第十五話「現実W」






 
 《SIDEムーンタイズ》
 同日。
 私立八坂学園。
 午後4時36分。
「荻島くん……ちょっといいかしら……」
「ん? なに?」
「今日、私バイトが終わるころ、迎えに来て欲しいんだけど……」
「……迎え? あぁ、そうか……夜遅くなるもんね……。なんだったら、行きも送っていこうか?」
「……ちょっと……」
「なに?」
「(……貴方、私の言ってることの意味わかってる……?)」
「……わかってるけど……?」
「(……だから、言葉の通り迎えに来るんじゃなくて! バイトが終わったら、夜の巡回に行くわよって、そう言ってるのよ!)」
「俺もそのつもりで答えたんだけど……? リカさんが夜道を怖がる訳ないだろうしね……」
「どういう意味よ!!」
「あぁ、潤、ちょっといいかい?」
「ん? なに?」
「今日キミ、真琴の店に行くかね?」
「どうして?」
「真琴に会ったら、病院の診断書を警察に届けて、事故証明を貰ってくるように伝えてもらえないかな……」
「真琴さん、連絡取れないの?」
「あぁ、どうやら真琴の奴、事故の時に携帯をこわして終ったらしくてね。店に連絡してみたのだが、まだ病院から戻っていないらしい」
「病院? 治療は終わってるんじゃないの?」
「今日は精密検査を受けに行っているはずだ、頭を打っていたらしいからね……」
「そうなんだ」
「本当は僕が直接店へ行く所なのだが、生憎とまた部活でね……。悪いが、真琴に会ったら、診断書と事故証明のこと、伝えておいてくれないか?」
「うん、わかった」
「じゃ、頼んだよ」
「……と言う訳で、俺もバイト先、行くよ」
「そんなの、私が伝えておくから、貴方は来なくていいわよ。バイトが終わる頃になったら、来てくれればいいから」
「それでも良いけど……リカさん、自分でお化粧できる?」
「……う……それぐらい……なんとかするわよ……」
「ん? なになに? なんの話?」
「あぁ、バイトに行くついでに、修から真琴さんに伝言を頼まれたんだ」
「なに? 潤くん、またマコちゃんのお店でアルバイト始めたの?」
「いや、俺が始めた訳じゃなくて、リカさんが始めたんだ。俺は紹介しただけ」
「ふぅん、そうなんだ」
「じゃ、私、バイト行くから……」
「あ! 待ってリカさん、一緒に行こうよ!」
「……ちぇ……やっぱボク、リカちゃんに嫌われてるんだ……」
「そんなことないって。さ、帰ろう」
「うん……」
「アルバイトかぁ、いいなぁ。ボクも始めようかなぁ……」
「操がバイトねぇ……例えばどんな仕事を?」
「そりゃもちろんウエイトレス!!」
「もちろんって……あのさ、男の子はウエイトレスじゃなくてウエイターだよ?」
「えー……? だってボク、絶対女の子の服の方が似合うもん、っていか、男の子の服なんて、ほとんど着たことないし」
「……それを許してしまうどころか、むしろ嬉々としてドレスを買い与えるキミの母親とか……人格の尊重とか、もっともらしい理由で女の子の制服の着用を認めてしまう学校も問題だよね……」
「ねっ! 潤くん! ボクもマコちゃんのお店で働けるように頼んでくれないかな?」
「う〜ん……どうだろ? 真琴さんがOKを出したとして、キミの親がなぁ……アルバイトの許可なんて出してくれる?」
「そこはホラ、OK貰ってから事後承諾って形で! ね?」
「……大体キミ、本当に仕事できるの? なんか不安だなぁ……」
「む? そんなことないよ? こう見えても、結構やり手だよ?」
「大体キミ、バイトしなければいけないほど、お小遣いに困っている訳じゃないだろう?」
「それは……そうだけど……自分で働いてお金を稼ぐのは、良い経験だと思う!」
「まぁ、確かにそう思うけどさ……じゃあ、テストしてみる?」
「……テスト?」
「俺を客に見立てて、接客してよ。上手に出来たら真琴さんに話してあげる」
「よ〜し、任せとけ!!」
「じゃあ、俺は今、店に入ってきた客ね? 操は入ってきた客を接客する、はいスタート!」
「いらっしゃいませ〜! ハートピーチヘブンへようこそぉ〜! パンとライスどちらになさいますかぁ〜?」
「早いなっ! まだ注文していないから!」
「……え?」
「なんで『え?』だよ、キョトンとするな!」
「あー、はい! 注文まだでした! 焦りました! 脅かさないでください」
「いや、驚いたのこっちだからね……?」
「お席の方は喫煙とライスがありますが、どちらになさいますかぁ?」
「ライスは関係ないね!?」
「あれ? パン?」
「パンも! ね? 席にパンもライスも関係ないだろ!?」
「だね! 関係ないよねっ♪ 冴えてるな、オマエ!」
「おーい! 責任者居るかぁ〜!?  ちょっと来てくれぇ〜!!」
「は? なに言ってんの?」
「オマエがだよっ!!」
「まぁ、席とか、どっか適当に好きなところ座りなよ、な?」
「……俺はアレか? 家に遊びに来た友達か? ちゃんと案内しろよ!」
「いま、お冷持ってきますね!」
「だから! 先に案内しろよ! おい! 聞けよ人の話!」
「はぁっ! むぉぉぉぉおおぉぉぉっ!!」
「……おい……」
「んぬぬぬぬ!! ぬぁっ!! くぁっ!! てぼっ!!」
 意味不明な事をいう操。
「おいコラ! なんだ! なにしてんだ!? てぼって言ったな? てぼってなんだ!?」
「いえ、いまお冷を……」
「……は?」
「念力で……」
「自分の足で歩けーーー!! 手を使えーーー!!」
「いや、もう少しでお冷が……」
「来るかーーーっ!!」
「なんでもやる前から諦めちゃダメって、学校の先生が……」
「あのさ! 限度あるよね!? 挑発するのは良いことだけど! 限度あるよね!?」
「もう少しで来るかも知れないのに……はぁ〜ぁ、断られたの、これで4人目だよ……」
「学ぼうよ! なぁ! 4人断られる前に気付こうよ! 学習! な!?」
「これもサービスなのに……楽しめよ……」
「客が嫌がってるんだから、サービスじゃないよね!?」
「いやいや、人の嫌がることを進んでやりなさいって、学校の先生が……」
「先生の言ってること意味違うね!? もう一度、よく考えて!?」
「そう言えば、泣いていたな、先生」
「地方公務員を泣かすなよ!! ってか……あぁもぉ……疲れたよ俺は……」
「そうか、じゃあ、また来るがいい!」
「いきなり帰すなよ!! まだなにも食ってないよ!? なんでそんな態度デカイんだよ!!」
「お会計、6982円です」
「金取るのかよ!! しかも微妙に高い!!」
「面倒だから払っちまおうかなって思える、ギリギリの数字にしてみました」
「そんな金の決め方があるかっ!! というか金を要求するなっ!! むしろこっちの精神的外傷に治療費と慰謝料を払えっ!!」
「あれ? ダメ?」
「ダメです。というかキミは、ウエイトレス修行の前に、人として何か大切なものを取り戻すほうが先だと思う……客の精神を蝕むウエイトレスは要りません」
「……ちぇ〜……」

 いや……うん。でも……なぜかこの手のイタイ子の方が客受けはいいんだよなぁ……。
 実際、桜とか、馴染み客多いし……。
 余計なこと喋らないで、ちゃんと仕事してくれる方が良いと思うんだけどなぁ……。

「ね、リカちゃんも、あのヒラヒラ着るの?」
「……ヒラヒラ……?」
「マコちゃんのお店の制服、可愛いよね?」
「……動きにくいわ……靴の踵が低いのはありがたいけど……油断すると、広がったスカートで物を倒すし……実用向きじゃない」
「……リカちゃん、お店でもそんな、ムッとしているの?」
「この顔は生まれつきよ……」

