第十話「覚醒]」







 私立八坂学園。
 午前0時25分。
「久住の奴……何処へ行ったんだろう……」
「……コンビニにサングラスでも買いに行ったんじゃない?」
「面白いと思うけど……ないと思うよ、それは」
「……無理して付いて来なくても良かったのに……彼方……腕と殴られたお腹、痛くないの?」
「今はリカさんに貰った注射が効いているから……でも、お腹だけは、まだ痛い……」
「そんなに強い薬じゃないけど……吐き気や眠気は?」
「平気……ちょと頭がフワフワしてる……」
「……そう……」
「リカさんこそ……熱……大丈夫なの?」
「うん……なんだか今は……スッキリしている……」
「そう……じゃあ、さっさと始めようか……」
 戦闘を始めようというリカ。
「……荻島くんっ!! 後ろっ……!!」
「……え?」
 久住に襲われる。
「……ぐっ!!」
「伏せてっ!!」
 リカが銃を撃つ。
「……フン……」
「荻島くんっ!!」
「……づ……ぐ……ぁ……」


 背後で突如発生した殺気に、膝がガクンと折れた……。
 俺の頭を叩き潰そうとしていた久住の右腕は、頭の変わりに背中を捕らえ、深く爪を突き立てる……。
 背骨が軋み、肺の中の空気が全部搾り出されるような衝撃……。
 目の前が暗くなり……倒れこみそうになる。
 点に等しくなった視界が、どんどん近付いてくる地面を見ている。
 真っ黒な視界の隅から……何かが接近してきた……。
 
 二撃目……!?  

 接近してくる物が久住の腕だと気付いた時には、耳の奥でパンッという音が聞こえて、鼓膜が破れたことに気がついた。
 脳味噌をその場に残したまま、身体だけズルリと真横に吹き飛ばされる感覚……。ミシリという頭蓋骨が歪む音を聞いて……気が遠くなる……。
 ……なにか……。なにかに掴まらないと……転ぶ……。 
 咄嗟に伸ばした手は……なにも掴むことなく……俺は顔面から地面に倒れた……。
 ……目が……見えない……。なん……どうし……て……?
 目は……開いてる……のか……?
 ……見え……ない……。ちく……しょ……。……迂闊……。
 俺を狙ってくることは……解かってたのに……まさか……後ろからなんて……。

「……ぐあぁっ!!!」

 ボンヤリとする思考の中で、痛みだけは迅速に伝わった……。倒れこんだ俺を仰向けにした久住はデカイ足を俺の腹に踏み降ろした……。
 踏み潰された肋骨が何本か折れて肺に突き刺さり、内臓が悲鳴を上げる。

