朝。

それもまだ夜も明けきらない早朝。
まだ空気は冷たく、静まりかえる世界。
学園へと続く桜並木の先―――桜公園の奥に義之はいた。

手には愛用の大剣が握られており、剣を振り抜く音が辺りに響いていた。
日課の剣の鍛錬中であった。
幼い頃、師である純一に命じられて始めた早朝の鍛錬。
今では毎日の日課となり、鍛錬の時間になると不思議と自然に眼が覚めるほどであった。
……鍛錬後、二度寝をするので結局寝坊はするのだが……。

早朝の桜公園に人影はなく、身体を動かすのに適度な広さを持っていた。
また、義之は幼い頃から桜に囲まれていると不思議な感覚になった。
身体が軽く感じ、感覚が研ぎ澄まされるようだった。
そんな訳で、周囲を桜に囲まれたこの場所は義之にとって格好の鍛錬の場であった。

何度目かの剣を振り抜く。
そのままの体勢でしばし動きを止める。


 「……ふぅ…」


軽く息を吐くと僅かに白い。だが温まった全身は寒さを感じなかった。
今日の鍛錬は終了したのか、義之は構えを解き、近くの桜の木に手を触れ目を閉じる。
ザワッと風が吹き、桜の花弁が辺りに舞う。
本当に不思議な感覚だった。
幼い頃は辛いとき、寂しいとき、泣きたいとき、嫌なことがある度にこうして桜の木に寄り添った。
桜の傍にいると、まるで母親の手の中にいるような、そんな温かい感じだった。
義之はしばらくそのまま動かなかった。

そろそろ帰ろうかと桜の木から離れようとした義之の耳に微かに何か聞こえてきた。
思わず義之は耳を澄ます。


 「これは……歌?」


それは美しい歌声だった。










◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
                       
第8話 東雲と奇妙な邂逅

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義之は聞こえる歌声を頼りにそれを歌っているであろう人物を探し、桜公園のさらに奥へと進む。
次第にはっきりと聞こえ出す歌。


 (この歌声は……)


義之にはその歌声に心当たりがあった。過去にも聴いたことのある優しい歌声。
その歌声に惹かれるように一歩、また一歩と歩を進める。
そうしてしばらくすると少し開けた場所に出る。
その中心に立つ、周りの桜より少し大きめな桜の木の下に、一人の少女がいた。
右手を胸に当て、眼を閉じ、口からは音色を奏でる、濃い桜色の長い髪を黄色のリボンで左右に束ねた美少女だった。
義之はその人物が誰なのか知っていた。


 「ななか……」


白河ななか。
風見真央武術学園のアイドル的存在で、小恋の幼い頃からの親友である。
義之とはその関係で知りあい、初対面にも関わらず名前で呼ぶように要求されていた。

義之に気付いていないのか、ななかはそのまま歌い続ける。
まだ闇に覆われた世界において、桜の花弁が舞い散る中、その姿は神秘的に感じられた。
声を掛けることもせず、その光景を義之はひっそりと静かに見守っていた。


 「……ふぅ……」


やがて歌い終わるとななかはそれまで溜め込んでいたモノを吐き出すように深々と息を吐いた。
それを見計らい義之は声を掛ける。


 「ななか」


その声に反応してななかの肩が微かに上がる。
ななかは慌てた様子で義之の方を向く。


 「義之君」


声の主が義之だと分かってなのか、それまでの硬い表情から安堵の表情へと変わる。
そんなに驚かれるとは予想していなかった義之は思わず苦笑を漏らす。


 「悪い、驚かせたか?」

 「ううん……でも誰もいないと思ってたから、ちょっとビックリしちゃったよ」


その言葉に義之の悪戯心が刺激され、少々意地の悪い言葉を口にする。


 「俺も。まさか、こんなに、朝早くに、ななかに、会うとは、思いもしなかった」


少しからかうような義之の口調に、図星を突かれてなのだろうか、ななかは口を可愛く尖らせる。


 「う〜、義之君のいじわる。ななかだって早起きぐらいするよぉ……たまには」


最後の一言は声が小さく聞き取りづらかったのご愛嬌か。
その表情はアイドルと呼ばれる女の子とは思えないほど気さくで親しみやすい顔だった。
そこで、ななかは反撃とばかりに義之に言い寄る。


