風が、吹いていた。

世界中を包み込むように吹く風はまるで母のような優しさを孕んでいる。

風は自由の象徴。風は中立の象徴。

そこに差別は無く、誰であろうとなんであろうと変わらない。

風はただ優しく寄り添う隣人にすぎない。

 

風が吹いていた。

空中に佇む恭也に寄り添う風は静寂の風。

緩やかでもなく、烈しいわけでもなく、静か。

其の風は黙したまま語らず、悠然と隣人と共に在る。

風はただ優しく寄り添う隣人の鏡に他ならない。

 

風が吹いていた。

空中に佇む彼女達に寄り添う風は涙の風。

いっそうに緩やかで、悲しげに啼いている。

其の風は隠し切れぬ隣人の悲しみに、涙する。

風はただ優しく寄り添う隣人の心そのもの。

 

 

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウン。武装局員殺害および頻発する次元震発生事件の重要参考人として貴方を拘束します。――高町、恭也さん」

 

次元世界のその一つで。

なのはとフェイト、そしてクロノが恭也の行く手を遮る様に立ちはだかっていた。

周囲を覆うはユーノとアルフを筆頭に支えられた、逃亡を阻害するための強装捕縛結界。

数多の風が見守る中、邂逅は成った。

―――例えそれが想像だにしなかった悪夢であったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第5話  『開く扉』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん………どうして?」

「……」

「私、判ってるよ?お兄ちゃんが理由もなくこんなことするわけないって」

「…………」

「だから訳を教えて……?私、昔みたいに護られるだけの子じゃないよ…?」

なのはの声は震えていた。

リンディから突きつけられた残酷な現実を否定したくて、でも出来なくて。

仮令、それが真実であったとしてもきっと兄が「違う」と言えば信じることが出来たから。

「理由」さえ教えてくれればきっと協力できるはずだから。

何よりも……昔とは違うから、と。

昔みたいに護られてばかりじゃない。

兄と対等にいられるだけの力を、意思を手に入れた。

遠い背中を見つめることしか出来なかった昔とは違う。

―――思えば、魔法を手にしたのはどうしてだったのか。

もちろんユーノを手伝いたいと思ったのが切っ掛けではあった。……だが、本当にそれだけだったのか。

魔法に触れてその力の大きさを実感し、そして自分がそれを行使できると知った時のあの感情。

あれは―――歓喜ではなかったのか。

もっと兄の側に居たい。近くに居たい。

日を追うごとに強くなっていく、胸の内に溢れる想い。

幼いが故に純粋で綺麗なその想い。

幼いが故に純粋で苛烈なその感情。

その気持ちは、きっと――――――

 

 

 

 

 

 

「恭也さん…教えてください。理由が、理由があるはずです」

「…………」

「教えてくれましたよね…?自分達の剣は力弱き人達を護るための剣だって」

「…………」

「私の、魔法の力も同じものだって!きっと誰かを救うためにあるんだって!」

「…………」

「恭也さんは、そう教えてくれたじゃないですか…………!」

フェイトの声もまた震えていた。

胸の内から搾り出すようなそれは正に慟哭。

先の心の奥底にある開いた傷は未だ癒えぬまま。むしろ恭也の件は傷口を広げた。

再び砕けかけた心を繋ぎとめたのが恭也の存在ならば、今また砕こうとしているのも恭也の存在。

それほどまでに恭也という存在は強くフェイトの心に根付いている。

見惚れたのはその剣筋。

憧れたのはその在り方。

望んだのは彼の隣に居る未来の自分。

彼が望むのならば力になりたい。

許されるのなら、例えそれが茨の道でも共に歩んでいける。

でも。いや、だからこそ彼を止めたい。

話して欲しい。

皆で考えれば彼が手を血に染めなくても、罪を背負わずとも、きっと大丈夫だから。

一人では無理でも、皆がいればきっと―――――

 

 

 

 

 

少女達が言葉を紡ぐ中、クロノは終始無言だった。

彼は彼女達のように感情的にはなれない。希望的観測を口にすることが出来ない。

なのは達はリンディから口頭で告げられただけだがクロノは執務官という立場から管理局から送付された資料の全てに目を通していた。

だから判る。次元震の方はともかく、恭也が武装局員を殺害して回っているのは事実だと。

そして、恭也が何も言わなかったのは単になのは達を巻き込まない為だったと。

理由が何かあるだろうとは思う。だけど、彼がそれを口にすることは無いだろう。

以前、クロノと恭也は似ていると誰かが言っていた。

成る程。そう言われればそうなのかもしれない。

ならばこそ、自分の思考と恭也の思考が似通っているというのなら―――。

 