「もっと苦しめ!」

 再び腹を踏み潰される。
 内臓が破裂したか、俺は血を吐く。
 その衝撃は、一度ではない。
 何度も襲ってくる。

「久住っ!!」
「……おっと……動くな! このまま彼を踏み潰してもいいのかい?」
「……クソッたれッ!!」
「……言葉がよくないね……お嬢さん……銃を捨てるんだ……」
「…………くっ…………」
「……捨てるんだ……」
 今まで以上の力潤の腹を踏みつけた。
「うがぁっ!!」
 大量の血を吐いた潤。
「やめなさいっ!!」
「やめるかやめないか、決めるのは僕じゃないよ……銃を捨てろ、3度目だ」
「……くっ……」
「……リカさん……ダメだ……捨てるな……どうせコイツは……俺を殺す気で……」
「黙れよ! 誰が喋って良いと言った!!」
 久住は、潤の腹を踏みつける。
「う゛え゛っ!!」
 一際大量の血を吐く。
「もっと血を吐いて苦しめ」
 休みなく何度も腹を踏みつけらる潤。
 踏みつけられるたびに大量の血を吐く潤。
「がはっ!」
「早く死ね!」
「わかったからっ!! やめなさいっ!!!」
「早く銃を捨てろ!!!」
「…………り……リカ……さん……」
 潤は、凄く苦しそうだ。
「……私が銃を捨てたら……その足を退けるのね……?」
「あぁ……それは約束するよ……。この足はのける……潤くんは解放してあげよう」
「……嘘だ……」
「嘘じゃないさ……もしキミが銃を捨てて、僕を見過ごしてくれると言うなら、僕はこの街を出て、どこか他所の街でひっそりと暮らしてもいい……」
「随分と……急に心変わりしたものね!」
「あぁ……キミ達は本当にしつこい……倒しても倒してもた上がってくる……本当、その情熱は何処から来るのかまったく……おそらくは、キミを殺せばキミの仲間が大挙して僕を捕らえに来るだろう……。……それはね……出来れば僕としても回避したい……今この場でキミを殺すのは簡単だが……それは僕にとって得策ではないのさ」
「……逃げ切れると思っているの……?」
「まぁね……僕はホラ、こんな身体だしね……山に逃げ込んでしまえばどうにでもなるし……人間の姿に戻って都会で暮らせば、僕を補足するのも難しくなるはずだ……違うかい?」
「……………………」
「こうなってしまえば、真っ当な吸血鬼になる……という目標にも意味はなくなった……潤くんを殺す意味もなくなったということさ……」
「なら……その足を退けなさい……!!」
「キミが銃を捨てるのが先だ。僕は臆病でね……」
「……わかったわ……」
 銃を捨てるリカ。
「……もう一丁もだよ……ほら、早く……」
「……………………」
「……おっと……おかしな真似はしないでくれよ? みしキミが銃の引き金を引いたら、僕はこのまま潤くんを踏み潰しながら避けさせてもらう…… 銃の弾より速く移動する僕が思いっきり足を踏み出したら、潤くんの胴体なんて簡単に千切れてしまうからね……」
「……くそっ……!!」
 銃を捨てるリカ。
「……おっとぉ!! 危ないじゃないか……投げつけることはないだろう」
「……………………」
「んん? どうしたんだい? 顔色がよくないね?」
「……………………荻島くんを……解放……しなさい……」
「……あぁ……そういう約束だったね……」
「……早く……」
「ははっ……キミ、よく友達に馬鹿だって言われないかいっ? あはは!! どうして丸腰のキミの命令に従わなければいけないんだ!? この僕がっ!」
「……………………」
「悪いが潤くんはこのまま踏み潰させてもらうよ! 彼の死体は利用価値があるんでね!! ……は……ははっ!! し、真祖の息子なんだろう? 彼は!! ど…… どんな味がするのかな!? 彼の血は!! あははは!!」
「……下種……め……」
「なぁに!! 心配は要らない!! ノゥップロブレェェンンム!! チッチッチ……スグにキミも殺してあげるよ? お嬢さん……」
「殺されるのは彼方だよ?」
「さっきから戦ってもいないキミが言う台詞か?」
「だって、私が本気を出せば一瞬で終わっちゃうから……」
「出せるものなら、出してみなよ!」
「じゃあ、本気を見せあげるね。後悔しても知らないよ!」
「後悔するのはキミたちの方だ!!」
 さつきから、魔力が溢れる。
「『赤黒い三日月クレセント・ムーン』」
 さつきの二つ目の固有結界が発動する。
 結界名がとなられた直後さつきの雰囲気が変わる。
 仮初の『仮初の赤い月』へと変身する。
「それが、キミの本気だというのか? その程度で僕に勝てるとでも思っているのかい?」
「戯け! 貴様は、この姿が意味することをわかっていない」
「その姿が何だと言うのだ? 僕を脅しても何にもならないよ? 丸腰のキミなんか怖くもないからね……」
「ならば、その身体で味わってみるがよい」
 久住の視界からさつきの姿が消えた。
「何処へいった!!」
 久住は、さつきの姿を見失っている。
 次に感じたのは今まで経験したことのない激しい激痛だった。
「おげぇぇぇっ!」
 久住の腹にさつきのパンチが抉り込むように深々とめり込んでいた。
 ガクンッと久住の膝が折れる。
 それも腹部を抱えてだ。
「どう? 苦しいでしょう?」
「うげぇ!!」
 久住が胃の内容物を吐く。
 吐いた物が、潤にモロに掛かる。
 そこに黒鍵の雨が降ってくる。
「だ、誰だ!!」
 黒鍵を投げた人物に言う久住。
「先程は、よくもやってくれましたね、弓塚さん」
「痛めつけようが足りませんでしたか?」
「黙りなさい! って言うか、何なんですかその格好は?」
「はい。仮初の『仮初の赤い月』です」
「『仮初の赤い月』……弓塚さん、まさかアルトルージュと」
「はい。ゼルレッチさんやリッゾさんやフィナさんからも少し教わりました。今度、時間をかけて教えてもらうことになっています」
 潤の上で苦しんでいる久住を他所に話を続けるさつきとシエル。
「荻島くん……もう……ダメ……」
