『恋の悩みほど甘いものはなく、恋の嘆きほど楽しいものはなく、恋の苦しみほど嬉しいものはなく、恋に苦しむほど幸福なことはない』

(アルント 1769〜1860 ドイツの詩人・歴史家)

 

 

 

 

 

 

 

海鳴商店街に存在する喫茶翠屋

翠屋はその類のありとあらゆる雑誌のほぼ全てで、その味について手放しで絶賛されるほどの店である

クリスマスの日にその翠屋が繁盛しないことがあるだろうか?答えは否である

朝から晩までカップルは怒涛のごとく訪れるし、持ち帰りもできるクリスマスケーキも(もちろん通常の商品も)大量に作らねばならなかった

当然のことながら、全ての従業員は文字通り目が回るほどの労働に苛まれていた

そんな中に、高町恭也も従業員として活動していた

 

 

 

 

 

2004年クリスマス記念SS「星と彼女と彼の関係 後編」

 

 

 

 

 

「ありがとうございましたー!」

やっと終わったか…

最後の客の背中を見送りながら、俺は心の中で一人ごちた

今日は疲れた、果てしなく客が来る。これなら鍛錬でもしてる方がずっと楽だ…

そう思いながらも入り口の扉にCLOSEDの札をかける

「恭也、おつかれー」

「…かーさんも疲れただろう」

「いやいや、今日は恭也がいてくれて助かったわよ。でも、恭也は彼女とかいるんじゃないの?折角のクリスマスに放ったらかして良いの?」

「あのな、かーさん。俺を好いてくれる女性などいるわけがなかろう。よって彼女などいない」

好きな人ならいるけどな、と心の中で付け加える

俺は妹の美由紀の親友である神咲那美さんのことが好きだった…もちろん一人の女性として

昔に少し会ったことから始まって、今年偶然再会できたのだが、それから少しづつ交流するにつれていつの間にか好きになっていたのだ

だが告白はまだしていない…御神の剣士にあるまじきことだが、俺は自分がこんなに臆病だったとは今年までついぞ知らなかった

「はぁ…鈍感って罪ね」

「…どうゆうことだ」

「別にぃ〜?あ、もう大体片付いたから先に上がっていいわよ」

…話を逸らしたな

「じゃあ先に上がるぞ…」

そう言って店の奥の更衣室に入る(前にかけてるエプロンを脱ぐだけだが)

これから家に帰ってクリスマスパーティだ…レンや晶が腕を振るって旨い料理を作っていることだろう

神咲さんも呼べれば良かったな、とは思ったがさざなみ寮でクリスマスパーティをやるだろうから呼ばなかったのだ

更衣室のロッカーにエプロンを置いて、裏口から外に出ると白い物がちらついてるのに気付いた

―雪、か。忙しかったから気付かなかったな…

空を見上げると、雲の切れ目から星が輝いてるのが見えた

何故か判らないが、その星から目が離せなかった

ふと、海鳴臨海公園に行かなくてはならない気がした

何故だろう?家でこれからクリスマスパーティをするから、戻らないと駄目だし、臨海公園に行く意味なんて…

疑問には思ったが、自然と足は臨海公園へと向かっていた

 

 

 

 

臨海公園まで行く中、商店街を通りながら色々考えることがあった

やはり、クリスマスだけあってカップルが非常に多い

あんな風になれればな、とは思うが実現の可能性は低い、と首を振る

ならば最低限、今日のうちのクリスマスパーティに神咲さんを誘うべきではなかったのか?

いや、神咲さんはさざなみ寮でクリスマスパーティがあるだろうし、それに何より―

そこまで考えて自分の考えに苦笑した

拒絶されるのが怖いのだ

最近の自分の考えはこんなのばかりだ。曰く

「拒絶されるかもしれなくて怖い」「嫌われるかもしれなくて怖い」「断られるのが怖い」

怖い、怖い、怖い―

ああ、なんて自分は臆病なのだろうか

俺は思った

一流の剣士とかと真剣で斬り付け合う方がまだ怖くない、と

 

 

 

 

そして、今ここに俺はいる―

臨海公園に行くとそこにいたのは泣いている神咲さんだった

何故そこにいたのかは判らない、何故会えたのかも判らない

ただ神咲さんが泣いているのを見て、俺も泣きそうになった

いつものように笑っていて欲しかった、好きだから

気が付くと、神咲さんを抱き締めていて、口下手な自分が思い付く限りの言葉を紡いでいたのだった

 

 

 

 

「ちょっと飲み物を買ってきますから待っててください」

もう落ち着いた様子の神咲さんをすぐそこにあったベンチに座らせて、俺は自動販売機に駆ける

ちょっと落ち着く時間が欲しかった。何故なら今の自分の顔は真っ赤だろうだから―

好きな人と会えて、それを抱き締める幸運に出会えたのだ。それに興奮しない男がいるだろうか?

