第九話「覚醒\」






 
 同日。
 八坂南商店街。
 午後11時21分。
「……久住……一体何処へ……」
「家に逃げ帰った……? ってことはないよね……」
「久住が逃げる時……なにか言っていなかった?」
「いや……うん……どうだったかな? 確か、血の濃さがどうとか……」
「やっぱりね……」
「どういうこと……?」
「吸血鬼と一口に言ってもね。いろいろとランクがあるのよ……」
「ランク……?」
「そう……吸血鬼の世界ってのは、完全に縦社会なのよ……吸血鬼として、より濃い血の持ち主ほど、ランクが上。血の濃さは……その吸血鬼の強さに直結するわ…… 吸血鬼は本能的に、血の濃い吸血鬼には逆らえない……。より強い子孫を残すために、より血の濃い吸血鬼を群れのボスに据える……ライオンの群れみたいなものね…… 強い者がボスになって、弱い者の子を殺して回る……そうすることで、より強く、より濃い血がメス達に与えられ、子達に受け継がれる……そんな争いをずっと続けていくうちに……弱者は強者に対して『決して逆らえない』と、本能で思い知ることになる……所詮はセカンドである久住は、歴代最強と謳われた吸血鬼……イド・ブランドル直系である貴方の血に……目に見えない恐怖を感じて逃げ出した……」
「でも……俺には、父親の血は半分しか受け継がれていないし……血の濃さで言えば、半分の強さしかないんじゃ……?」
「例え半分でも、桁が違うのね、きっと……。真祖の血の一滴は、雑魚の血がいくら集まっても等価値にはならないという話よ……」
「じゃあ、この子は? 久住の奴、この子にも怯えていたけど……」
「おかしいわね? そのこ、サードなんでしょ?」
「良くはわからないけど……」
「貴女、本当にサードなの!?」
「良くはわからないけど、ゼルレッチさん達曰く私の血を吸ったのはロアさんらしいんです」
「貴女の血を吸ったのがロアとか言う奴ならファーストである荻島くんを恐れないの!?」
「私、原初の二十七祖と同等の才能があるそうなんです」
「原初って、セカンドってこと?」
「アルトルージュさんが言っていたんですけど……私、真祖に慣れるらしいんです」
「ちょ……真祖って……貴女、本当にサードなの?」
「この件が片付いたらアルトルージュさんと話しますか?」
 久住を倒したらアルトルージュと話すかと聞くさつき。
「話すのなら電話番号を教えてあげますよ?」
「その話は後!! 久住の奴はこのこの何かにも怯えたのよ……」
「そんなモンなのかね……だったら……久住ももう、逆らおうとは思わないんじゃない……?」
「だったらいいんだけどね……」
「どういう意味……?」
「だから……ライオンの群れと同じなのよ……群れのボスは、いつだって若いオスに狙われる……自分より濃い血を持つ吸血鬼に闘いを挑むには……相当の精神力を要するらしいけど……絶対に出来ないわけじゃないわ……」
「久住が……それを狙っていると……?」
「多分ね……。あの手の『急に強大な力を手に入れた連中』の考えることは、いつも同じ……『自分の力を試してみたい』……そして……『もっと強い力が欲しい』 ……大体この二つ」
「『自分の力を試してみたい』……は、もう失敗したよね。使い魔の犬は、2匹とも倒されたし……俺とそのこに対面して……血の濃さを見せ付けられた……」
「そう……つまり、次に久住が取る行動は……」
「『もっと強い力が欲しい』」
「吸血鬼が力を得るには……?」
「……え……? えっと……月かな? 月の影響で、力が強くなるって……ベルチェが……」
「それは出力の話。より多くの力を出す為には、魔力が必要……つまり……他人の血を吸うことで、スタミナ増強するつもりよ」
「じゃあ……久住が逃げたのは……」
「十中八九……街に出て、誰かを襲う気ね……」
「止めなきゃっ!!」
「はぁ、やっと理解できたみたいね……私が焦っている理由が……」
「早く久住を追おう!」
「いや……だからぁ、そのミスター久住が、今どちらにいらっしゃるのかわからないと、一番最初に申し上げたはずですが?」
「あぁ……そうか……えぇと……」
 肝心な所が抜けている潤。

 ……考えなきゃ……
 えぇと……。もし俺が久住なら……。
 ……自分の安全を確保しつつ、確実に力を得て反撃に転じるなら…………どうする……?

「……久住の家に行ってみよう……」
「……は? なんで今更? もし貴方が久住だったとして、この状況で家に帰る?」
「少し気になることがあるんだ……」
「気になること……?」
「とにかく行ってみよう」
「……時間ないのに……」