 

 

 

 

それぞれの想いは風が運ぶ。

溢れんばかりの想いが込められた風は頬を撫でるような、優しいそよ風。

……だとするならば、恭也の想いを運ぶそれは

 

 

 

 

 

「――言いたい事は、それだけか」

 

 

 

 

全てを叩き潰す、もはや大嵐。

「「「ッ!!?」」」

なのは達に向かう嵐はその風圧でもって心を押しつぶさんばかりに圧迫する。

たったそれだけ。

言葉少ないその中にしか無いというのに。

三人は感じ取った。

高町恭也の―――――不破恭也の、本当の、本気を。

 

震える。

身体が震える。

 

「知り合い故、ただ一度だけ警告する」

 

心が身体に追いつかない。

身体が心を映さない。

 

「退け。でなくば」

 

奮い立たせようと抗う心のなんとちっぽけなことか。

意思なんてものを遥かに上回る、生き物としての本能が必死に叫んでいる。

 

「殺してでも、押し通る」

 

逃げろ。

アレには勝てない。

勝てるわけが無い。

アレは死の具現。

アレが不破の体現。

本気のアレの前には魔法などという超法則すら霞む。

 

こんなにも距離があるのに、首元に刃を突きつけられているような感じ。

1歩前に出るだけで首が刎ね飛ばされる、己の死のイメージ。

鼓動を刻む心臓の音がうるさい。

それでも……彼を止めたい。止めなければならない。

恐怖を唾とともに嚥下する。

そして縋りつくように自分の魔杖を握り締めた。

そうでもしなければ、自分の足元すら不鮮明なままで。

 

言葉なく三人は戦闘体勢を取る。

それを見た恭也は一度だけ目を伏せた。

一瞬が数秒にも感じられたその後に、再び開いた恭也の双眸に宿っていたのは

 

 

 

 

 

「そうか……ならばここで果てろ。管理局の魔導師ども」

 

 

 

 

 

明確で鋭利すぎる、殺意だった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

疾る剣閃と体躯。

音速に匹敵する速度で迫るそれはもはや常人の目では視認すらできない。

黒風は唸りを上げながら残像で軌跡を描き立ちはだかる障害目掛けて襲い掛かる。

阻むものを問答無用で断ち切る一刀。

―――それを

「…む」

「っづ!!」

同じ、黒い風が受け止めていた。

だが、それで限界。

音の速さで振るわれた斬撃は受け止めるだけでも相当なダメージを相手に負わせる。

まして恭也の振るう剣にはダメ押しとばかりに込められている『徹』がある。

クロノ達の扱う魔法にその手の攻撃を無効化する魔法があるのかどうかはしらない。

仮にあったとしても音速に近い速さで迫るそれに反応が果たしてできるのか。

苦痛に顔を歪めるクロノなど意にも介さず残った一刀をクロノの首を落す軌道で放つ。

振るわれた一刀はもはや紛れも無い<必殺>。

だと、いうのに。

 

 

 

「っづああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

クロノ・ハラオウンでは防ぎきれぬ一撃をしかし彼は防ぎきった。

 

 

「……なんだと」

それは、あまりにも不可解な出来事だった。

都合二度。

クロノ・ハラオウンでは防ぎきれないそれを二度も防ぎきった。

一度目は偶然でも、二度あればそれは必然。

 

クロノはいつもとは変わって両手にデバイスを携えていた。

右手にS2U。

左手にデュランダル。

奇しくも恭也と同じく二刀流。

だがそんなことは理由にはならない。

例え恭也と戦うために二刀持ちにしたところでこの短期間ではどうあがいても付け焼刃にしかならないことは明白だ。

付け焼刃の二刀流では恭也の力には迫れない。

故に要因は他にある。

防御魔法―――却下。防御魔法を使用しているのならば打ち合った瞬間に感触でわかる。加えてあれほどのダメージが残るはずもない。

攻撃魔法―――却下。こちらの身体状況に異常はない。幻覚も幻影もこの第三制御状態には意味をなさない。

だとすれば―――

「なるほど。<身体狂化(オーバーブースト)>か」

「っく!」

補助魔法―――つまり、それが答えだった。

 

