――――この世界の何処か。



 「……よもやこれ程の予定外な事態になるとはな」


マーグリスが口を開く。
その相手は黒髪の少女、ミコトだ。その傍らには黄金の騎士が並ぶ。
黄金の騎士は一言も口を開かず、只ミコトに付き従う。それが当たり前かのように。


 「まあ、仕方ないわ。予定は未定、ってね。
  『剣聖』と『舞姫』がいたのは分かっていたけど、まさか『金色の魔女』や紅夜まで現れるとは思わなかったもの」


ミコトの言葉にマーグリスが首肯する。


 「オルクスやナーガの様子はどうだ?」


マーグリスの言葉にミコトは苦笑。


 「ナーガはイラついてるわ。よっぽど紅夜とのことが頭にキテるみたいね。まあ無理もないでしょうけど」

 「オルクスは?」

 「治療中なんだけど……ね」


それまで饒舌だったミコトの歯切れが途端に悪くなる。


 「なんだ? 何か問題でもあるのか?」

 「ええ、傷の治りが異様に遅いのよ。よっぽど異質な魔力でヤラレたみたいね」


クスクスと可笑しそうな笑みを浮かべる。
正体を知らなければ可憐とも思える笑顔を。

対照的にマーグリスは顔を顰める。


 「お前の悪い癖だ、ソレは。思っても顔や口に出すな」

 「だって、面白いんですもの。
  オルクスと戦ってたあの坊や……『金色の魔女』の知り合いみたいだったし益々興味深いわ」


ミコトは更に笑みを深める。
マーグリスは最早諦めに入ったのか追求はしない。


 「楽しいのは結構だがな。今オルクスを失うことは了承できん。
  ただでさえ欠番が埋り切っていないというのに……これ以上増えてもらっては困るのだからな」


そのマーグリスの言葉にミコトは思い出したかのようにポンと手を打つ。


 「そうそう、欠番で思い出したわ。
  その欠番を埋める適任者、偶然だけど見つけてきたわよ?」

 「なに?……それは真か?」

 「真も真よ。こっちも面白そうなコでね、使えるようになるにはちょっと時間掛かるけど」


ミコトの言葉にマーグリスは顎に手を沿え暫し思案に耽る。


 「予定外の損失を蒙ったが為に、暫くは静観に徹するかとも考えていたが……ソレならば必要はない、か」


マーグリスの言葉にミコトは満足そうに頷く。


 「ええ、待つ必要はないわ。第一、ウィンドミルやアーキ・オロジーには既に手を回しているんでしょう?」

 「ああ」

 「じゃあ、予定通りってことで。
  ダ・カーポは一時保留にするとして、私たちはアーキ・オロジーにでも向かうわ。あそこで研究されてるモノに興味あるから」


私たちということは黄金の騎士も共にということなのだろう。
マーグリスの視線が黄金の騎士を捕らえる。


 「疎奴も連れて行くのか? ダ・カーポで少々様子がおかしかった様だが……」


音夢と対峙していた後の黄金の騎士の様子で、異変に気付いていたらしい。
ミコトもソレは同様で、マーグリスの言葉にワザとらしく片を竦めて見せる。


 「まあ、ね。このコは他のコたちと違って特別だから繊細なのよ。
  だーいじょうぶ。次の機会までには改善しておくわ」


ミコトの言葉にマーグリスは首肯で応え、了承する。


 「分かった。ならば私も動くとしよう。
  ナーガにも適当な場所で暴れて貰う。それで少しは溜飲も下がるだろう」


 「ふふっ、面白くなってきたじゃない」



――――――誰も知らないその場所で、確かに闇は動き出していた。










◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
                       
第17話 三日の時が経ち……

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇












紅い。

何が、とかそういった個別でのレベルではなく、全てが―――紅い。

紅い。

あかい。

赤い。

アカイ。

周囲三百六十度、見渡せる限りの視界全て紅で染められている。

周りには何もない。

太陽、空、雲、風、水、建物、虫、動物、植物、そして……人。