 まぁ……うるさいウエイトレスはどうかと思うけど……あまり無愛想なウエイトレスもどうかと思う……。


「じゃあ、アルバイト頑張ってね」
「あぁ、気をつけて帰るんだよ」
「うん、じゃあ、またね!」
 操と分かれる潤とリカ。
「……………………」
 リカは無言だ。
「またねって言ってるんだから、返事ぐらいしてあげればいいのに……」
「私に言っているの?」
「独り言にしては、声が大きいと思わない?」
「私……あぁいう子、苦手……」
「誰のこと?」
「別にひがんでいるわけじゃないけどね……なんか、幸せそう。価値観とか、全然違いそうだし……もしあの子と二人きりになったら、私、ずっとイライラしてそう……」
「それは俺だってそう思うことはあるさ。でも、うん……上手くいえないけど、操は馬鹿だけど、馬鹿だから可愛いって言うか……う〜ん……。操って、いっつもケラケラ笑っているから、悩みなんかないように見えるけど、アレはアレで、いっぱい悩んだ末に得た姿なんだよ。……言葉は悪いし、言っていることも拙いし、見た目あんなだから、つい苛めたくなるけど……でも操は正直だよ? それに嘘を吐かない……というか吐けない……妹っていうか……弟か? なんかそんな感じ、俺はそこが気に入っている」
「貴方達……本当に仲が良いのね……」
「リカさんだって、接していくうちに分かると思うよ?」
「私はそう言うのが面倒だから、わざと日本語が喋れないフリをしたのよ。特にあの子みたいなタイプには、無愛想な奴、絡みにくい奴って思われている方が楽だわ。変に情がうつると、騙してるのが辛くなるし」
「騙しているって……?」
「吸血鬼のこと……ダイラス・リーンのこと……話す訳にはいかないでしょう? 私もそういうこと、あまり得意な方じゃないから……下手に仲良くなったりすると、ポロッと喋ってしまうかも知れない……巻き込む訳には行かないのよ……特に、あぁいう幸せな子はね……。それがわかっているから、貴方だってあの子にはなにも言わないのでしょう?」
「……うん……」

 ……言いたいことは分かる……。
 確かに……操や修司……学校の友達には……話す訳にはいかない……。
 もし話すことがあるとすれば……それはきっと、俺が彼らの前から姿を消すときだ……。



 同日……。
 八坂駅前通り・ハードビーチヘヴン八坂駅前店。
 午後4時53分。
「……少し早く来すぎたかな? まぁ、早く入る分には問題ないか……」
 時間前に入ったようだ。
「さて、それじゃサッサと着替えて、お化粧済ませちゃおうか?」
「……またやるの? アレ……どうしても化粧しなければダメ……?」
「客商売だからね。それに、言うほど塗っていないでしょう?」
「……嫌いなのよ……どうにも慣れないわ……」
「我慢して。それに、リカさん基はいいんだから、飾らないともったいないよ? ほら、こっち来て」
「……い、いいわよ……自分でやるから……」
「せっかくだから、やらせてよ、ほらほら」
「う……わ……コ、コラ……!」

 リカさんはブツブツと文句を言いながらも、大人しく俺の前に顔を差し出す。
 慣れない内は、どうしても鏡を見ながらの化粧って上手く行かないもんで……知らず知らずのうちにゴテゴテと塗りこんでしまう……。
 重ねれば重ねるほど黒くなっていく顔に気がつかないまま、客の前に出させる訳にも行かないしね……。
 昔は嫌がる桜の胸を揉んで無理矢理化粧したもんだ……。
 リカさんの場合、顔のつくりからして日本人とは違うから、影のつけ方も違う……。
 なにもしなくてもまつ毛がモサモサなのはいいな……。
 ちょっと上を向かせて巻いてあげるだけでいいから楽だけど……眉の形は、もう少し細くした方が良いかも……。


「……はい、OK、目を開けて良いよ……」
 目を開けて良いという潤。
「……顔が重い……」
「重いって……重量的には1グラムも変わっていないはずだけど……」
「それになに? なにを塗ったのコレ?」
「リップグロスだけど……」
「……フライドチキンを食べた後みたい……」
「そう見えないように、ライナーでエッジを立てて、キリッとした口元を演出してあるでしょ? あんまりケバッとしてない感じで仕上げてみたんだけど……。 ……うん、でもリカさん顔の作りがハッキリしてるから、もうちょい目を引く色でも良かったかな? ちょっとフォーカスがズレたかも……やっぱり日本人とは違うんだなぁ……」
「……男のクセに、化粧が得意なんて気持ちが悪い……」
「男の子だって、プラモデルぐらい作るさ」
「模型感覚かよ……」
「……リカさん?」
「なによ……」
「なんか、機嫌悪い? 俺、余計なことしてるかな……?」
「……そうじゃなけど……ちょっと熱っぽいだけよ……」
「……熱? 頭が痛いとか?」
「大丈夫よ……一晩寝れば治るわ……昨日もそうだったし……」
「……昨日もって……」


 そう言えば、昨日もバイトの終わりに体調が悪い見たいなこと言ってたけど……。
 やっぱりそれって、バイトで疲れただけじゃなくて……吸血鬼化の影響じゃないのか……?

「ね……リカさん……」
「平気よ……」
「いや……でも……」


 ……って、イキナリ着替え始めるか……?
 俺まだここに居るのに……。
 それにしても……大丈夫なのか……?
 ……熱が出るって……俺が毎月頭痛に悩まされるのと同じような物かな……?
 あれって……大騒ぎするほど痛くはないんだけど……こめかみの辺りが地味にドクドクして、頭が重くて……なにもする気にならなくて……身体が重くて…… 結構しんどいんだよね……。
 あぁ……でもリカさん女の子だし……そういう痛みには慣れてるのかな……。

「やっ……ちょ……! なんでみているのよっ!?」
「……え?」
「お、おおお、女が着替え始めたのよ!? 普通、気を利かせて出て行くでしょう!?」
「あ……そっか……なにも言わないから、裸を見て良いのかと思った」
「出て行きなさいっ!! もぉっ!! ダルいんだから! 大声ださせないでっ!!」
「あぁ、うん、ゴメン……すぐに出て行くから……」
「……ぅ……」
 リカが倒れた。
「……え?」
 倒れたリカに慌てる潤。
「リカさんっ!?」
「……ぐ……ぅ……」
「死ぬなっ!! リカッ!!」
「……いや……死なないから……」
「どうしたの……? いったい……。大丈夫……?」
「……大きな声出したあと……緊張が緩んだら……頭の中でバチッて……大きな音がしたわ……なにかが頭の中で暴れてるみたい……」
「あぁ……俺もソレ、経験がある……頭の中の神経が音を立てて切れていく感じがするでしょ……市販の頭痛薬とか、全然効かないんだ……」
「……痛い……痛い痛い……助けて……脳が壊れちゃう……」
「10分ぐらいすると痛みが引き出すんだけど……我慢できない……?」
「本当に……? 本当に……10分で治まるの……? こんな痛みがずっと続くなら……死んだ方がマシ……」
「なにか……噛んでいると落ち着くんだけど……えっと……なにか……噛む物……噛む物……」

 と言っても……そうそう都合よく丁度いい物がある訳ないか……。

「……いっ……った……あ……ぁ……ぎ……ひっ……!!」

 ……仕方ないか……。

「リカッ! 口を開けろ! ほらっ! 噛めっ!!」

 俺はリカさんの口の中に、自分の右手の親指を突っ込んだ……。

「……ぁ……ぐ……ン……ぐぐっ……!!」
「……っ……!!」

 ……痛った……リカさん、思いっきり噛んで……!!
 親指が千切れるぐらい痛い……。

「ンッぐ……ン……フゥ〜……フゥ〜……」

 つらい……だろうね……俺も時々……こんな風になった……。
 頭の中でジリジリ音がなって……時々破裂するような痛みが来る……。
 そんな時は、なにかに噛み付いていると……少しずつ落ち着いてくる……。

「……ぐ……ぬぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐっ!!!」
「……痛っ……!!」

 ……痛ってぇ……血がドバーって出たな……こりゃ……

「ン……ぁ……ぁ……はぁ……ン……ンン……」
 血をゴクゴクと飲んでいるようだ。

 ……え……? ちょっと……リカさん……もしかして……俺の血……飲んでいる……?

