第38話「今は遠き夜天の光(後編)」






 
「失礼します」
「あっ、石田先生!」
「検査、まだ続いていますか?」
「はい。もうすぐみたいですけど……」
「そうですか」
「はやてちゃん、眠っちゃってます」
「あっ、本当だ!」
「あっ! 終わりみたいですね」
 はやての検査が終わったようだ。


「あれ? なんや、体が光って……」
「目を覚まし始めているようです。お別れですね」
「もっと、話したいことあるのに」
「私もです」
 もっと話したいことが沢山あるようだ。
「私は、貴女のこともっと知らなあかんのに」
「どうか、あまりお気になさらず」
「それに名前も付けてあげなあかん!」
「え?」
「『闇の書』は、貴女の本当の名前とちゃうし、『夜天の魔導書』と呼ぶのもなんや違うし、綺麗な髪と瞳に似合う優しくて強い名前、私考えてあげなあかんと思って ……」
「ありがとうございます。お心だけ、何よりありがたく頂いておきます」
「ほんなら、また会おうな!」
「お気をつけて……どうか、お体をお大事に」
「うん。貴女もな……」
「騎士たちをよろしくお願いします」
「うん……きっと」
「行ってしまわれたか……私はまた、一人だな……はぁ、これは涙だか? 久しく忘れていた。私がまだ、泣けるのだな……」
 泣く女性。
「此度の主は、いったいどれほど暖かく、どれほど大らか、どこまで心優しいのか?」
 再び泣く。
「主は目を覚ませば、今は申せ。私のことを、我等の過去を……全て忘れてしまわれる。ユメの外で、私を思い出されることは無いだろう……。それは、かまわない。だが、それ故に遠からず訪れる破滅を救うすべが……私には何も無い。夜天の光よ、闇に落ちた私は主を救うことが……騎士たちを止めることが何も出来ない」
 無力な自分に泣く女性。
「どこの誰でもいい、どんな手段でもいい……この絶望の檻を断切ってはもらいないか? あの優しい主と一途な騎士だけでいい……救ってはもらえないか? 烈火の将、風の癒し手、蒼き狼、紅の鉄騎! そして、我が主八神はやて……神でもいい、悪魔でもいい……どうか、あの子らを救ってやってくれ!」
「私で良ければ、そのネガイ叶えてあげるよ」


「はやてちゃん?」
「はやてちゃん!? はやてちゃん?」
「はやて? はやて、大丈夫?」
「ベット……シャマル? 石田先生? どないしたん?」
「どんないしたって……」
「だって、はやて、泣いているから」
「あれ? ほんまや」
「機器に不良はないの?」
「はやて、大丈夫? どっか痛い?」
「どこも痛ぁないし、眠ってただけだから……なんや、ユメでも見ていたんだろうか?」
「そうですか」
「なんだか心配よ? ちょっと、別の検査をさせてもらってもいい?」
「あわっ! 大丈夫です! 平気ですから」
「本当?」
「問題ないですから」
「はやてちゃん、ハンカチ!」
「ありがとうシャマル」
 ハンカチを受け取るはやて。

「はぁ、危ないところやったぁ。もう、あと少しで検査、検査で二時間追加コースや」
「ピンチだたね?」 
「ほんまやで」
 はやては、検査追加コースを免れたようだ。
「でも、本当に具合の悪いときは見てもらわないとダメですよ」
「だから、悪くないときは見てもらわなくてえぇよ」
「まぁ、そうですけど」


「ザフィーラ! 主はやてがじきに病院から戻られるぞ! 一度戻ろう」
「あぁ! 行こう、主の下へ」


「ただいまぁ」
「おかえりなさい」
「ただいま。よいしょっと」
「また、随分買い込んだな!?」
「スーパーで魚と米が特売だったんだよ」
「それもあるけど、うち吸血鬼になってからは、お腹がすいて……」
「確かにはやてちゃん、すずかちゃんに吸血鬼にされてから食欲が旺盛ですからね」
「うん。はやて、ここ最近喰う量半端ねえからな」
 はやてが吸血鬼になって食欲が旺盛になっているようだ。
「シグナム、ザフィーラ、手伝ってあげて」
「私は、平気ですよ! シグナム、はやてちゃんを……」
「あぁ」
 はやての前に歩むシグナム。
「主はやて、失礼します」
「はぁいっ♪ お魚一杯買い込んでしまったから、今夜はご馳走やで」
「それは、素敵ですね」
「シグナムの好きなお刺身もあるし、メインはタラ鍋や! おいしいよぉ?」
「鍋ばんざぁい! はやて、馬鹿食いするから、特盛で……」
「ヴィータも吸血鬼に成りたいか?」
「それは……」
「心躍ります」
「映画のビデオも借りてきたから、皆で見ような」
「はい」
「『闇の書』! 『闇の書』もただいま♪ 今夜は、きっと皆で一緒やで? えぇか?」
「はい」
「(蒐集は、今日も夜からかしらね?)」
「(そうだな)」
「(それまでたらふく食って、はやてと遊んで、魔力を回復しとく)」
「(少し眠らせてもらう。食事時に起こしてくれ!)」
「さぁ、今夜も腕を振るうでぇ♪」
「おうっ」