 「でも、ななかがここにいたのはホントにたまたまだけど……義之君は?」

 「ん?」


ななかは義之が朝早くからこんなところにいるのが疑問に思えたのか、義之に再度聞き返す。


 「義之君もたまたま?」

 「ああ……いや、俺はコレ」


ななかの意図する所に気付いたのか、義之は自分の剣を指で差し示す。


 「日課の鍛錬に来てたんだ。そしたらななかの歌声が聞こえてきたからさ。来てみたわけ」

 「日課って……毎日?」

 「そ、毎日」

 「へ〜……すごいんだねぇ」


素直に感心の声を漏らすななかに、義之は笑って答える。


 「師匠の言付けでさ、昔からやってるんだ」

 「そうなんだ」

 「今じゃやらないと身体の調子が悪いくらいだな」

 「じゃあ、やっぱりすごいよ」


なにが「じゃあ」なのかはよく分からなかったが、ななかはまたもや「私には絶対無理!」などと感心し義之を褒める。
ここまで素直に褒められると、さすがに義之も照れてしまう。
そんな義之の様子に気付いたのかななかは笑顔をみせる。


 「そういえば、義之君も出るんだよね」

 「ん?」

 「今日の武術大会」


そこまで言われて以前、武術大会に出場することをななかに教えていたことを義之は思い出した。


 「ああ、一応な。由夢や渉なんかも出場するぞ」

 「そうなんだ」

 「ななかは出ないのか?」

 「ははっ、ななかじゃムリだよ」


そうだったろうか、と義之は考える。
確か前に小恋が「ななかは運動神経もいい」と言っていた覚えがあるのだが。
そこまで考え義之は今までななかが戦っている姿を見たことがないことに気付いた。
まあ、いくら運動神経が良くても戦いに強いとは限らない。
本人が強くないと言っているのだからそういうことにしておこうと結論付ける。


 「そっか……」

 「その代わりがんばって義之君の応援するね」


そういってななかは自分の胸の前で両手を組む。
それは応援というよりも祈りに近かった。


 「あ、明るくなってきたね」

 「ん? ああ、もうそんな時間か……」


そんなやりとりをしているといつのまにか朝日が昇り、辺りが明るくなり始め、義之たちもそのことに気付く。


 「それじゃそろそろ帰るね」

 「送ろうか?」

 「ううん、大丈夫」


明け方の人通りが少ないことを心配するが、ななかはその申し出を断った。
それでも気にかけるような義之の様子に気付いたななかは微笑みを見せる。


 「ふふっ、相変わらずやさしいな、義之君は」


両手を体の後ろで組んで義之の顔を覗き込む。
そんなななかの愛らしい仕草に義之の顔が軽く赤らむ。
そんな義之の様子を可笑しげに微笑みながら、ななかは二・三歩距離をとる。


 「じゃーねー。また後でー」
 

手を振りながら去っていくななかの後姿を見ながら義之も手を振り返す。
義之はななかの後姿が見えなくなるまでその場を動こうとはしなかった。


 「………」


ななかがいなくなると先程まで暖かったその場の空気が異様に静かに冷たく感じた。
少し寂しく感じる。


 「帰って朝飯にするか……」


独り言を呟き義之も家路へとつくのだった。





     ●





時は少し経過した朝。

義之は一人街中を歩いていた。
向かう先はもちろん、武術大会の会場とされる先日訪れたばかりのダ・カーポ城の闘技場である。
音姫は学園責任者代理として既に朝早くから家を出ていて、由夢もそれに付き添っていた。


