第八話「覚醒[」






 
 リカは、銃を撃った。
「…………っ!!!!」

 ……来た……。
 まただ……。
 ……見える……。
 俺に向かって飛んでくる弾が見える……。
 ……俺の額のど真ん中めがけて……。
 飛んでくる……!!!

「……でっ……!!」

 正確にオレの額に食い込んだ弾丸は、皮膚を突き抜ける瞬間に変化を始める……。
 ……めくれる……。
 皮膚に触れた箇所から、少しずつ……。
 まるで砂で出来た弾丸が崩れていくように……。
 一粒ずつ……“裏返っていく”……。
 そして全てが裏返った時……。
 弾丸に与えられていた進行方向も、運動量ごと裏返る。
 完全に裏返り、弾き返された弾丸は、発射点であるリカさんに向かって飛んでいく。

「……っく……! このっ……!!」

 それを予測していたリカさんは、身を引いて自分の上に覆いかぶさっている犬の顔面を押し出して盾にする。
 咄嗟のことに口を開いて牙を剥いた犬は、その開いた口の中に、跳ね返ってきた弾丸をモロに食らうことになる。

「……なっ!? ラッキーーーッ!!!!」
「リカさん!! 今だっ!!」 
「……この糞犬!! くたばれっ!!」
 犬にトドメを刺すリカ。
「ラッキーーーーーーッ!!!! 貴様!! 荻島潤!! オマエ最初からコレを狙って……!!」
「私だったらもっと早く倒せていたよ」
 もっと早く倒せていたというさつき。
「久住秀介っ!!」
「……ちっ……!!」
 久住は逃げた。
「待て! 久住っ!! 止まれっ!!」 
 逃げる久住に銃を放つリカ。
「リカさんっ!!」
「……ちっ……逃げ足の速い!! 追うわよ!!」
「……ちょ……待って!!」
「仕方ない、手伝ってあげよう」
 リカ、潤に続いてさつきもあとを追う。

 ……マズイ……マズイぞこの流れは……。
 明らかに深追いだ……。
 ましてや相手は久住秀介……俺達がこの場に来る前に、2重3重の罠を張って待ち構えていた可能性も考えられる……。
 此処は一旦引き上げて、作戦を立て直すべきなのに……。

「はぁ……はぁ……ン……くそっ……逃げられたか……どっちへ行った!? ちょっとアンタ吸血鬼なんでしょう? 久住がドッチヘ逃げたかわからないの!?」
「リカさん、落ち着いてよ。このままじゃ俺達、あの男の罠の中に飛び込むようなモンだよ?」
「普通に考えて御覧なさいよ! もし罠を張るなら、自分の家に張って、家の中に逃げ込むでしょう? ところがあの男は商店街に向かって逃げた…… つまり、人が居る場所に逃げ込めば、私が発砲できないと思っているのよ!」
「……そうかな? そんなに簡単に考えていいのか?」
「人間のとる咄嗟の行動なんて、一瞬の思いつきだけで動くものよ。ここでアイツに逃げ切られて、冷静になられたら、それこそピンチじゃない! なんとしても探し出すの!! ほら、行くわよ!!」
「……あ! ……もぅ……」
 リカに振り回される潤とさつき。
「あぁっ!!」
「な、なに!? 見つけたのっ!?」
「いいや! 思い出した!!」
「何を……?」
「……このっ!!」
 潤を殴るリカ。
「……痛だぁっ!!」
「貴方さっき、私のことを金髪ゴリラって言った!! 思い出した!!」
「ンなこと言って場合じゃないだろぉっ!?」
「……っっ!!?」
「……今の音は……?」
「窓ガラスが割れる音……? あっち!! あそこのスーパーマーケットの方から聞こえたわ!」
「あっ!! コラァ!! だから行くなって……あぁっ! もぉっ!!」
「手綱をしっかりと持っておかないと後で取り返しがつかない事になるよ」
「手綱? どうやって付けろって言うのさ!!」
「付けられないのなら私が付けてあげようか?」 
 手綱を付けようかと言うさつき。

 ……くそ……マズイぞ……マズイよ……。
 なんだか嫌な予感がする……。
 敵の胃袋の中に、ズルズル引き込まれていくような嫌な感覚……。
 上手く説明できないけど……なんだかヤバイ……そんな気がする……。