「う〜ん」
「あっ、ヴィータ寝てもうた」
「もう、お腹いっぱい食べてソファではやてちゃんに寄りかかってたりするから」
「う〜ん。う〜ん」
「起したら可哀想や! シグナム、ベッドまで運んでくれるか?」
「はい! よっ」
 ヴィータを抱える。
「私は、ちょい庭に出ているな」
「外は寒いですよ?」
「うち、吸血鬼やで? ちょっとぐらい平気やよ」
「はい! 上着」
 はやてに上着をかけるシャマル。
「おおきにな」
 一応礼を言うはやて。
「『闇の書』、一緒に来るか?」
 一緒に来るようだ。
「ふふっ」
 庭に出るはやて。
「はぁ、今夜も星が綺麗やなぁ」
 星空を見上げるはやて。
「『闇の書』は、ずっと昔から生きてて、いろんな星空を見てきたんやろう? この世界の星空はどないや? 昔と同じように綺麗か?」
 『闇の書』に聞くはやて。

「なぁ、私の中で『闇の書』の存在が少しずつ大きくなるのがわかるんよ。だんだん……だんだん一つになっていく気がする」
 はやての中で『闇の書』の存在が大きくなっているようだ。
「そうやけど、頁は埋まってへんもんなぁ。当たり前や、シグナムと約束したからな。なぁ、私はな、この足も、体も別に治らんでもえぇんよ……っと言うか石田先生には悪いけど、治るとは思ってない。そんなに長くは生きられんでもえぇ」
 だが、はやては、すずかの血を受けた吸血鬼だ。
「あの子らが居らんかったら私は、どうせ一人ぼっちやしな。せやけどあの子達は、シグナムやシャマル、ヴィータやザフィーラが私を必要としている間は、それまで私は絶対、死んだり壊れたりせぇへんで」
 はやては吸血鬼だ。
 吸血鬼化で病気の進行が鈍化していることに気づいていない。
「これは、絶対に絶対や!」
 はやては、生への執念を言う。
「私は、あなたと皆のマスターやからな……」

「はやてちゃん! 風引いちゃいますよ? もう中に入りましょう」
「はぁい」
「今向かいます」

「星の光は、幾年はるか今は遠き夜天の光……」
「?」
「なんでもないよ」
「そう……ですか?」

「星は、光が闇に消えても、それでも私は最後まで夜天の主としての責務を全うする。誰にも迷惑を掛けへんから、誰も邪魔せぇへんから、私はただ私に幸せをくれた子達をめ一杯幸せにしてあげたいだけやから、そやからお願い。神様も悪魔の人も私たちのことをそっとしといてな」



「さぁ、今宵も盛大に血を吸え!」
 手下に命じるケスラー。
 夜の街に死徒や死者が出て行く。
 人の血を吸うために……。


「海鳴市に多数の魔力反応! 吸血鬼が行動を開始したようです」
「すぐに、戦闘態勢を……さつきさんに連絡を急いで」
「今やってます」
 司令部は、吸血鬼事件の指揮に移る。
「出現ポイントは?」
「海鳴市繁華街です」
 モニタリングするエイミィ。
「ヒバリくん! 戦える?」
「死徒とか言うのは無理ですが……」
「では、ヒバリくんは死者の処理を……死徒の処理は、さつきさんとすずかさんがします」


「吸え! 一滴残らず吸い尽くせ!」
 死者たちに命じる男。
「派手に暴れているようね」
「誰だ!?」
「人に尋ねるときは先に名乗りなさい」
「俺の名を聞いて恐れるがいい! ケスラー様配下、グロリー様だ! 次は、貴様が名乗れ!!」
「私は月村すずか」
「その程度の力で俺様の部隊を相手にしようというのか?」
「だって、全力を出す必要ないから」
「笑わせる。俺を相手に全力を出す必要がない?」
「試してみる?」


「すずかちゃん、吸血鬼と接触!」
「私も出て行こうか?」
「フェイトさん、アリシアさんは待機! 別の場所に吸血鬼が出現したら……」
「艦長!」
「如何したの? エイミィ」
「これって……」
 モニターに移る人物を拡大する。
「プレシア女史……」
「母さん」
「プレシアは、病死したはず。管理局が埋葬したのに……」
 そのプレシアは、タタリで復活したものとは誰も気づいていない。



「主!」
「真の姿にもどれ、ケルヴェロス、レッド・ムーン」
 二体の使い魔が真の姿にもどる。
「我が炎で消し炭にしてやろう……」
 ケルヴェロスが火を吐く。
 ケルヴェロスの火で死者が一瞬で蒸発する。
「なっ」
 死者が一瞬で蒸発したことに驚くグロリー。
「何を驚いているの?」
 何に驚いたのか聞くすずか。



