持っていた人だっていた。

 

なのに

 

なのに、どうして

 

どうして、恭也さんはそんなに笑っていられるのだろう―――

 

震える声で紡げたのはその四文字が限界だった。

 

それを恭也さんは、さも当然のように、必然のように、運命だと断するような声で

 

 

 

 

 

「彼女達が、俺に好意を抱いていたからだ」

 

 

 

 

 

迷いも、躊躇いすら感じせず、言い切った。

 

「え・・・・・・」

 

我ながら抜けた声が口から漏れた。

 

同時、抑えが聞かなくなった嘔吐感が食道を駆け抜ける。

 

「・・・!う・・・ぐ、う・・・・・・!」

 

手で口を押さえたが、耐え切れるはずもなく、吐いた。

 

みっともなく血染めの床に内容物をぶちまけた。

 

倒れそうになる身体を支えようと手を伸ばし、支える。

 

支えた手に感じる血の粘りつくような感触に、また吐いた。

 

胃から逆流してくる胃酸が喉を焼く。

 

痛みに涙腺が緩み、涙が満たす瞳で恭也さんを見つめる。

 

―――恭也さんは、そんな人じゃない。

 

強くて、優しくて、だけどちょっと鈍感な―――

 

だけどそんな私の心は、他の誰でもない恭也さん自身の言葉で、壊された。

 

「まさか。あれだけの好意を寄せられて気付いていないと、本気でおもっていたわけじゃないだろう?」

 

「・・・え・・・?」

 

亀裂が、入る。

 

「あれだけ想われて気付かない奴がどうかしている。――ああ、そうだ。そんな事とうの昔に気付いていたさ」

 

「なら・・・どうして」

 

「どうして・・・だと・・・・・・?」

 

その時初めて、恭也さんの顔に感情が浮かんだ。

 

浮かんだ感情は・・・・・・苛烈なまでの、憎悪。

 

 

 

 

 

「ああ、そうだろうな!普通なら喜ぶような状況だったのかもしれない!普通なら嬉しいと感じるだろうよ!――――俺が”普通”だったらな!!!」

 

感情が、心を掴んだ。

 

「だが俺には苦痛でしかなかった!彼女達が俺に好意を向けてくるたびに、どれだけ俺が異常なのかを認識させられた!!!」

 

感情が、心に爪を立てた。

 

「だから気付かないふりをして遠ざけようとした!そうすれば諦めてくれるだろうと!だが、現実はその真逆だった!!!」

 

感情が、心を切り裂いた。

 

「もう!もう我慢ならなかった!耐えられなかった!だから――――――殺した!」

 

感情が、心を抉った。

 

「無惨に!凄惨に!悲惨に!これ以上ないくらい完膚なきまでに!」

 

感情が、心を磔にした。

 

「なのに!なのになのになのになのになのにっ!!!アイツラは、最後まで俺を憎まなかった!笑顔で死んで逝った!!!」

 

感情が、心に杭を打ち込んだ。

 

「憎め!憎悪すればいい!俺を憎め!俺に憎悪を抱け!俺を憎めぇぇぇえええええええええええええ!!!」

 

感情が、心を握りつぶした。

 

 

 

 

 

いつもの冷静な一面などそこには欠片も無く、あるのは剥き出しの「高町恭也」。

 

だから、だろうか。

 

ストン、と胸に落ちた。

 

今までの嫌悪感など微塵も消え去っている。それどころか―――私は、僕は、歓喜すら感じていた。

 

この鮮血の舞台も、血の臭いも、彼が犯した罪も。

 

全て。全てが僕のため。

 

許されない感情だと、恭也さんに言ったのは他でもないこの僕なのに。

 

いい。

 

もうそんな虚言(ウソ)はいらない。

 

立ち上がってゆっくりと恭也さんの元へと歩いていく。

 

彼は感情の高ぶりを未だ残したまま自分の身体を両腕で掻き抱いている。

 

今まで苦しめてごめんなさい。

 

今まで悩ませてごめんなさい。

 

いいから。もういいから。

 

他でもない、僕にしか出来ない。

 

偽りの仮面を脱ぎ捨てた、剥き出しの「宮小路瑞穂」が。

 

僕が、貴方を受け入れるから。

 

だからもう――――泣かないで。

 

 

「・・・・・・瑞、穂?」

 

言葉に僕はきっといままでで最高の笑顔を恭也さんに贈ると、その手から小太刀を一振り奪う。

 

そして、恭也さんが呆然と僕を見ているその前で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は、倒れ伏す彼女達の首を、刎ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頚動脈から噴き出す大量の血液。

 

あれだけ出血していてまだ残っていたのかと思わせるぐらいのそれを僕は一身に浴びる。

 

僕はゆっくりとした動作で付着した血をそっと指にのせ、口紅を引くように唇をなぞる。

 

恭也さんと同じ血の化粧。

 

だってこれから行うのはきっと婚礼の儀。

 

僕は彼のモノになり、彼は僕のモノになるという神聖な儀式。

 

体中をかけめぐる快感はきっと喜びで。

 

今宵、僕は恭也さんの花嫁になる。

 

そっと僕が恭也さんの頬に手を寄せると、恭也さんも同じように僕の頬に手を寄せる。

 

ああ、軽く触れ合うだけでこの快感だ。これから起こることを想うだけで火照ってくる。

 

そのまま僕達はゆっくりと顔を寄せながら、瞳を閉じる。

 

そして、僕達は誓いを交し合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『血の滴るような愛に口付け(キス)をして』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

 

 


く、暗いです・・・。

ともあれ前回の「君ヲ想フ」の続きで、今回は瑞穂視点でお送りしました。

今回は最後にあった『血の滴るような愛に口付け(キス)をして』というお題を勝手に作って書いてみました。

いかがでしたでしょうか?というか今回殺しちゃったキャラのファンの方ごめんなさい(DOGEZA)

ああ!石投げないで下さい!(泣)

 

さて、次回もおと僕でいくかどうかは判りませんが次のお題は

 

『罪状:愛 刑罰:磔刑』

 

で書きたいと思います。

 

 

 

・・・・・・誰か書いてくれないかn(エターナルブレイズ

         

          

   





うわ〜い。前回以上に恭也がダークというか壊れているというか。
美姫 「瑞穂も共に堕ちる事を選んだのね」
いやいや、今回は前回以上にダークだね。
美姫 「本当に」
次はどんな話になるんだろう。
美姫 「次を待ってますね」
ではでは。



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