 同日。
 八坂南商店街・ショッピングセンター。
 午後10時18分。


「……おかしいわね……確かに奴はこの店に入ったのに……一体何処へ……?」
「……ねぇ、リカさん……マズイよ……」
「なによ、別に平気よ。結界が張ってあるから、警報が作動しても、警備なら来ないわ」
「そうじゃなくてさ……敵の能力もわからないのに、いきなり戦うのはマズイってば……」
「なによ、貴方怖いの……?」
「怖いね」
「だったら帰っていいわよ。どうせ貴方は戦力にならないだろうし」
「……さっきは俺に助けられたくせに……」
「あれぐらい! 私一人で切り抜けられました! むしろ、貴方が居なければあぁはなりませんでしたっ!!」
「……なにそれ? 俺と話していたから油断したって言いたいの?」
「うるさいわね! わかっているわよ! ちょっとしたミスじゃない! いつまでもネチネチと!!」
「あぁ、もぉ……大きな声を出さないでよ……何処に奴が居るかわからないのに……」
「いいからもう、貴方は帰りなさいよ、邪魔よ。貴女も……」
「どうしてもやるの?」
「……なによ、仲間である吸血鬼を殺されると困る訳……?」
「そうじゃないけど、相手の力を見極めずに戦うのは危険すぎるよ……まずは相手と協議できないか話し合てって、闘いに移るのはそれからだし。戦うにしても、相手のことを知らずにいきなり戦うのは蛮勇って奴でしょ……」
「話し合いをしている間にコッチが殺されるわよ……」
「例えリカさんがここで死んでも、ダイラス・リーン全部が滅びるわけじゃないし、例えここでリカさんが奴を倒しても、吸血鬼が全部滅びるわけじゃない」
「……なにが言いたい訳……?」
「組織戦の基本でしょ……まずは敵を作らず、見方を増やす。どうしても敵になる相手とだけ戦う。そうすれば、最終的にこっちが勝つ」
「……ゲーム理論じゃない……」
「知っているのなら話が早い……まさにそれだよ。全てを敵とする発想より、敵を増やさない発想の方が、最後は必ず勝つ」
「じゃあ、貴方があいつと話し合って、投降をするように説得しなさいな!」
「……ん〜……自信ないなぁ……あの手の自分の枠から出さないことで天才を気取ってる奴は、なにを言っても無駄。自分の価値観でしか物を見れないし……」
「じゃあどうするって言うのよ!」
「……無視するのが一番いいんだけどなぁ……このままアイツを放っておいて、一旦帰るってどう?」
「放っておいたら! アイツはまた被害者を増やすわよ!?」
「だから、一旦だよ。一度落ち着いて、じっくりと作戦を考えた方がいいと思う」
「じっくり考えている間に逃げられちゃったり、新しい被害者が出たら、誰が責任を取るのよ!!」
「せめて、奴の特殊能力が判明するまでは……あまり派手なことはしたくない……」
「……フン……吸血鬼と言っても、所詮は元人間のセカンドでしょ? しかも日が浅い。能力に目覚めていたとしても、どうせくっだらない能力に決まってるわよ」
「……例えばどんな?」
「いや……どんなって言われても……えーと……相手にポテチを食べさせると、必ず尖ったポテチで口の中が切れる能力とか……」
「……本当にどうでもいいなソレ……」
 二人は知らない。
 さつきがとんでもない特殊能力を持っていることに……。
「いやいや、地味にイラつくって、なんかイ〜〜ッってなるって」 

 ……そんな能力が本当にあるのかどうかはさて置き……。
 相手が吸血鬼……しかも特殊能力所有者ともなると……常識の枠が、人間のソレと比べ物にならなくなる。
 普通に考えればありえないことも……吸血鬼相手ではありえる可能性が高い……。
 見た目やイメージで能力を図りきることが出来ない……ベルチェなんかが言い例だ……。

「大体、奴に強い特殊能力があるのなら、逃げる必要なんてないでしょう? こうして逃げ回っているのが、奴が弱い証拠よ」
「……確かに……」

 確かにその通りだと思う……。
 でも、それって侮り過ぎな気もする……。
 ……もし……。
 そう、もしだ。
 これが負け惜しみの類じゃない『戦術的な撤退』だった場合……俺達は久住の罠に誘い込まれたと考えることも出来る……。

「……俺の考えすぎなのか……?」
「当たり前じゃない。失敗した時の言い訳を考えながら事を進めたって、上手く行く訳なんかないわ」
「……道理だけどね……」
『……それはどうかなぁ……?』
「……久住っ!!」
『1つの事象には無限の切っ掛けがある……考えて考え過ぎるなんてことはないんじゃないかなぁ……』
「どこだ!! どこに居るっ!!」
「……店内放送のスピーカーからだね……向こうにもこっちの声が聞こえているのか……」
『そういうこと……いいかい? 考えるという行為は……どんな結果になろうと、自分が一番後悔しない選択肢を、無数の候補の中から選び出すことだ…… しかしねぇ……単純な組み合わせのように見えて……理想の選択肢と言うものは……これがなかなか見つからない……その場では最適だと思われた選択肢が、後で考えると、もっと良い選択肢があったことに気がつく……だから僕はね……思考の制御が危うくなった場合、一旦現場を破棄して時間を稼ぐことにしている…… 選択肢は、一つでも多く思いついた方が有利だからね』
「……それ、ずっと続けていると逃げ癖がつくぞ?」
『だから、今こうして行動をしているじゃないか、潤くん……』
「どこに居るのよっ!! 隠れていないで出てきなさいっ!!」
『それはちょっと御免被りたいな……まだ僕も、状況を把握しきれていないからね。しかし潤くん……キミのムーンタイズが、まさか弾丸を弾き返す能力だったとはね……少し意外だったから驚いたよ……』
「ムーンタイズを知っているのか……?」
『まぁ、多少はね……ここ数日、ネットや図書館で色々と調べたよ……当然詳しく解説してある物は何もなかったけどね……漠然とした概要のような物はわかった……キミの能力は、アレかい? 弾丸にしか通用しないのかい? そこに居るゴリラ女に頭を殴られた時には、何も反応しなかったよねぇ……』
「誰がゴリラよっ!!」
「……見ていたのか……」
「やっぱりアレかい? 攻撃される時の速度が関係しているのかな? どうなんだい? 潤くん」
「知らないよ、生憎俺も初心者なんでね……」
『……一方的に能力を知られるのは不利だから……教えたくないのかな?』
「まぁね」
『僕のムーンタイズが何なのか、知りたいかい?』
「キミが話したいんだろう? どんな力を手に入れた?」
『はは……そんな大した能力じゃないんだ……もしかして気付いていないのかい?』
「なにがよっ!! いいからさっさと出て来い!! 臆病者っ!!」
『安い挑発にはもう乗らないよ。それに僕は今、マイクを持ったまま移動している……キミ達と少しでも距離をとるためにね。まだ気付かないのかい?』
「だから! なにがよ!!」
「……あいつ……どうやって俺達の声を聞いている……?」
『うん、それそれ。キミ達の声が直接聞こえるほど近くに居るから、僕がわざわざマイクを使う理由なんてないだろう? つまり僕はキミ達と離れた場所にいる。ならどうして僕が君達と会話できるのか不思議じゃない?』
「どうせ警備室の監視モニターでも見ているんでしょう!! 待っていなさい! 今そっちに行くから!!」
『ははっ……無駄だよ、言っただろ? 僕は今移動している』
「ハッタリだわ」
「でもリカさん……警備室のモニターって、普通は映像だけよね……音声までは記録されないことが多い。……ましてや画素数の低い監視カメラじゃあ…… 読唇術も使えないだろうし……」
『キミ達、僕の家に来る前に、少しは僕のことを調べて来たんだろう?』
「……何の話よ! 急にっ!! それが何だって言うのっ!?」
『僕はね、動物が好きなんだ。特に犬が大好きだ。犬は良い……飼い主に従順で……賢く献身的で……視力も聴力も嗅覚も……人間のソレよりはるかに優れている』
「……キミ……犬の聴力を手に入れたのか……?」
『惜しいっ! 出来れば僕もその方が良かったのだけれどね……残念ながら、僕はただの猛獣使いさ……』
「……猛獣使い……?」
『僕はね、僕の血を分け与えて吸血鬼化した犬と、意識を共有することが出来るようになったんだ……どんなに遠くにいても、呼べば僕の意識に応えてくれるし、見た物、聞いた音、嗅いだ臭いを、僕に伝えてくれる……本当……犬は最高だ……』
「…………っっ!? リカさん後ろっ!!」
「……え……? きゃっ……」
 リカの後ろから犬が現れた。
「……くっ!!」
「リカさん! 大丈夫っ!?」
「……ン……犬の……化け物。頭を吹き飛ばしてやったと言うのに……復活したって言うの……?」
「……いや……この犬は……」
『その通り、ラッキーとは違うよ……僕は犬を2匹飼っていたんだ……その犬はチョッパー……僕の血を使ってロゥム化した……まぁ、言ってみれば僕の娘だ…… カワイイだろう……? キミ達の声を聞いて、僕に伝えてくれていたのも彼女だ……』
「……彼女ね……貴方大丈夫? 相手は犬よ? ママが聞いたら、きっと悲しむわ」
『心配要らないよ、ママならもう……チョッパーのお腹の中だ』
「食わせたのかっ!!」
『吸血鬼化で、急に身体が大きくなってお腹が空いたんだろうね、ちょっと目を離した隙に食べられてしまったよ。食い意地の張った困った子だ』
「……悪魔めっ……!!」
『そうさ、僕は生まれ変わったんだ! ははっ! さぁ、チョッパー……食事の時間だ……お腹一杯お食べ……』
「……くっ!!」