 久住の家へ移動する。
「……………………」
「……ほら見なさい、帰ってきている様子、ないじゃない……」
「うん……ここに来たのは、まぁ、確認かな……。久住が今どんな気持ちなのか……知りたくて」
「久住の気持ちぃ〜……?」
「久住は今、追い詰められて焦っているのか……。それとも、わりと冷静に状況を分析しているのか……」
「ここに来れば、ソレがわかるっていうの……?」
「もし俺が久住で、追い詰められているとしたら……多分、必死で逃げると思う……そして本気で逃げると決めたら、一切証拠を残さない……この家には二度と戻らないし、逃げ通す覚悟を決める為にも、この家に火を放ってからにげる……」
「そこまでする?」
「久住なら、やりそうな気がする……。なんか、オタクっぽいし」
「……でも……この家は残っているわ……」
「つまり……まだこの家に戻ってくる気がある……ということ。言い換えれば、俺とリカさんと其の娘を確実に始末して……またこの家を拠点にして暮らしていく気なんだろうね。まだこの街を拠点に活動を続ける気があると言うことは、あまり目立った行動は取らないはず……自分が吸血鬼だって周りにバレないように、隠密に行動する可能性が高い。そう考えれば、いくら力が必要だからと言って、人の多い駅前みたいな場所に出て、無差別に血を吸うような真似はしないと思うんだ……」
「つまり、久住はどこか、あまり人気の多くない場所で、獲物を待ち構えているってこと……?」
「……と、思うんだけど……それもあまり自信がなくなってきた……」
「なんでよ?」
「リカさん、あそこ見て……」
「あそこって……?」
「この場所って……リカさんが1匹目のフェンリル……ラッキーを倒した場所だよね……?」
「それが……?」
「ラッキーの死体は、何処へ行ったのかな……?」
「……あ……ないっ!! 死体が……消えている……?」
 ラッキーの死体が消えていた。
「あの後、復活して自力で移動したか……」
「ありえないわ……頭を吹き飛ばしたのよ!? しかも、修道士の洗礼を受けた50口径弾を至近距離で……! 貴方だって見たでしょう!?」
「頭を吹き飛ばされたら、もう復活はしないの?」
「……そりゃ……相手が真祖クラスのファーストだって言うなら……ありえなくもないけど……所詮はロゥム犬……フェンリルよ? ありえないわよ」
「だとすると、ラッキーの死体を動かした奴が居る」
「……久住……」
「うん、多分そうだと思う……。ラッキーの体重は、多分軽く見ても200キロ近くあると思うし……普通の人間が一人で動かすには重すぎる。もし誰かに発見されたのなら、もっと騒ぎになっていないと変だ」
「久住は……一体なんの為に死体を……?」
「……あくまでも想像なんだけど……久住はラッキーの死体を食べた……というか、血を吸ったんじゃないかな……?」
「……死体の血を……?」
「肉体が活動を停止しても……血液の機能自体は、すぐに止まらない。酸化が始まる前の状態なら、維持時間が短いリンパ球類でも2〜3日は持つはず。久住は、薬を与えて犬を吸血鬼化したって、言ってたよね……。つまり、今度は逆にフェンリルの血を吸って、薬の力を吸収したんじゃないかな……?」
「……そんなことが……出来るの……?」
「わからないよ……。でも、普通の人間の血を吸うよりは、効率が良さそうだよね」
「じゃあ……久住はもう……パワーアップしたってこと……?」
「多分だけど……」
「例えパワーアップしても無駄だよ。私には勝てないから……」
 パワーアップしても無駄と言うさつき。
「……………………」
「それで!? 久住は何処にっ!?」
「うん……何処だろう……。いくつか候補はあるんだ……この時間に人気がなくて……俺達と戦闘になっても、他の人間に発見される可能性が低い場所……リカさんさ……ほら、ゼノさん……。えっと、リアンが連れてるリカントロープの人……あの人と戦闘になった時、あの人が逃げ込んだ先を見て、好都合だって、思わなかった?」
「……学校……?」
「多分久住は、俺達が来るのを学校で待ってるんじゃないかって……なんか、そんな気がする……」
「どうして……そう思うの……?」
「うん……上手く言えないけど……俺達は試されてるような気がする……」
「試されてる……?」
「なんて言うか……そう……久住は、俺達が学校に来るか来ないかで……俺達の能力を知ろうとしているんじゃないかな。基本的に、自分が必ず上に居る発想しかしないんだ……彼は」
「……随分とナメられたものね……」
「敵には過小評価されている方がよいよ……」
「……ダイラス・リーンがナメられっぱなしじゃ、格好がつかないのよ……。行くわよ、学校へ……」
「うん……」

 俺は……久住が学校へ通わなくなった理由を知らない……。でも、久住本人に会ってみて……なんとなくわかったような気がする……。
 用意していたような鼻につく台詞回しや……咄嗟の判断力の欠如をカバーする為の時間稼ぎ……。
 彼はきっと俺と同じで、経験ではなく、本や映画で知識を得るタイプだと思う……。
 彼が学校へこなくなったのも……周りの人間の低能さや軽薄さに嫌気がさしたんじゃないだろうか……。
 低能なクセに……同情してみたり……心配している振りをして、定期的に家を訪ねて来たりする……。
 久住が委員長を傷つけた理由も……多分……委員長の表面的な善意の押し付けが癪に障ったとか……なんかそんなんだと思う……。
 ……母親が死んだ直後の俺と……同じだ……。
 久住の家には父親が居ない……きっと、普通の家庭の子供よりも、久住は早く大人になる必要があって……その焦りで急激に知識を蓄えた……。
 休息に蓄えられて、経験の伴わない知識は……周りの人間を労わることを忘れさせる……。
 逆に……周りの人間を憎みさえする……。
 他人への配慮を忘れた自分に都合の良い発想を他人に叩きつけながら、なぜ俺の考えを理解できないのかと……オマエ等は馬鹿だと……。
 その勘違いは、反面教師……自分と同じ過ちを犯している他人を見ることでしか気付かない……。
 気付いたとしても『自分は違う』と錯覚しやすい……厄介な思考回路を持ったタイプだ……。
 久住を見ていると……昔の自分を思い出してイライラする……。


 同日。
 私立八坂学園。
 午後11時48分。

「思ったんだけど……夜の学校って、宿直の先生とか泊り込みしてたりしないの……?」
「八坂学園の夜間警備は、民間の警備会社が担当しているわ」
「あ……まさか……その警備会社って……」
「そう、この学園の警備を担当しているのはUSCJ……つまり、ダイラス・リーンの直系会社よ」
「道理で邪魔が入らない訳だ……」
「そういうこと。多少のトラブルはUSCJがもみ消してくれるけど、あまり派手に暴れまわると事後処理が大変なことになるから、自重しなさい?」
「……狂ったように引き金引いていた人の台詞か?」
「引かない引き金に意味なんてないわ、許可を貰わなければ引けないのならば、最初から支給しなきゃいいのよ」
「あ……ちょっと……」
 リカは学校へ入って行った。
「……まったく……」


