はじめに

『神の影』本編では語られなかったお話です。

基本的に一話完結型ですが、ひょっとしたら続くかもしれません。

これを見て気分を害されても一切責任持てません。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか・・・・・・これほどの力を持って生まれるとは」

 

少女は聡明であった。

 

「ですが! 現時点で、これほどの力となると・・・体への影響が」

 

少女はかなりの早熟でもあった。

 

「それはわかっている。 だが、まだこの子は二歳にも満たぬ。 霊力の制御などできようはずがない」

 

故に理解した。

 

「仮に制御しようとしたところで、制御できるのか?」

 

自分はどこかが、目の前で話している人たちとは違うのだと。

 

「それもまた、問題のうちの一つだ。 今解決せねばならぬのは・・・」

 

この、体の底から沸きすぎてくる力が、周りの人たちより大きすぎるのだと。

 

「如何に隠蔽するか、だ。 『神咲』に限らず、これほどの霊力を感知できぬほど現在の退魔士たちは抜けておらぬ」

 

そして―――

 

「―――子供にこんなことを強いるのも酷な選択だが・・・・・・な」

 

―――自分が普通に生きられることはない・・・と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


とらいあんぐるハート3 〜神の影〜

外伝1「救われた心」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それなりに大きな屋敷の縁側で、一人の少女が目を閉じて座っていた。

ただ座っているというわけではなく、少女は自分の中に溢れている力―――霊力を制御しようとしているのだ。

 

「・・・ぐ・・・ぁ」

 

だが、その制御に失敗し、少女の体を膨大な霊力が駆け巡る。

あまりの大きさに全身に激痛が走り、座っている姿勢を維持するどころか、意識を保つのも難しい。

 

もう・・・何回繰り返しただろう。

幼き頃より自分の力を理解し、鍛錬の適齢期から周りに迷惑をかけないよう制御しようと頑張っているのだが・・・・・・

 

「が・・・・・・・ぅ・・・」

 

後ろの倒れこみ、自分の体を抱きながら激痛を堪える。

何分・・・・・・いや、何十分か・・・・・・・・・

実際にはそんな経っておらず、三十秒程度の出来事なのだが、少女にはそれぐらいの時間に思えた。

漸く痛みも引き、緩慢な動作で起き上がろうとする。

 

(・・・・・・また・・・失敗、か)

 

少女は、自嘲しながら苦笑する。

その顔には、年不相応の諦観の色が浮かんでいた。

 

体の鍛錬と時を同じくして、霊力の制御も行い始めたのだが、後者のほうは進展がさっぱりなかった。

前者にしても後者の後の後遺症でまともに動くこともできず、少女の一族や周りの同年代と比べてかなり劣っていた。

それに後者のほうが全くできていないので、日常生活にも影響が出ている。

だから少女は、常に霊力殺しの指輪をそれこそお風呂の中でもつけているのだが、それでも抑えきれないのだ。

その多すぎる霊力に、周りの者が少女に向ける視線は、畏怖・・・もしくは霊力を操れないことに対する侮蔑が多かった。

嫉妬の視線はほとんどなかった。

いくら他を寄せ付けない霊力を持っていても、扱えなければ宝の持ち腐れなのだ。

少女の両親が「霊力を操る術なら、ここで」と苦渋の選択で少女を親交のあった一族へ修行に出したのだが、その操る術はともかく、精神的に少女はかなり辛い目に遭うこととなった。

唯一の救いは、週に何度か訊ねてくる両親の存在であった。

 

少女―――神影桜花は、周りの『神楽』一族の中で孤立していた。

 

 

 

 

 

「やっ・・・・・・って今日も駄目みたいだね」

 

起き上がったはいいものの、動くのが辛い桜花が壁を背に休んでいると、一人の少年が姿を現した。

『神楽』一族の中でも桜花に話しかけてくる数少ない存在である―――神楽真之だった。

 