「……リカ……さん……?」

 あれ? 確か……血って、あまり与えちゃいけないんだよね!?

「……ンむ……んっ……んんっ……んっく……ン……」
「わっ! コラ! ダメだってっ!! 飲むな!!」
「……あ……やらぁ……もっと……」
 もっと血を要求するリカ。
「ダメだよリカさん、忘れたの? 血を飲むと吸血鬼化が進行するんだよ?」
「……あ……ぅ……」
「……………………」

 ……尖った牙……血まみれの口元……。
 どう見たって……吸血鬼じゃないか……。

「リカさん……頭痛いの……止まった……?」
「う……ん……。血を飲んだ瞬間に……身体中に電気が走ったみたいになって……頭の痛みがスッと引いて……逆に頭の中がボォ〜っとするぐらい……気持ちよくなって……」
「……やっぱり……」

 頭が痛くなるのは……ウイルスが餌を要求いてるんだ……。
 少ない餌を身体中のウイルスが食いつくして……餌が足りなくなると……陰茎刺激物質を分泌して催促する……。
 最初は鈍い痛みだったそれが……時間が経つごとに激しくなっていって……立っているのも辛くなる……。
 多分……餌がなくなったウイルスが……肉体の一部を分解して餌に変換しようとしている時に出るのが……あの弾けるような強烈な痛みなんだ……。
 そんなカラカラの状態のリカさんには……俺の血は極上のエネルギー源になったのかも知れない……。

「……ぐっ……」
「また痛み出した……?」
「痛……たい……痛い……痛い……!!」
「リカさん……」

 半端にご馳走を与えたもんで……頭の中でウイルスが大騒ぎだな……。
 もっと寄越せ……もっと飲ませろ……。
 ……でも……。
 ここで血を与え続けたら……リカさんは……きっと……もう人間じゃいられなくなる……。

「……リカ……」
「……痛い痛い痛い痛い痛いっ!!! 痛ぁぁぁい!!」
「落ち着いて……いま、代わりの餌……あげるから……ほら……こっちむいて……」
「あ……あぁ……あ……」
「……キスするけど……噛まないでよ?」

 ……そっと……リカさんの血まみれの唇に……自分の唇を重ねる……。

「…………ン…………」
 リカと接吻する潤。

 眉間にシワを寄せて……頭の痛みで全身に力が入っていたリカさんの身体から……フニャっと力が抜けていく……。
 なんか……俺の腕をギュッと掴んで……リカさん可愛い……。

「……ぷはっ!!」
「…………はぁ……」
「……リカさん……大丈夫……?」
「…………ごめ……ん……」
「どう……? 少しは落ち着いた……?」
「……う、うん……」
「頭は? まだ痛い……?」
「まだ……重い感じはする……。でも……あんまり痛くない……」
「どうする……? 今日はもう帰ろうか……?」
「……だ、大丈夫……」
「本当に?」
「へ……平気……」
「……せっかくお化粧したのに早速崩しちゃったね……おいで、直してあげる」
「…………いい……自分で…………」
「いいから……」
「……うん……」
「……うん……やっぱりこの髪型似合うね……。リカさん、髪伸ばしたら……?」
「……ダイラス・リーンでは……重武装部隊ヘビーバレルは短髪って……決まっているのよ……」
「そうなんだ……残念だね……」
「いいのよ……私は今の髪型……気に入っているし……大体……髪形を見る目が変わるなんて……表面しか見ていない証拠じゃない……」
「まずは形から入るのが日本人だからね……。綺麗な金髪……好きだよ?」
「……貴方……金髪なら誰でも良いんじゃないの……?」
「あぁ、来たね、その質問……」
「なにが……?」
「そうだね……俺はリカさんの金髪だから、好きなんだよ……」
「貴方……そのセリフ用意していたでしょう……」
「うん」
 潤はセリフを用意していたようだ。
「なんでも計算づくなのね、嫌な男……」
「裏表のない男だと思って欲しかったんだけどな……」
「……薄っぺらい男……嫌いだわ……」
「本当に……?」
「……だまって作業できないの……?」
「機嫌悪いね」
「誰のせいよ」
「疲れてる?」
「おかげさまでね!」
「もっと充電、しとこうか?」
「……ダメよ。ここ、仕事場よ……?」
「俺は気にしないけど……」
「私は気にするわよ……」
「じゃ、どこならOK?」
「OKじゃない……」
リ〜〜カ
「耳元で……呼び捨てにしないで……」
 その時、ドアが開く。
「んん……? なんだキミ達、もう来てたの?」
「……うわビックリしたっ!」
「おんやぁ? こりゃお邪魔しちゃいましたかな?」
「邪魔じゃありません。むしろ助かりました。もう少しでこの男に犯されるところでした……」
「欲求不満が溜まっているの? 潤ちゃん」
「……真に受けないでください。それよりも店長……」
「マコちゃん」
「……マコちゃん。怪我、大丈夫なんですか? 昨日の夜、車で事故ったって……」
「あぁ、まぁね、ご覧の通り、頭と右腕をねぇ〜……でっかい傷つけちゃって、パパに泣かれたわ」
「働いて平気なんですか?」
「あんまり平気じゃないんだけどねぇ? でもほら、私ってジッとしてると暗くなってくからさ、働いてるほうが落ち込まないのよ」
「俺……真琴さんはおとなしく黙ってる方が美人でいいと思う……」
「……え? それって……1日30分だけ、しゃべらない時間を毎日作ったら、私と結婚……」
「いや……別にプロポーズしたわけじゃないからね!?」
「……ちぇ……んだよもぉ……ただでさえ売れ残りなのに、傷物になったらもうイラネみたいな言い方じゃんか……」
「そんなこと言ってないでしょう? 大体売れ残りって言ったって、真琴さん、その手のお見合い話とか、自分から断ってるじゃない」
「自分の旦那様ぐらい、自分で選びたいんですぅ!」
「……(それはもっと自分を見つめることができる人のセリフだと俺は)……」
「あ゛……? お姉さんも歳かな? よく聞こえなかったんだけど、今なにか?」
「いえ、別に……」
「ま、そう言う訳でさ、一応お店には来ているけど、この怪我じゃフロアにも立てないし厨房で鍋振る訳にも行かないのよね……という訳で! お願いね?潤ちゃん♪」
「……え? お願いって……なにを……?」
「代理店長!」
「えぇ!? ちょっと! そんな勝手に!!」
「お? どうしたのリカちゃん、なんか相変わらずムスッとして、お腹すいているの?」
「……別にそういう訳では……」
「ははぁ、アレかい? 潤ちゃんと二人きりのところを邪魔をしたから怒っているの? 別にとりゃしないわよ」
「別にっ! そういう訳ではっ!!」
「おう? ねぇ、潤ちゃん? リカちゃんの制服、貴方が着付けたの?」
「いや? 自分で着替えたんだよ」
「ダメよリカちゃん、もっとこう……わきの下の贅肉かき集めてブラに詰めなきゃ! ほら、おいで?」
「……わ……っ? ちょ……っ! なにを……っ!?」
「いいからいいから!!」
 リカの胸を弄る真琴。
「あ……だっ! じっ! 自分でやりますからっ!!」
「おぉ……キミいい乳しているなぁ……下着のつけ方下手だと損するよ? 男なんてね、女の胸しか見ていないんだからさ……ほら、こうやって……ぐにゅーーーーっと……」
「いだ……っ! そんな強く……!! 痛いですってっ!!」
「ほら、自分で引っ張りなさいよう、私片手しか使えないんだから……ほら、ココ! 潤ちゃんテープとって!」
「ストレッチする方? しない方?」
「する方! うわ、それにしても柔らかいな……これ良いよ? 歩くだけで揺れるでしょ? 私と同じだね。若いうちから手入れしてないと、垂れるの早いぞぉ?」
「店長、テープ……」
「はいよ。んじゃ、吊るすからね? はい、息吸って!?」
「ひゅぅぅぅぅ〜〜〜」
「うしっ! 完璧!!」
「どうだコレっ!!」
「……どうだって言われても……うん……ちょっと上向いた?」
「んだよ寂しい奴だなぁ……この胸のためなら死ねるぐらい言いなよ」
「胸のために死んだ男なんて墓石に書かれたら、死んでも死に切れないよ……」
「じゃあリカちゃん、まだ少し時間早くて悪いんだけど、フロア出てくれるかな? 桜、相変わらず遅刻で人手が足りないのよ」
「了解しました、直ちに配置に着きます」
 配置に吐くリカ。
「……了解しましたって……なんかカタイのよねぇ、あの子……。軍人?」
「うん……まぁ……遠くはないかもね……」
 軍人に近いと言う潤。
「あ、そうそう、修から伝言があったんだ。病院の診断書を警察に届けて、事故証明を貰ってくるようにって言ってたよ」
「まったく……怪我が大したことないとわかったら、次は金の計算か……我が弟ながらしっかりしているね」
「どんな事故だったの? 相手は?」
「……それがまた……ややこしい事故なのよね……」
 ややこしい事故らしい。
「昨日の夜、車で帰る途中で、ほら、二本松の交差点から公園の方に向かう交差点でさ……急に誰かが車道に飛び出してきたのよ……」
「誰かが……? 人なの? 自転車とか、車じゃなくて?」
「そう、人。公園の茂みの中から、いきなりガサガサって飛び出してきてぇ……咄嗟にハンドルを切ったんだけど、そのまま思いっきり轢いちゃったのよね…… ドーンって」
「ありゃあ……」
「でね? 私の車はそのままグルッとお尻を振ってそのままガードレールに激突。ミッドシップが仇になったわねぇ……回っちゃうと止められなくて哀れ私のエリーゼちゃんは、ガードレールの下に突き刺さって、そのままジャンク工場行き」
 車はジャンク工場へ直行したらしい。
「しかも、油断してシートベルトをしていなかったから、顔面でサイドウインドウ割ったわよ」
「例え短距離であっても、シートベルトはしましょう。いい教訓です」
「それにしても謎なのは、確かに人を轢いたのに、轢いた相手が見当たらないのよね……」
「なにそれ? どういうこと……?」
「だからぁ、轢いたはずの相手が、どこにも見当たらないのよ……警察は夢でも見たんだろうって言っているけど、絶対にミンチになるぐらい轢いたのに…… ドーンって……」
「現場から逃げたんじゃ……?」
「うん……私もそう思うんだけど……もしそんな事故だったなら、歩いて逃げられるはずないって、警察は言うのよね……」
 実際には腸が口から出ていたのだ。
「でも私は見たのよ、ヘッドライトの光に反射して、暗闇の中で光る赤い目を……。跳ね飛ばした瞬間、フロントウインドウに向かって迫ってくる赤い眼を……」
「……赤い目……?」
「そんな訳でさ……事故証明も簡単には発行されないのよねぇ……面倒くさいったらありゃしない……」
「……………………」