なのは達とは違い、クロノは間違いなく恭也との戦闘は避けられないと理解していた。

だから短い時間で数多の戦術戦略を考えたが……どれもこれも意味を成さなかった。

そして最後に残ったのがこの方法。

<身体狂化>

管理局を含めて、少なくともミッド式の魔導師では恭也に勝てる者はごく僅かしか居ない。

そもそも魔導師は近接戦闘をそれほど視野にいれていないのだ。

無論そういう戦闘法を好む者もいるがたいていは中遠距離から高火力で物を言わせる者がほとんどだ。

士官学校や武装隊に入ればもちろん近接戦闘訓練は受けるがどれも「近接でどう戦うか」ではなく「どうやって近接に持ち込ませないか」というのが主眼に置かれている。

その点で言えばクロノの近接戦闘能力はかなりのレベルだと言えよう。

だが、恭也からしてみればそんなものは護身術程度でしかない。

 

魔法という便利な力を最初から持っていて、それを扱うことが前提な魔導師と己の身を極限まで鍛え上げ、身体一つで戦場を駆け抜ける剣士。

 

その違い。

明暗を分けるには十分すぎるほどの違いがそこにはあった。

だからこその、この魔法。

リーゼ達から最後に教わった、「禁呪」という概念があるのならば間違いなく該当するであろう本来使ってはならないもの。

筋肉、神経伝達速度、知覚速度を同時に強化する―――強化し続ける魔法。

それだけではない。

神経が切れれば即座に魔力で繋ぎ直し、傷付くたびに、筋肉が壊死しかけるたびに魔力で強引に治癒し、血が足りなくなれば造血さえする。

アドレナリンは活性化しエンドルフィンの分泌は促進される。

戦い続けるためにだけある魔法。戦い以外は考慮にすらない魔法。

そうしてついた名前が『身体狂化』。

戦う意識を肥大させた戦士はその名が示すとおり、バーサーカーのように戦い続ける。

……そう、戦い続ける。戦い続けられる。―――魔力が、ある限りは。

人が持つ魔力は有限。

だからこそ、この魔法は禁じられた魔法と姉妹に言われたのだ。

魔力が切れればどうなるかなど言うまでもない。

狂人の末路など、昔から破滅と決まっている。

クロノは今回の恭也と戦うことは想定し、この魔法を使わねば渡り合うことはできないと判断した。

しかしそれは一対一で戦う場合だ。

予定では限界まで身体強化したクロノとフェイトで恭也の足を止め後方からなのはの砲撃魔法を直撃させるというつもりだったし、なのはとフェイトにも戦闘しなければならなくなったらそれでいくと話はしていた。

だが当のその二人は武器を構えたまま動かない。動けない。

恭也はもはや自分達を障害としてしか見ていない。

なのはもフェイトも恭也からすれば格好の的。

クロノが1歩後ろに下がるだけでその双剣は二人の命を奪うだろう。

――――故に、クロノは1歩も引かない。

命を刈り取る鎌のような双剣を前に決して避けない。ただただ愚直に防ぎ続ける。

その先にあるものが、己の死しかないのだとわかっていても。

それでも、二人の少女を護るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを、どこか遠い世界の出来事のように感じていた。

揺らぐ心の支えにと握った魔杖は意味を成していない。崩れかけの不確かな足場に、すがり付くようになんとか立っているだけだ。

 

――鋼と鋼が打ち合う音が響いている。

 

視線の先にあるのは二人の黒風。ともに同色の風を纏い、己の意思を込めたそれで打ち合っている。

その光景が、彼女たちには信じられなかった。

 

 

クロノ・ハラオウンでは不破恭也には届かない。

 

 

それは覆らぬ事実にして現実。

だというのに、今彼は打ち合っている。いかなる魔法を行使したのか。

それはわからないが確かにクロノは恭也と打ち合えていた。

 

――いや、その認識も誤りだ。

 