 空中に止まっていた銃弾だ久住に当たることなく素通りした。
「ダイラス・リーン! 退きなさい!! その吸血鬼は、私が倒します」
「貴女、何者よ!」
「私は、埋葬機関に所属するシエルです」
「何で、埋葬機関がこんな地でうろついているのよ」
「私は、ある吸血鬼を処理する為に日本に来ています。その吸血鬼の名は『ミハエル・ロア・バルダムヨォン』」
「余所見とは、余裕だな!」
 シエルを殴り飛ばす。
 シエルの右肩から先が千切れとんだ。
「はっはっはっはっ」
「くっ!!」
「し、シエル先輩?」
「さっきのお返しだ!!」
 そう言ってさつきの腹の殴りつける。
 だが、全然手ごたえがない。
 それもそのはずである。久住のパンチは、さつきに受け止められていた。
「その程度の力では、倒せないよ?」
 再び久住を殴る。
 その威力は、さっきの比ではない。
 完全に久住の腹にさつきの肩までめり込んでいた。
「がはっ!!」
 盛大に血を吐く。
 潤を下敷きにしたまま倒れる。
「ちょっと貴女、大丈夫なの?」
「だって、私、死神さんに嫌われていますから」
 久住に千切られたシエルの身体が独りでにくっついて行く。
 勝手に再生したシエルが立ち上がる。
「かふっ」
 潤の顔に血を吐く久住。
「どう? 苦しいでしょう……」
 腹を抱えもだえ苦しむ久住の首を掴むと軽々と片手で持ち上げるさつき。
「ぐぅぅぅぅ」
「あの久住を片手で!?」
 久住を持ち上げつつ潤を足で軽く蹴ってリカ達のほうへ飛ばす。
「お、荻島くん! 大丈夫?」
「うぐっ」
 苦痛に顔が歪む。
「ちょっと診せなさい」
 そう言って潤を見るシエル。
「内臓の殆どが原型を留めていません。急いで病院へ運ばないと……」
 シエルは、黒鍵を構える。
「弓塚さん、その吸血鬼は私が倒します。今すぐ放して下がりなさい!!」
「先輩! 倒せないときは早めに言ってくださいね。この状態は、10分しか維持できないから……」
 そう言って凶悪な力で久住を地面に叩きつけた。
「うがぁ」
 叩き付けられた地面が陥没する。
「これから彼方を浄化します。主は吸血鬼を神の子とは認めていません。人として生まれなが吸血鬼になった事を後悔しなさい。その穢れた魂、破壊してあげます」
 シエルが、久住に黒鍵を何本も刺していく。
「それで、終わりかい?」
「まだです」
 更に追い討ちの黒鍵を投げる。
 鉄鋼作用を上乗せして……。
 無数の黒鍵が久住の身体に刺さる。
「なんなんだよ。痛いじゃないか!」
 身体に刺さった黒鍵を抜いていく久住。
「この剣、丁度いい武器になりそうだ!」 
 抜いた剣を潤に投げる。
 投げられた黒鍵が潤に刺さる。
 久住は、抜いては投げるを繰り返す。
 どんどん串刺しにされていく潤。
「あはははは。ホラ、潤くんの串刺しの完成だ」
 潤は、全身黒鍵で串刺し状態だ。
「どうだい? 潤くん! 串刺しにされた気分は」
「……………………」
「もう一度、彼方を串刺しにしてあげま……」
「待って、先輩!」
「何故止めるのですか!?」
「私が倒すから……」
「彼方に倒せるのですか? 弓塚さん」 
「先輩は、黙って見ていて下さい」
 そう言って、久住に対峙するさつき。
「降伏するなら今のうちだよ」
「降伏だって!? 降伏するのはキミたちの方だ!!」
「まだ、わかっていないみたいだね」
 さつきの背後が歪んで無数の剣が顔を覗かせる。
「この数の剣を彼方はかわせる?」
「弓塚さん、その能力は、まさか……」
王の財宝ゲート・オブ・バビロン!!」
 無数の剣が発射される。
 彼の英霊の宝が湯水のごとく吐き出される。
 久住は、かわすことも出来ず突き刺さり切り裂かれる。
 太い腕が吹き飛ぶ。
「無数の剣に傷つけられた気分はどうだ?」
「最悪だね……。最悪の気分だよ」
「言い残すことはそれだけ?」
「キミたちを殺して早く傷を治させてもらう」
「星の息吹よ」
 さつきが久住に手をかざして言う。
 無数の鎖が現れ久住の自由を奪う。
「なんなんだよ! これは?」
「我が手我が爪こそ星の息吹と知るがよい!!」
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 
 久住は、跡形もなく消し飛んだ。
「さて、話を聞かせてもらいましょうか?」
「くっ」 
 リカは銃を拾ってシエルに向ける。
「銃を降ろしてください。降ろしてくれないと話が出来ません。それに弓塚さんも……」
「銃を降ろせばいいでしょ」
「はい」
 銃を降ろすリカ。
「今度は、弓塚さんです」
「そろそろ、時間切れみたいです」
 変身を……『赤黒い三日月クレセント・ムーン』を解除するさつき。
「順を追って話してくれますね」 
「私は、ダイラス・リーン所属のリカ・ペンブルトン」
「その装束を見ればわかります。そで串刺しになっているのは?」
「荻島くん。次期ブランドル家当主候補よ」
「そうですか。彼がブランドル家の次期当主候補ですか……」
 シエルの目つきが変わる。
「そう言う貴女も吸血鬼ですね」
「私、アイツに心臓を刺されて殺されたから、荻島君が無理矢理血を飲ませて……」
「今は見逃してあげます。早く連れ帰って治療をしなさい。私には、最優先しないといけない仕事がありますので」
「背後から不意打ちとかしないでしょうね」
「神に誓ってしません。だから安心して連れて行きなさい」
「荻島くん、大丈夫?」
「……大丈夫じゃない……腹ん中がグチャグチャですごく痛くて死にそう……」
「きゅ……吸血鬼が簡単に死ぬわけないでしょっ!?」
「簡単に死んだ方が楽だってことを学んだよ……ごふっ」
 血を吐く潤。
「待って……いま止血をするから!!」
「いや……それよりも久住は……?」
「……死んだわ……」
「相手は吸血鬼だよ……? 油断していると生き返るかも……」
「それはないよ。私が肉片、細胞一つ残さず消したから……」
「あ……そう……」
 