 「ごめんね、弟くん。先に行くね」

 「遅れないでね。兄さん」


家を出る際に二人はそんな事を言っていたが、さすがにこんな日にまで遅刻するようなマネはせず、時間に十分な余裕を持って義之は城へと向かっていた。
しかしさすがに早く出すぎたのか、今いる場所から城まで掛かる時間を計算してもかなり時間に余裕があった。
そんな訳で少し街中を見物して行こうかと考え、街の中心街へと足を運んでいた。
さすがに大陸でも有数の大国であるダ・カーポによる国を挙げての催し物なだけはあり、武術大会目当てで訪れた人々により街中は多くの人で埋め尽くされ、賑わいを見せていた。
中央道の左右には露店が立ち並び、金魚すくいをする者、食べ歩きをする者、走り回って親に怒られる子供たちなど皆実に楽しげにしていた。
露店の中にはお面を売っている店もあり、義之はそこで気になる物を見つけ立ち止まる。

『これで君も今日から英雄!英雄なりきりお面!!』

書いてある通りなら、これは過去の英雄と呼ばれた人物を模した面なのだろうが、義之には誰の面なのか皆目検討がつかなかった。
そんな宣伝文句をジッと見ていると、その露店の店主と思われる厳つい人物が声を掛けてきた。


 「おっ!兄ちゃん、お眼が高いねぇ。どうだい一つ?」


そう褒められても義之にはこの面の正体が分かっていないのだから、嬉しくない。
だが、ちょうどいい所に登場してくれたと、店主に問いただす。


 「……これ、誰のお面なんだ?」


その言葉に店主の厳つい顔は何をバカな事をとでも言うような表情へと変わる。
そしてさも当然といった様子で声を張り上げる。


 「誰って、決まってるだろう!英雄といやあ、『英雄・朝倉純一』よぉ」


そんな店主の言葉に義之は唖然とする。
それもその筈、そのお面はとてもじゃないが純一とは似ても似つかない顔をしていたのだから。
そのお面の純一は眼の中には星が輝き、僅かに見える白い歯は光を発していた。
まるでおとぎ話に出てくる陳腐な王子のようだった。
義之は込み上げてくる笑いを堪えるも、完全には抑えきれず口元が僅かに震えていた。


 「どうした?兄ちゃん」

 「くっくく……い、いやなんでもない」


そんな義之の様子が店主には不信に思えたらしい。
おそらく、この店主は純一の顔をきちんと見たことがなく、「きっと英雄の顔はこんなに違いない」という思い込みだけでこの面を作ったのだろう。
人の想像力とは恐ろしいものだ等と義之が思っていると店主がなにやら店の中を探っていた。


 「兄ちゃんこれなんかもどうだい?」


そしておもむろに義之の前にお面を突き出し、


 「英雄シリーズその弐、『これであなたも素敵な美少女!朝倉音夢のお面!!』」


自信満々に声を張りあげた。


 「ぶふっ!?」


またしても本人とは似ても似つかぬその面を見て今度こそ笑いの限界点を容易く突破しそうになった義之は、口元を左手で押さえ、顔を背けながら店主に右手を振り、その場から勢い良く逃げ出した。
後ろから店主がなにやら言っているのが聞えたがお構いなしにその場から離脱するのだった。
……その様子を後ろから見詰めていた人物がいることにも気付かずに……。





     ●





中央道から少し外れた脇道で、義之は壁に片手をつき、乱れた息を整えていた。
まさか武術大会の前にこれほど体力を消耗するとは思ってもいなかった。
しかもあんな事で……と、考えると思い出し笑いしそうになり、なんとか気持ちを落ち着かせようと、そのことにだけ集中する。
それゆえ後ろから掛けられる声に義之は気付かなかった。


 「あの……」

 (しかし、まさかあんな物が売られてるとは……)


一度目の声掛けに気付く様子はない。


 「すみません……」

 (純一さんが見たらなんて言うか……)


二度目も皆無。


 「そこの方……」

 (って、随分と余計な時間をくっちまったな)


三度目……。


 「………」

 (急がないと音姉や由夢に何を言われるか……)


義之は全く気付かない。
そのまま義之がその場を立ち去ろうとしたその時。その人物は驚くべき行動をとった。


 「……タマちゃん、ごーっ」

 「あいあいさー!」


ヒュンッ!