 踏み出した化け物の前足が、ゴリッと床を鳴らす……。

「……やっ……」

 ヤバイと頭が判断するより先に、勝手に身体が動いた……。

 リカが銃を撃つ。

 銃声。
 横目でチラリと見ると、リカさんが両手の銃を乱射しながら横っ飛びしているのが見える。
「…………ぃっ……!?」

 俺の進行方向から、横薙ぎに伸びる化け物の右腕。
 頭を下げて、咄嗟に商品棚に頭から飛び込んだ。

「……ぐっ……!!」
「……うおぉぉぉぉぉぉおおおぉぉっ!!!」
「……だっ!! バッ……!! ちょ……!! まっ!!」
 
 リカさんの放った弾丸が、俺に向かって飛んできて、床に着いた俺の手の15センチ先に、こぶし大の大穴がボッコリと開く。

「危ないだろうがぁっ!!」
「どうせ当たる前に跳ね返すでしょうが!!」
「……そういう問題じゃ……!!」
 無視して銃を撃つリカ。
「わっ!! バッ!! 人の話……っ!!」

 その図体とは裏腹な感じで、化け物は身軽に飛んでくる弾を避ける……。

「……このっ……ちょこまかと!!」

 ……当たらない……? 引き金を引いた時には……もう化け物は移動している……。

「……リカさん!! 無闇に撃っても無駄だよ!!」
「うるさいっ!! わかってるわよ!!」

 身を低くして、床に片足をついたリカさんが銃を向けると、犬はそれを大して気にする様子もなく撃つなら撃てと言わんばかりに、黄ばんで長く伸びた牙を剥く。

「……ちぇ……コイツ……笑ってるんじゃないだろうな……」
「ちょっと!! 見ていないでアンタも何かしなさいよっ!! そこの女も!!」
「なにかって、なにを?」
「自分で考えなさいよ!! リロードする時間ぐらい稼いでっ!!」
「武器もないのに?」
「頭にピーナッツバターでも塗って奴の前に出たら? アンタが齧られている隙に弾を交換するから!!」
「……そんな無茶な……」
 犬が襲い掛かって来る。
「うわっ!! ざっ……っけんな!! なんで俺ばっか……!!」
「こんのぉぉぉぉぉぉおおおぉぉぉっ!!!」
 銃をぶっ放つリカ。
「……だっ! ぁ……ぶねって!! ッてンだろが大馬鹿ぁっ!!!」
「うるさいわね!! もういっそ当たれ!! 当たって跳ね返した弾で犬倒せ! さっきみたいに!!」
「無茶言うなっ!! つーかろくに狙いもつけないままで撃つな!!」
「暗い上にマズルフラッシュで目がやられてよく見えないのよっ!!」
「なんの為に目玉は二つあるんだよっ!! かたっぽ庇いながら撃てよっ!!」
「貴方ツーハンドに向かって片目庇えって!? 馬鹿じゃないのっ!?」
「下手糞っ!! 下手糞っ!! 下手糞っ!!! あんだけブッ放して1発も当たりやしない!! この超ド下手糞っ!!」
「言ったなっ!? そこ動くなっ!? いま3つ目の目玉が入る穴あけてやるっ!!」
「喧嘩をするのなら二人とも引き裂いてあげるよ。」
 二人を引き裂くというさつき。