この少年だけは、同年代で畏怖や侮蔑の視線を向けることはなかった。

ただ、話しかけてくるのは二人っきりのときだけで、周りに人がいるときは我関せず、と視線は向けるものの接しようとはしない。

周りから疎外されている桜花と話したりすると自分もされそうで嫌なのだろう。

恭也と出会い、もう少し時が経てばこれも改善されるのだが、現状ではこの少年に大勢の前で桜花に話しかけることはできない。

 

「・・・・・・何の用?」

 

桜花もそれを知っている上に、真之は『神楽』本家の正統継承者であり、霊力の扱いも抜群であるため、嫉妬と敵意を混ぜた視線で冷たく対応する。

桜花からすれば、そんな真之の言葉は嫌味にしか聞こえないのだ。

 

「・・・えっと、お客さんが来るから君も一緒に、だって」

「・・・・・・・・・なんで私が」

「来るのが『不破』だから・・・君もいたほうがいいって父さんが」

「・・・成程」

 

なぜ自分が、と思った桜花だったが、『神楽』に来た客が『御神』の分家である『不破』ならばそれも頷ける。

桜花は『不破』どころか『御神』宗家の人ともほとんど面識がないのだから・・・

 

「お断り」

 

理解はできたが桜花には行く気が全くなかった。

正直、『無敵の不破』の人間とは会ってみたかった・・・が

 

(こんな出来損ないの身で・・・会ってどうする)

 

己が身を省みて、会っても恥を晒すだけだ、と自嘲する。

頭の中ではそう考えた桜花だが、無意識に「これ以上、あの視線で見る人を増やしたくない」という想いもあった。

まだ子供の桜花にとって、畏怖や侮蔑の視線はきつい。

だからこそ、人が少ない『神楽』本家の縁側で霊力の制御をしようとしていたのだ。

 

「・・・・・・わかった」

 

真之はそれ以上何も言わず、その場を立ち去った。

桜花は真之の前で一度出した意見を覆したことはない。

それ故に説得は無駄、と理解していたし、彼の父親にしても、呼んでこいとは言ったものの来るとは思ってなかった。

真之がいなくなると、桜花は目を閉じて体の状態を確認する。

多少はマシになったものの、まだ動くのは辛い。

そのまま寝ようと意識を闇に沈めていく・・・・・・

 

 

 

「・・・・・・ん」

 

数分と経たないうちに、桜花は自分がいる場所に近づいてくる気配を感じ取る。

侵入者、というわけでもないだろう。

侵入者だったら気配は隠すはずだし、そもそも疲れている桜花にその気配を感じ取れるわけがない。

足運びに武術をやっているもの特有の動きこそあるが、それ以外は普通に歩いているだけらしい。

意識を浮上させ、誰の気配か探るが、少なくとも自分が知る人物ではない。

どうするか迷った桜花だが、寝ている間に何かされるのも癪なので起きることにする。

 

目を開けてから暫くすると、見知らぬ一人の少年が姿を現す。

年齢は同じくらい、にしては妙に落ち着き払っているような気がする、と桜花は思った。

桜花が少年の顔を見上げると、少年も桜花から視線を逸らさずにじっと桜花を見ている

 

桜花を見る少年の瞳や雰囲気からは、桜花は『神影』から修行に出て以来、両親以外から感じることのなかった暖かさが感じられた。

 

「・・・・・・なんだ、おまえは?」

 

暫く見つめ合っていたが、痺れを切らした桜花が先に口を開く。

 

「人に名前を訊くときは、自分から名乗るものだと思うが」

 

少しむっとして、少年は表情こそ年相応だが、妙に落ち着き払った、年不相応の口調で答える。

どうやら見た目(姿にあらず、雰囲気である)だけではなく、中身も子供っぽくない。

 

「・・・・・・・・・・・・神影、桜花だ」

 

桜花が名乗ると、ああ、君が、と小声で呟いた後、

 

「不破恭也。 よろしく」

 

無愛想な表情を少しばかり笑みに変えて、少年―――恭也は桜花の名前を呼ぶ。

『不破』と聞いて桜花は、ああ、この少年は『神楽』に来ている客の連れ、もしくは子供か、と理解し、

 

「・・・去れ」

 

何の話もせず、桜花は少年にこの場からの退去を促す、というか命令する。

 

