とらいあんぐるハートSS

「IF」第六話

 

 

 

 まったくの平和だった。襲撃など忘れられているかのようだった。

 御神兄妹とアリサは警戒して待ち構えていたというのにあまりにも何も無かったので拍子抜けしていた。まぁ、警戒をゆるめることはしなかったし、襲撃されるよりはされない方が勿論良かったけれども。

 と、言う訳で3人はまったくの日常としての動きで動いていた。アリサは翠屋で働き、兄妹は普通に学校に登校していた。

 

 

 今、恭也の居る教室には魔法ではないかと疑いたくなる程の眠気を誘う声が響いていた。彼の周囲の人間は既に沈没しているか、舟をこいでいるかのどちらかという瀬戸際まで追撃されている。

 彼も正直な話、何もかも放り出してその一団に加わってしまいたいと思っていたが、超人的な努力をもってそれに耐久し、ノートを写し、授業内容を理解しようと努めていた。

 誤解の無い様に言っておくが、御神恭也という人物は勉強など大嫌いだった。ただ彼の特殊な家庭の事情がそのような贅沢を許さなかっただけだ。

 「家庭の事情」

 とは金のことだった。金自体は不定期的にそこそこの額が送金されてくるので、とりあえずは困ることは無かったが、それが永遠に続いてくれる保証はどこにも存在しなかった。

 だから恭也は美由希と非常時などを除いて可能な限り金の使用を制限する、ということを取り決め、その約束を完遂するために奨学生となった。必要最低限の生活費という要素を取り除けば一番金を食うのは学費だからである。結果として彼らは成績を悪化させてはならなくなった。

 恭也はそのようなことを思い出し、窓から外の景色を眺め、送金されてくる金の出所――自分の母について思いを馳せた。

「一体、母さんは」ぼそりと小さく声に出して呟き、それから心の中で呟いた。

 今頃どこにいるのだろう。

 あの事件で皆が木端微塵になった中、唯一偶然から生き残った母。

 自分に御神の性を与え、自らが知り得る剣技を全て自分に叩き込んだ母。

 そして、ある日突然に書き置きを残して、おそらくは復讐の為に失踪した母。

 書き置きに復讐のために、とは勿論書いてはいなかったが(恭也と美由希に対する胸が痛くなるような謝罪の言葉が延々と書いてあった)恭也はすぐに理解した。

 彼の母は1人だけでいるとき、酷く悲しみに満ちた表情を作ることがあった。国連で対テロ部隊が結成された、というニュースを見るたびに母は顔を強張らせ、目を光らせ―そう、あれは母の目ではなく、剣士の目だった。恭也もあの事件である種の咎を背負った人物であったから、母がどこに何をしに行ったのかすぐに理解した。納得はしていなかったけれど。

 その時から長い時間が流れた。

 最近になって、テロリストという存在は殲滅されようとしていた。ある時期を境に激化したテロリストの行動に恐怖した先進国首脳は対テロの世界遊撃軍の創設を決意。国連会議に議案が提出され、全会一致で可決された。そして、世界がその方向に向けて邁進した結果、世界のテロリストはほぼ全てがこの世に別れを告げる結果となった。

 今は残党狩りをしている段階、とニュースや新聞で仕切りに報道をしていた。つまり、母の復讐は終結したはずだ。

 恭也の想定は完全に間違っていた。

 

 

 アリサが夜の鍛錬に付いていくのこの時点で最早恒例となっていた。

 建前はアリサを一人にしておくと、襲撃された時に対応がとても面倒なことになる、ということだったが実質はアリサが二人の鍛錬の様子を見たがったからであった。

 人間の動きはどんな種類の物であっても達人の領域に達すると研磨された宝石のように美しい物に見えるという。

 恭也と美由希の動きはまさにそれだった。二人の熟練した動作はまるで舞を踊るかのようであり、月光を弾きながら軌跡を描き、衝突する刀は幻想的な何かを感じさせるほどに美しかった。

 彼女は『御神』に惚れ込んでいた。

 やがて、二人の動きが収まった。今日の鍛錬はもう終わりのようだった。

 アリサは自分が何時の間にか息すらも止めて見入っていたことに気付き、苦笑すると共に大きく息を吐き出した。

 彼女は思った。今日も綺麗だったなぁ。結構な時間が経っているはずなのに、とても短く感じるほどに綺麗だった。

 この世の大部分の人間がきっと知らずに死んでいく部類の物をこれ以上ない特等席で眺めた彼女は、多少身勝手な感想を心の中で漏らした。隣に置いてあった水筒とタオルをひっつかみ、二人に近付いていく。

「おつかれさまー」

 声をかけてタオルを投げて渡す。

「ああ、ありがとう」

「ありがとー」

 恭也は大して汗をかいていなかったが、美由希は対照的に汗を大量にかいていた。不思議に思ったアリサは二人に尋ねた。

「恭也はあまり汗が出てないのに、なんで美由希は汗だくなの?」

「えっと、それは…「美由希はまだまだ無駄な動きが多いからだ」

 答えようとした美由希の言葉を遮って恭也が言った。

「無駄な動き?」

「そう、無駄な動きだ。動作の節々に余計な動作が大量にあるし、力の入れ具合もイマイチだ。あと、技の連携も」

 恭也は大量に現在の美由希の行動における改善点を上げていった。それは美由希が半泣きになったくらいだ。

 アリサはそれを驚きとともに聞き、思った。あんなに熟練した動作に見えて本当に達人から見たらまだまだ欠点があるということなのね。

「まぁ、それはともかく、もう帰らない?遅いし」

 放っておけば果てしなく美由希の改善点を挙げそうな恭也の言葉をさえぎってアリサが言った。言われた恭也はクリップオンの時計を見た。

「と、もうこんな時間か。それじゃ帰ると――」

 そこまで言って恭也は顔を険しくし、鍛錬に使っている神社の周囲の木に厳しい視線を向けた。

 美由希も『それ』に気付いていた。辺りを見回すように警戒し、守るようにアリサの前に立った

 「誰だ!」恭也が大きめの声で叫んだ。

 少しの間があり、人影が現れた。手に長い棒状の何かを持っていた。

「恭也、一体どうゆう――」

 未だ状況を理解できていない困惑した視線を恭也に向けて言った。

 彼の答えは実に簡潔だった。

「敵だ」

 

 

 

 

 

 


あとがき

今回はインターミッションな感じでちょっと暗く感じるかもしれない話です。

あからさますぎる謎が更に増えてまいりましたが、できればお付き合いくださいますようお願い致します。

     




三人の前に現われた人影。
美姫 「遂に、襲撃犯がその姿を見せたのかしら?」
それとも、別口なのか。
美姫 「次回も目が離せません」
楽しみにしてます。



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