その瞬間、義之は背後に高速で「何か」が近づくのを感じた。
振り返ると同時に反射的に大剣の腹を盾にして直撃を避ける。


 (くっ!?)


超加速によりかなりの重量を持った一撃に対応するため支える足にも力を込める。
大剣を握る手に更に力を込め、無理矢理にその軌道を変え、向かって来た「何か」を叩き落す。
そしてすぐさま攻撃を仕掛けた相手を見据える。
路地の奥、薄暗く影で見えにくいが確かに人の気配がする。
しかもその気配は静かに一歩ずつ義之がいる方に近づいていた。
殺気などの敵意は全く感じないが、いきなり攻撃を仕掛けてきた相手である。
義之は何かあればすぐに動けるよう、体勢を整えて身構える。


 (誰だ……不意打ちをされるような憶えは……まあ…そんなに…ない……はず……)


確実に無いと思えないのが少し悲しい。
しかし、先日の学園でのように常日頃から朝倉姉妹と親しくしている義之を妬んでいる者も少なくないのも事実だった。
全くの逆恨みである……当人である義之に言わせれば“きょうだい”なのだから仕方ないというのに……。
義之がそんな事を考えている間にも相手との距離は縮まり、その姿を日の下に現した。

姿を見せたその人物は、世間一般で言う、美少女。
予想外なその容姿に義之は一瞬だけ驚きを見せる。しかし、すぐに気を引き締め目の前の少女を見据える。
義之よりも一つか二つほど年上だろうか。
腰まで届く長く、艶やかな黒髪は、眼の上の辺りで綺麗に揃えられていて、彼女が持つ雰囲気には合わないエプロンを着用していた。
手には杖らしき者が握られていて、涼しげな佇まいで、その表情には柔らかな笑みを浮かべていた。


 「すみません……突然タマちゃんが暴走してしまいまして」


少女は口調だけ申し訳なさそうに謝るが、義之は未だ警戒を解きはしない。
だが、その少女の言葉の中の一つの単語に気付いた。


 (タマちゃん?)


他にも誰か、仲間でも潜んでいるのかと辺りの気配を探るが何も感じない。
しかし先程この少女の気配を感じる前に攻撃を受けたのは間違えようのない事実。実際には声を掛けるまで……なのだが。
とにかく義之が気付けないほどに気配を消すことができるという可能性も捨て切れなかった。
そこまで考え、義之が更に警戒を強めようとしたその時、


 「そんな、姉さん。殺生な〜」


間延びした声がその場に響いた。


 「はぁ?」


あまりにも場の雰囲気に合わない、文字通り場違いなその声に警戒していた義之も思わず間抜けな声を出してしまう。
声が聞えた方に視線を向けるがそこには人影はなく、あるのは先程義之に向かってきた、地面に半分埋まっている状態の緑色の球体のみ……と、そこでその球体がモゾモゾと動きだし、勢い良く反転した。
そこに現れた物を見て、義之は驚愕した。


 「なっ!?」


緑の球体にあるのは間違いなく人間と同じ、パッチリとした眼と大きな口だった。
そしてその眼が二、三度瞬きした後、緑色の球体が義之に向かって声を掛ける。


 「あんさん、すんまへんな〜」


タマちゃんと呼ばれた謎の球体は義之に詫びるが、肝心の義之はあまりに予想外の事態に言葉が出ず、口をポカンと開けていた。
そんな義之の様子などには気付かないのか、タマちゃんは言い終ると同時にフワリと浮かび上がり、少女が手に持つ杖の先端に移動する。