「人の気配がしないわね……久住は本当に居るのかしら……」
「ちょっと、勝手にズンズン進まないでよ、久住が罠を張っているかも知れないだろう?」
「グズグズしてたら久住に逃げられるわ……」
「逃げるつもりなら、とっくに逃げているって……」
「もしアイツの気が変わったら? フェンリルの血を吸って、どんなパワーアップをしたかもわからないのに」
「そうは言っても、相手は久住一人だよ……?」
「貴方の考えは甘すぎるわ……吸血鬼のクセに、吸血鬼のこと全然解かってない……」
「……そりゃ……俺は……」
「……ぅ……」
「リカさんっ!?」
「……平気よ……ちょっと……眩暈がしただけ……」
「リカさん……やっぱりまだ怪我が……」
「……大丈夫……行くわよ……」
「ね……リカさん、やっぱり一旦戻って、治療した方が良いんじゃない……?」
「そうはいかないわよ、この機を逃したら、また被害者が出る……それだけは回避しないと」
「じゃあ、せめて応援を呼ぶとか……」
「だから、それじゃあ間に合わないのよ」
「間に合わないって、なにが……」
「応援を呼ぶ必要なんて要らないじゃん」
 応援を呼ぶ必要はないと言うさつき。
「私が付いているの忘れた?」
「とにかく、行くわ……」
「……ちょっと!!」

「……くっ……」
「ほら……まだ無理だよ。リカさん、心臓を刺されたんだよ? 血があんなに一杯出て……貧血を起こしてるんだ……」
「……先輩にはいつも、リカは血の気が多いって言われているもの……丁度いいわ……」
「冗談言ってる場合? とにかく、少し休もう。休んだ方が良い」
「……ダメ……1分でも……1秒でも早く……アイツを……倒さなきゃ……」
「なにをそんなに焦ってるの……? 時間なら、治療をした後でいくらでも……」
「……それじゃ……ダメなのよ……」
「なにか……理由があるの……? 急がなければいけない理由が……」
「……………………」
「聞かせてよ……なんの理由も説明もナシじゃ、俺だって納得できない……」
「……話すと長いわ……」
「いいよ、聞かせて」
 昔話を始めるリカ。
「私はね……ロゥムに食い破られた母親の腹の中から捨てられた子なのよ……」
「……それって……」
「……私の両親も……かつてはダイラス・リーンのエージェントだった……」
「1980年代の初頭……フォークランド紛争やら何やらで……イギリス国内がバタバタし始めた頃……吸血鬼の世界でも……紛争があったのよ……知っている?」
「……いや、その手の吸血鬼の歴史には、まったく理解がないんだ……」
「吸血鬼紛争……というか、内戦ね……穏健派と反体制派……言い換えれば、ブランドル家の内部分裂……そう、ブライアン・ブランドルとグーノ・ブランドルの個人的なぶつかり合いと言ってもいいわね……」
「ブライアンは……俺の祖父だ……」
「そう、そしてグーノ卿はその弟……つまり、貴方の大叔父様ね」
「……そうなんだ……」
「そうなんだってなによ……知らなかったの?」
「だから、俺は勘当されたイド・ブランドルの隠し子だよ? 祖父の名前だって、知ってるってだけで、会ったこともないよ」
「……ふぅん……」
「それで?」
「吸血鬼のあり方について意見がぶつかった二人は、宗家に分家……一族全てを巻き込んだ紛争に発展したのね……貴方の父親は、その紛争を嫌って家を出たって話よ……」
「……それも……知らなかった……」
「まぁ……その辺りの話は……貴方の家のメイドにでも詳しく聞くといいわ……人間の決めたルールに従うことを善しとしない反体制派と……これまで通り、人間との距離を取り、互いの不可侵を守ろうとする穏健派……人間側代表であるオーバーピースクランは……もちろん穏健派と手を組むことにしたのよ……」
「そりゃまぁ……そうだろう……」
「ブライアンはね……人間と手を組んだグノーは吸血鬼族の裏切り者として……グノーを失脚させようと企んだのよ……そして身内に裏切られる形で国を逃げ出したグノーを捕らえるべく……ブライアンは真祖の吸血鬼ハリー・ヤングスを刺客として送りつけたわ……ところがこのハリーって奴が、とんでもない大馬鹿でね……グノーを追いながら、通る街で、次々と人間をロゥム化していったの……当然そのままハリーの好きにさせておく訳にはいかない……オーバーピースクランは何名かを選出して、ハリー・ヤングス討伐隊を組織したわ……その中には……私の父親も居て……ハリーを追って……山の中に入って4日間……それまで定期的に入っていた連絡が一切途絶えた……山に入ったまま消息を絶った討伐部隊を捜索する部隊が組織されて、そのメンバーには、身重で戦闘部隊からは外されていた母が混じっていたわ……」
「……無茶だよ……」
「母にしてみれば……ジッとしていられなかったんでしょうね……。あまり、後先考えるような人ではなかったと言うし……後は……うん……想像付くでしょう……? 討伐隊のメンバーは全員……山の中でハリーにロゥム化されていたわ……母は、ロゥム化した父に……食い殺されたのよ……相手は……たった1匹の吸血鬼よ……? それも……たった4日間の間によ……? ……吸血鬼なんて……ゴキブリと一緒なのよ……見つけたら、その場で叩き潰す必要がある……1匹でも逃せば……どんどん力を蓄えて……仲間を増やして……取り返しの付かないことになるのよ……」
「吸血鬼の全部が……そうなる訳じゃ……」
「フン……だったら、吸血鬼に会うたびに『貴方は悪い吸血鬼ですか?』って聞けって言うの? 質問しようと口をあけた瞬間に食い殺されるわね……吸血鬼は…… 逃がす訳には行かない……見つけたら……活動停止を確認するまで……何処までも追いかける……特に……久住みたいな奴は……危険すぎる……」
「……それが……リカさんが焦っている理由……?」
「そうよ……理解できたのなら……私の邪魔をしないこと……」
「なにを言っても、無駄っぽいね……」
「無駄よ。何度も言うけど……嫌なら帰りなさい。貴方は吸血鬼にしては人間くさすぎる……良い子ちゃん過ぎるのよ……貴方に邪魔をする気はなくても……邪魔になる可能性の方が高いわ」
「この状況で……キミを置いて家に帰るような悪い子ちゃんに見える?」
「……少なくとも……何かの役に立つようには見えないけど……」
「久住の目的は俺だ……餌ぐらいにはなるし、キミの楯になるぐらいは出来るさ……」
「……今必要なのは楯じゃないわ……武器よ……。貴方、久住と戦えるの……?」
「喧嘩は嫌いだな……俺はグノー叔父さんに似ているのかもね……穏健派だ」
「……なら……」
「でも、心臓をえぐられてフラフラの人間よりはマシだと思うよ……」
「……………………」
「行こう……俺が前を歩くよ」
「待って……貴方、銃の経験は?」
「当然、ないよ」
「でしょうね……簡単だから、覚えなさい」
「……これ……うん、なんか見たことあるな……この銃……映画とかで」
「……そうね……男の子なんだから、子供の頃……オモチャで遊んだことあるでしょう?」
「いや……こういうのは操の分野だね、俺はあまり興味がなかったから……」
「……操? あの子が?」
「うん……なんでか知らないけどね、操って見た目はあぁだけど、男の子のオモチャが大好きでね……あいつ確か、ハワイの射撃クラブで実銃もうったことあるはずだよ……」
「意外ね……」
「実銃を撃って以来……人を殺す道具だってのを改めて深く理解したみたいで、最近じゃ趣味としての興味が薄れたみたいだけどね」
「私にしてみりゃ仕事の道具よ……野球選手のグローブみたいな物ね……。いい? まずはマグの……弾の交換の仕方を教えるわよ……?」
「いや、せっかくだけど……やっぱり銃はいいよ、上手く扱える自身がない……」
「……でも……貴方を楯にするにしても、丸腰じゃ格好が付かないわ……」
「なにか、刃物はないの?」
「刃物……?」
「うん、出来れば長物がいいんだけど……俺、一応これでも剣道部だし……」
「なるほど……日本人は、銃より刀って訳ね……?」
「それは偏見……日本人全員が刀を使うわけじゃないよ」
「生憎と……刀って訳には行かないけど……パヨネットなら……私のカーゴを開けて」
「カーゴ?」
「カバンよ……ロックナンバーは9991……」
「9991……っと……」
 ロックを解除する潤。
「うわ……なにコレ? また随分とゴチャゴチャと……」
「いいから……アモケースの下に……銃剣があるわ……」
「アモケース……? って、どれさ? えぇと……コレは? 救急箱……? それと……雨合羽に……割り箸……食べかけのリンツ……使い切った使い捨てカメラ ……? なんに使うの?」
「べ、別にいいでしょ!? フラッシュで目くらましにするのよ! さっさと出しなさい!」
「これ……?」
「使えそう?」
「うん、まぁ……ないよりはマシ?」
「なによ、自分から寄越せって言っておいて、自身がないの?」
「人を切った経験なんか、一度もないからね……やけに重いよ」
「それ、切るものじゃなくて刺す物よ……ナマクラだから……」