「すずかちゃん、吸血鬼と戦闘中!」
 モニターに戦闘映像がライブで写される。
「エイミィ! アレは、すずかさんの使い魔なの?」
「判りません」
「いや、間違いなくすずかの使い魔だ!」
「クロノ、根拠はあるの?」
「はい。彼らは、すずかの事を主と呼んでいました」
「フェイトさん、アリシアさん、クロノが言っている事は本当なの?」
「はい本当です」
「今日、本局の見学に行った時に紹介してもらいまた」
 フェイトとアリシアは、すずかの使い魔だと言い切る。
「うあっ! すごい魔力の炎……」
 ケルヴェロスが炎を吐いた瞬間の魔力値に驚くエイミィ。
「推定魔力値SSS!」
「SSS!?」
「使い魔がSSSなんて聞いたことないぞ!」
「わたしも聞いたことない」
「前にも居たじゃん、プレシア事件の時……なんて言ったけ?」
 プレシア事件の時を思い出すエイミィ。
「さくらさん?」
「そう。さくらちゃん! あの子の使い魔もSSSクラスだったのよ」
「あの時、勧誘しておけばよかった」
 さくらを勧誘しておけば良かったと言うリンディ。
「提督、勧誘するつもりだったのですか?」
 リンディは、さくらを勧誘するつもりだったようだ。
「でも、SSS以上の魔導師二人とSSSクラスの使い魔が二体を勧誘できるんですもの」
 SSS二人と二体を勧誘できるだけで嬉しいリンディ。
「提督、勧誘の事より指揮を執って下さい!」
「勧誘のことは、またにしましょう」
「うわぁ!」
「どうした!? エイミィ!」
「すずかちゃん、ものすごい数のシューターを発射!」
 ものすごい数のシューターが発さされた映像が映る。
 その数は、なのはのアクセルシューターが可愛く見えるほど数だった。
 その全てが死者に命中したのだ。
「フェイトさん!?」
「……………………」
「フェイト!?」
「すずかと差が……」
「流石にアレは……」 
 クロノも絶句する。
 クロノは、自らの体ですずかの攻撃を受けるたびに死の淵を彷徨った経験が何度もあるのだ。
 その全てが、長期の治療を要する大怪我だった。
 だがクロノは生きている。
 生き残ることが出来た。
「最早、化け物だな!」
「クロノ、今の言葉、すずかに伝えておくから……」
「それだけは、止めてくれ!」
「もう遅いよ! すずかには送信しておいたから」
「フェイト、何とかしてくれ!」 
「がんばって、クロノ」 
 クロノの運命は決定付けられた。
 事件後、内蔵がミンチになるまで殴られ全身の骨を粉砕されトランジッションブレイカーの餌食にあうのだった。



「貴様、何者なんだ!?」
「私は、『夜の一族』の吸血鬼……。『夜の一族』の真祖の王族」
「王族……まさか、ブリュンスタッド!?」
「私は、ブリュンスタッドじゃないよ。『夜の一族』が真祖の王族……その力の一部を見せてあげる」
 力の一部を見せるという、すずか。
 穏やかなすずかの発する気配が一変する。
「何なんだ!? 貴様はいったい……」
「だから、教えてあげたでしょ。『夜の一族』の真祖の吸血鬼って……」
 ガタガタ震えるグロリー。
 目の前のすずかに恐怖を感じるグロリー。
「よ、寄るな!」
 グロリーに近寄るすずか。
「近寄るな!」
「貴方は、私の土地の害になるから見逃すわけにはいかない」
 すずかから溢れる力が一層大きくなる。
 この吸血鬼、すずかの逆鱗に触れたようだ。
「私の土地に来て悪さをしたことを後悔しなさい」
 巨大な魔力が更に巨大になる。
「化け物……」
「もう貴方は、泣いて謝っても許さないよ」
 すずかがグロリーに手をかざす。
 かざした手から、魔力を放つ。
 すずかの強大な魔力に触れ体が灰になったグロリー。
 グロリーの部隊は、すずかによって消滅した。 
 まだ、海鳴には多くの死徒と死者がいる。
 それも強力な吸血鬼が……。
 『タタリ』と呼ばれる吸血鬼が……。


 次回予告

 なのは「ユーノくんの調査で『闇の書』の正体がだんだん明らかに……」
 フェイト「私とアリシアとシグナムの真剣勝負の行方」
 なのは「そして、またも現れる仮面の人!」
 すずか「吸血鬼事件を担当する最中……」
 アリシア「アリサまでリンカーコアを」
 フェイト「次回『魔法少女リリカルなのは〜吸血姫が奏でる物語〜』第39話『壊れた過去と現在となの』に」
 なのは、フェイト、アリシア、すずか「「「「ドライブ・イグニッション!」」」」


タタリでプレシアが出てきていたけれど。
美姫 「フェイトの記憶からかしら」
まあ、今回は闘う事はなかったみたいだが。
美姫 「それにしても、クロノは災難ね」
だよな。ちょろっと口を滑らせたがために。
美姫 「まあ、一応は闇の書事件が終わってからにしているみたいだけれどね」
何の慰めにもならないけれどな。それでは、今回はこの辺で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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