 ……カラン……。

「…………?……」

 つま先に、なにか硬い物が触れる。
 おそらく、さっき俺が商品棚に頭から突っ込んだ時に散乱した物だろう。
 俺は、その“ビン”を拾い上げた。

「だったら1発でいいから! コレに当ててみろっ!!」
「なによそれっ!!」
「いいからっ!! いくぞっ!!」

 手にした“ビン”を俺は犬の頭上に向けて放り投げる。

「……このっ!」
「……うわ、本当に当たった……」

 弾丸に撃ち抜かれた“ビン”は、その中身を犬の眼前で飛散させる。
 犬は、咄嗟に身を低くするが、ビンの中身をモロに浴びて、たまらず悲鳴を上げた。

「……なに? なんなの?」
「逃げるよっ!!」
「……ちょ……逃げるって……!」
「いいから来いっ!!」
「わぁっ!!」
「キミも……」
 逃げる三人。

「……上手くいったのかな? 追いかけてこない……」
「さっきのアレ、なんだったの?」
「チリペッパーのビンだよ。空中でビンが割れて眼球の表面が刺激されて目が開けられないんだ……鼻の粘膜もやられてるだろうから……逃げるなら、今のうちってことだね……」
「逃げてどうするのよ!! 此処であいつを倒しておかないと、あいつに逃げられたら、また被害者を出すことになるわよ!?」
「そりゃそうだけど……なんていうか……あれはもうプロに任せて、戦車とかで倒してもらおうよ……」
「そんなことしたら、吸血鬼の存在が公になるわよ? 貴方、それでも良いの!?」
「……うん……まぁ……良くはないね……」
「倒すしかないのよ、今この場で、私達が!」
「どうやって? 銃を撃っても、避けられちゃうのに……」
「アイツの目が見えていない今なら、避けられないわよっ!!」
「なんなら私が倒してあげようか?」
「サードの分際でしゃしゃり出てくるな!! とっとと失せろ!!」
「去っても良いけど、殺されても知らないよ?」
「うるさぁい!! 去れと言ったら去れぇ!!」
「じゃあ殺してあげようか?」
「……フン……ムーンタイズも使えない奴に用はないわよ」
「じゃあ、後悔しても知らないよ?」

「来たっ!!」
「……グルルルルルルル……」
 もう来てしまったようだ。
「このっ!!」
「……ガルルッ!!」
「……チッ……!!」
「避けた……! あいつ……飛んでくる弾の風切り音を頼りに方向を読んで避けてるんだ……」
「……なんて奴……犬ッコロの分際で!!」
「マズイな……物陰に隠れて、こっちの位置を探っている……リカさん、射点が読まれる前に移動しよう」
「わかった……」

 ……とにかく、今はなんとか時間を稼いで、対策を考えなきゃ……。与えられた環境……与えられた武器……それで出来ること……。
 絶対条件の設定……実行における優先順位……。
 守る物……捨てる物……。それを……考えなきゃ……。

「ヤバいわね……もう銃の弾が残り少ない……」
「リカさん撃ちすぎだよ……弾は、後どれぐらい残ってるの?」
 残弾数を聞く潤。
「……50口径マグナムが、あと3発……9バラが26発……」
「それだけしか残っていないの?」
「仕方がないでしょう!? こんな大規模な戦闘になるなんて想定してなかったんだから!!」
「……まいった……残された武器は知恵と勇気か……安っぽいヒーロー物の展開だね……」
「確実に仕留めるには……50口径は無駄に使えない……9バラでターゲットの足を止めて、50口径で確実にヘッドショットしていくしかないわね……」
「でも、9ミリ程度じゃ……足止めは難しいんじゃ……?」
「……なにか、もっと強力な武器さえあればね……こんなことならグレネードかクレイモアでも持ってくれば良かったわ……」
「クレイモアって……?」
「対人地雷よ……中に小さな鉄球がいっぱい入ってて、爆発すると一定方向に鉄球を撒き散らす指向性地雷ね……敵が地雷の前に来たらリモコンで吹き飛ばすのよ」
「要は、でっかいショットガンみたいな物?」
「間違っては居ないわね……まぁ、ない物の話をしても、どうにもならないけどね」
「私が戦ってあげてもいいよ」
「だから、アンタが戦っても絶対に勝てないわよ!!」
「私の特殊能力なら骨も残さずに消せるよ」
「はぁ? そんな能力あるわけないじゃない!!」
「なんなら、この町を地図上から消してあげるよ?」
「出来る物ならやってみなさい!!」
「今回は、範囲を限定して見せてあげるね」
「挑発したらダメだリカさん!!」
「荻島くん、この女を庇う気!? この女は、吸血鬼よ? 倒せるときに倒しておかないと……」
「弾が減っても?」
「そうよ!!」
「その人が言っている事は本当なんだよ」
「本当なの?」
「俺も良くわからないけど、その人が言っている事は本当だと思う……」
「貴女、本当なの?」
「何度も使えるって言っているじゃないですかぁ!!」
「まぁ、なんにしても弾の節約が出来るわ」
 弾の節約が出来ることを喜ぶリカ。


「……………………」
「……なによ……」
「ないなら、作ればいいじゃない?」
「火薬もないのにどうやって?」
「火薬の代わりになる物が、あれば良いんでしょう?」
「火薬の代わり……?」
「とにかく、逃げながら、色々な物を探してみようよ……」
「……ジッとしているよりは……まだマシか……」
「……もうすぐそこまで来ている……とにかく移動しよう!」

 どこへ行く?