 素人の持っているナイフじゃ威嚇にもならないかな……。
 むしろ、攻撃力の多くをナイフに依存しちゃう分、相手にしてみればやりやすい相手になるかも……。
 それを利用して、逆に相手を油断させたり出来るといいんだけど……。

「リカさん、このこの武器はどうする?」
「そうね……貴女、武器は使える?」
「使ったことはありませんけど、武器なら持っていますよ」
「何処に持っているのよ」
 さつきは、武器を手に持っていない。
「貸してあげるから……」
「じゃあ幾つか見せてあげる」
 さつきは、何か唱えている。
 すると何もない空間から武器が現れた。
「この通り、武器ならあるよ!?」
 その中には彼の英霊の宝具まであった。
「どれにしようかな?」
 さつきは、使用する武器を選んでいる。
「それって、ナマクラじゃないの?」
「ナマクラじゃないよ」
「じゃあ、ナマクラじゃない証拠を見せてみなさいよ」
「出来ないよ……」
「ほら、見なさい!! ナマクラじゃない!!」
「待ってリカさん!! キミ、使えない理由でもあるの!?」
「この武器は、太古の英雄さん達が使っていた物なの」
「太古の英雄って……アーサー王の剣もあるの?」
「あるよ!!」
 アーサー王の剣を持っているという。
「アーサー王の剣ってコレ?」
 そう言ってエクスカリバーを見せる。
「実際に使って見せてよ」
「此処で使うと気付かれちゃうよ?」
「あぁっ……」
 リカも気付いた。
 エクスカリバーを使えば、一発で気付かれるのだ。
「一旦しまうね」
 そう言って出した武器を収納した。
「……行こうか。歩ける?」
「久住が何処にいるか……わかる?」
「……多分……」