 辺りを見てみたが久住の姿は何処にもなかった。
 何一つ残さず消されたようだ。


「……片付けるの……大変そう……」
「貴女達は早く去りなさい。此処の浄化は、私がして置いて差し上げます」
 潤に肩を貸してさるリカ。


「さて、弓塚さん。貴女がそんな力を得ているとは思いませんでした」
「本当は、隠しておきたかったです」
「隠したところで何れはバレます」
「先輩の言う通り何れはバレていたと思います」
「しかし、此処までパワーアップしてしまった弓塚さんを倒すのは難しくなってしまいまいた。しかも、アルトルージュが後ろに付いているのでは手が出せませんね」
「じゃあ、見逃してくれるのですか?」
「ただし、人を襲っているところを見たら容赦なく浄化します」
「じゃあね先輩!」
 さつきも去っていった。
「さてと、浄化作業に入りますか……」
 浄化作業に入るシエル。


 そして潤は……。


 ……耳の奥で……破れた鼓膜が……ジンジンする……。
 折れた左腕……裂かれた背中……肺に突き刺さった肋骨……いまだミシミシと音を立てている頭蓋骨……。
 何度も踏み潰された腹……黒鍵とか言う剣に串刺しにされた全身……。
 安心したら……思い出したように……猛烈な痛みが全身に蘇ってきた……。特に腹の痛みが尋常じゃない……。あぁ……もう嫌だ……疲れた……。





 ……ここは……どこだ……?
 俺は……何処に居る……?
 ……暖かい……。
 なんだか……とても……気持ちがいい……。
 ……歌が……聞こえる……。
 この歌は……昔よく……母さんが歌っていた……あの歌。
 ……母さん……。


『……潤……』
 声がする。
『目を覚ませ……潤……。……このまま一生……眠るつもりか……? さぁ……目を開けろ潤……怖がるな……私ならここに居る……』


 ……ベル……チェ……?


「……ガハッ!!!」
「ぅうわっ! ビックリしたぁっ!! 急に起き上がるな!!」
「……ゲホッ!! ごほっ!! おえっ!! うげへぇ〜〜っ!!」
「……おいおい、大丈夫か……?」
「……グフッ……ゲフッ! だ……大丈夫じゃ……ない……なにが……どうなってる……?」
「覚えていないのか?」
「ここは……? 俺の家の……風呂場……だよね?」
「あぁ、そうだ……オマエは昨日の夜……いや、日付が変わっていたから、もう今日か……とにかく、夜遅くにボロボロになって帰ってきたのだ」
「あぁ……そうか……」