 ……赤い目……って……まさか……。
 ……吸血鬼……?
 でも確かに吸血鬼なら……そんな事故にあっても……その場から自力で移動できるかも……?

「あ〜ぁ〜……ユニコーンの呪いが、ついに私にも及んだか?」
「ユニコーンの呪い……?」
「知らない? ユニコーンは、処女おとめにだけ心を許すって」
「……聞いたことはありますけど……」
 潤も聞いたことがあるようだ。
「そこで、処女おとめに手を出して痛い目に会うことを、ユニコーンの呪いって言うのよ」
「手を出したんですか? 処女おとめに……」
「いやいや、そうじゃなくてさ、このお店の伝説って言うかさ……ほら、心当たりない?」
 潤に心当たりを聞く真琴。
「昔から、潤ちゃんに言い寄ったバイトの女の子は、変な事故にあったりしたでしょう?」
「あぁ……ありましたね、そんな噂……」
「そうそう、『不純な動機で荻島潤に近づく者は天罰を受ける』ってね」
「そんなの、たまたまでしょう? それに、事故って言っても、包丁で怪我をするとか、階段で転ぶとか……その程度で……」
「だからホラ、今回は、私と潤ちゃんが婚約したから、その分呪いの力も大きく……」
「してないから!」
「……そんなに力いっぱい否定しなくたって……」
「そうやってからかうのやめてくださいよ……本気で求婚したら引くくせに……」
「あはは……まぁね……女もこの歳になると、いろいろあるのよ。だって潤ちゃん、私が本気で結婚してって言ったら、OKしちゃいそうなんだもん」
「それのなにがいけないのさ」
「……貴方には貴方の人生が有るでしょう……? それを取り上げてしまうのが怖いのよ……」
「それが出来ないから、婚期を逃すんだよ……真琴さん……」
「私が摘み取ってしまうには、貴方はまだ若すぎるのよね。あと10年たって、まだ私が独りだったら、貰ってやって?」
「10年後って、真琴さん39歳じゃん……」
「うるさいわねぇ! せっかく格好良く決めたのに! いいからキミもさっさと着替えなさい!」
「えぇっ!? ちょっと……俺は別に働きに来た訳じゃ……」
「言ったでしょう!? 店長代理! はい! 頑張って!!」
「……え? ちょっと! うそでしょ!?」
「……ゥフン? お姉さんが着替え……手伝ってあげようか? ん?」
「……いいです……自分で着替えます……はい……」
 仕事をする羽目になった潤。

 ……結局……こうなるのか……。
 まぁ、半ば予想していたけどね……。
 跡でベルチェに電話して……遅くなるって言わなきゃな……。
 ……それにしても……気になるのは店長の話だ……。
 事故現場から消えた被害者……。
 ……赤い目……。
 吸血鬼……。
 ……無関係に……事故が起きただけなんだろうか……?