「工具売り場なら、金物が多いし……なにか使える物があるかも……」
「釘打ち銃とか?」
「それもアリだと思うけど……銃が通用しない相手に釘打ち銃は、決定打にはならないよね……」
「そうか、爆弾を作るんだっけ? となると……細かい金属片と……あとは……」
「見てリカさん、ヤカンとかお鍋も売ってる……と言うことは……」
「あった! 圧力釜!! やっぱ基本はコレよね!」
「あとは、釘」
「大小色々なサイズがあった方がいいわよね……」
「……うん……とりあえず、この二つは必要だね」
「コレも使う?」
「なに!? ソレ……?」
「コレ……? コレはね、そこにあった鍋とかを握りつぶしたの」
 鍋の中にはさつきが握りつぶした歪な形をした小さな弾が幾つもあった。
「キミ、コレどうしたの?」
「どうしたのって言われても……。握りつぶしただけだけど……」
「いったい、なにを握りつぶしたの?」
「そこにあった、お鍋とか色々……」
「お鍋って金属でしょう? ソレを握りつぶしたって」

 お鍋を握りつぶせるはずがない……。
 いくら彼女が吸血鬼でも、お鍋を握りつぶせるはずがない……。
 お鍋は金属で出来ている。
 
「キミ、お鍋は硬いんだよ? 硬かったでしょう?」
「硬くなかったですけど」
「硬くないって……手は大丈夫なの?」
「私、力はトップクラスらしいんです」
 さつきの言うトップクラスとは死徒の中でのことだ。
 そのトップクラスの力で握りつぶしてあるのだ。
「なんなら目の前で実際に見せてあげようか?」
 そう言って、握りつぶすつもりだった鍋を見せる。
「じゃあ、握りつぶすよ」
 さつきは、潤の前で鍋を握りつぶしていく。
 ソレは飴細工のように軽々と握りつぶしてく。
 握りつぶされる鍋からは金属が曲りつぶれる音がする。
 鍋だった物体は、あっというまに小さく歪な形をした弾になった。
「うわぁっ!! 本当に握り潰しているよ。コレは金髪ゴリラ以上だ」
「誰が金髪ゴリラよ!! 誰が……!!」
 潤の頭を殴るリカ。
「あだっ!!」
「私がゴリラだったら、なんなのよ!?」
「ソレより、ソレも使う?」
「そうね……。使いましょう」
 さつきが鍋を握りつぶして作った弾が使われることになった。
「他にも居るものがある……探しに行こう」
「わかったわ……」

「医薬品売り場……か……なにか火薬の代わりになるような物はないかな……?」
「……ないことはないと思うけど……そうね……アンモニアとよう素があれば……簡単な爆薬は作れるかも……でも、気をつけないと、調合している最中に、コッチが吹っ飛ぶ可能性もあるわね……」
「扱いが難しい物なの?」
「……まぁ、明るければミスも減ると思うけど……こう暗いと……それに……乾燥させるのに時間が掛かるし……」
「どうしよう……」
「……他の方法……他の方法か……」
「要は、安全に……かつ簡単に作れる爆薬が要るってことよね……」
「安全な爆薬……安定している爆薬……? ……あ……」
「なに? なにか思いついたの?」
「ねぇ、リカさん、アメリカの小学校では、理科の実験の時間に、ソーダ水を作ったりする?」
「……ソーダ水? 理科の実験で……?」
「俺が通っていた学校では、そんな実験があったんだ。でも……そう……その時にちょっとした事故があってね……」
「事故……?」
「炭酸ガスだ……炭酸ガスが要る……どうやって手に入れる……?」
「炭酸ガス……? って……スパークリングウォーターとかに入っている……アレ?」
「そうそれ。えぇと……そうだ、液化二酸化炭素だ、このスーパー、ペットショップとかないのかな?」
「ペットショップ……?」
「熱帯魚をやっているお店があれば、炭酸ガスのボンベがあるはずなんだけど……」
「スーパーと言っても、そんなに大きなお店じゃないし……ペットショップはないと思うけど……」
「えぇと……考えろ……考えるんだ……液化CO2を簡単に手に入れる方法……何かあるはずだ……」
「どうにかして、大気中の二酸化炭素を液化できないかしら?」
「……んん〜……施設もないし……時間が掛かるよ……もっと簡単に……あぁっ!! そうかっ!!」
「な、なによ! 大声出すんじゃないわよ!!」
「リカさん、アレっ!!」
「アレって……なに? 消火器……?」
「そう! 消火器って、消化剤を噴射するのに、小型のCO2ボンベを使ってるんだ! 中からそれを取り出せば!!」
「……あ……」
「ちょっと少ないけど……そこら中の消火器からかき集めれば、なんとかなるかも!!」
「そんな物、どう使うの?」
「説明は後でするよ、とにかく必要な物を集めよう」
「わかったわ」
「キミも手伝って!!」
 消火器をかき集める。

「よし……これで必要な物は揃ったかな……」
「どうするの?こんな物……。爆薬は?」
「俺が小学生だった頃にね、理科の実験でソーダ水を作ったんだ……」
「ソーダ水……?」
「まぁ、大気膨張の実験の副産物なんだけどね……ペットボトルの中に、水と砂糖を入れて……そこへドライアイスを入れると、ソーダ水が出来るって実験だったんだ ……でも、ちょっとした事故が起きて、新聞沙汰になったんだ」
「どんな……?」
「いいから、リカさんはドライアイスを作って」
「ど、どうやって……?」
「液化二酸化炭素のボンベから液化ガスを大気開放すれば、気化熱で一気に温度が下がってドライスノーが出来る。それを固めれば、ドライアイスになるよ」
 ドライアイスの作り方を説明する潤。
「キミは、怪力で消火器を分解してボンベを取り出して」

 ……理論的には、これで爆発物の代替品は出来るはず。
 あとは……実際に使い物になるかどうかだ……。

「……こんなので、本当に上手くいくの……?」
「何もしないよりはマシだと思うけど……。とにかく、化け物が圧力釜の側にきたら、銃で釜の蓋を吹き飛ばせば……」
「……きた……」 
「撃てっ!!」
 リカが銃を撃つ。
「……くっ!!」
「危ないっ!! 伏せてっ!!」

 咄嗟にリカさんを床に押し倒すと、天井にまで飛び散った釘や金属の破片が、バラバラと降ってきた。

「……やった……の……?」
「……うへぁ……血の海だ……言葉の表現としては知っていたけど……実際に見たのは初めてだ……」
「……犬はっ!? 化け物はどうなったのっ!?」
「……あんまり見たくない……」