 久住を倒した後……急に意識が遠くなって……そのまま気を失ったのか……。


「……俺、どうやって帰ってきた……?」
「ほれ……例のダイラス・リーンの小娘。アイツがオマエを抱えて運んできたのだよ」
「……リカさんが……?」
「まぁ、もっとも? 玄関まで辿り着いた所で、奴も力尽きてそのまま倒れ込んでしまったがな」
「リカさんをどうしたのっ!?」
「慌てるなよ……別に放置しちゃ居ない、オマエの部屋のベットの上で寝ているよ、今はゼノが様子を見ている」
「……大丈夫なの……?」
「人の心配をしている場合か? オマエこそ、身体の調子はどうだ?」
「……え?」
「いや、え? じゃなくて、痛いところはないのか?」
「……あれ? そう言えば……怪我が……」
「左足頭骨、前頭骨眼窩部破損、同時に左耳の鼓膜破損。背中には鋭利な刃物による、3箇所の重度裂傷。右胸椎部、第6、第7、第8肋骨複雑骨折により、右肺下葉部破損による外傷性肺気胸。腹筋断裂、内臓破裂多数。さらには左前腕部、とう骨、尺骨、共に粉砕骨折……全身、串刺しの後……などなど……他にも神経断裂や筋組織破損やら細かい怪我を含めたら切がない。まさに怪我のデパートといったところだな、内臓が全部潰れた状態でよく生きていたものだ」
「……あれ? でも……怪我が……治っている……?」 
「治したんだよ、まったく、私の仕事を増やしおって……。破壊されつくされた内臓を治すのに骨が折れたぞ。どうしたら内臓が原型を留めないくらい破裂するんだ」
「治した? って言うか、なんで俺、風呂場に……?」
「煮た方が、早く直るからだ」
「……煮……? 若しかして……」
「オマエの腹を割いて腸を全部取り出した」
「おば様? スポーツドリンクは、まだ御要りようですか? 足りないようであれば買い足してまいりますが……」
「いや、もう十分足りているよ」
「……スポーツドリンク……?」
「いや、生食の代わりにね」
「……げ……このお湯、なんか甘い匂いすると思ったらスポーツドリンクじゃないか……」
「あぁ、よかった潤さま、お目覚めになられたのですね。御身体の具合はいかがですか?」
「あぁ、うん……不思議なぐらい痛みはない……」
「どれ、後ろを向いて背中を見せてみろ」
「……ん……」
「あら……背中の傷がケロイドになってしまいましたね……痛みや違和感はないのですか?」
「ん……なんか、背中の皮が突っ張ってる感じ……それに、腹がつって力が入らない」
「すぐに慣れるよ……しかし、傷は消した方がいいな……」
「消せるの?」
「可能だよ」
「うん……でも、いいや、残しておいて」
「なぜです?」
「同じミスをしないように……見たら痛みを思い出すものを残しておく」
「なるほど、まぁ、好きにするがいいよ」
「……潤さま……絹のように滑らかなお身体をしていらっしゃいますのに……勿体無いです……」
「いいんだ、ありがとう、リアン……」
「あ……いえ……」
「風呂から上がるなら、シャワーを浴びてから出て来い。無駄な糖分でベタベタするぞ?」
「うん、わかった……」
「身体を治すのに随分とエネルギーを使った、腹が減っただろう? 朝食の用意をしてやろう」
「朝食?」
「今は、朝の6時です」
「そう……じゃあ、朝ごはん、お願い」
「オーケー、マスター……」
「……………………。……ふぅ……」


 ……終わった……のかな……?
 終わったんだ……な……。
 俺は……久住を殺したんだ……。
 何故……殺した……?
 ……殺す必要があったのか……?
 殺さなければ、こちらが殺されていた……。
 殺さなければ、もっと沢山の人が殺された……。
 ……そんなの……関係ない。
 誰かの為にだなんて……綺麗事だ……俺はただ……アイツがこの街で……誰か……俺の知り合いを殺すかも知れないという状況が……嫌だっただけだ。俺は……俺の都合で人を殺したんだ……。
 誰かの為じゃない……俺の都合でだ……。
 久住は……もう誰も殺すことはない……。
 それどころか……もう何もできない……。
 テレビを観ることも……電話で話すことも……スポーツで汗を流すことも……。
 なにも出来ない……。
 ……シャワーを止めようとして伸ばした手が震えている……。他人の全てを奪う……人を殺すと言うのは……こういうことか……。