 同日。
 八坂駅前通り・ハードピーチヘブン八坂駅前店。
 午後6時53分。
「……それがですねぇ……実は昨日の夜、お父さんが会社の人とお酒を飲んで帰ってきたんですよ……」
「ほうほう……それで?」
「いい感じに酔っ払ったお父さんは、着替えもそこそこに、眠ってしまったのです……」
「うん……まぁ酔ってるんだしね……」
「次の日の朝……事件は起きたのですっ!!」
「……事件……?」
「朝、目を覚ましたお父さんはビックリ仰天! 開口一番叫びました!! 『入れ歯がないっ!!』」
「……は?」
「……入れ歯……?」
「はい……朝起きたら、入れ歯がなくなっていた……当然お父さんは自分で外した記憶がない……ちょっとしたミステリーですよ」
「はぁ……それで?」
「入れ歯がないと……散々大騒ぎしたお父さんですが、入れ歯は意外なところから発見されました……冷蔵庫です……」
「冷蔵庫……? あぁ……なるほど……」
「なに? なんで冷蔵庫なの? 意味が分からないんだけど……」
「先輩はお気づきになられたようですね……ナガレイシです……」
「……いまどき小学生でも流石ぐらいは読めると思う……」
「どういうこと?」
「つまり……まぁ、あくまでも予想ですけど……桜のお父さんは、酔って帰って、台所の流し台で嘔吐したのではないかと……で、その時に入れ歯が邪魔になった…… 邪魔になった入れ歯を無意識に外し、吐くだけ吐いた後、吐癪物で汚染された口内を水ですすいだ後、同時に入れ歯も流水で洗う……酔って吐いた後は異様に喉が乾くので、入れ歯を手にしたまま冷蔵庫へ向かい、飲み物を物色……その時に、てにしていた入れ歯を冷蔵庫に置き、折りよく発見した飲み物に気をとられ、入れ歯はそのまま庫内に放置された……そんなところ?」
「はい、桜も同じ推理をしましたし、おそらくはそれが真相でしょう……」
「……なるほど……それはわかった。わかったけども……それでなにが言いたい訳?」
 遅刻の理由を聞く真琴。
「いえ、ですから、人生はいつだってミステリー、なにがあるかわかったモンじゃないよ? っていう、ね?」
「…………なるほど…………ねぇ、どうしよう真琴さん、操より将来が心配なこを見つけちゃったよ……」
「あのね? いい桜? ……私は貴女が遅刻してきた理由を説明しろといったつもりなんだけど……質問が難しすぎたかしら?」
「まだ話は終わっていないですよ? 衝撃の事実はまだ序章なのです」
「放っておいたら地球創世記から話し始めそうだな……かいつまんで説明してよ」
「実は昨日の夜……桜……ストーカーに襲われたんです……」
「ストーカー?」
「はい……昨日の夜、バイトが終わってから……桜はいつものように駅前のカラオケ屋の前を通り、深夜営業の本屋さんの前で、お金を入れて回すと球が出る奴を回していたんです……」
「なにそれ……?」
「ほら、子供が良く遊ぶカプセルに入ったおもちゃのペンダーですよ」
「あぁ、20円の奴? 私も子供の頃やったことあるわよ……?」
「20円って……戦前の話ですか……?」
「いや、その話はいいから、先に進めて」
「はい……で、まぁ、いつものように千円分回して、シークレット出ねーなー、とか。最後に回した300円、マシンに飲まれて、ついてねーなーとか、おもってた訳ですよ」
「シークレット……?」
「……いいから、そ辺りの話は流して聞きましょう。それで?」
「で、今日は引きが悪いってんで、ガックリと肩を落として歩いていたら、後ろから怪しげな足音が近付いてくるんですよ」
「怪しげな足音って……どんな足音よ?」
「いや、いちいち聞かないでいいかですから」
「ギーーーガッシャン……ギーーーガッシャン……って……」
「ロボか? ちょっと面白くしようとしないでいいから、嘘を吐くなよ」
 嘘と見抜く潤。
「まぁ……その、よくあるんですよ、桜の仕事が終わるのを待って、お客さんがお店の外で待っているって……だもんで、今回もまたソレかなぁ〜って思って…… 早足で歩いて撒こうと思ったんです……そうしたら、後ろの人も早足になって、追いかけてくるじゃないですか! すわっ! られる! 桜ピンチ!! 開きかけのツボミがボトリ!!」
「ボトリはいいから……それからどうなった?」
「ではここから先は再現VTRを……」
「ねぇよ! いいから話せ!!」

「身の危険を感じた桜は、人の姿を求めて、人通りの多い通りに向かいました……ところがどうしたことか……その日に限って会社帰りのサラリーマンの姿がなく ……このままではボトリです」
「ボトリ好きだなキミ……」
「好きじゃないです、桜の初めては、先輩に胸を揉まれた時から先輩にって、決めてますから……イヤン……」
「はいはい、俺には勿体無いよ。それで?」
「可愛い後輩の決死の告白をハイハイで受け流すのはどうなですか?」
「あぁもぉ……なんて言って怒ろうかな……」
「怒っちゃ嫌……」
「なら早く話そうよ」
「で、まぁ、ボトリを回避するために、早く駅に行きたかったので、公園を突っ切ることにしました」
「……あぁ、それはダメだよ桜……逆に犯行に及びやすい環境に獲物自ら飛び込むようなもんだ……犯人に犯してくださいっと言っているような物だ……」
「その通りでした……公園に入った途端……奴は襲い掛かってきたのです……いやぁ!! 先輩助けてぇ〜〜〜っ!!」
「助かれ〜〜〜っ!!」

「先輩……真面目に話し聞いてくださいよ……」
「まずキミが真面目に話せ」
「で? 結局ボトリ?」
「いえ……それはまぁ……回避できたのですが……」
「どうやって?」
「以前、先輩が教えてくれたじゃないですか……痴漢に襲われたら、相手の小指をつかんで折って股間を蹴れって……」
「折ったのか? 蹴ったのか?」
「折りました……全体重をかけて、ボキッて……その上で思いっきり股間を蹴ってやりました」
「それって、普通に傷害事件なんじゃないの?」
「だって、怖かったんですよぉ? 薄暗い公園の中で……目が、こう……赤く光っててぇ〜……」
「……またか……」
「う? またって?」
「いや、それで相手はどうしたの?」
「桜の抵抗が意外だったのか……男は走って逃げ出したんですよ……草木を掻き分けるようにして、茂みの中へ……」
「そう……なんにせよ、無事でよかった……」
「そんなことがあったんで……今日はちょっと……お店に来るのも躊躇った次第でして……へぇ……」
「なるほどね……」
「っていうかさ、一番最初のお父さんの入れ歯の話はなんだったの?」
「ですから、世の中なにがあるか分からない……という印象を植え付けるための序章ですよ。嘘を本当っぽく聞こえさせるためのテクニックです」
「嘘なのかよっ!!」
「いえ! 襲われたのは嘘じゃないですよ!? でも、いきなりこんな話したって、信じてもらえないじゃないですかっ!!」
「……いや……まぁ、桜の口から出た言葉という時点で8割疑わしいけど……」
「ひどいっ! あんまりだっ!! 桜傷つきましたっ!! 弁護士を呼んでください!!」
「あんたが作った苦しい空気で肺がただれそうだわ……弁護士を呼んで欲しいのはこっちだよ……」
「どうでもいいですけど! とっとと着替えて仕事手伝ってもらえませんかね!? 今一番忙しい時間だって、わかってますか!?」
「うわ、怒られた! 桜、先輩なのに!」
「だから丁寧語で話してるじゃないですか! 先輩扱いして欲しかったら先輩らしく尊敬できる仕事ぶりを見せてください! ほら! 着替えるっ!! ライッナゥッ!!」
「は、はひぃ〜〜!!」
 怯える桜。
「いや……あのさリカさん、お店であまり大声で怒鳴るのは……」
「なに甘いこと言ってるの!? ここは戦場よ!? 貴方もボケッとしないで! とっとと料理作りなさいよっ!! 仕事しなさい!!」
「あ……うん……」
 その時、客が声をあげる。
「すみませぇん……オフゥ〜……僕の頼んだピザはまだですか……?」
「うるさいわね! 時間かかるって言ったでしょう!? 自分の腹の肉でも千切って食ってなさいよ!! デブッ!!」
「……オフゥ……! じゃ、あの……コーラだけでも……」
「ドリンクバーなんだから自分で汲んできやがれ!! 歩かんかぁ、デブ!!」
 キレるリカ。
「オ、オフゥ……じゃあ、お冷を……」
「外のドブで泥水でも飲んでろデブ!」
「オ……オフオフ……き、きついなぁ……ハァハァ……」
「う〜む……彼女、早速マニアックな客を手なずけたようね……侮れないわ……」
「ん、真琴さん……アレ、いいの? 客怒鳴り散らして……」
「いいのよ、あれはあぁやってリカちゃんに怒鳴られたくて、わざと面倒な注文してるんでしょ」
「わざとリカさんを怒らせるってこと?」
「真面目っ子は怒らせると可愛いから」
「……わかる気がする……」
 分かる気がすると言う潤。
「……それにしても……」