 同日。
 私立八坂学園。
 午後11時58分。
「……………………」
「……教室……?」
「久住……居るんだろ……?」
「……よく……僕がここに居ることがわかったね……」
「教室の座席表見た……? キミの座席は、窓側の列の前から4番目だよ……」
「興味ないね」
「そう? じゃあ……なんでこの教室に居たの? 偶然じゃないよね……」
「驚いたな……リカ・ペンブルトン……キミは僕が完全に殺したと思ったんだけど……? どうしてキミ達はいつもいつも、僕の希望と違う行動をとるんだい?」
「キミの読みが浅いだけだろ……」
「……まぁ……このパターンも予想していなかった訳じゃないよ……喜ばしくはないがね。リカ・ペンブルトンを吸血鬼化したのかい?」
「見ての通りだよ」
「……フン……よく歩けるもんだ、感心するよ、ミス・ペンブルトン……」
「…………くっ…………」
「リカさん……?」
「しかし、その様子じゃ立ってるだけで精一杯ってところかな? 体内に入ったVウイルスに免疫細胞が反応して熱をだす……ひどい時には40度近い熱がでるんだ…… いやぁ〜、僕も苦しんだよ。そこの女も苦しんだんだろ?」
 久住は知らない。
 さつきは、まったく苦しまなかったということを……。
「私は、熱なんか出ませんでしたよ?」
「どうしてキミは、熱がでなかったんだ!!」
「どうしてって聞かれても……」
「じゃあ、僕のウイルスを送り込んで苦しませてあげるよ」
「無駄だともうよ?」
「無駄かどうかは、僕が決める。君が決めることじゃない」
「だって私はブリュンスタッドの眷属だから……」
「ブリュンスタッド……!?」
「私に手を出したらどうなっても知らないよ? 死ぬ覚悟があるのならやってみれば?」
「そこのヨレヨレを始末したらね……」

「……くっ……」
 銃を撃つリカ。
「……おっと……」
「……危ないじゃないか、警告もナシでいきなり発砲かい? 乱暴だな」
「この……っ!!」
 また発砲するリカ。
「……やれやれ……。……無駄だよ、僕に銃は当たらない……それに……ほらっ!!」
「……うっ!!」
 リカが倒れた。
「リカさんっ!!」
「どうだい? このパワー……そしてスピード……」
「久住……オマエ……ラッキーの血を……」
「ふン……? やっぱり気がついたんだ? 僕の家まで行ったのかい? そうさ、その通り、僕はラッキーの血を飲んだのさ……」
「……犬の……血を……」
「吐き気がするようなひどい味だったけどね……まぁ……良薬口に苦し……おかげでこの通りさ……筋力も反射速度も、人間のソレとは比べ物にならないね…… 飛んでくる弾丸を見てからでもよけられる」
「……化け物じゃないか……」
「キミに言われたくないよ。……そんなことより潤くん、一つ提案があるんだが聞いてくれるかい?」
「なんだ?」
「まぁまぁ、そう怖い顔しないでくれよ。本来であれば、ここで僕の意見を受け入れるメリットを一つずつ説明して、キミには笑顔でそれを受け入れて欲しいのだけど、どうやらキミは素直に話を受け入れられる状況ではなさそうだし? ましてや簡単な話を長々と語って、もしやコイツは馬鹿なのでは? とキミに勘ぐられやしないかとヒヤヒヤものだ……短く一言で言おう。荻島潤……僕と手を組まないか?」
「あぁ……やっぱりソレか……言うと思った……」
「だろうね……。と言うことは、僕がそう切り出してきた時の答えは、もう用意してあるのだろう?」
「断るっ!」
「……早っ……フフ……だよねぇ? だぁ〜よねぇ……。でもそれ、ちゃんとよく考えた?」
「考えるまでもないね」
「いいのかい? キミは、そこの女に利用されているだけなんだよ? ダイラス・リーンに協力すれば、キミに危害は加えない……とかなんとか? 甘言を囁いておいて、ことが済んだら、キミは処刑……まぁ、良くても投獄……実験体……どっち道、僕の話に乗っておけばよかったと、必ず後悔する結果が待っている。もし彼女が約束を守ろうとしたとしても、それはダイラス・リーン全体の意思ではない。組織において個人感情など無意味に等しい。そうだろう?」
「……………………」
「見ろ、何もいえないじゃないか。それでもキミは、僕と手を組まずに、その女を見方にすると言うのかい?」
「……あぁ……するね、見方……」
「よく考えてごらんよ……キミと僕が居れば……この街を拠点に、上手くやっていけると思わない?」
「……なにか……勘違いしてないか?」
「……勘違い?」
「損とか得とか関係ないんだよ……目の前にさ、キモいオタクと金髪の女の子が居て『どっちの見方なんだ』と聞かれたら、普通金髪美人選ぶだろ」
「……なに?」
「いや、なにじゃなくて……キモオタと女の子、どっちの見方かって聞かれりゃ、女の子の見方をするだろ?」
「……キミは……アレか……? 馬鹿なのか……?」
「誰が正しくて誰が正義なんて……考え始めたら切がないんだよ、誰のどんな行動にだって理由はあるし、時間を描ければ誰の意見だって共感できる……これは、俺の友達が教えてくれた真理なんだけどね……『迷った時は、女の味方しとけ』ってさ……それで全部丸く収まる。コレ、正解だと思うよ?」
「……呆れた馬鹿さ加減だな……」
「絵に描いた餅……幻の利益より目の前の女、こんな俺でも、一応男だからね」
「……交渉決裂……かな?」
「だね」
「なら仕方ない……面倒だけど……キミ達には死んで貰おう」
「うわ……それヤラレ役の3流悪役のセリフ……ちょと笑っちゃいそう」
「フフ……それはどうかな……?」
「……え?」
「……う……ぐ……ぐぐぐ……」
「えぇ……? ちょっと……アレ? うそ……変身……するの?」
「グフ……グフフフフ……」
「や……ちょ……待った……さっきの話、詳しく聞こうかな?」
「……断るっ!!」
「……ッ……!!」
「グッフッフッフッフ……」
「……うわ……」