数回深呼吸をして、自動販売機で飲み物を買い、戻る

「神咲さん、これをどうぞ」

「あ、えっと・・すみません」

神咲さんは少し遠慮がちに受け取る

「ココア…」

「あ、嫌いでしたか?」

「い、いえっ!大好きです!」

そう言って缶のプルタブを開ける音が響く。その後しばし沈黙が続いた

「「あの…」」

同時に何かを言おうとして、かち合う

「あ、神咲さんからどうぞ」

「いえ、高町先輩から…」

その後「いえいえ、神咲さんから」「そんな、高町先輩から」という不毛な譲り合いが続いたが、意を決して俺から言った

「えっと、その…俺に抱き締められたりして嫌じゃありませんでしたか?」

「え?」

「何というか…俺みたいなのに抱き締められて、嫌だったんじゃないかと…」

「いえ、嫌じゃないです、よ…」

「そうですか、良かった」

俺は本当に安堵してそう言った

次いで、神咲さんが口を開いた

「あの…どう思いましたか?」

「何がですか?」

「私が…その…泣いてたり……」

「ああ」

何が原因で泣いていたのですか?と聞きたかった

しかし、ここでそれを聞くのはとても野暮に思えた。だからこう答えた

「可愛かったですよ」

少なくともそれは事実だった。この人には笑っていて欲しい、とも思ったが、泣き顔もまた可愛いと思ったのだ

「なっ・・・!?」

神咲さんは一瞬唖然としたが、すぐに顔を真っ赤に染めた

「か、からかわないでくださいっ!」

「からかってなんか、いませんよ」

本当にそう思ったのだから

「もう・・・」

そこで、神咲さんは疑問の表情を浮かべて言った

「高町先輩はどうしてここに?」

「それが、わからないんです」

「わからない・・とは?」

「いえ、何故かはよくわからないんですが、ここに行かなければならないような気がしまして。来てみたら神咲さんが」

本当に何故かは判らなかった。あの時、あの星を眺めたら不意に行かねばならない気がしたのだ―

「あと・・・ちょっと神咲さんに今日会いたかったんです」

「会い・・・たかった・・・私に?」

「はい」

少し、息を吸う。恐ろしい程の緊張が体を襲うが、無視する

今、ケジメを付けようと思った。今日なら出来る気が何故かした

いつも言おうとは思うものの、いつも腰が引けるあの言葉を言おうと思った

例え、それがどんな結果に終わろうとも

「神咲さん」

「は、はい」

その声は、とても動揺していて、不安に満ちているような感じがした

「俺は神咲さんのことが好きです、俺の彼女になってください」

「―!!」

それは完全な驚愕の表情。しばし、神咲さんは沈黙する

俺の胸中を期待と不安がない混ぜしたよく分からない感情が走る

やがて、口を開いた

「高町先輩・・・あの、1つだけ聞いて良いですか?」

「何でしょうか」

かろうじて、そう答えたが声に堅さが混じるのは避けられなかった

「夢、じゃないんですよね?」

その言葉の意味が一瞬判らず、唖然としたがすぐに意味は理解できた

「紛れも無い、現実ですよ」

だから伝える。これは現実だ、と

「先輩、私も高町先輩のことが本当に好きです。私の…私の彼氏になってください」

「・・・はい」

俺が意を返すと、頬を赤く染めた神咲さんが抱き付いてきた

今度は躊躇なく、強く抱き締めた

何故なら、両思いなのだから

 

 

 

 

長く抱き合った後、体を離して疑問に思ったことを尋ねる

「神咲さん、今日はさざなみ寮でクリスマスパーティがあったのでは?」

「あー…本来はあったんですけど、ちょっとした事情で中止になってしまいまして…」

「なら、うちのクリスマスパーティに来ませんか?これから始めるんです」

「…良いんですか?」

「勿論ですよ、神咲さんは…その…俺の彼女ですから」

自分から言った癖に自分の顔が真っ赤になるのを感じる

「では行きましょうか」

自然に神咲さんの手を握る

「あ…」

「どうかしましたか?」

「い、いえ、何でもありません…」

そう言って、神咲さんは俺の手を握り返した

 

 

 

 

家に帰り着くと待ち構えていたのは、かーさんと美由希の罵声だった

「恭也が来ないせいでパーティが始められない」「誰かのせいでお腹が減って死にそう」等々

神咲さんの我が家のクリスマスパーティ参加はあっさりと認められた

…まぁ、うちに限って拒否することなど有り得ないのだが

そして宴もたけなわになった頃、俺は言った

「今日は紹介したい人がいる」

その場にいた者は全員俺の言葉を聞いて、怪訝な表情を浮かべた

―ここにいる人は全員初対面ではないじゃないか、誰を紹介しようと言うのか?

その怪訝な表情を浮かべる全員に対して言った

「俺の彼女になってくれた、神咲那美さんだ」

     

     


あとがき

クリスマス記念SS、これで終わりです。最後の恭也の言葉の後に高町一家がどうゆう反応をしたかは各々の判断で(汗

あと、恭也と那美が恋愛に対して臆病になっていますが、それは

『恋とは甘い花のようなものである。それをつむには恐ろしい断崖の端まで行く勇気が無ければならない』で

『恋の悩みほど甘いものはなく、恋の嘆きほど楽しいものはなく、恋の苦しみほど嬉しいものはなく、恋に苦しむほど幸福なことはない』

なのでご理解ください。(謎

ではまた、他のお話で




ぬあああ〜。
続きを物凄く考えてしまう〜。
美姫 「素敵なSSをありがと〜」
ございます〜。
美姫 「う〜ん、良いお話だったわ〜。誰かさんにも……」
はいはい。
それじゃあ、まったね〜。
美姫 「ちょっと、何、勝手に終らせてるのよ!」
何も聞こえな〜い。



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