 ……店長が事故を起こした時に轢いた相手は赤い目だった……。
 そして、昨夜桜を襲った相手も赤い目……。
 偶然にしては、符合しすぎる気がする……。
 もしかすると……桜を襲った人物と、店長が轢いた人物は同一なのかも知れない……。
 店を出た桜の後を付回して……公園で桜に襲い掛かる……。
 思わぬ抵抗に慌てて逃げ出したところを、偶然通りかかった真琴さんに轢かれた……。 
 そう考えると辻褄が合いそうな気がする……。
 でも……引っかかる点も多い……。
 赤い目……ということは、相手は吸血鬼だった可能性が高い……。
 店長の車に撥ね飛ばされた後、大怪我を負ったはずなのに現場から姿を消している点からも、相手が吸血鬼だった可能性はますます高い……。
 そうなると……わからない点がいくつか出てくる……。
 その吸血鬼は……いったいどこからやって来たのか……。ファーストなのか……セカンドなのか……サードなのか……。
 以前から居た吸血鬼なのか……それとも久住のように、謎の女が新たに作り出した吸血鬼なのか……。
 なぜその吸血鬼が桜を襲ったのか……?
 たまたまその場に桜が居合わせた……というのも、なにか不自然な気がする……。
 なにか……桜が吸血鬼に狙われるような原因があるのか……?
 そして……相手が吸血鬼なら……桜の抵抗ぐらい、簡単にねじ伏せることが出来るはずだ……。
 いくら護身術を教え込んであったとはいえ、所詮は桜も非力な女の子……相手が吸血鬼ともなれば、簡単に撃退できるとも思えない……。
 桜が……何か吸血鬼が苦手とするような物でも持っていたとか……?
 たとえば十字架的な……なにかその辺りの類の物を持っていて……吸血鬼はそれを奪おうとして、逆に撃退された……とか……。
 今日の昼に会ったアルトルージュが関与してるのか……?
 いや……彼女は無関係か……。
 彼女とは、今日始めて会ったばかり……。  
 それに、あの子が犯人とは思えない。
 そう言えば、あの子は人を襲っていないって言ってた。
 昼の二人は、除外してもいいかな?
 あの二人が襲ったとは考えたくない。
 ウイルスに飲まれたという様子はなかったみたい……。

「わからないな……」
「わからなくないでしょ!? 坦々麺と海鮮あんかけ炒飯と八宝菜と春雨サラダ!!」
「……え?」
「え? じゃなくて! オーダーよ! さっさと作るっ!! ボケッとしてんじゃないわょ! このくそ忙しい時間に!!」
「あ……わ、わかった!」
「超特急っ!!」
「は、はい!」

 ……うん……さっきの話、一応後でリカさんと相談した方が良さそうだな……。
 仕事中に話すのは……まぁ、無理かな?
 リカさん、なんだかんだ言って、仕事ってなると真面目だからなぁ……。


 同日。
 八坂駅前通り・ハートビーチヘヴン八坂駅前店。
 午後10時15分。
「はぁ〜い、お疲れさまぁ〜♪ 今日はもう上がって良いわよ〜」
「……ふぅ……疲れた……方が痛い……」
「まぁ、今日は特に忙しかったからねぇ、いや、潤ちゃんのおかげで助かっちゃったわ? ごめんねぇ、何から何まで全部任せちゃって」
「まぁ……俺の出来ることなら手伝いますよ」
「うぃ〜っす!! お疲れさんでしたーーー!!」
「あっ! こらっ! あんたはまだ帰っちゃ駄目よ!? 遅刻してきたでしょ!?」
「えぇ〜……? でもぉ、あんまり遅くなると……またストーカーに狙われちゃうじゃないですかぁ〜……」
「あ〜……そうか、うん……まいったな……遅番の子は私が送っていくとして……桜は隣町だからなぁ……」
「だから! 今帰れれば、先輩が送ってくれますよ! ね? 先輩?」
「俺がっ!?」
「う〜ん……そうねぇ、じゃあ、そうする?」
「いや、待って? そうするって? 俺まだ返事してないんだけど……?」
「嫌なんですかぁ……?」
「別に……嫌だって訳じゃ……」
「じゃあ、いいじゃない、どうせ駅前まで行くんだから、ついででしょ?」
「うん……まぁ、そうなんだけど……」

 まいったな……バイトが終わったら、リカさんと一緒にパトロールするって約束があるんだけど……。

「お願いします先輩!! ね? 一緒に帰りましょう!? 桜、頑張ってサービスするからぁん! 先輩を気持ちよくしてあげます」
「……サービス? いや……うん……まぁ……」
「じゃ店長! そういうことなんで! お先に失礼します!!」
「ま、仕方がないか……。寄り道しないで、ちゃんと真っ直ぐ帰るのよ?」
「はぁ〜いっ!! じゃ、先輩! さっさと帰りましょう!?」
「あ! こら桜! キミ、着替えっ!! 制服のまま帰る気か!?」
「あぁん……桜……一人じゃ着替えできなぁ〜い……お兄ちゃま脱がせてぇン?」
「誰がお兄ちゃまか……」


「ほら先輩! 早くぅ!!」
「そう急がすなよ……今行くから……」
「……待たせたかしら……?」
「いや? それじゃ帰ろうか」
「……え? リカちゃん……? どうしてリカちゃん居るの……?」
「どうしてって……彼女もバイトは終わりだし、帰る方向も同じだから……」
「……………………」
「お邪魔なようなら、私は一人で帰るけど?」
「別に邪魔じゃないよ? どうせ帰る方向も一緒なんだしさ」
「そうですね! じゃ、一緒に帰りましょうか!? さぁさ、行きますよ先輩?」
「あ……こら! 引っ張るな桜!」

 ……今……一瞬……桜が嫌な気を発したような……。
 怒ってるのか……?
 なんに対して……?

「……ほら桜、駅に着いたぞ?」
「そんなことより先輩っ! カラオケ寄って行きませんかぁ!?」
「……は? なにを急に……?」
「桜、歌上手いんですよ? もうね? 聞いたら絶対惚れ直すよ?」
「元気よく大声でなにを言っとるんだキミは……」
「貴女……ストーカーに狙われているんでしょう? 遊んでいる場合じゃないんじゃないの……? ストーカーに犯されてもいいの?」
「む……大丈夫ですよぅ……昨日の今日で、そう何度も襲われたりしませんから! 先輩になら桜、犯されてもいいです」
「いや、わからないよ? 相手はまともな精神状態じゃない可能性が高いし……」
「大丈夫ですって! それに、いざとなったら先輩が桜を守ってくれるんですよね? だから……」
「貴女……この男と一緒に帰りたいからって、嘘を吐いたわね……?」
「……嘘……?」
「ストーカーに襲われたなんて、嘘なんじゃないの? 彼の気を引きたくて嘘を……」
「嘘じゃないもんっ!!!!」
「……桜……あのさ、疑ってないから……そんな大きな声を出すなよ……」
 大声を出すなと言う潤。
「桜……嘘なんか吐かないもん……嘘じゃないもん……全部、本当のことだもん……」
「うん、わかってる……。でもさ、だからこそ危ないんだよ……遊びたいなら、今度……そうだな……昼間明るいうちに付き合うからさ……」
「……本当……?」
「うん、だから、今日のところは帰ろう?」
「……わかりました……じゃあ……桜コインロッカーに荷物取りに行ってくるんで、ここで待っててくれますか……?」
「……荷物?」
「はい……桜、いつも駅のコインロッカーに、学校の制服とカバン、預けてるんで……ついでにトイレで着替えてきちゃいます……」
「わかった、待ってるから……行っておいで……」
「はい……いなくなったら、嫌ですよ……?」
「大丈夫、ちゃんと待ってるよ」
「絶対ですよ?」
「…………ふぅ…………」
「……相手が女なら、誰にでも優しいのね……」
「いやな物言いに聞こえるね……妬いているの?」
「……馬鹿じゃないの? 私はただ、貴方はその性格で、命を落とすって……言ってるのよ……」
「大げさだな……」
「あんな子供の嘘に振り回されていたら、命がいくつあってたりないわ……」
「リカさん、子供は嫌い……?」
「何の話をしているのよ……」
「言ったよね……桜はさ、あぁいう生き方しか出来ないだよ……嘘を吐かなければ、自分を守れないんだ……」
「それが……子供だっていうのよ……泣き喚いて……嘘を吐いて……それで回りが助けてくれるのを待つなんて……それが許されるなんて……甘いのよ……」
「誰もがリカさんみたいに強いわけじゃないよ……」
「私だって……好きで強くなったわけじゃないわよ……」
「それに、桜の話、全部が嘘とも思えないんだよね……」
「どういうこと……?」
「うん……桜を襲ったストーカーってのは……どうも、目が赤かったらしいんだ……」
「赤い……目……」
「そう……ただストーカーに襲われたと嘘を吐くんなら、目が赤い必要はないんだよね……。実際に、赤い目を見たから、そんな言葉がでるんだと思うんだ……」
「……吸血鬼……?」
「そこまではわからない……わからないことが多すぎる……だから、桜の身辺を調べてみようって思ったんだ……リカさんを一人で帰さなかったのも、それが理由……」
「なら最初からそう言っておきなさいよ、あの子が吸血鬼に狙われているなら話は別だわ」
「とにかく、その桜を襲ったストーカーの正体を知りたいんだけど……」
「待って……? ということは、あの子を一人にしちゃ駄目なんじゃないの?」
「でも、コインロッカーはすぐそこだし、トイレで着替えるって言ってるのに、俺がついて行くわけにも……」
「馬鹿ねぇ、その為に私が居るんでしょうが。いいわ、私、ちょっと様子を見に行ってくる……」
「うん、お願い……」
「……………………」

