恋愛。それは神聖なる狂気である。

                          ――『ルネサンス期の格言』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇夜に染まる空と森。

空気は肌を刺すように冷たく、凍えていた。

それと同じくした聳え立つ洋館の一室で、鈴を鳴らすような声が響いている。

そこにあるのは三つの人影。

薄暗い一室に差し込む月明かりに照らされるその姿は対照的だ。

一人は月を反射して銀に光る細い糸のようなもので椅子に手足を縛り付けられ

一人はその対面に同じような状態で縛り付けられ

一人はそんな二人を心底おかしそうな声で、わらっている。

「すずかっ……!」

「クスクスクス。無様だね、おねえちゃん?」

「あんた、これはどういうことなの!?」

「あれぇ?ほんとうにわからないの?」

「ッ!わからないからきいてるんでしょう!?」

忍の言葉にまた少女はわらう。

ほんとうにおかしそうに、少女はわらう。

だがそれだけ。

少女は確かな返答もせず、もがく姉の対面にいるもう一人へと視線を動かした。

「……すずか」

「うふふ。いいですね、そういう恭也さんも。似合っていますよ?」

「っ…!すずか、これを解くんだ…」

「あは。嫌です♪」

「すずか!」

「ああん。怒鳴らないでくださいよ。でも、怒った恭也さんも素敵ですね。視線だけで濡れちゃいそう」

そう言って妖艶に少女は笑む。

歳とはあまりにも不釣合いなその笑顔はいっそ不気味でもあった。

それを僅かにでも崩すことなく、すずかは繊手を恭也へと伸ばした。

夜の闇に紛れていてなお、彼女の瞳は赤く、赫く、輝いている。

それは他ならぬ夜に生きるものの証。夜の一族に刻まれた消えることなき刻印。

すずかの手が恭也の頬にそっと、腫れ物でも扱うかのように優しく触れた。

そのままゆっくりと撫でるように手は下へ下へと掌全体で輪郭をなぞるように動いていく。

下ろされていく後を追うように赤い細い筋が恭也の頬へと刻まれていく。

すずかの手が恭也の頬を一撫でしてすべらせるように手を離すと、掌は赤く染まり、微かな血溜まりもできていた。

彼女はそれを自分の口へと持っていき、姉に見せ付けるように体勢を変え、舌を這わす。

「ん…美味しい。すごい、これ…!」

くすくすくす。あはははは。

そうして勿体無いと言わんばかりに手についた血を一滴残さず嘗め尽くした。

「ほんと、この味を知ったら他のじゃ満足できない…」

すずかは余韻に浸っていて、恍惚の表情を浮かべながらしかし視線は再び恭也に向けられている。

「すずか!あんたいい加減にしなさいっ!!!」

ここでとうとう我慢の限界にきたのか。忍から発せられていた怒気が殺気へと変貌した。

しかし、姉の殺気を受けてもすずかは欠片も動揺をみせることなく。さっきとはうって変わって、感情を消し去った表情を貼り付けて忍へと振り返る。

そして

 

 

 

「お姉ちゃん。五月蠅い」

 

 

 

 

吐き捨てるようにそれだけ言って。

冷たい(かがや)きを宿した瞳で姉を見下ろし、言葉と共に己が爪を振り下ろした。

「あ゛あああああああああああああああ!!?」

「忍っ!?」

「だから、五月蠅いよ。お姉ちゃん」

「ひぎっ!!?」

「やめろ!やめてくれっ!!!」

二度、三度と爪は容赦なく振り下ろされる。

恭也の必死の静止すら聞こえないかのように。

 

 

……いつまでも続くかのように思えた暴虐の嵐は、姉の悲鳴すら聞こえなくなったところでようやく終った。

忍はぐったりとその身体を前に倒し、壊れた楽器のような呼気を漏らすだけ。時折ピクピクと痙攣を起こしている。

露出した柔肌に深々と刻まれた文字通りの意味での爪痕が痛々しい。

もともとキツク縛り付けられていた銀光の糸も食い込み、その部分が鬱血している。

恭也は恋人の無惨ともいえる姿に、何も出来ないでいる自分に歯噛みする。

今の恭也に武装は一つもなく、そんな状態では幼いとはいえ夜の一族の権能を全開で発揮しているすずかには数瞬で組み伏せられて終わりだ。

横で葛藤する恭也など露知らず、すずかは自身の腕についた姉の血をまるで汚いものでも見てしまった時のように睥睨し、常人の目にはブレているとしか思えない速度で振るい血を全て払う。