今まであると思い込んでいた全てのモノが無い。

そして自分の存在も。

気付いた。

無いのは自分も同じだと。

無いのだ、身体が。

          掴む指が――無い。

     地を噛み締める足が――無い。

       伸縮する筋肉が――無い。

      空腹を訴える腹が――無い。

 酸素を取り込み上下する胸が――無い。

       鼓動する心臓が――無い。

      言の葉を紡ぐ唇が――無い。

   空気の振動を感じる耳が――無い。

      香りを感じる鼻が――無い。

 無い、無い、無い、無い、無い、無い。

人というカタチを形成する部品が無い。

只一つだけ、在るのは紅を認識するための視界のみ……。


だが不思議と其の事を認める自分がいる。

ああ、これが当たり前なのか、と。

所詮は何も無い、何も出来ない存在が自分なのか、と。



ふと、眼の前に人影が生まれる。

知っている……良く知っている人物だ。

そう認識した瞬間、眼の前の人影が紅く染まっていく。

驚き、叫びを上げようとするが、唇が無い。

叫びはカタチとして鳴らず、紅く染まった人影が紅い世界と同化し、消え去る。

悔しさを噛み締めようにも唇は無い。



消え去ると同時に新しい人影が生まれる。

また知っている人物だ。

そう認識した瞬間、先程同様、其の人影が紅く染まっていく。

傍に寄ろうと試みるが一歩を踏み出す足が無い。

近づくことは叶わず、紅く染まった人影が紅い世界と同化し、消え去る。

地を踏みたくとも足は無い。



消え去ると同時に新しい人影が生まれる。

また知っている人物だ。

そう認識した瞬間、先程同様、其の人影が紅く染まっていく。

止めようと試みるが身体を掴む指が無い。

掴むことすら叶わず、紅く染まった人影が紅い世界と同化し、消え去る。

爪を喰い込ませたくとも指は無い。



消え去ると同時に新しい人影が生まれる。

また知っている人物だ。

そしてまた紅く染まり消えて行く。

必死にソレを止めようと抗うが――― 一度として叶うことは無い。

それの繰り返し。



嘆き、悔しみ、自分を呪う。

自分は何一つ、誰一人として護れないのだと。



最期の、恐らくは最期の人影が現れる。

また知っている人物だ。

だが一つだけ、今までとは違う。

眼の前に立つ人物は、すでに亡くなった筈の人。

母のように接してくれた人。

自分が最期に誓いを立てた人。

その人だった。

自分が、視界だけの存在である自分が笑みを浮かべていることに気付いた。

苦笑という笑みを。

嗚呼、この人は自分を叱りに来てくれたのだと思った。

誓ったにも関わらず、護ることが出来なかった自分を。

そう思った。




―――――どうしたの?

 それは問い掛け。

―――――どうして泣いているの?

 心を癒してくれるような優しい問い掛け。

―――護れなかったんだ。

 だからボクは答えた。

―――護るどころか護られたんだ。

 言の葉を紡ぐ唇は無いけれど答えた。

―――ごめんなさい。約束したのに、誓ったのに……護れなかった。

 そして懺悔した。

―――――それは私との約束とは違うでしょう?

 慰めるような問い掛け

―――でもボクは沢山の人を護りたいと思ったんだ……だけど、ボクには無理だった。

 ボクは首を振って否定した。

―――――あなたを護ってくれた人はどうしてそうしたのかしら?

 それでもボクに問い掛けてくれる。

―――……わからないよ。

 だけどボクには分からない。

―――――それはね……あなたを護りたいと思う“つながり”があったからなの。

 諭すような優しい声。

―――“つながり”?

 ボクにはその意味が解らない。

―――――そう“つながり”。
     生まれた時からあるもの、生まれた後からも繋がれる人と人との絆。
     助け合い、信頼し合い繋がれる絆。
     そこには理屈なんてないの。
     “つながり”を護りたいから、そこから繋がる未来を護りたいから、だから人は人を護るの。
     あなたを護ってくれた人も、きっと同じ筈。

 あの人も…?