デバイスとデバイスがぶつかり合うたびに欠けていく彼のデバイスと彼の身体。

決して互角などではない。

今でこそ辛うじてついていってはいるがそれも時間の問題だろう。

あと数合。

たったそれだけ剣を合わせるだけで彼の命運はそこで尽きる。

冷静な彼ならば当然理解していて然るべき事なのに。

この戦闘の先にあるのは自身の死という敗北しか無いというのに、それでも戦う理由――

「「あ…」」

考えるまでもなかった。

自分達が動けないから、彼は自分達の分まで戦っているのだ。それだけで無く、守ってくれさえいる。

「「ああ…そうか…」」

だから、クロノは兄のように慕っていた恭也と戦えるのだと唐突に気付いてしまった。

クロノには見えているのだろう。恭也の背中にいる、彼に護られている誰かが。

クロノは恭也を未だ信じている。彼の剣は今なお護るために振るわれていると確信にも似た想いを抱いている。

例え結果として自分達と敵対することになったとしても、その在り方だけは不変のものだと。

目の前にいる不破恭也は間違いなく己の知る兄のように思っている高町恭也その人だと。

誰かを、何かを、護るために戦い続ける黒い剣士。

今回はただそれが自分達の預かり知らぬモノなだけ。

寂しい、とは思う。

話して欲しい。そうすればきっと協力できるから。ほんの少しかも知れないけれど支えてあげられると思うから。

恐らくは叶わないだろうその願い。理由はわからないが、少なくとも今はそうなのだろう。

ならば自分達がすべき事は何なのか。

 

―――悪魔と呼ばれた。

 

―――人形と呼ばれた。

 

それでも、戦い続けてきたのは何のためだったか。

「なんだ…そっか」

「きっと…それだけのこと」

それが、答え。

変わらぬ願いがあった。譲れぬ想いがあった。そうやって戦い続けてきた。

 

それはきっと、今、目の前にいる恭也と同じ道。なら―――

 

 

 

小さな灯火が胸のうちに灯る。

それは消えかけていた願いにして彼女達の魔法の源。

 

悪魔でもいい。

 

人形でもかまわない。

 

 

『私は、あの人を止めたい!』

 

 

瞬間。星と雷が煌めいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間を、彼らもまた感じていた。

クロノの後ろから立ち上る光の柱。そこから溢れ出す膨大な魔力。

今確かに感じる彼女達の強い意志を。

 

クロノに向かっていた剣閃が止まった。

恭也の戦闘思考は既により危険度の高い敵と判断したなのはとフェイトに向かっている。

視線が動き、標的を捉え、爪と牙を出した獣は獲物を喰い散らかそうと勢いよく走り出す。

それを

「っ!フロストバインドッ!」

僅かにできた隙を逃がさないとばかりに、現れた氷結の鎖が絡み取る――!