 ……マズイぞコレ……。

「……くっ……!!」
「フンッ!!」
 潤を襲う久住。
「……は……っ……ぐっ!!」
「……ははっ……よく受け止めたじゃないか……」

 マズイと思った次の瞬間には、目の前に鋭い爪の生えた獣の掌。
 咄嗟に持っていたナイフを顔の前に構えたけど……ガードしたソレごと顔面に叩きつけられた……脳味噌が、頭蓋骨の中で派手に揺らされて意識が飛ぶ……。
 並べられていた机に背中からぶつかって、顔面から床に倒れこみ、叩き潰された鼻が硬い床に着いたところで意識を取り戻した。

「……くっ……そ……」
「……フフン……流石に丈夫だね……普通の人間なら首が千切れてたと思うよ……」
「……俺……鼻血出てない……?」
「……へぇ……余裕あるね……」

 ……余裕なんて……あるもんか……。脳味噌がまだ波打てる……目がグルングルン回って……ゲロ吐きそうだ……。

「死ねっ!! 荻島潤!!」
 久住は潤の懐に入り込む。
 懐に入り込んだ久住は、潤の腹部にパンチを叩き込んだ。
「う゛っ!!」
 潤の身体がくの字に折れ曲がる。
「おげぇぇぇぇ」
 口から胃の内容物を撒き散らした。
「……うぇぇぇっ!!」
「苦しそうじゃないか!!」
「ぐっぅぅぅっ!!」

 お、お腹が痛い……。
 い、息が出来ない……。
 全部吐いちゃった。
 苦しいよ……。
 
 潤は地面に倒れ、腹部を抱えてもがき苦しむ。
「がふっ!!」
 再び吐く潤。

 ま、マズイ……。
 思っている以上のダメージだ。
 
 重い身体を起こそうとする潤。




「荻島くんっ!! 伏せてっ!!」
「……ぅわっ!! バッ……!!」
 リカが引き金を引いて銃を撃つ。
「……フン……」
 リカが撃った弾をかわす。
「……無駄だと言っただろ……? 学習しない子だねぇ〜……」
「…………コイツッ!!」
 腹部に手を添えて言う。

 久住の視線がリカさんに向いた瞬間に、手に持っている銃剣の鞘を久住の顔面に投げつける。
 だが、腹部が痛む為、届かない。

「届いていないじゃないか!?」

 痛む腹部を推して、両手で抱えた銃剣を右脇に抱えて、体当たりの要領で全体重をかけて突き刺す。 

「……………………」
「……な……ん……!?」

 ……効かない……。
 脇腹めがけて突き刺した銃剣は、刃が数ミリ食い込んだ所で、分厚い鉛のような筋肉に阻まれて、それ以上刺さらない。
 腹部が痛んで力が入らなかったようだ……。

「……どうした? そんな物で僕を殺す気かい?」
「……こ……の……」

 たった数ミリ突き刺さった刃先をこじり回すようにして、傷口を広げてみる……。筋肉に阻まれた刃先は、あっさりと抜け落ちてしまった……。

「痛いじゃないか……潤くん……キミはひどい奴だな……」

 そう言って、無造作に振り回した久住の右腕が、俺が反応するより早く腹部へ向かってくる……。

「……ぁ……」

 見えている。
 モッサリと毛の生えた太い腕……。
 犬のソレと変わらない……太く短く変形した指……。
 指に先には……ラウンドテーバーポイントのように丸く尖った鋭い爪……。
 見えている……。
 見えているのに……。
 避けるのは……間に合わない!!

「…………ぐぇぇぇっ!!!!」

 咄嗟に両腕を顔面の前でクロスして防御した……。
 防御したが……。その防御を突き破って腹部を殴られた。
 腕が曲っちゃいけない方向に曲って、腹部に腕がめり込んでいるのを見ると同時に、両足が地面から浮いて、机をなぎ倒しながら床の上を転がった。

「荻島くんっ!!」
「がはっ!! 」

 衝撃を受けた両腕がジンジントと痺れている……。
 ふくぶも、ズンズンと重い痛みが絶えず襲ってくる……。
 立ち上がらなければ……。
 だが、腹部が痛み力が入らない。
 床に手を着こうとして驚く。
 左腕を……完全に折られた……。
 小指と薬指が動かない……。

「……う……ぐ……くそ……」

 甘かった……完全に久住をナメていた……。
 ……まさか……ここまで人間離れしているなんて……。

「……久……住……オマエ……」
「おほ? 頑張るね潤くん……。内臓を潰したのに……」

 マズイぞ……マズイな……基本能力が違いすぎる……。
 どうする……? どうやって倒す……?

「久住ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
「……うるさいよぉっ!!」
「……あっ!!」
「リカさん!!」

 リカさんは、持っていた大きなカバンを楯にして久住の攻撃を防いだ。
 ジュラルミンに合皮を貼り付けたトランクがベッコリと凹んで、表面にザックリと深い爪跡が付いた。
 あのカバン……楯にもなるのか……。

「…………カバン……?」

 そうかっ!!

「リカさんっ!! カバンの中の!! あれッ!!」
「あれッ!?」
「使い捨ての奴!!」
「……ッ!!」

 リカさんの目が、力強く俺を見る……。
 俺の言わんとすることは……伝わったと思う……。
 後は……タイミングだけっ!!