「・・・え?」

 

いきなりそう言われて、恭也は首を傾げる。

 

「聞こえなかったのか? 去れといったんだ」

 

そんな恭也に桜花はもう一度、さっきより大きい声で同じことを告げる。

 

「・・・なんで?」

 

いきなりそんなことを言われたのだから、恭也の疑問は尤もである。

自己紹介―――名前だけだが―――をしたすぐ後に、桜花は問答無用でとっとと帰れと告げているのだから。

 

「邪魔だ」

「・・・・・・わかった」

 

機嫌が悪いのだろう、と恭也は気分を害した様子も見せずに、来た道を戻っていった。

逆にこれに驚いたのは桜花だった。

普通、あんな言われ方をして怒らないとは考えてもいなかった。

それに桜花は機嫌が悪かったわけでもなかった。

 

ただ―――怖かったのだ。

 

あの少年の、恭也の暖かさに浸ってしまうことに・・・

そして、自分の『力』を知ることによって、少年が自分の元を離れてしまうことに、嫌われてしまうことに・・・・・・

今なら・・・暖かさに触れたばかりの今ならまだ、離れられたときの自分の心へのダメージは大きくならないから。

 

 

 

恭也が去った後、桜花は痛む体を無理やり動かしながら自分の部屋へと戻った。

どのみち体がこの状態では夜の鍛錬は無理だし、このままここに居るとまた恭也に会ってしまいそうだったからだ。

恭也たちがここに泊まっていく、ということは真之が桜花の夕飯を部屋に運んできたときに知らされた。

できるだけ会いたくない桜花は、恭也たちが鍛錬に行っている間に風呂に入ると髪を乾かし、布団に入る。

恭也が居るときに部屋の外に出なければ会わないだろうと、桜花は高を括っていたがそれは甘かった。

 

 

 

 

 

「おはよう、桜花さん」

「・・・・・・なんで、来たのだ?」

 

翌日、恭也が桜花の部屋を訪ねてきたのだ。

桜花にしてみれば寝耳に水。

予想すらしていなかった。

 

「昨日は帰れって言われたけど、今日来るなとは言われてない」

 

確かに言ってない・・・言ってないが、ああ言われたら普通は来ないのではないか?

そう思いながら困惑している桜花をよそに、恭也は言葉を続ける。

 

「それに・・・・・・」

「・・・それに?」

「寂しそうな目をしていたから・・・」

 

ビクッと桜花の体が微かに反応し、そして恭也はそれを見逃さなかった。

 

「・・・・・・・・・別にそんな目など」

 

否定しようとするものの恭也を見ていられず視線を逸らす。

 

「してた。 だから、放っておけないと思った」

「・・・余計なお世話かもしれないのに、か?」

 

遠回しに、恭也の言ったことを肯定した桜花は、そう問わずにはいられなかった。

今までそんな風に言ってきた人は居なかったのだから。

 

「ああ。 それに余計なお世話とは思わなかった」

「・・・・・・なに?」

 

確信的な言葉を返す恭也に首を傾げながら問い返す桜花。

 

そして、その答えは、

 

「・・・どこか縋るような目をしていた。 昨日の桜花さん・・・今もそうだが」

「っ!?」

 

桜花を絶句させるには十分だった。

驚愕の表情のまま、桜花は固まった。

そして、恭也の言葉を否定することもできなかった。

言われて、自分でもそんな目をしていたんだろうな、と心のどこかで納得してしまったのだから。

 

「・・・・・・お前はほんとに子供か? 落ち着きすぎているし・・・」

 

再起動した桜花は、またも遠回しに恭也の言ったことを肯定し、欠片も子供っぽくない恭也を呆れたように見る。

 

「静馬さんにもよく言われる。 それを言うなら、桜花さんだってそうだ」

「・・・そうかもな」

 

恭也に言われ、桜花も苦笑しながら答える。

自分とて子供っぽくないことは自覚している。

だが、これはもうどうしようもない。

きっと恭也もそうなんだろうと、考えると少し嬉しくなった。

 

「・・・・・・・・・お前は・・・」

「お前じゃなくて、恭也」

 