「……………………」
「お? 出たか、待っていろ、すぐに朝食の用意をする」
「……うん……」
「……食いたくないか?」
「……ごめん……」
「……潤様? 無理にでも召し上がった方がよろしいですよ……?」
「痛めつけられた腹でもスープぐらいなら、飲めるな? リアン、すまないが潤の為にスープを温めてくれ」
「かしこまりました」
 スープを温めにいくリアン。
「……さてと……」
「……ベルチェ……俺……」
「大体の事情は、リアンとダイラス・リーンの小娘から聞いたよ……」
「……………………」
「……殺したのか……?」
「うん……吸血鬼の女の子が」
「まぁ、あまり気にするな。殺した後ってのは、『殺さないで済む方法があったんじゃないか?』と必ず考える物だ……そして、後から後から、いくらでも可能性を思いつく……殺さなくても済んだのにと……必ず後悔する……。しかしね、そんな物は事後だからこそ思いつくものだ……。気にし始めたら切がない、オマエが自殺をすれば、久住は生き返るのか?」
「理屈じゃ……わかっているんだけどね……」
「大事なことは、その場で判断して行動したことを後で間違いだったと思わないことだ……それは、今後のオマエの生き方次第で決まる……。殺さなければ殺される。殺したくなければ自分が死ねば良い。自分が死ぬのは構わない……しかし、死にことは無責任だ……自分で殺すのは気分が悪い……。誰か代わりに殺してくれよって? 野放しにしている間に、そいつがまた誰かを殺そうと知ったこっちゃないよって? いかにも日本人だな。オマエがやらなかったことで、お前の代わりにやる羽目になった人間に、今のオマエと同じ心の重さを背負わせるのか?」
「それは極論だ、今の世の中、アイツは悪い奴だから死んだ方が良いなんて……大声で言う方がおかしいんだ……」
「私は今、オマエに厳しいことを言っている。それは私にもわかっている。人を殺さなければ、自分が殺されると言う状況、自分はおかしい……それもわかる。だが……卑怯な言い方をしてしまえばね、今までだって、オマエが生きていることで命を奪われる者は必ず存在した。人間に限らず、動物や植物……生命の全てにおいて生物は他者を殺さなければ生きていけないのが、この世の真理だ」
「言いたいことはわかる……俺だって、魚も食えば肉も食う……」
「なら、後悔する必要などはない。今回のこともそれの延長でしかない……。あまりこの言葉は口にしたくないが、それが摂理だ」
「……摂理……」
「……断言しても良い……今後、また同じようなことが起きれば、オマエは必ず、また殺す。仲間がやられているのを見てみぬ振りをしたり、自分だけ一人で先に楽になってみたり……オマエには出来ない。必ず、同じ結果になる」
「……殺す……」
「いつまでも人間の価値観にしがみついている気だ? よく考えてみろ、大事な人を殺されてからやっとけばよかったと悩むのと、どっちがマシだった? 後悔と言うのは、過去の自分を裏切る行為だ。素敵な未来を思い描いた過去の自分をガッカリさせるな。今の自分をしっかりと生きろ……それが明日の自分を創る」
「……強いね……ベルチェは……」
「オマエの父親の受け売りだよ……初めて人を手に掛けて……ピアノの下に隠れて震えていた私に、イド様が掛けてくれた言葉だ……」
「……父さんが……?」
「オマエは久住の命を奪ったが……その代わりに、多くの命を救ったのだ……」
「……数の問題なのかな?」
「なら、その目で見たらどうだ? リアン!」
「はぁい? 呼びました? おば様」
「アレを呼んでくれ」
「アレ? どれ?」
「昨日拾った奴」
「あぁ、」はいはい。カナコですね?」
「……カナコ? 委員長……? あ! そういえば! 委員長はどうなったのっ!?」
「いま呼び寄せます。カナコ〜〜?」
「……お呼びでしょうか……リアン様……」
「えぇ!? ちょっと……えっと……ぅわぁ……何から話せばいいんだコレ?」
「どうです? カワイイでしょう♪ 私のカナコ」
「……あの……水野サン……? とりあえず、その服……?」
「……なにも言わないで……」
「元々来ていた服はボロボロだったのでな、新しく作り直してやった」
 水野の服は、ベルチェが作り直したらしい。
「……なんでメイド……?」
 しかもメイド服だった。
「それはリアンの趣味だ」
「なんでリアン……?」
「あら、だってカナコは私の眷属になったのですから……それはつまり、私の使用人でしょう? でしたらメイド服を着せるのは当然です」
「……え?」
「え? とは?」
「委員長が……リアンの眷属……? え? だって……委員長は……吸血鬼にならずに済んだんじゃ……」
「えぇ、吸血鬼にはなっていませんが……それでも私の血を受けた以上は、私の下僕です」