「……はっ……何をする気だい? 拳銃の弾ですら見てから避けられる僕に……」
「……拳銃より早い攻撃なら避けられないだろう!?」

 俺は床の上に転がっていた椅子を片手で掴むと、久住めがけて思いっきり投げつける。

「そう言いなが、拳銃より遅い攻撃をしてどうする……?」
「じゃあ、この攻撃はかわせる?
 さつきが久住に聞く。
 さつきの背後に無数の剣が現れる。
「な、なんなんだよソレ!!」
「久住っ!!!」
 激しい閃光が久住を襲う。
「……な……!? ぐあぁぁぁあああああぁぁ!!!」

 暗闇に目が慣れて瞳孔が開いている所に、カメラのフラッシュが網膜を焼く。目の前に白い幾何学模様が飛び散り、目の奥が痛い。
 人間の目でもこの痛みだ……犬並みの暗視力を持つ久住の目にはたまらないはずだ。

「流石に……光の速さには対応できないだろ?」
「くそがぁぁぁぁぁぁあ!!! ふざけた真似をぉぉおおおぉぉっ!!!」
「くたばれバケモノっ!!!!」
 リカが銃を放つ。
「くそぉぉぉぉおおおぉおっ!!」
「……リカさんっ!! 窓! 久住が窓から……っ!!」
「逃がさんっ!!!」
「わっ!! ちょっと待った!! ここ3階だよ!?」
「久住はっ!?」
「中庭の方へ逃げたみたい……」
「追うわ!!」
「ちょっと!! リカさん待って!!」 

 リカを追いかける潤。
「貴方は来なくていいわ、久住にお腹を殴られて血を吐いたんでしょう!?」
「追いかけて行ってどうするの!? 久住には銃が通用しないんだよ!?」
「今やったみたいに、フラッシュで目をくらませてその隙に50口径で脳味噌を撒き散らしてやればいいわ!」
「……どうかな? 久住はパニックを起こしそうになると、一旦戦場を放棄して冷静に対処を考える……同じ手が何度も通用するとは思えない……」
「……とにかく……急いで後を追わなきゃ……! 目を潰したといっても、2〜3分もすれば回復する……このまま逃げられたら、それこそ手に負えなくなるわ!」
「作戦もナシで追いかけたって! 殺されに行くようなものだ!! 見なよこの腕! 軽くなぎ払われただけでボロボロだよ!? お腹も痛い……」
「そこがポイントね、私を攻撃しようと思えば近寄るしかないのが久住よ! よって来た奴の頭に銃口を押し付けて、ゼロ距離でブッ放せば避けられないでしょ」
「無茶苦茶じゃないか……引き金を引くと同時にリカさんもブッ飛ばされるよ……」
「……ダブルノックアウトね……最悪……それでも構わないわ……私一人の命で吸血鬼が1匹屠れれば……まぁ、善しとすべきね」
「無茶だよ……」
「……無茶は承知よ……。私のカバンは置いていくわ……貴方は自分の怪我の治療をしなさい……」
「ダメだ! 俺も一緒に行く!!」
「結構よ! 私一人で十分……」
「……んっ……ぐ……!」
「ほら見ろ……高熱でフラフラの癖に……」
「う、うるさいわねっ!! こんな物は気合でなんとでもするわよ!!」
「…………リカさん……?」
「な、なによ!!」
「……リカさん、ちょっとアレ見て」
「アレ?」
「そう、アレ……。俺の目の錯覚……?」
「……え?」
「転んだ時にリカさんが投げ出した銃……空中に浮いているように見えない……?」
「……あ……えぇ!? な……なんで……? ……一体どういう仕掛けで……」
 銃が空中に浮いているようだ。
「あ、触らない方が……」
 銃が落ちた。
「……うわっ!! お、落ちたっ!?」
「……なにかに……引っかかってた……?」
「な、なにかって……なによ!?」
「いや、ほら……なんか釣り糸とか?」
「そんなの、どこにもないわよ……?」
「もう一度、何か投げてみたら?」
「なにかって?」
「なにか、投げてもいいような物」
「……弾……とか?」
「うん、とにかく、もう一度」
「……投げるわよ?」
「うん」
「……………………」
「…………あれ?」
「なにも起きないわよ……?」
「なんだ……? どういうこと?」
「……なんだったの?」
「……なにか……条件が合ってないのかな……?」
「条件て?」
「重さ……とか? もっと重い物……うん、もう一度銃を投げてみたら?」
「やぁよ、何度も落としたら傷だらけになるじゃない!」
「でも、このままじゃ気分悪いじゃないか」
「そりゃ……そうかも知れないけど……」
「いいから、もう一度だけ」
「もう一度だけだからね? ほらっ……」
「……あ……」
「止まっ……た……?」
「あ……落ちた……」
「ちょ……どういうことよ……」
「もしかして……これって……」
「な、なによ……どういうことなのよ!!?」
「リカさん……もう一回、えっと……弾でいいや。もう一回弾を投げてみて。今度は『止まれ』って、強く念じながら」
「念じる……?」
「いいから」
「う、うん……」
「……止まった……」
「ど、どういうこと……? どうなってるの……?」
「リカさん……弾を見ながら『落ちろ』って……念じてみて……」
「……落ちろ……?」
 弾が落ちた。
「……落ちた……」
「ちょっと……まさか……これって……」
「うん……多分……リカさんの力……ムーンタイズかな……?」
「……ウ……ソ……なん……で……?」
「あー……それはホラ、リカさん今、吸血鬼だし……」
「で、でも……私……まだ完全な吸血鬼じゃ……」
「じゃあ、他にどうやって説明するの……?」
「あ……彼方の力じゃないの!?」
「いや、俺の力は……違うな……」
「い、いいから! アンタも試してみなさいよ!!」
「う……うん……」
「貴女も……」