初めて声をかけたときに見せた、むっとした表情で桜花に訂正を求める。

その仕草は口調と違って年相応のものだったので、桜花は苦笑しながら訂正する。

 

「恭也は・・・怖くないのか?」

「怖い?」

「私は普通の人より・・・それどころか『神影』の中でも異常なくらいの『力』を持っている」

 

そう言うと、桜花は自分が持っている霊力のことについて話す。

多すぎて、半分以上封印しても制御が難しいこと。

日常生活にも影響が出始めていること。

昨日は嫌われるかもしれない、と考えていたのが嘘のように自分の悩みを話す。

恭也の持つ雰囲気が、桜花の悩みを話しやすくさせているのかもしれない。

桜花が話し終えると、恭也は少し考えた後に言ったその言葉は

 

「でも・・・たとえ持っていても、桜花さんは桜花さんだろう?」

 

桜花の今までの悩みを簡単に吹き飛ばすものだった。

 

「・・・・・・恭也?」

「それに・・・力が悪いんじゃなくて、その力を使う人次第で、良くも悪くもなるってと―さんが言ってた」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「その通りだと思うし、桜花さんは・・・それを知ってるし、自分をしっかり持っているから・・・怖くない」

 

不器用な笑顔を浮かべてそういってくる恭也に、桜花は思わず涙が出そうになるのを見せないように俯いて、必死で堪える。

周りに居た同年代の少年少女たちは、桜花というよりも霊力の大きさとそれ制御できないということでしか桜花を見ていなかった。

しかし、昨日会ったばかりのこの少年は、桜花が無意識のうちに切望していることを看破し、悩みを聞いても桜花自身を見てくれる。

 

それは諦観し、冷めた目で周りを見ながら生きていた桜花に、かつてないほどの衝撃を与えた。

 

「恭也は・・・・・・私を、受けて入れてくれるのか?」

 

何とか涙を抑えることに成功した桜花は、期待半分、不安半分を表情に出しながらも顔を上げる。

 

「・・・よく分からないが、友達になることなら歓迎する。 桜花さんも御神流をやっているんだろう?」

「・・・・・・・・・うん」

 

霊力の体への影響で、本格的にやっているわけではなかったので、桜花は少し恥ずかしそうに答える。

 

「ふむ、では今日から俺たちは友達で、ライバルだ」

「ラ・・イバル?」

「そう、ライバル。 さあ・・・行こう」

「あ・・・・・・」

 

恭也が掴んだ手からは暖かさが伝わった。

体だけにではなく、心にも・・・・・・

 

 

 

恭也は次の日に帰ってしまったが、桜花は、必ずまた会おう、会って今度は剣で語ろう、と約束した。

この日を境に、桜花の心に変化が生じる。

明確な目標ができたことで、今まではどこか義務的な―――両親や周りに迷惑をかけないため―――だった霊力の制御に熱が入るようになる。

今までの比ではない集中力で取り組んだために、ものすごい勢いで上達していく。

霊力が安定することで、剣の鍛錬もしっかりとできるようになり、性格も明るくなっていく。

恭也にしてみれば当たり前のことをしただけであるが、桜花にとっては救いになったことに違いはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

七彩です。

本編では書くことはないだろう、桜花の過去です。

第8章のときに少し書いていますが、ほんの少しですしね。

あとは、この続きを書くのと恭也の膝の怪我のことを書こうかな、と思ってます。

もう既に治っているって設定にしてありますからね。

あ、ここまで読んでくださってありがとうございます。

ではでは。

 

 

 

あとがき2

直しました。

明らかに恭也の口調がおかしかったです。

なんで気付かない、私orz




桜花の過去のお話。
美姫 「何か、今とはかなり違う性格よね」
ああ。全ては恭也と出会ったことが切っ掛けか。
美姫 「きっと、桜花にとって、これはとても大事な思い出の一つなんでしょうね」
うんうん。良いお話だな。
美姫 「本編も楽しみだけれど、この番外編も好き」
確かに、本編とは違った面白さ。
美姫 「それじゃあ、次回も楽しみにしてます」
してます!
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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