―――そう、かな?

 本当に?

―――――ええ、きっと。
     だからあなたはあなたを護ってくれてその人の分まで“つながり”を護っていかなくちゃ。
     その人もきっとそう望んでいる筈だから。

 そうだといいな。

―――――さっ、いつまでもこんな処にいないで帰りなさい。
     あの娘たちが待っているから。

 うん。

―――――じゃあ、もう一度約束。
     あの娘たちを、皆をお願いね……義之くん。


 もう一度誓うよ。
 ボクは……俺は、護ってみせる。
 必ず。
 だから見ていて下さい。


 『由姫さん』





     ●





 「――――……ここは」


目覚めた義之が最初に眼にしたのは豪華な装飾がされたシャンデリア。
そしてすぐにそれが天井であることに気付いた。
下にある地面は柔らかく、身体が沈んでいる。
どうやら自分がベットで横になっている状態だと理解する。
何やら自分の他にもベットに沈む重さを感じたが、取り敢えずは起きてみようと……


 「―――っぁ……」


動かした身体の各部から激痛が走る。
ベットの上で上半身だけ起こした状態で義之は身悶える。

するとその時、ガチャッと小さな金具が動く音がした。
身悶えながらもその音の方に顔を向ける。
そこには……


 「音姉……」


ドアノブに片手を当て、扉を開けた状態の音姫が此方に視線を向けたまま呆然と立っていた。
片手にはタオルを架け、水の溜まった洗面器を持っている。


 「お、とうと……くん?」


確かめるように義之を呼ぶ。
瞳から一粒の涙が落ちる。
そして次の瞬間には駆け出していた。


 「弟くん!」


手に持っていた洗面器を放り出し、中に溜まっていた水が部屋の絨毯に撒き散るがそんなことは気にしない。
洗面器が絨毯に落ちる音と水が撒かれる音が鳴る。
すぐに義之との距離は無くなる。
義之に駆け寄った音姫はそのまま義之の起こした上半身に抱きついた。


 「弟くん、弟くん、弟くん」


抱き締めた存在を確かめるかのようにその名を連呼する。
瞳からは大粒の涙が際限なく溢れ続けていた。

もう眼を覚ましてくれないかと思ってしまった。
もう自分を見てくれることがないのかと思ってしまった。
もう自分の名を呼んでくれることが無いのかと思ってしまった。

でも違った。

今、眼を覚ましてくれた。
今、自分を見てくれた。
今、自分の名を呼んでくれた。

それが何より嬉しくて。
身体を僅かに離し、義之の顔を確かめようと顔を上げる。

そこにあったのは―――――――痛みを堪える義之の顔だった。

さてここで思い出して頂きたい。
義之が体中に怪我を負っていることを。
先程、義之は上半身を起こしただけで身悶えていたことを。
そんな身体に勢い良く人が抱きつけばどうなるであろうか。
答えは今の義之の表情から察して頂きたい。

義之の表情を見て、漸く自分のしたことに気付いた音姫は慌てて義之から身を放す。
解放された義之は息を整え、痛みを緩和する。


 「ご、ごめんねっ。弟くん
  う、嬉しくてつい……ホントにごめんね」

音姫が慌てた様子で必死に謝る。


 「い、いや大丈夫……ちょっと、い、痛んだだけ、だから……」


義之にも音姫を責めるつもりなど毛頭無いので、謝る音姫を諭すように言う。
それでも音姫は中々、謝ることを止めないため……


 「じゃ、じゃあ次からもっと優しくってことで……」


言っていて自分の顔が紅く染まった気がしたがソレは我慢。
音姫は義之の言ったことに眼をパチクリとさせていたが、その表情を急に笑みへと変えた。
義之はホッと一息。
だがそれも束の間、音姫がゆっくりと再び義之の肩に手を回し抱きついた。
音姫の予想外の行動に義之は狼狽する。