 ……正直……リカさんの言葉にドキリとした……。
 俺は……俺のその性格で……その甘さで命を落とす……。
 そうかも知れない……。
 一番可能性の高い仮説を……俺は捨てようとしている……わざと、見ないように……考えないようにしている。
 俺は……それはないと……信じようとしている……信じたくて……仕方ない……。
 でもそれは……一番辻褄が会う……一番納得できる仮説……俺の中での真実……。

「う? どうしたんですか? 先輩?」
「……桜……あぁ、いや……なんでもないんだ……」
「……下痢?」
「いや、だからさ……」
「……出ちゃった……とか……?」
「だからぁっ!!!」

 なんでこう……俺の周りって……ホント……こんな子ばっかり……なにかの祟りか……?
 前世の俺がなにかをしたって言うんですか神様……。

「あれ? 桜……一人?」
「え? 増えませんよ?」
「いや、そうじゃなくてさ、リカさんが行かなかった?」
「あぁ、はいはい、来ましたよ?」
「どこへ行ったの?」
「あややぁ〜……それがですねぇ……おトイレでチョット……喧嘩になってしまいまして……」
「……え?」
「先輩、リカちゃんとは、なんでもないんですよね?」
「あ……うん……そのはずだけど……」
「リカちゃんの方は、先輩のこと好きなんじゃないですか? 彼女、急に怒り出したんですよ? 潤に甘えるな! 馴れ馴れしくするな〜って!」
「……リカさんがそんなことを……? それで? どうなった?」
「どうもこうも……『リカちゃん、ヤキモチ焼いているんじゃないのっ!?』って言ったら、馬鹿馬鹿しい、付き合ってらんないって言って怒って出て行っちゃたんですけど……戻って来なかったんですか?」
「いや……こっちに戻ってきていないけど……」
「あ〜……じゃあ、怒って先に一人で帰っちゃったのかもしれないですねぇ……リカちゃんに悪いことしちゃったかな……」
「……まぁ、いいさ……それより桜、着替え終わったのなら帰ろう、改札まで見送ってあげるから」
「あの……それがですね先輩……ちぃ〜っとばかし、都合がよろしくないと言いますか……アレ、見てください」
「アレ……って? 電光掲示板……?」
「……電車が人身事故……? 全線不通で……復旧は2時間後……?」
「……ということらしいのですよぉ〜……桜……帰れなくなってしまいましたのです……」
「困ったな……」
「そうなんです……どうしましょう先輩……」
「タクシー代、貸そうか?」
「そんなぁ……八坂から桜のお家までタクシー使ったら、5700円もかかるんですよぉ……?」
「かと言って、ここでボンヤリ電車が動くのを待ってるのもなぁ……」
「はい! ですんで! どこかの茶店でお団子でも食べましょうよご隠居!」
 八兵衛みたいなことを言う桜。
「……ご隠居?」
「お団子が嫌なら、ゲーセンは? 桜、キャッチのプロですよ? もうね? 一時期はキャッチで身を持ち崩すほどお金使いましたから!!」
「キャッチって?」
「キャッチャーです! 桜に釣れない景品はありません! 任せてください!」
「なにが欲しいです? ぬいぐるみから妙にエロいフィギア! カルティエのライターや高級腕時計! 何でも釣るよ?」
「いや、俺はあんまりそういうの良くわからないから……」
「あ! じゃあ! シール作りましょうよ! 桜と先輩のツーショットで!! 桜、先輩と写っている写真が欲しいです!!」
「桜、あのさ……」
「いいからいいから! もーー!! 桜おごっちゃうよ!? さぁ! 行きましょう!!」
「あぁ……もぉ……わかったから引っ張るなって……」

 ……と言うか……俺におごる金があるなら、その金でタクシーで帰ったらいいのでは……?
 とは言え……それを言っちゃうほど俺も鈍感ではない訳で……。
 桜は……どうしても俺に遊んでほしいんだろう……。
 なんで俺なのか……そこがわからない……。
 いや……わかっているんだけど……わからない振りがしたいだけか……。

「……くっ……開かない……!!」
「ちょっと!! なんの真似よ!! 今すぐここを開けなさい!!」
 リカは閉じ込められているようだ。
「……ちっ……居る訳無いか……クッソ……油断した……。……くっ……まったく……」

 ……なにを考えている……? ただ……荻島潤と二人きりになりたかっただけ……?
 それにしては……嫌な予感がする……なんだか……吐きそうなほどに……。
 ……荻島潤に……危険が迫っている……?

「本当は……こういう場所で使いたくないんだけど……」
「バレルに紙を巻きつけて……マズルに軽くかぶらせて……」
 銃を撃ったリカ。
「……OK……」
 鍵が開いたようだ。
「……さて……どうしてくれようかしら? あの子……」


 八坂駅前商店街。
 午前0時08分。
「ほら! 先輩見てください!! もっさりブラザーズのゴッサム君をゲットしました!! すっごいモッサリしてますね!!」
「と言うか……このぬいぐるみは、なんの動物なんだ……? 熊……? 犬か……?」
「えーと……ノーム? でしたっけ? トロールでしたっけ? なんか、そんな感じですよ!」
「……はっと見、一番近いのはモップか? あと、なんかこんな犬居るよね」
「あははははは! プーリー犬とか、こんな顔をしてますねぇ!!」
「ところで桜、そろそろ電車、復旧したんじゃないか?」
「……え?」
「いや、え? じゃなくてさ……もう日付も変わっちゃったよ? こんなに遅くなったら両親も心配するだろ?」
「あぁ、それなら心配ないですよ? 桜のお家、両親ともお仕事が忙しいですから、今日もきっと、家には帰ってないですよ」
「でも、俺もあまり遅くなると、家族が心配するだろうし……」
「……え? でも……先輩の家族って……」
「あぁ、最近出来たんだよ……」
「家族が……ですか……?」
「まぁ……と言っても……家政婦とか……親戚の子とか、そんな感じだけどね……」
「……家族……」
「だからさ、駅まで行って、電車がどうなっているのか確かめよう?」
「……家族……ですか……」
「桜……?」
「あの……先輩? じゃあ、最後のわがまま、言っちゃ駄目ですか?」
「……ん? 言ってごらん……?」
「桜、喉が渇いちゃいました……そこの自販機でジュース買って、一緒に公園で飲みませんか?」
「……飲み終わったら、帰る?」
「はい!」
「うん……わかった……付き合うよ……」

 ……公園……公園か……。
 あの公園には……ろくな思い出がない……。
 あの公園に行くたびに……良くないことばかり起こる気がする……。
 それに……アルトルージュとか言う人との約束……どうしよう?