「ぬ!」

だが所詮はバインド。意識の一瞬のズレを狙われたため捕まったが大した問題ではない。

すぐさま白姫に搭載された解呪の術式が走る。

綿密に組まれたはずの術式も白い魔力に容易く解析され、それが視覚として現れ、青い鎖の白の亀裂が走りだす。

その間僅か数秒。

何日もかけて編まれた氷の鎖はたったそれだけの時間で意味をなさずして砕けていく……ように見えた。

砕けていく魔力の残滓の中、いつの間にか走りよってきた黒い風が恭也を捉えていた。

胸の密着するように突きつけられたのはS2U。

外装は恭也との剣戟でボロボロ。おそらくは後一回の魔法行使にすら耐えられない。

「……すまない」

それを知っているからだろう。クロノはポツリと自身のデバイスに向かって言葉を漏らす。

謝罪は刹那。既に覚悟は決まっていた。

おそらく今を逃せば恭也の動きをとめることはできない。彼に一撃与えられる最後のチャンス。

故にこれから行う行為にためらいなど無く、だからせめて己の長年の相棒の散る様をその瞳に焼き付けようと思ったのだ。

「ブレイクインパルスっ!!!」

クロノがそう言うなり、S2Uは己に蓄積された魔法プログラムを行使した。

自壊など恐れぬように猛々しく最期となる魔法を。

S2Uはストレージデバイス。インテリジェントデバイスのように自我を持つことは無い。

それでも、最期に放ったコアクリスタルの耀きは意思があるように感じることが出来た。

「がっ!?」

バリアジャケットをしてなお恭也を貫く魔力の奔流。それはダメージを与えるだけではなく恭也が纏っていた魔力を逆流させた。

恭也の身体は自衛手段として魔力の逆流を防ごうと、身体の内にある魔力を放出しそれを相殺する。

その結果起こる―――― 一時的な魔力不足。

これがクロノの狙いだった。

恭也の持つ魔力はなのは並に膨大だがそれを放出させる経路そのものが、出口があまりにも狭い。

だからこそ彼は最初からある程度の魔力をまとった状態で戦闘を始めるのだ。

行使する魔法が簡単なものばかりな理由もそこにある。大魔法クラスの魔法を使えば容易く一時的でも魔力切れを起こすからだ。

恐らくはそれを補助するためのカートリッジシステム。

並の魔導師にとっては致命傷になりかねないその身体。しかし、恭也にはそれを補って余りあるほどの剣技と鍛え抜かれた身体能力がある。

しかしこの魔力不足も数秒しか効果はないだろう。

先に言ったとおり、彼の恐るべき点は魔導師らしからぬ戦闘技能と剣技だ。

故に魔導師と戦うには最低限、身体強化がつかえるだけの魔力が戻ればいい。

現にクロノに魔力はほとんど残されていない。

<身体狂化>の影響で左腕は使い物にならないし、他の箇所も辛うじて動かせるといった程度だ。

これではいくら動きを止められたとて恭也に勝つすべはない。

……ここに、クロノしかいないのであれば。

しかし彼の後ろには二人の優れた魔導師がいる。優しい心を持ち、強い意志の光を宿す二人の少女が。

 

 

「遠き空より耀く星の煌き。我が意に応え舞い集え」

「我は星の使徒。我は星の従者。故に我が意思は星の意思。頭上にて耀く星光よ、人々の心の闇まで遍く照らし出せ」

 

「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神。いま導きのもと撃ち掛かれ」

「バルエル・ザルエル・ブラウゼル。蒼天切り裂く雷光。其の意を以て裁きを示せ」

 

なのはとフェイト。

それぞれの詠唱が空間そのものに響き渡る。

言の葉はいつしか力を持ち、世界そのものが共鳴しだす。

展開された魔法陣は色に染まり溢れ出す魔力が二つの魔法陣を繋いだ。

レイジングハートとバルディッシュ。

彼らも自身の主の意思に応えるように、魔力の猛りとともにカートリッジを次々に装填していく。

星と雷。

共に空を戴く貴き力。

時に見守り、時に罰する。優しさと厳しさを内包する強い力。

それを行使できるふたりの少女はきっと空に祝福されて生まれてきたのだ。

なのはとフェイトは合わせるようにそれぞれのデバイスを突き出す。

するとその先に現れる輪還魔法陣。幾重にも連なるそれはまるで巨大な砲身のよう。

 

「全力全開っ!」

 

「疾風迅雷!!!」

 

発せられるコマンドに宿る強い意志。そして想いと決意。

全ての要素が混ざり合い、ここに完成した。

それは闇を打ち払う光の結晶。

それは星と雷による空の意思の具現。

 

 

 

 

 

 

 

「「ブラストシュートッ!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――『中距離殲滅空間攻撃 ブラストカラミティ』

なのはとフェイトによる合成魔法。

大規模な魔力と詠唱を必要とするそれは彼女達の絆が創り上げた魔法といえるだろう。

絆の強さ、そして想いの強さを証明するように恭也目掛けて放たれた魔法は寸分違わず直撃し、それだけでは飽き足らず特大の爆発をも引き起こした。

その威力は余波だけで逃走防止用に張ったはずの強装捕縛結界をも揺さ振った。

爆発の影響で土煙が恭也が居た辺りの空間を覆いつくしていた。

「はあ……はあ…」

「ん……ふう……ふう…」

その地点を一心に見つめながらなのはとフェイトは消耗した魔力の大きさに肩で息をしている。

想像以上に体力と魔力を持っていかれたのだろう。

魔法は確実に直撃していた。いくら恭也とはいえ食らえばただでは済まない。…そのはずだ。

覆っていた土煙が次第に晴れていく。

そして最後の一粒まで風が攫っていたその場所に

 

「―――なかなか良い一撃でした。管理局の魔導師よ」

 

あの時一度だけ見た白と黒の少女が、そこにいた。

絶句しているなのは達に構わず妖精のような少女達は言葉をつなげていく。

「ですが、惜しかったですね。たとえ主が魔法行使ができなくなったとしてもそれはさしたる問題ではありませんから」

「確かにマスターご自身が使うより一ランクほど落ちますが私達単独でも魔力供給さえあれば、魔法は使えるんですよ?」

そう言って彼女達は薄っすらと笑みを浮かべる。それは幼い外見には似合わないほど妖艶で妖しい微笑みだった。

「ふう……助かった」

「いいえマスター。マスターを助けるのは私達の当然の責務です」

「ええ。では主…………お願いします」

恭しく礼を取りながら二人の妖精は配置についた。丁度恭也を頂点とした逆三角形の状態。

恭也は自身に流れる魔力を確認すると、空に向かって手を掲げた。

それが、合図。

「「まず、貴女達の力と想いの強さに免じて我らが真名をここに告げよう」」

 