 「……ダメですよ、タマちゃん。勝手に飛んで行っては……」


それが極当たり前というように、戻って来たタマちゃんを叱り付ける少女。
その言葉にタマちゃんが弁明しようとするが、


 「そないなことゆうても、姉さん。あれは姉さんが……」

 「……タマちゃん……ごーっ」


最後まで言い切る前に少女がそれを遮る。


 「堪忍やで〜姉さん〜〜」


叫びながら少女の合図で天高く打ち上げられたタマちゃんは、上空で花火のように爆発した。
それを武術大会の余興と勘違いした街中の人々からはスゴイスゴイという歓声と拍手が沸き上がる。
あまりにも非情なその扱いに義之は唖然とする。


 「あ、あの……」

 「はい?」

 「いや、『はい?』じゃなくて……いいんですか?」

 「……なにがでしょう?」


少女は本当に何の事だかわからないといったカンジで首を傾げる。
天然なのか、と義之は一瞬思ったがとりあえず話を進めようとする。


 「……あの緑色の…」

 「タマちゃんです」


少女から強い訂正の言葉が向けられる。
義之は躊躇するも仕方なしに言い直す。


 「……タマちゃん」

 「はい」


少女はニッコリと満足そうな笑顔を浮かべる。
その笑顔を向けられ、義之はまあいいかとさらに話を進める。


 「そのタマちゃんが飛んでいって爆発しましたけど……」


義之の言葉を聞いて、少し間をあけた後、少女は胸の前で両手をポンと合わせる。
ようやく理解して頂けたらしい。


 「……ああ、ご安心を。タマちゃんなら……」


そう言ってエプロンのポケットに両手を入れてゴソゴソと何やら探し始める。
ちなみに杖は手を離しても宙に浮いてる。
しばらくそうした後、よいしょっと言いながらポケットから大きな何かを取り出した。


 「あんさん、お久しゅう」


義之は今日何度目かの驚きの表情をする。
それは紛れもない、先程無残にも散っていったはずの緑の球体、タマちゃんだった。
それも驚くべきことなのだが、それ以上に驚いたのは明らかにタマちゃんが入りきらないだろうエプロンのポケット。
魔法の一種なのだろうか、あの中は一体どうなっているのか。


 「タマちゃんは残機制ですので……」


そんな義之を余所に先程の質問に笑みを浮かべて応える。
残機制ということは他にもあれが幾つかあるというのだろうか。
少女の横ではタマちゃんが元気にフワフワと浮かんでいた。
本人(?)が気にしていないようなので義之ももう何も言えなかった。
そこまできて義之は自分が場の空気に流されていることに気付く。
この少女が持つ独特の不思議な雰囲気によるものなのか、謎の物体タマちゃんの存在によるものか、とにかく最初の警戒心はいつの間にか見る影もなかった。
そこで義之は目の前の少女を見据える。
どうやら悪人の類ではないらしいが、そうなると最初のタマちゃんによる一撃の説明がつかなかった。
単刀直入に少女へ問いただす。


 「最初の……その球体の」

 「タマちゃんですよ」

 「……タマちゃんの攻撃は……」


義之の言葉に少女は二度目の訂正をする。
どうやらどうしてもタマちゃんと呼ばせたいらしい。
そして片手を頬に当て、残念そうな表情をする。


 「いえ、先程から声を掛けていたのですが気付いてもらえなくて」

 「………」

 「困り果てていたら、何故かタマちゃんが突然暴走を……ホントに不思議です」

 「一緒に聞えた『ごーっ』て声は……」

 「空耳です」


言い切った。一瞬たりとも間を置かずに柔らかな笑顔で言い切った。


 (……ふぅ……まあ、いいか…)