 「お、音姉ぇ?」

 「優しく、でしょ?」


義之は咄嗟に引き離そうと音姫の両肩に両手を添える。
しかし、その手はそれ以上動くことなかった。

気付いてしまったから。
手が肩に触れた瞬間に気付いてしまったから。
音姫の肩が小刻みに弱弱しく、だが確かに……震えていることに。
義之は気付いてしまったから。
音姫が涙を流していることに。


 「音姉……」

 「…っ……ごめん…ごめんね、弟くん。
  でも、もう起きてくれないかと……っ……本当に、思っちゃったから……だから」


溜まった酸素を吐き出しながら涙を必死に堪えようと音姫の身体が更に震える。
密着している義之にはソレが自分の事のように伝わった。
その気持ちも。
音姫がどれだけ心配してくれていたか。
どれだけ不安でいたか。
どれだけ悲しんでくれたか。

だから義之は言う。


 「音姉……ありがとう」

 「っ……弟くん」


義之を抱く音姫の腕に力が篭る。
義之は軽い痛みを身体に感じたがそれを咎めることはせず、音姫の両肩に添えていた両手を音姫の背中に回す。
優しい抱擁が二人を包み込む。
第三者が見れば恋人同士にも見える光景。
まるで時間が停まってしまうかのように……。





しかしその時は突然終わりを迎える。





 「……ん」


さてここで思い出して欲しい。
義之が目覚めたとき、自分の他にもベットに沈む重さを感じたことを。


 「ふぁ……」


思い出して欲しい。
音姫の他にも義之を慕う妹的存在の少女たちがいることを。


 「……ふわ……ん…どうかしたんですか…? お姉ちゃ…ん……」

 「んに〜〜……どうか…ふぁ…したの? 音姫さ…ん……」

それは即ち由夢とティナの二人である。

ここで義之が目を覚ます直前の状況を説明しておこう。
今、義之たちが居るのはダ・カーポ城の客間。
義之が倒れてから音姫、由夢、ティナの三人はここで夜通し看病に徹していた。
その日数は何と丸三日。
義之の身を案じ、気を張り続けていた由夢とティナ(勿論音姫とて例外ではない)は、音姫が義之の額に当てていた濡れタオルの水を替えに部屋を出た後、遂に体力の限界を向かえベットに突っ伏すように眠りに入っていたのだった。

そして現状に至る。

二人はベットの両サイドの椅子に座り、ベットに傾けていた上半身を起こしながら目を覚ます。
まだ完全に頭が冴え切っていないのか、目を擦りながら視線を向ける。
その二人の寝惚け眼が義之の姿を捕らえた瞬間、半開きだった四つの眼が大きく開かれた。


 「…………………兄さんっ!?」

 「………………よーくんっ!?」


目を覚ました義之の姿に驚き、勢い良く椅子から立ち上がる。
反動で椅子がガタンと音を立てて後ろに倒れるが気になどしない。
義之が目を覚ます事を二人とも心から望んでいたのだから、そんなことは些細なことだ。

由夢とティナの顔に歓喜の色が宿った……かと思えばそれは直ぐ様、別の色へと変貌する。
それもその筈。
眼の前で義之と音姫が抱擁し合っているのだから当然である。

義之が目を覚ましてくれた事は本当に嬉しかった。
一歩間違えれば大粒の涙を流してしまったかもしれない。
それだけ心配し、嬉しく感じたのだから。

それなのに、それなのに、それなのに!

目を覚まして一番最初に見せられたのが、何故義之と音姫の抱擁なのか。
幾らなんでも、こんな酷な事はないだろう。


 (そーですか、あーそーゆーですか、そーなんですね? 兄さんっ!!

 (よーくんなんて、よーくんなんて、よーくんなんて、よーくんなんてぇ!!