 俺は、リカさんから受け取った銃の弾を放り投げる……。

「……あ……」
 弾が落ちたようだ。
「ほら、やっぱり俺が投げても止まらない……」
「で、でも……私いま、投げられた弾を見ながら止まれって念じたわよ!?」
「多分……発動条件として、リカさんの手が触れた物……ってのがあるんじゃないかな?」
「……私の……手が……?」
「そう……ベルチェがムーンタイズでなにかを構成する時……リアンがムーンタイズで他人の頭をいじる時……俺がムーンタイズで物を裏返す時……。……必ず対象に手を触れる」
「それって……つまり……?」
「リカさんの手に触れたものは……空中に静止することが出来る……」
「空中に静止するだけ……?」
「もう一度試してみよう……リカさん、弾を投げて、止めてみて」
「う……うん……」
「……止まった……」
「……どういう原理で……?」
「わからないよ……とにかく、止まれって……ずっと念じてて」
「ずっと?」
「どれぐらいの時間、止まってるのか気にならない?」
「時計で時間測ってみる……?」
「そうだね……」
「……………………」
「……………………」
「……とりあえず……10秒……」
「まだ念じてる?」
「……うん……」
「……………………」
「……………………」
「……落ちないね……」
「…………20秒…………」
「触ってみても……平気かな……?」
「……さっきは、触った瞬間に落ちたわよ……?」
「……触ってみるよ……」
「……うん……」
「……あれ?」
「な、なによ……」
「落ちないよ……?」
「……どうして……?」
「どうしてって……俺に聞かれても……んん?」
「な、なによ!?」
「……動かない……完全に空中で停止している……これって……もしかして……」
「もしかして……なによ!!」
「……あれ……? なんか……少しずつ下に向かって動き出した……? ……あ……落ちた……」
「あんたがもしかして〜とか、変なこと言うから! 集中できなくなったんじゃない!!」
「集中してないと落ちるの?」
「……よくわからないけど……集中してないと、落ち始めるみたい……」
「これって……単純に物体を空中に停止させる力じゃないのかも……?」
「……どういうこと……?」
「止まっているのは物体じゃなくて……時間……?」
「……時……間……?」
「貴女、集中力が足りないのね」
「誰の集中力が足りないの!?」
「それは、リカさんじゃ……」
「そう言う貴女は、如何なのよ!!」
「私は余裕で数時間維持できますよ」
「じゃあ見せてみなさいよ」
「キミの力を見せてくれない!?」
「見せてもいいけど……」
「いいけど……?」
「ぐだぐだ言ってないでさっさと見せないさいよ」
「一つはもう見せたけど、コレ……」
 さつきは、改めて王の財宝ゲート・オブ・バビロンを見せる。
「無数の剣で同時攻撃できるの」
「最大同時にどれ位撃てるの?」
「う〜ん、数百本かな?」
「数百本か……これ以外の能力は?」
「これ以外の能力?」
「そう……」
「後、4つぐらいあるけど……」
「全部見せて」
 全部見せてと頼む潤。
「全部は見せてあげられないよ」
「どうして!?」
「その能力は、戦闘で見せてあげる」
「今すぐに見せてよ」
「じゃあ、一つだけ」
 一つだけ見せるという。
「星の息吹よ!!」
 何もない所から鎖を具現化する。
「なんなのよ!!」
「コレは、真祖しか使えない力なの」
「荻島くん、使える?」
「いいや。使えない」
「ブリュンスタッド系の真祖以外使えないんだって」
「ブリュンスタッド……王族の名前が何で出てくるのよ!!」
「言ってませんでしたか? 私、アルクェイドさんの孫になるんですよ!?」
「そう言えばキミを庇護している人もブリュンスタッドじゃなかった?」
「そうだけど……」
「名前、なんって言ったけ……?」
「アルトルージュさんですか?」
「そう……それ!! キミは、あの姿になって戦わないの?」
「戦うけど、直前で変身しないと時間が勿体無いから……。それに満月時でも10分が限界だから……それ以上は、アルトルージュさんのように暴走しちゃうから ……」
「10分か……」
「フン……たった十分しか続かない能力なんて意味ないわ」
「貴女に言われたくないよ。10分と言う時間の意味を理解していないから、教えてあげる」
 10分の意味を教えるというさつき。
「10分と言う時間は、アルトルージュさんと同じ『仮初の赤い月』になっておれる時間よ。私の場合は仮初の仮初だけど……」
「その能力を使った時の力はどれ位なの?」
「普通の人間の力が10だとするよ」
「うん」
「普通の人の力が10だとすると普通の吸血鬼の力は100ぐらいなの。そして少し強い吸血鬼が150〜300で強い吸血鬼が3000〜10000で、最強クラスの吸血鬼……二十七祖が10000〜50000ぐらいかな? 今の私でもこのクラスに入っているんだよ」
「じゃあ変身したら……」
「うん。800000ぐらいかな?」
「800000って冗談は止めてよね」
「冗談じゃないよ!? アルトルージュさんは、『赤い月』状態の時は1000000より上だから……」
 この桁外れの戦闘力が時間制限の理由であった。
「もしキミが全力で戦ったら何分で終わる?」
「多分、30秒も掛からないと思うけど……ただ……」
「……ただ……?」
「この街が地図上から消えるけど……」
「地図から消える……?」

 ……本当に地図から消える……?
 彼女が言っている事は本当なのか……?
 本当だとするととんでもない能力と言うことになる……。
 しかも力が10000〜50000ぐらいと言う……。
 俺とリカさんの力はどのくらいなのだろうか……?
 久住の力も……。

「リカさん?」
「なによ……?」
「これ……使えるんじゃない……?」
「な……なにが……?」
「いや、久住を倒すのにさ」
「どうやって……?」
「それはまだ、これから考える」
「あぁ……そう……」




 あとがき

 今回も久住との闘いが終わりませんでした。
 結構長いです。
 次で久住との戦闘が決着するかどうか……。
 さっちゃんのバケモノじみた力が明らかに……。
 原作以上のダメージを潤に負ってもらいました。
 久住にあっさり退場してもらおうかな?
 それに、シエルに登場してもらおうかな?
 シエルが介入して久住がとるリアクション……悩むわ……。
 久住の後にシエルVSリカもやりたい……。
 構想が勝手に膨らんで先走っていく……。
 早く構想に追いつかねば……。



パワーアップした久住に潤もボロボロですな。
美姫 「リカは既に傷付いている状態だしね」
このまま久住に逃げられてしまうか、もしくはやられてしまうか。
美姫 「潤の思いついた作戦がどういうものか、よね」
だな。次回を待っています。



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