そこまで言われては義之もそれ以上追及しようとは思わなかった。
なので最初に声を掛けられた理由について聞いてみることにした。


 「それで、俺に何か用でも?」

 「はい、占いでもいかがですか?」


少女の手にはいつの間にかタロットカードの束が握られていた。


 「……占い…ですか」

 「ええ、占魔術です」


占魔術。
それが魔法を応用した占いがあることは義之も聞いたことがあった。
魔力と占いを融合させることでその成功率を飛躍的に高めることができ、高い魔力を持つ者が行えば近い将来に起こることを的確に予言することもできるらしい。
女性を中心に数ある占いの中でも人気があると、以前に占い好きの小恋から聞いたことがあった。
しかし今問題なのはそこではなかった。
最初に声を掛けたのが占いのためであったというなら、その後のタマちゃんの一撃もそれが原因ということになる。
見かけによらず目の前のこの少女は過激な性格の持ち主なのかもしれない。


 「もちろんお代はいりませんよ」


少女は義之が代金の心配をしていると思ったのか、沈黙する義之の心境とは全く見当違いな答えをニッコリと笑顔で返す。
わざわざ呼び止めておいて代金は要らないという。あからさまに怪しかった。
義之としては今すぐにでも立ち去りたいのだが、その場合この少女がどんな行動に出るかわからなかった。
さすがにもう先程のような不意打ちをされるということはないと思いたかったが、可能性としてはゼロではなかった。
これ以上面倒なことは避けたい義之は仕方ないかと少女の提案を受け入れる。


 「……じゃあ……お願いします……」

 「はい。それでは……」


義之の返答を聞いた少女は眼を瞑ると、カードは少女の手を離れ、少女を中心に円を描くように宙に浮かび始めた。
円は二重・三重の軌道を描き、少女の周りをゆっくりと回り続ける。
その光景は少女の持つ雰囲気と合わさって、どこか神秘的に見えた。
義之がそんなふうに自分の世界に入っていると、少女は徐に右手を差し出し、カードの中から一枚を抜き出し、残りのカードは全て少女の左手に戻っていった。


 「でました」


その声で義之はハッと現実に引き戻される。
目の前では少女が先程抜き出したカードを義之には見えない角度で裏返す瞬間だった。
それは僅かな、ほんの一瞬だったが義之は見逃さなかった。
カードを裏返した瞬間、少女の顔に微かな驚きの色を見せたのを。
それは出会ってから笑顔以外ではじめて見せた表情だった。
数秒の沈黙の後、少女が笑顔で口を開く。


 「…がんばって下さい」

 「……は?」


あまりにイキナリで突拍子もない一言に、義之は間抜けな声を出してしまう。


 「人生色々とあるでしょうが」

 「いや、どういう……」

 「あなたならきっと大丈夫です」


いや、大丈夫の意味が分からないから、そもそも何に対してなんだ、と義之がツッコミを入れようとしたが少女の次なる行動は素早かった。
意味深な言葉を告げるや否や、少女は持っていた杖にスッと腰を下ろし、フワリと浮遊する。
そしてそのまま上空へと上昇していく。


 「ちょっ! まっ!」


あまりに突然かつ理不尽なその行動に義之は上手く言葉を口にすることが出来ずに、


 「それではいずれまた」


その義之の制止の言葉も届くことはなく、一方的な別れの挨拶と同時に少女を乗せた杖は高速で飛び去っていった。
出会いから別れまで、終始振り回され、挙句の果てに一人取り残された義之は暫くそのまま固まるしかなかった。