その瞬間の二人の心境は推して知るべし。
というか恐ろしくて想像もしたくない。
二人の表情が喜、哀、怒と色を変えていく。


 「ちょっ、待て二人とも! 落ち着いて話を……」


流石の義之もそれに気付いたのか。
しかし未だに音姫と抱き合った状態では説得力は微塵も無い。
そして由夢とティナの怒りゲージが限界を突破した。


 「兄さんのぉ……」

 「よぉくんのぉ……」


由夢は右手を。
ティナは左手を。
高く振り上げる。


 「やっ、お、音姉ぇ逃げ……」


義之は音姫の身体を引き離す。
それが義之に出来た精一杯の抵抗。
自分の身を護る余裕など、無い。


 『馬鹿ぁっーーーーーーー!!!!!

バチンッ!!

 「ぶべっ」


振り下ろされた二人の掌が義之の頬を思い切り引っ叩いた。
その衝撃は目を覚ましたばかりの義之にとっては意識を刈り取る一撃だった。
それゆえ義之はゆっくりと再びベットへと倒れこんだ。
パタリッ、と。


 「お、弟くん!?」


後に聞えたのは音姫の焦った声のみだった。





     ●





 「義之っ」

 「義之くんっ」


室内に入って来た義之の姿に気付いた小恋やななかを始めとしたいつもの面々が駆け寄り安堵の表情を見せた。
場所はダ・カーポ城内の謁見の間。
義之・音姫・由夢・ティナの四人が室内に入ると、そこには何故か、渉・ななか・小恋・杏・茜・杉並が集まっていた。
聞けば、音姫を通じて音夢に召集を掛けられたらしい。

あっという間に周りを囲まれ、身体は大丈夫かと声を掛けられる。
しかし暫くすると先程から気になっていたとでも言うように渉が首を傾げる。


 「しっかし、義之……その顔どーした?」

 「……人災に遭った」


渉の疑問に義之は憮然とした様子で答える。
質問をしたのは渉だったが他の皆も同じらしく、不思議そうな顔をしていた。
それはそうだろう。
何せ義之の顔には季節外れの紅葉が二枚、葉を咲かせていたのだから。
赤い手形という紅葉を。

見れば義之の少し後ろから入って来た由夢とティナがムスッとした御様子。
それで何となく検討の付いた者達もいたが、触れぬが吉と判断したのかそれ以上の追及は無かった。

義之としてもその話題をこれ以上拡げられるのは困るため何も言わずに謁見の間の奥へと進む。
するとその室内に見覚えのある顔を見つけた。

それは武術大会の朝に出会った占い師の少女、高峰小雪だった。
小雪も義之の方に顔を向けており、自然と二人の視線はぶつかる。


 「お身体は大丈夫ですか? 桜内義之さん」

 「兄さん、大丈夫でっかぁ?」


小雪と、それに続いてタマちゃんが義之へと労わりの言葉を掛ける。
タマちゃんが喋ったことに周りの皆が驚きを見せたのを空気で感じることができた。
皆に小雪と遇った出来事を話していた身としては、皆にタマちゃんのことを説明する必要が在ったのかもしれない。
だが、それよりも義之はその小雪の言葉に二つの疑問を覚えた。


 「なんで俺の名前を……? それにどうして此処に……?」


その疑問は当然といえば当然だろう。
義之は小雪に名を明かした憶えはないし、ただの占い師の少女ならこの場に居るのは不可解だ。
小雪は軽く頷きを一つ。


 「はい、ですが先ずは自己紹介をさせて頂きますね。
  私は高峰小雪と申します。
  この子は私のマジックワンドのタマちゃんです」


皆様も宜しくお願いします、と小雪は皆に向かって会釈を一つ。
それに倣ってタマちゃんも皆に軽く挨拶をする。
杉並や杏の興味深そうな様子を覗けば、皆驚きを隠せずに戸惑っている様子だった。
当然といえば当然であろう。
だが、そんな様子を気にもせずに小雪は続いて言葉を放つ。