 腹の下でモロに爆発を受けた化け物は、見るも無残な姿で、床の上にグッタリと横たわっていた。

「……うっ……」
「どうしたの……?」
「……気持ち悪い……生き物の命を奪うって……こういうことか……ひどい抵抗感だ……吐きそう……」
「……貴方、それでも吸血鬼なの?」
「言ってくれるよ……これでも俺はお坊ちゃんでね……猫の死体すら見てないで育ってきたんだ……」
「……でも……もう貴方は……」
 リカが背後から刺された。
「……うっ……」
「リカさん……?」
「……あ……が……ぁ……ぁぁ……」
「リカさんっ!!」
「あ〜ハァ〜……なんてこったぁ……ラッキーに続いてチョッパーまで……あぁ……まぁ予想していた……というよりは……予定通りなんだけどねぇ……」
「……久住……おまえっ!!」
「そう……僕はこの瞬間を待っていたんだよ……ねぇ? 誰だって、目の前の危機が片付けば、一瞬は安堵するだろう? 張り詰めていた緊張も……弛緩するだろう? 背後から誰かが近付いても、気付かないぐらいにね……」
「……チョッパーを……囮にしたのか……?」
「まぁね……使い魔には、そう言う使い方もあるってことさ……少し悲しいけど……代わりはいくらでも作れるからね……」
「……久住……オマエ……リカさんを放せっ!!」
「いいけど……放したらどうする気? 急いで病院かい? 無駄だよ、ほら……心臓に穴が開いちゃってるからね……ホ〜ラホラ……」
「やめろっ!!」
「残念だったねぇ……綺麗な子なのに……お別れの挨拶でもするかい……?」
「ゴメンネ、オギシマクン、ワタシ、サキニジゴクヘイクワ? デモサビシイカラ、アナタモスグニオイカケテキテネ?」
 久住がふざけて言う。
「なぁぁ〜んちゃってぇ〜……うへっ……あはははははっ!!」
「……おまえ……」
 潤がキレかかる。
「……おまえ……さ……」
「あぁ……?」
「生き物の命を奪うことに……なんの抵抗もないのか……?」
「ははっ……人間の命に価値なんてないよ。我々吸血鬼から見れば、人の命なんて、あまりにも脆い……あまりにも弱い……あまりにも短い……吸血鬼の一生から見れば、人間の一生なんて、セミの一生のようなものだよ。キミは子供の頃、セミを捕まえて昆虫標本にしたことはないのかい? 人を殺すのなんて、セミを捕まえて標本にするようなものさ、どうせ数十年しか持たない命! それが少し短くなったぐらい、どうということはないさ。キミも吸血鬼ならわかるだろう?」
「……わかりたくもないね……いや、俺はわかるのが怖いんだ……」
「ハァ……意外と子供なんだねキミは……大人になるのを怖がる子供だよそれは……」
「……………………」
「ほら、ちゃんと目を開けなよ……コレが現実さ……」
「……目を……開ける……?」
「現実から目を逸らしていても仕方ないだろう?」
「……目を開けるって言うのは……こうか……?」
「……なっ……!?」
「……その手を放せ……」
「……う……ぐっ……」
「聞こえなかった……? 今すぐその子から手を放すんだ……」
「……な……にが……ぅ……ぐっ……」
「放せっ!!!」
「……くそっ!!」
「……はぁ……はぁ……はぁ……ち……糞が! な、なんだその目は!! 気持ちが悪いっ!!」
「それをオマエが言うのか……? お互い様だろう、吸血鬼……」
「貴方にもっと絶望を味合わせてあげるね」
「……ぐっ……これが血の濃さだと言うのか……? ずるいぞキミ!! どうして僕より……どうしてキミみたいな奴が……!!」
「まだ逃げるのか……?」
「……ふ……ははっ……逃げる……? これは、戦術的撤退って奴さ……僕は負けない!!」
 久住は逃げていった。
「……………………」
 血を流し倒れているリカを見る潤。
「……リカさん……」

 ……背後から心臓を一突きか……ほぼ即死だね……。
 吸血鬼は信用できない……甘い顔なんて出来ないって言ってたけど……ほんの一瞬……気を抜いた瞬間にやられちゃったね……。

「……まだ……間に合うかな……?」

 リカさんの口元に手を当てる……。
 ……呼吸は……完全に止まっている……。

「……えっと……心停止から何分までが蘇生可能限界だったけ……?」

 悩んでいても……仕方がないか……。
 真祖に近い吸血鬼の血を飲ませれば……まだ助かる見込みはある……。
 俺だって一応……生まれた時から吸血鬼……ファーストなんだから……俺の血でも、なんとかなると思う……。

「……やるだけやってみるしか……ないか……失敗したらゴメンね……その時は……俺がちゃんと殺してあげるから……」
 そしてさつきは……。
「はい。電話を代わればいいんですね」
 さつきは、電話をしている。
「電話を代われって……」
 潤に携帯を渡す。
「もしもし……」
『そなたが、次期ブランドル家当主候補か!?』
「は、はいっ」
『時間がないのであろう……』
「早くしないと……」
『われが行くまで待てぬようだな……。心配せずとも良い。さつきに契約の仕方を教えてある』
「契約って、吸血鬼とかが結ぶって奴ですか?」
『知っておるか……。今宵は、満月であろう?』
「確かに満月ですが、それが何か……?」
『満月の時は、さつきは我の『赤黒い満月フル・ムーン』と同等の力を使える。運が良かったな』
「でも、どうすれば……」
『何もする必要はない。ただ、さつきの立会いの下で契約を結べばよい。ただ……』
「ただ……?」
『さつきも我と同じで10分しか維持できぬ』
「10分を超えたら?」
『暴走するであろうな……』
 10分を超えると暴走してしまうと言うアルトルージュ。
『契約を結ぶ者がおるのなら手短にするがよい。闘いもあるのであろう?』
「は、はい」
『さつきの力が必要なら契約を手短に済ませることだ』
「手短に済ませます」
『なら早々に契約するがよい!!』