その後、まるで何事も無かったかのようにくるりと恭也に向き直った彼女の顔にはあどけない笑顔が浮かんでいて――

――何故だかそれがどうしようもなく危ういものに見えた。

「大丈夫ですよ、殺してません。だってそんなことしたら、意味ないですから」

言ってすずかは自身の衣服に手を掛ける。

突然のすずかの行為。

恭也の思考が停止している間にも手を休めることなく、するすると脱いでいく。

そのまま恭也の思考が正常に稼動するころには彼女はもう、何一つとして身に着けてなどいなかった。

「なっ!?」

「くすくすくす。恭也さんたら照れちゃって。案外可愛いんですね?」

恭也の瞳に映る、生まれたままの姿のすずかの姿はただ美しかった。

月光に照らされた白磁の肌は清らかで、対照的にその赤い瞳は蠱惑的で。

おおよそ世の男性ならそれだけで簡単に虜にしてしまう、魔性の身体。

自分の魅力を十分に理解した上で惜しげもなく恭也に自分の身体を晒し、動けない恭也にのしかかる。

「ッ!!?」

心臓が大きく跳ね上がる。

視界には映るのはすずかだけ。彼女が恭也の視界を完全に塞いでしまっている。

その先には自分の恋人がいて、深い傷を負っているというのに。顔を背けようにもどうしてか出来ない。

理性に反逆した感情がダイレクトに身体に反映する。

動揺する恭也の様子に満足して彼の頬に手を添えて、先ほど傷突けてできた赤い線に自分の舌を這わせ、舐めとっていく。

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんったらひどいんですよ?私の方が、先に恭也さんのこと好きになったのに」

 

わらう。わらう。

 

「最初、その事を相談したらおねえちゃん「がんばれ」っていってくれたんです。子供の恋愛だとバカにしないで、真剣にがんばれって応援してくれたんです。ああ。あの時は、ほんとに嬉しかったなあ」

 

くすくす。くすくす。

 

「――でも、おねえちゃんは裏切った。私のこと応援したくせに横から盗っていった。……ひどい」

 

あはは。あははは。

 

「私はおねえちゃんのこと信じてたのに。おねえちゃんは裏切った。私の大切なものを盗っていった」

 

うふふ。うふふ。

 

「だから、私はもうおねえちゃんなんか信じない。私は私しか信じない。裏切り者は許さない」

 

あは。あはは。アハハハハハハハハハハハ!

 

 

 

 

 

 

もはや他に言い表すことなど出来ないくらいに、彼女は狂っていた。

すずかの全身の血という血が抜け落ちて、代わりに狂気が身体を循環している。

幼いが故の純粋な恋心はあっという間に狂気の愛へと変貌する。

幼いが故にそれは硝子のように脆く。

幼いが故にそれは一切の不純物を含まない。

純度100%の恋心は、外気に触れただけで瞬く間に変質してしまう。

「大丈夫ですよ。恭也さん。罪悪感なんて抱える必要はありません。―――月村忍のことなんか、いますぐ忘れてしまいますから」

「な、に?」

「ちょっと記憶をいじくるだけですからそれこそ刹那で終ります。だからもう、あんな女のことで悩む必要なんてないんですよ」

「まて…なにを」

「<誓い>の時に言われませんでしたか?誓いを立てるか、それとも忘れるか。――そうです、私達の魔眼による一切の記憶消去です」

ぞっとした。

目の前のすずかはこれ以上なく本気だ。

そして今更だが現状で恭也に抗う手立ても逃げ道も全て封鎖されている。

「や、やめ……っ!」

「忘却でなく消去ですから二度と思い出すこともありません。ね、安心したでしょう?」

「やめろ!!?」

「それじゃあお休みなさい。次に目が覚めたときにはもう私のモノです」

「―――――ッ!?」

 

その言葉が最後。

バチンと、ブレーカーが落ちるように。恭也の意識は闇に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「絶対に逃がしません。私と一緒に永劫の快楽に溺れましょう?―――そう。私の愛に、貴方を磔にして」

 

 

 

 


あとがき

 

黒すずか様降臨でした(汗)

今回は忍ファンの方ごめんなさい!殺しては無いですがある意味殺されるより残酷な結末にしてしまいましたorz

と、ともかく「おとボク」から離れてリリカルに。若干とらハ3設定も混ざっていますがそこはご愛嬌ということで。

この話は前回のに記したお題から。

どのあたりが罪状なのかは推して知るべし、というか(苦笑)

次回があればこんどは恭なの書きたいなあ。というか今回もほんとは恭なのの予定だったんですが^^;





黒すずか、ゾクゾクしますな。
美姫 「この後の話もちょっと見てみたいわね」
うん。記憶を消された恭也がすずかとどうなるのかとか、忍はどうなるのかとか。
美姫 「色々と想像してしまうわね」
ダークだけれど、ちょっと心引かれてしまう。
美姫 「投稿ありがとうございました〜」



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