 「先程の質問に一つずつお答えしますね。
  まず何故私が義之さんのお名前を知っていたかと言うと、さくらさんからお話に聞いていたからです」

 「さくらさんに?」


小雪から告げられた予想外な人物の名に義之は少なからず驚きを見せた。
小雪はそれを確認しながらも続ける。


 「そして何故この場に居るのかと言うと、実はそれもさくらさんに付いて来たからでして。
  つまりどちらの問いにしても、結局はさくらさん繋がりということになりますね」


言い終わるとにっこりと笑顔を見せる。
背後から渉の声が聞えたが義之は丁重に無視した。それどころでは無い。


 「じゃあ、高峰さんは……」

 「あ、私の事は小雪と呼んで頂いて構いませんよ。
  私も義之さんと呼ばせて頂きますので」


小雪の言葉で義之の背後から鋭い視線が向けられたが、最早義之は気にしないことにした。


 「じゃあ、小雪さん。
  あなたはどうしてさくらさんと一緒にダ・カーポへ?」

 「それは……」

 「それはボクから説明するよ」


小雪が言葉を口にするよりも早く誰かの言葉が聞えた。
自然と皆の視線がその声の聞えてきた方へと集められる。
そこは謁見の間に設けられた王座の横に設けられた扉。
その扉から姿を現した少女の姿をした人物が居た。
それは当然……


 「さくらさん」

 「うん、ただいま。義之くん。もう身体は大丈夫かな?」

 「あ、はい。何とか……おかえりなさい、さくらさん」


義之の返答にさくらは頷きを一つ見せる。
すると先程さくらが入って来た扉から更に数人、姿を現した。
それはカロルス王を先頭としたセレネ・純一・音夢だった。
カロルス王が王座の前に立つ姿を見て、義之たちは慌てて整列し、膝を着こうとするがカロルス王はそれを制す。


 「ああ、よい。
  今日は公式の場ではないのでな。皆、楽にしてくれ」


その言葉に従い、皆は整列こそしたものの立った儘の姿勢を保つ。
傷が完全に塞ぎきっていない義之にしてみれば、中途半端に屈むよりも立った儘の方が楽なため、カロルス王の言葉は僥倖だった。


 「ティナちゃん。貴女は此方にいらっしゃい」


王座の横に立つセレネからティナに声が掛かる。
そのセレネの言葉に従い、ティナはセレネとは王座を挟んで逆の位置に移動する。
それぞれの立ち位置は、二段ほど階段を上がった王座にセレネ、カロルス王、ティナが。
階段の下には純一、音夢、さくらが。
そしてそこから少し離れた所に義之たちが居る。


 「紅夜、お前もんなトコに居ないでこっちに来たらどうだ?」


純一の言葉で気付けば、何時の間に居たのか。
部屋に設置された太い柱に背を向けた状態で立つ紅夜の姿があった。


 「余計な世話だ。下らん事を話す暇など無いのだろう。
  さっさと話を進めろ」

 「ああ、そーかい」


二人のやり取りを見ていた音夢とさくらが苦笑。
どうやらあの二人は常からこんなカンジらしい。
純一が皆の方に向き直る。


 「それじゃあ、本題に入るとするか」

























あとがき。

久々にバトルが一切ない第17話です。
本編中の夢の中で義之と話している人物は第7話の過去部分でちらっと出てきた女性と同じ人物です。
D.C.Uをやったことのある方は名前でお分かりになるでしょうが、あの女性は名を『朝倉由姫』さんと言いまして、音姫と由夢の実母であります。
彼女は今後のストーリーにも関わってきますので、詳しい設定は言えませんが既に他界されています。
あとD.C.U本編では、音姫と由夢の父親が純一たちの実子で由姫さんはその嫁という設定です。
しかし、桜大戦においては逆で、由姫さんが純一たちの実子という設定になっています。
紛らわしいとは思いますがご了承下さい。

さて、長かった武術大会編も遂に次回で終了となります。
義之が一つの決意を露わにしますが、果たして……。

ではでは、次回のあとがきで。



とりあえずは義之も無事に目を覚まして……。
美姫 「これから純一たちから何かが語られるのよね」
そうみたいだな。
美姫 「何が語られるのかは……」
また次回〜。



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