「まぁ、いわゆる『成り損ない』という状態だな……しかも、極めて軽度だ、特殊な力もなければ、血を吸うこともない」
「ただし、私の命令には絶対に服従です。おいで、カナコ」
「……はい……リアン様……」
「えいっ!!」
「……は……ぅ……ら……らりをなはるをれふか……」
「う〜りうり〜♪ ねぇ? ほっぺたつまんで引っ張られても、文句言えないんですよ? この子」
「……はぅ……」
「あの気の強い委員長が……こうも好きにされてしまうと言うのか……?」
「……う……うぅぅ……」
「まぁ嫌だわ。貴女、泣いているの? 無駄な抵抗はおやめなさい? 貴女はね、もう私には絶対に逆らえないのよ? それは理解したでしょう?」
「……はい……」
「良い子ね? 可愛く素直にしていれば、可愛がってあげる。嬉しい?」
「……うぅ……」
「嬉しい?」
「……はい……嬉しいでふ……」
「あらそう、良い子ね……ご褒美にキスしてあげます……さぁ、こっちへいらっしゃい……?」
「泣いているじゃないか、苛めるなよ」
「苛めるだなんて、なんと人聞きの悪い……」
「委員長、怪我の方はどうなの……?」
「……おかげさまで……ご覧の通り……」
「おいおい、命の恩人に向かってその態度はなんだ? 本来なら捨て置く貴様を、慈悲深くも助けてくださったのは目の前にいる潤様だぞ?」
「……ぅ……」
「余計なお世話だったか?」
「……荻島くん……」
「……ん?」
「……ありがとう……」
「あ……うん……」
「生きて朝日を見ることが出来てよかったな。その喜びをかみ締めながら、潤様の為に紅茶でも淹れて差し上げろ」
「……うん……待ってて……」
「あ……ありがとう……」
「でしたら私はスープを。他にも、玉子やトーストはいかがですか? お腹、おすきになられているでしょう?」
「うん……」
「では、ただいま、腕によりを掛けてお持ちいたします」
「持ってくるだけで、腕によりを掛けるもないと思うが……まぁ、いいか……」
「リアンが作ってくれるんじゃないの……?」
「私が作ったものが、既にキッチンに用意してある。それよりどうだ?」
「……どうだ……って?」
「水野可南子だよ……オマエが久住から救った命だ……」
「救ったのはリアンだ……俺はなにも……」
「オマエと言う存在が居なければ、リアンがこの国へ来ることもなかった……。オマエが居て、リアンが居たから、可南子は助かった。オマエが居なければ、私もこの国には居なかった。オマエが居たからこそ私が居て、可南子の傷ついた身体を治すことが出来た。オマエが居なければ……可南子は公園の片隅で死体になって発見されていたのだ……違うか?」
「そりゃ……そうだけど……」
「なら素直に喜べよ、アレが、オマエが救った命だ」
「久住の目的は俺だったんだ……俺が居なければ、吸血鬼としての久住も生まれなかったかも知れないじゃないか……」
「オマエが原因で吸血鬼が生まれたのなら、尚のことオマエが負うべき責任だ。そしてオマエが選んだ選択の結果が、今あぁして茶を淹れている……」
「……良かったのかな……?」
「言っただろう? 誰も殺さずに誰かを生かすことなど出来ない……同じ生かすなら、キモイ殺人鬼よりも眼鏡メイドの方が良いではないか」
「そうなのかな……? なんか俺……言いくるめられていない……?」
「まだ気にしているのか? 見ろ、可南子の嬉しそうな顔を……。オマエのために茶を淹れる喜びに満ち溢れた笑顔だ。あれは良く働くメイドになるぞ」
「……メイドね……俺にはキミ一人で十分なんだけどな……」
「おだてるなよ、脳から変な汁が出る」
「委員長は……リアンの命令に逆らえない以外に、なにか制限があるの……?」
「いや? リアンの処置が早かったからね、リアンの命令に逆らえないってこと以外は普通の人間と変わらんだろう」
「……そっか……だったら良かった……」
「潤様〜♪ お食事の用意が整いましたよ〜?」
「うん、ありがとう」
「さぁ、朝飯にしよう」
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「うわ……り、リカさん……っ!?」
「なんだ? 朝っぱらから大きな声を出して騒がしい……」
「ちょ……ちょっとぉ!! これってどういうことよっ!?」
「な、なにが……?」
「なにがじゃないわよ!! 私の目を見なさいっ!!」
「……赤い……?」
「そ……そそ! それに! き、ききき……牙が!! 牙が生えてきた!! ど、どど!! どぼすえどすなっちゃ!?」
「貴様、何語で話している?」
「……すみません……先程むっくりと起き上がったかと思ったら……急に暴れだしまして……」
「そ! そんなことより!! どうなっているのよ! なんで私!! 吸血鬼になっているのよっ!!」
「そりゃ吸血鬼の血を受けたんだ、吸血鬼になるだろう。なにを言っているんだオマエは」