     ●





上空へと飛び去った少女は、そのまま杖に乗り空に浮かんでいた。
その横では緑の球体――タマちゃんが心配そうに少女の顔を覗きこんでいた。


 「姉さん、ホンマにあれでよかったんでっか?」

 「……ええ」


少女はにっこりと笑い返す。
その手に握られているのは先程の占いで選び出されたタロットカード。
少女はそれをジッと見つめていた。


 「……やはり、あの方が言われた通りの…不思議な人でしたね………桜内義之さん…」


握られたカードには、何も描かれていなかった。
純白のカード。
先程少女が行ったのは一般に占魔術と呼ばれるものとは、少し異なる特殊な占魔術だった。
一般に占魔術と呼ばれるものは術師の自身の魔力のみを用いる。
しかし、この少女の占魔術は更に対象者の魔力をも利用していた。
人が無意識に放出している微弱な魔力、少女はそれを取り込み、対象者の身に起こる近い将来の出来事をカードに写し取ることで予言することが出来た。
写し出される結果は千差万別、十人十色、人の数だけ存在し、時には喜びを、また時には悲しみを、様々な未来を暗示してきた。

しかし、義之の魔力を用いた占いにより導き出されたのは白のカード。
それが表わすのは一体何なのか。
それは聖なる力か、それとも虚無の力なのか。
白という色はどんな色にも染まる可能性を持つ。
この先、義之を待ち受ける未来は占った少女自身にも分からなかった。


























あとがき。

前話のあとがきでの予告どおり、二人の少女が登場しました。
前半では風見学園のアイドル、白河ななか嬢登場です。ダ・カーポUの中では朝倉姉妹の次ぐらいにお気に入りのキャラです。
前作のことりといい、白河一族の血脈恐るべしといった感じですな。ことりは養子だけど。
ななか初登場の前半部分ですが思ったより短くなってしまった。これは我ながら予想外でした。
本編では武術大会にでないといっているななかですが、ななかもバトルはする予定です。
後々書くつもりなのでここでは詳しくは言いませんがちゃんとバトルします。
まあ、義之たちに比べると少ないかもしれませんがね。
さあ、ななかはどんな武器を使うのでしょうか?乞うご期待?
そして後半では、こちらも新キャラが登場。名前は出してませんけど知ってる人には即バレでしょう。
まあ、隠すつもりは全くないんですが、あえてここでは名前を出すのは止めておきました。
次に出てくるときには名前を明かせると思います。
知らない方のために、一応『はぴねす!』のキャラだとだけ言わせていただきましょう。
気になる方は本サイトのリンクページから「うぃんどみる」さんの公式ページを覗いてみてください。

話は変わりまして、義之の周りの女性陣が増えてきましたので、ここでそれぞれの関係性について説明しておきたいと思います。

まずは朝倉音姫・由夢姉妹。
二人とも義之に対する想いはMaxですが、未だにきょうだいの関係からは進展なしといった状態です。
ただ、ゲームよりも義之に対する態度は積極的かもしれませんね。

続いてオリキャラ、ティナ・セレネ姉妹。
ティナも朝倉姉妹に負けないくらい義之に対する想いはMaxです。
朝倉姉妹と異なる点は、スキンシップが激しいといったところでしょうかね。
会ってない期間は長くとも、とにかく義之大好きっ娘です。
セレネはティナとは違い義之に対する恋愛感情はありません。
どちらかと言えば弟のように思っているといったところです。

そんでもってお次は白河ななか・月島小恋。
二人とも義之に対する想いはありますが朝倉姉妹やティナに比べると一歩退いたカンジです。
しかしこれから先の展開によっては変化もあるかもしれません。

残った雪村杏・花咲茜は、義之に対する恋愛感情はありません。信頼できる仲間止まりです。
これ以上義之ラブが増えると収集がつかなくなりそうなので、二人には外れていただきました。

現時点ではこのようなカンジですかね。
もちろんこの先の展開で色々進展もあるかもしれませんが、現時点ではということでお分かり下さい。

次回、ようやく武術大会の幕開けです。

ではでは、次回のあとがきで。



いよいよ武術大会が始まるみたいだな。
美姫 「果たして、義之はどこまでいけるのかしらね」
これからはバトル、バトル、バトルな展開なのかな。
美姫 「それは次回を読めば分かるわよ!」
連続投稿してもらえた上での発言だな。
美姫 「まあね。それじゃあ、また後でね〜」



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