「準備はいい?」
 準備は言いかと聞くさつき。
「あぁ、いいよ」
 それを聞いて、『赤黒い三日月クレセント・ムーン』を発動させるさつき。
 今までのさつきと雰囲気が一変する。
 仮初の赤い月状態となる。
「準備はよい。始めるがいい」

 ……左手の……親指の付け根のあたりを噛む……。
 なかなか……血が出ない……。
 本気で噛まなきゃ……そりゃ……無理だよね……。

「んッぐ……!! ……ぅ……痛い……しかもなんか……絵的にグロい……目は……閉じさせた方が、まだマシ……?」
 リカの目を閉じる潤
「時間を無駄にするつもりか……?」
「今からします」
 何故か王族口調になっているさつき。
「……ほら……リカさん……飲んで……?」

 ……無理……か……? やっぱり……死んでからじゃ……生き返らせるのは無理なのか……?

「……心臓マッサージをしようにも……その心臓が刺されてるんじゃ……。あ……そうか……心臓に直接血を流してみたら……?」

 これじゃ……血が足りない……。
 意を決して、俺は手首に思いっきり噛み付く……。

「……ぃっ……っでえ……」

 ……自分の手首を噛むのなんて初めてだけど……目の前が暗くなって、頭がスッ飛びそうになるほど痛い……。
 噛んだ傷口から……ドロドロとした血が噴き出す……。

「……ぐ……ふ……痛い……痛い……痛い……ちくしょ……マジで泣きそう……ぅぅぅ……」
「泣いている時間はないぞ!!」

 手首からあふれ出した血が……リカさんの心臓付近……久住に穿たれた傷口に染み込んでいく……。

「……リ……カさん……しっかり……諦めないで……ほら……」
「……………………」
「あぁ……くそ……やっぱり……ダメなのか……? もう……手遅れなのか……?」
 手遅れと思う潤。
「……くそっ……」

 今更心臓マッサージなんて……無駄だってのは……わかってる……。わかってはいるけど……でも……このままじゃ納得行かない……。
 生き返れ……生き返れ……っ!! そっちへ行くな……帰って来い……!! あんな男にやられっぱなしで……このまま死ぬのかっ!?
 セミみたいな人生だなんて、言わせておいて良いのかっ!?

「……ちく……しょぅ……」
 リカの目が開く。 
「……………………。……あ……れ……?」

 目が……開いてる……?
 確かに俺……さっき……閉じさせたよね……?

「……なんで……開いた? あの……ちょっと……キモイんですけど……」
「そなたがその者と契約を結んだのであろう」

 もう一度、目を閉じさせようとして……気がついた……。

「……あれ……? 呼吸……してる……? リカさん……?」

 生き返……った……?
 でも……目に光が戻ってない……。
 ……まさか……ロゥム化……したのか……?

「リカさん! リカさんって! 返事はっ!?」
「……………………」
「……………………」

 リカさんの身体が……電気に痺れたみたいに……ピクピクと痙攣し始めた……。
 マズイ……死んだまま……動き出すんだ……。

「……こ……殺さ……なきゃ……このままじゃ……リカさんが……ゾンビになる……」

 で、でも……殺すって……どうやって……?
 頭か……? 頭を潰せば良いのか……?
 そうか……銃で……。

「……ン……」

 リカさんの手がしっかりと握っている銃を、指を一本一本無理矢理起こすようにして、手を開かせる……。

「……待ってて……いま殺すから……」
「……ゴフッ……」
 血を吐くリカ。
「……うわ……吐いた……血ぃ吐いたよ……怖わぁ……」
「……ゲフッ……や……べ……で……」
「うわぁ……なんか喋ってる……キモォ〜……は、早く頭潰さなきゃ……」
「や……べろ……ば……が……」
「意味不明なこと言ってる……本格的にゾンビ化するんだ……ぐっ……この……指を開けよぅ……銃を寄越すんだ……このっ……!」
「……やべ……ろって……いっでん……でしょ……ご……ど……ア……ホ……」
「……ちくしょう……ゾンビにアホって言われた……黙れこのゴリラ!」
 潤は禁句を言ってしまった。
「痛だぁっ!!!」
「……フゥ〜……フゥ〜……フゥ〜……」
「リカさん……?」
「……ちょっと貴方……わかってて……わざとやってるでしょ……?」
「……あ……もしかして……生き返った……?」
「……私……死んでた……の……?」
「うん……バッチリ? 後ろから久住に心臓を一突きされて、そりゃぁもぅ、何処に出しても恥ずかしくない、見事な死体っぷり?」
「……ぷり……?」
「ぷり」
「……じゃあ……なんで生き返った訳……? 貴方……まさか……」
「うん、俺の血を飲ませて見た。ね? ほら、俺の手首、ね? あぁ痛い」
「……………………」
「心臓マッサージもしたよ。でも人工呼吸はしていないよ……」
「……なん……で……よ……」
「なんでって……いや……まぁ……リカさんゲロ吐いてたし……正直こりゃキツイかな……と……」
「そうじゃなくて!! 何で余計なことをするのよっ!!」
「……余計なこと……?」
「どうして……どうしてそのまま死なせなかったのよ!! わ……わた……私!! 吸血鬼になっちゃったじゃない!!!」
「……死んで欲しくなかったんだよ……」
「だからって!! こんなのってないわ!! 勝手な真似して!! 私、そんなの頼んでないっ!!」
「そんな言い方ってないだろう!? あんなクズ男に殺されて、それで人生終わりでよかったのかっ!?」
「……くっ……」
「わっ!! 馬鹿ッ!!」
「……ちょっ!! 邪魔しないでっ!! 死なせて!! 今ならまだ……っ!!」
「ダメだっ!! 命を粗末にするなっ!!」
「私の命っ!! 私がどうしようと、私の勝手でしょうっ!?」
「キミはもう、1度死んでるんだぞっ!? 生き返らせたのは俺だ!!」
「だからなによっ!!」
「キミが捨てた命を拾ったのは俺だ! だったら、その命は俺のだ!! 勝手に捨てるな!!」
「言ってること無茶苦茶じゃない!! 拾得物なら拾得者に贈与されるのは通常1割よっ!? つまり9割は遺失者である私のものっ!!」
「じゃあ、1割残して死ねっ!!」
「無茶言わないでっ!!」
「とにかく、落ち着きなさい! まだ完全に吸血鬼化した訳じゃないから!」
「……まだ……完全じゃ……ない……?」
「うん……俺も詳しくは知らないけど……リアンに頼めば、吸血鬼化しないで済む方法もあるよ……」
「本当……に……? どうやって……?」
「よくわからないけど……ウイルスが完全に着床する前に、リアンに脳をコントロールしてもらえば、吸血鬼化はしないらしいよ……」
「……Vウイルスが脳に着床するには……二日……? それまでに着床を阻止すれば……」
「吸血鬼化はしない……」
「……でも……リアンって、あの小生意気な子でしょう……? 私なんかの為に……着床阻止なんてするかしら……?」
「それは、俺が頼んでみるよ……。それに、リアンにしても、無闇に眷属を増やすのは善しとしない節があるし……」
「……とにかく、私は吸血鬼化しないで済むのね……」
「……多分……」
「多分じゃ困るのよっ!!」
「あ〜……はい、じゃぁ絶対……うん」
「なによっ! じゃあって!!」
「……俺にどうしろってのさ……」
「約束……しなさいよ……」
「……約束……?」
「私が吸血鬼にならないように、全力を尽くすって、約束してっ!」
「あぁ……うん、それは約束するよ……」
「……それと……もし……」
「もし……?」
「……もし私が吸血鬼になったら……貴方が私を殺しなさい……必ず……殺して……私が……誰かを殺す前に……」
「……俺に……出来ると思ってるの……? そんな約束……」
「これは……約束じゃなくて……お願い……」
「……………………」
「……お願いよ……」
「……わかった……キミの命も……キミの部屋のベットの下のエロ本……俺が始末するよ……」
「……真面目なお願いをしたつもりなんだけど……?」
「……何か冗談を言っているように聞こえた……?」
「……………………」