 

「我が名は白姫。真名を明日華(あすか)。之は夜を越え、迎える明日を祝福する華の意味」

 

「我が名は黒姫。真名を夜宵(やよい)。之は黄昏を越え、静寂と安寧をもたらす夜の意味」

 

 

静謐な、まるで聖者の言葉のように彼女達の口から紡がれる言葉は清らかだった。

一点の曇りも無い言葉はゆっくりと胸の内に染み込むように溶けていく。

 

 

「「では始めましょう。そしてその身に刻みなさい。我らと我らが王の背負いし想いの刃を」」

 

言葉と共に、恭也と彼女達から静かで穏やかな海のような魔力が放たれた。

 

 

「悠久に連なる歴史の一端。その更なる一欠けらに伝わりし伝承よ」

「伝承に身を捧げし王よ。伝承に身を掲げし聖剣よ。伝承に身を焦がす魔剣よ」

「「その、歴史に記されし力を彼方より此方へ!」」

朗々と詠い上げる言の葉。

言の葉は先ほどのなのは達のそれのように世界を震わせ、共鳴する。

そして浮かび上がる、ミッドでもベルカでもない、恭也だけが使いうる幾何学魔法陣。

大気中のマナが掲げた恭也の手に集結する。それは序々に剣の形へと変化していった。

出来た剣の柄を握り締めると、ぼんやりとした形でしかなかった剣は細部までがはっきりと見て取れるようにまで完全に具現化した。

――それは、黄金の剣だった。

金色に耀く剣は以前みた金色の炎と同じような色をしている。

でも、どうしてだろうか。

あの時の炎はあれほど神々しく感じたというのに、今目の前にあるそれはあきらかに度が過ぎていた。

剣を両手で握り締めると恭也はゆっくりと剣を大上段に構えた。

けれどなのは達は動けない。まるで見てはいけない魔性の美しさに囚われたかのように彼が持つ剣から眼が離せない。

それもこの魔法の能力の一端だったのか。

立ち尽くしたままのなのは達を瞳に納めると、一切の慈悲も感慨もなく、恭也はその剣の名を叫ぶと同時に振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

決して(クラ)逃れ得ぬ(ウ・ソ)輝く()宝剣()

 

 

 

 

 

 

「回避不能」という概念を宿したダーナ神族至高の宝剣はその名が示す通り、結界外に居るものを含めてただ一人の例外もなく眩いばかりの光とともに斬り払っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ふぅ」

結界が切り裂かれ通常空間に復帰した恭也はまず息をついた。

同時に腕のホルスターに仕込んでいた力を失ったカートリッジがつぎつぎに地面に落下した。

「――カートリッジで補助までして、このザマか…」

自分の片手に視線を落しそう呟く。魔力の消費自体は抑えられたがそれでも身体は魔力の不足を訴えて悲鳴をあげていた。

決して(クラ)逃れ得ぬ(ウ・ソ)輝く()宝剣()

恭也が保有する魔法の中、まあ<浄化(エターナ)(ルブ)(レイズ)>とは比べるべくも無いが、それでも最上位に位置する大魔法。

クロノの推測は当たっている。

恭也の身体の性質上、魔法を使う際は常に一時的な魔力切れの心配がついてまわる。

そして、それを補うためのカートリッジシステム。

元々は明日華にも夜宵にもなかった機能だが、問題はなかった。彼女達はもとよりそういう風につくられたのだから。

「それより――――加減したな?」

そう言って恭也の鋭い双眸は明日華と夜宵を射抜いた。

だがほんの少しも臆することなく

「それがマスターの願いだと思いましたので」

「余計なこと………でしたか?」

「―――いや、有り難う。俺では、できなかっただろうからな」

あの時。なのは達が敵対する恭也に向かって武器を構えた時点で、恭也はなのは達を戦士として判断した。

戦士と戦うならば手加減など無用。全力を以って戦い合うのが礼儀である。

……とはいえ、やはり妹は妹。それはフェイトやクロノ達も同じで。

倒れて気を失っているなのはに歩み寄り、髪をそっと梳く。フェイトの土で汚れた頬を拭ってやり、クロノの手に砕け散ったS2Uの残滓を握らせてやった。

「俺が言うのもなんだが……レイジングハート、バルディシュ、デュランダル。お前達の主をよろしく頼む…」

<Ofcourse>

<…Take care>

<Don't worry>

それぞれの胸の上で光を放ちながら答えてくれた言葉にそっと、優しい微笑みを浮かべると倒れている彼女達を背後に明日華と夜宵を連れながら一人恭也は歩き出した。

 