「だっ!! だだっ! でっ!! だ、だって!! 吸血鬼には、ならないって!! 処置すれば吸血鬼にはならないって!!」
「はぁ……? 誰がそんなことを?」
「お、おぎ!! おぎっ!! じゅ……じゅ!!」
「俺が言ったんだけど……違った?」
「違うも何も、吸血鬼の血を受ければ吸血鬼になるのが当たり前だろう? 後からリアンが何をしたところで、事実は変わらん。こぼしたインクは瓶には戻らんし、付いたシミはどんなに拭いても消えはしない」
「……え? だって……じゃあ、委員長は?」
「……さっき見ただろう? 水野可南子とて、吸血鬼として低級も低級と言うだけで、リアンの眷属となったことに違いはない。決して人間に戻ったわけではないよ」
「は、話が違うじゃないのよっ!! どーゆうことよっ!!」
「せめて、血を受けたのがセカンドクラスだったのなら、まだ手の打ち様があったのだが……なにせ相手は荻島潤だ。半分とは言え、真祖イド・ブランドルの血を受け継いだ男だぞ? 本来であれば感染してから15分で吸血鬼化してもおかしくはない。むしろ、この中途半端な変貌振りで止まっていて良かったじゃないか……これならロゥム化もしないし、吸血鬼化の進行速度も極めて襲い」
「……じゃあ……リカさんは……」
「どう足掻いても人間には戻れんよ。ようこそ闇の世界へ、我々はオマエを闇の眷属として快く迎え入れよう」
「じょ……冗談じゃないわよっ!! 戻してっ!! 今すぐ戻してっ!!」
「無理だと言っているだろう? 頭の悪い奴だな」
「なら殺してっ!! 今すぐ私を殺してっ!! 私の心が、悪魔のソレに呑み込まれる前にっ!! 私の銃を返して!! 死んでやる!!」
「……ちょっ……リカさん落ち着いてよ……」
「これっ……こ、これっ!! これが落ち着いていられれ……っ!!」
「おいおい……いや、本当に落ち着け。興奮すると吸血鬼化が進むぞ?」
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁああああっ!!!」
 リカが倒れた。
「……あ! リカさんっ!?」
「そ〜れみろ言わんこっちゃない、興奮するから頭に血が上がったんだ……。今のでまた吸血鬼化が進んだな」
「リカさん、大丈夫?」
「……うぅ……ぅぅ……ぅ……ぅ……」
「どうした? 下痢か?」
「泣いているのよ!!」
「ベルチェ……どうにか出来ないの……?」
「どうにか……と言われてもね。いかな魔女とは言え、私にも限界があるさ。無理な物は無理だ」
「……殺して……」
「まぁ、そう嫌うなよ、吸血鬼も、なってみればそんなに悪くないぞ?」
「ありえないわよ……ミイラ取りがミイラだなんて……洒落にもならない。こんな状態で、どの面下げて本部に戻れと言うの……?」
「オマエ、そんな状態で本部に帰ったら、研究室送りになって切り刻まれるぞ?」
「だったら殺して……」
「楽には死ねんぞ? 常人なら7回は死ぬ苦痛を受けて、死んだ方がマシだと思える痛みの中でもウイルスは最長でも12日間近くオマエを生かし続ける……まさに地獄だな」
「もうこのまま……完全に吸血鬼になるしかないの?」
「いや、吸血鬼から元に戻す方法はないが、吸血鬼化の進行を止める方法ならある。完全に吸血鬼化することは、回避できる」
「出来るのっ!? そんなことが!! どうやってっ!?」
「説明するのが面倒だ、まずは食事にしよう」
「なにのん気なこと言っているのよ!! 今すぐ教えなさいよっ!!」
「短気な奴だな……興奮するなといったろう? 吸血鬼化が進んでも知らんぞ」
「……ぐ……」
「腹が減ると、体内のウイルスがエネルギーを求めて、他者の血を要求するようになるぞ、いいから飯を食え、話はその後だ」
「……う〜〜〜……」





 あとがき

 やっと久住との戦闘が終わりました。
 潤のダメージを更に大きくしちゃいました。
 再びシエル登場!
 シエルの黒鍵攻めのシーン短かったか?  
 さつきにMBAAの姫アルクのワザで久住を処刑させちゃった
 ロア戦を何処に挿入しようか……。
 ロア戦を入れないとクロスの意味がなくなる。
 アルクェイドの登場時期も考えないと……
 そろそろ月姫サイドの割合を増やそうか?
 次回からムーンタイズSIDEでの戦闘はお休みの予定。



久住との戦闘は終了。
美姫 「さつきが出てからは結構あっさりと」
明らかに格が違いすぎたな。
美姫 「潤たちの方はとりあえずは無事だったわね」
まあ、約一名ばかり騒いでいるがな。
美姫 「吸血鬼化を止める方法って何なのかしらね」
それは次回かな。それじゃあ、今回はこの辺で。
美姫 「次回を待ってますね〜」



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