 もちろん……ベットの下のエロ本なんて物が、本当に在るとは思っていない……。
 でもそれは……リカさんの死んだ後……リカさんがこの世に残した物……。
 遺品や……友人……知人……人間関係……。全部をひっくるめて……俺が面倒を見る……その覚悟だ……。
 死んだ人間の部屋の照明を消すのは……決して気分のいい物じゃない……。俺は……母さんの部屋の照明を落とすのに……19日かかった……。

「そなた等、契約するのにどれだけ時間をかければ気が済む!?」
 怒ったさつきが言う。
「アルトルージュさんに言われたの、忘れたわけじゃないよね?」
「わ、忘れてた……」
「忘れていたじゃ済まさないよ!? 貴方のせいで6分と言う時間を無駄にしたんだから……」
「ちょっと、荻島くん……契約って……?」
「リカさんを助ける為に結ぶ羽目になっちゃったんだ」
「誰と結んだのよ!!」
「アルトルージュ……」
「……………………」
「どうしたの? リカ……さん……?」
「アルトルージュと言えば『血と契約の支配者』じゃない!! なんで知っているのよ!!」
「そのこが電話で話していたんだ……」
「一旦元に戻ろうと……」
 『赤黒い三日月クレセント・ムーン』を解除するさつき。
「う〜ん、もう一回使ったとして何分持つかな?」
「貴女も契約の力が使えるというんじゃないでしょうね!?」
「使えるよ」
 あっさり認めるさつき。
「でも、契約を破っちゃった……」
「契約は履行したよ」
「履行したって……何時!?」
「その人を生き返らせたかったんでしょ?」
「確かにリカさんを生き返らせたかったけど……」
「……ところで、状況はどうなっているの? 久住は? 倒したの?」
「いや……リカさんのことで頭がいっぱいだったから……久住には逃げられちゃった……」
「……逃げられたっ!? どうしてっ!?」
「いや……なんだか知らないけど、急に冷や汗みたいなのをかき始めて……そのまま逃げて行ったけど……」
「どうして追わないのよっ!!」
「だから、リカさんのことばっか考えてたんだよ……まだ助かるかもって」
「マズイわね……」
「なにが……?」
「久住が何処へ逃げたか……わかる? わかる訳ないか……」
「多分……もう店内には居ないと思うよ」
「追いましょう……」
「……え? でも……一旦家に戻って、リアンにリカさんの処置をしてもらった方が……」
「……それも……まぁ、必要だと思うけど……でも……久住を放置しておくことは出来ないわ」
「……そんなに急がなくても……フェンリルは2匹とも倒したんだし……」
「だからマズイんじゃない……」
「あ……リカさん?」
「行くわよ……」
「……もぉ……」



 あとがき

 さっちゃんの新たな特殊能力登場!!
 アルトルージュも登場……!!(電話でだが……)
 さっちゃんが、どんどん化け物に進化していく……。
 アルクェイドから血をもらう計画もあるがどうしよう。
 アルクェイドの血をさっちゃんが貰ったら、更に化け物かしてしまう。
 そうすると新たな能力も考えないといけなくなる。
 久住との闘い後、どのルートにしようかな?
 リアンルートも書きたい……メインルートも書きたい。
 まようよ。
 次回で久住との闘いが終わるかな?



久住、結構しぶとく逃げたな。
美姫 「このまま逃げ切れる……事はないでしょうけれどね」
さつきの能力も判明したし。
美姫 「リカの吸血鬼化は防げるのかしら」
久住との決着はどうなるのか。
美姫 「次回を待ってます」
ではでは。



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