 

「マスター、境界結界が先ほど破られました」

「微弱だった気配が今ははっきりと感じ取れます。どんな手段を使ったのかは判りませんが恐らくはもう虚数空間から運び出された後なのでしょう」

「そうか……ならもうこれしか手段はないな」

どこへ行くでもなく、ゆっくりと歩を進める恭也の表情はしかし険しい。

本来ならこうなる前になんとかしたかった。だがそれも、もうどうしようもないところまできている。

境界結界が解除され、外に出された『賢者(賢者)()意思()』にかけられた封印は境界結界と比べればたいしたことは無いといってもいいだろう。

まして久遠の末裔を名乗る彼らは仮にも時空管理局の上層部だ。実力のほどは疑う必要がない。

だから、こうなってしまった以上。恭也達がとる手段はたった一つだけ。

 

 

「マスター、転送プログラム起動終了しました」

「空間歪曲および次元空間の乱れは許容値。―――では、いきましょう。私達の誓約が導くままに」

明日華と夜宵の言葉に頷くことで返答をし、恭也の口から言葉が紡がれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「転送開始。―――――目標、時空管理局」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

interlude

 

 

そこには一人の青年が立っていた。

彼の目の前には無数の機械がうごめいている。

機械は大きく開いた亀裂に向けて長いアームを伸ばし、中にあるものを取り出そうとしていた。

そんな光景がどこかで見たことがあるような気がしてすぐに思い当たる物語があった。

パンドラの匣

確かそんな名前だった気がする。

あけてはいけない禁断の匣を開けてしまった女性の話。

中からはありとあらゆる災厄が飛び出したという、そういう話。

「かまうものか……」

だからどうしたというのか。

青年、カイにはそんなことは関係などなかった。

懐のジャケットから古びた写真を取りだし、その瞳に映す。

それは―――まだ幸せだったころの綺麗な思い出。

幸せなんて簡単に崩れ去ることなど頭の片隅にもなかった頃の。

壊れた後は、少しでも悲しむ人を無くそうと管理局にはいった。

自分のような思いをする人がこれ以上増えないで欲しい、ただそれだけを願って。

けれど結局、自分の願いが叶うことはなかった。

どれだけ逮捕しても、取り締まってもなくならぬ次元犯罪。

律を定めてもそれでも欲望のまま振るわれる魔法の力。

そして、ロストロギアを求める血みどろの殺戮。

もう耐えられなかった。

いくら為しても終らぬその連鎖に。

そんな時に知ったのだ。管理局でも機密中の機密事項。

賢者(賢者)()意思()

それがロストロギアだと知ったときは、正直嫌悪感すら感じたが、それ以上にこの連鎖を断ち切れるならと思い<久遠の末裔>の一席に座った。

そして今、それが目の前にある。

「これできっと……終らせられる」

賢者の意思の力は本物だ。それは独自に調査したものと久遠の末裔のデータベースにあったものを総合してもそう言えるレベルの信頼度だった。

その性質と出自から、どうして守護者などという者がいるのかは未だに疑問はあるがおそらくは夜天の魔導書の守護騎士プログラムと似たようなものなのだろうと結局判断した。

おそらくはあと一度、戦うことになるだろうと思う。

しかしそれさえ乗り切ってしまえば、自分が時間さえ稼いで起動させてしまえば、あとはもう守護者など気にする必要もない。

手に持った写真を胸に抱くように優しく握る。

 

 

 

 

 

 

守護者(ガーディアン)よ。僕は、絶対に負けない―――この願いが果たされるその日まで」

 

 

 

 

                               ―――Interlude out





なのはたちにまで刃を向けてでも止まれない恭也。
美姫 「賢者の意思とは」
益々目が離せない状況に!?
美姫 「次回が楽しみです」
次回を楽しみにして待ってますね。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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