「ほら桜、ジュース。つぶつぶのオレンジでよかったんだよな?」
「あ、はい! ありがとうございますです……はい……」
「開けられる?」
「……え?」
 間抜けな返事をする桜。
「いや、桜、爪長いだろう? 貸してごらん、開けてあげる……」
 缶を開ける潤。
「……はい……」
「……先輩は、誰にでも優しいんですね……」
「優しいだけだよ……それ以上ではないんだ……」
「どうして先輩は……桜に優しくしてくれるんです?」
「……桜に冷たくしている自分が嫌いだから……かな?」
「桜が好きだから……とは言ってくれないんですね……」
「無責任な発言は……女の子を傷つけるからね……」
「あはは……厳しいな……」
「どうして俺なの……? 俺、なにか桜に気に入られるようなこと……したかな?」
「……やっぱり……覚えてないんですよね……」
「なにを……?」
「この公園です……もう、2年前ですかね……? 桜……この公園で、先輩に助けてもらったですよ……」
「……俺が?」
「はいです……」


 当時の桜の家は……両親の喧嘩が絶えず……それはもう荒んだ心を持て余していました……。
 夜な夜な家を飛び出しては……悪い友達と遊ぶようになり……学校の校舎のガラスを割って回ったり……盗んだバイクで走り出したりしたものでした……。
 でも……基本的に桜は悪い子ではないので……やりたい放題の友達の姿を目の当たりにして……このままではいけないと……思うようになったのです……。
 こんなことにはもう止めたい……もう付き合いきれない……そう言い出した桜に……友達だと思っていた女の子たちは……とても怒りました……。

「いやぁっ!! はなしてぇっ!!」
「おうゴラ桜ぁ!! 族抜けしたいんですハイそうですかって行くと思ってんのかぁっ!? ナメテンジャネーゾラぁ!!」
「やめてっ!! なにをするのっ!?」
「やめてぇってんなら! それなりの根性見せてもらわねぇとよぉ!! 示しがつかねーだろがぁ!! テメ覚悟できてんだろなぁっ!?」
「いやぁぁぁ!!」
「嫌じゃねンだよ!! おいオマエらぁ!! こいつ血ぃ吐くまでボコっちまいな!!」
「「ういぃーーーーーーっす!!」」

 もう、絶体絶命です……。
 終わった……桜の人生……。
 こんな大勢に袋叩きにされたら……ただではすみません……。
 命を落とすことも考えられますし……生き残ったところで……それこそ後遺症の残る怪我は避けられないでしょう……。
 ごめんなさい……ごめんなさい……誰か……助けてください……。
 桜……死にたくない……。
 神様……助けてください!!
 そんな桜のお祈りが神様に届いたのかも知れません……。
 そこに……先輩が現れたんです……。

「あぁん!? なんだテメー!! 取り込み中だぞ見てわかんねーのか!?」
「……どけよ……家に帰るんだ……」
「わかんねー奴だな!! ここは無期限通行止めだ!! 別の道通れよ!! それとも一緒に血ぃ吐くまでボコられてーのかっ!?」
「……あぁ……なんて運が悪いんだろうね……」
「はっ! 今更テメーの馬鹿さ加減に気付いたって遅ぇーんだよ!! おい! コイツもやっちまいなっ!!」
「「「ういぃーーーーっす!!」」」
「……いや……運が悪いって言ったのは……俺じゃなくて……キミ達の方なんだけどね……」

 怒鳴り散らす連中を相手に、先輩は萎縮するどころか冷静に……というか、むしろかったるそうに対応すると……襲い掛かる敵をバッタバッタと薙ぎ倒していきました……。
 あぁ……助かる……桜……助かるんだ……。
 つかみ掛かってきた相手の腕と胸倉を掴み、ぐるりと回転させるようにして投飛ばす先輩の姿は……あたかもワルツを踊っているようで……。
 地面に手をついて、そんな先輩を見上げていた桜には……まるで神様を見ているような気分でした……。
 ……ものの5分も戦っていらしたでしょうか……?
 辺りには、頭を強打して昏倒する者……肩の関節が外されて、うずくまり……呻く者……お腹を殴られて苦しむ者……仲間を呼びに行くと言って、その場所から逃げ出した者……。
 先輩は、たった一人で……総勢8人から居たヤンキーの、その大半を戦闘不能にしてしまったのです……。
 でも……流石の先輩も……無傷と言う訳には行かず……頭から血を流し……口の端も切られて……血を流していました……。
 桜は……震える足でなんとか立ち上がり……ハンカチを手にして……先輩のそばへ近寄ろうとしたんです……。

「あの……」
「……………………」
「……ひっ……」

 その時先輩……すごい……怖い顔をしてたんです……。
 多分……桜をヤンキーの仲間だと思ったのでしょう……。
 それ以上近寄れば殺す……先輩の目は……そう語っていました……。
 桜は……その場から動けなくなって……ヘナヘナと座り込みそうになったんです……。
 そんな桜に向かって……先輩はジャリッと小石を踏み鳴らして近付いてきて……。
 そのまま……なにも言わずに桜の横を通り過ぎていったんです……。
 桜は……助けてもらったお礼も言えなくて……そのまま腰を抜かしてしまって……這うようにして……公園から逃げ帰りました……。
 ……怖かった……でも……先輩のあの目を……桜は知っている……。
 あの目は……孤独の目だ……。
 周りに誰も……心を許すことが出来ない……家族を持たない狼の目だ……。
 桜は……あの目を知っている……。
 それは……鏡にうつる、桜の目と同じ……。
 家族に捨てられた……仔犬の目と同じだ……。

「……うん……確かにそんなこと……あったような気がする……」
 あれは確か……俺が操や修と喧嘩をして……もうあんな奴ら知るもんかって……自棄を起こしていた時だ……。
 とにかく滅茶苦茶イライラしていて……なんか家に帰る気にもならなくて……夜遅くまでブラブラ歩き回って……。
 なんか……誰でもいいから死ぬまでブン殴ってやりたい……そんな滅茶苦茶なこと考えてて……。
 このままじゃいけないと思って……さっさと家に帰ろうと公園を横切って近道しようとしたら……頭の悪そうな連中がいっぱい居て……。
 今更道を変えるのも面倒だったから、そのまま進んでいったら因縁吹っかけられて……。
 気がついたら女の子のお腹を殴るなど大暴れして……ガッカリしながら家に帰った覚えがある……。
 ……そう言えば……あの日、俺が操と修と喧嘩した理由って、なんだったっけ……?

「……でね? 震える足を引きずりながら……なんとか家に帰り着いて……お部屋の電気を消したままベッドに潜り込んで/かんがえたんです……桜はきっと…… あの人と一緒に生きていくんだ……あの……孤独な目をした人と一緒に二人で家族になるんだ……それが運命なんだ……ってそう思いました……」
「いや……待ってくれ桜……」
「それから……一生懸命先輩のこと探したんですよ? 学校の友達に聞いてみたりして……そうしたら……先輩って、結構有名人なんですよ? 先輩がどこの学校に通っているか、すぐにわかったんです……それからは……用もないのに八坂の街をうろついてみたり……先輩の学校まで行ってみたり……そして先輩がハードピーチヘブンでアルバイトをしてるって聞いて、桜も面接を受けに行ったんです……」
「待ってくれ桜! キミの言いたいことはわかる……わかるけど……俺は……」
「先輩?」
「あ……うん?」
「桜、先輩のことが大好きです……桜の家族になってください……」
「……あのさ……嬉しいんだけど……あまりにも唐突で……少し考える時間をくれないかな……?」
 考える時間が欲しいという潤。
「駄目ですか……?」
「いや……駄目じゃないけど……ちょっと、混乱しているから……」
「……駄目なら駄目って……はっきりと言ってください……その方が……桜……」
 その時……。
「ふぁあぁぁあっ!!」
「きゃ……きゃぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁっ!!」



 あとがき

 どうも、長くなるので中途半端なところで切れてます。
 ネロ・カオスの戦闘を入れるつもりが入らない……。
 ……というわけで、ネロ・カオスとの戦闘を遅らせます。
 次回は、赤い目の男との戦闘次第です。
 因みに、アルトルージュとさつきが赤い目の男との戦闘に介入します。
 アルトルージュ様が戦います。
 黒の吸血姫が降臨します。
 さつきの○○の吸血姫の○○の部分が決まらない。
 さつきの場合何が当てはまるのかな?
 『薄幸の吸血姫』……『無幸の吸血姫』……ピタリのが決まらない!



冒頭のシーンはウェイターの練習じゃなくて完全に漫才ですよね。
美姫 「確かにね。操だけじゃなくて、他のキャラとの日常の会話も面白いわよね」
うんうん。今回はシリアスなしかなとか思ったけれど。
美姫 「そうはいかないみたいね」
さてさて、どうなるかな。
美姫 「それじゃあ、この辺で」
ではでは。



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る