「 『閃』? 」
「 そう・・・。『斬』『徹』『貫』に連なる秘技。 開祖から500年、たった一人しか会得しえなかった幻の技 」
「 じゃあ、父さんたちや、恭ちゃんも? 」
「 そうね、兄さんや静馬さん、それに恭也も『片鱗』は見たんだと思うわ・・・。
だけど、会得には至らなかった・・・。 だけどね、美由希・・・ 」
「 ・・・? 」
「 私はあなたになら『閃』を会得できると思うの。・・・いや、私だけじゃなくて、きっと恭也も・・・ 」
「 う〜ん、そう言ってもらえるのは嬉しいんだけど・・・、けどやっぱり母さんや恭ちゃんたちが駄目なら私にも無理だよ・・・ 」
「 違うわ美由希・・・。『閃』は、美由希の考えているような類のものではないのよ。 」
「 ? 」
「 『閃』に関する口伝があってね。 それは・・・・・・ 」



・・・



「 なんだっけ・・・? 」

夢から目が覚める・・・
夢をみていたのは判るのだが、どんな夢だったかはいまいち覚えていない。
まぁ、そんなことはよくあることだ・・・
仰向けの状態で見える部屋の天井は、慣れ親しんだ実家ではなく、現在居候中の豪華なお屋敷の一室の天井。
そして私は今日も今日とて・・・

「 ・・・あれ? 」

まだ眠気の残る眼を擦りながら、ある物に注意を引かれる。
なんか、時計がありえない時刻をさしているような気がする・・・
目をぬぐって、もう一度時計を注視する。

「 7時40分・・・ 」

7時40分・・・
間違いない。時計は7時40分を指している。
故障かもしれない。携帯電話のほうもチェックしてみよう。

「 7時40分・・・ 」

認めたない。認めたくはないが・・・

「 寝坊したぁ〜! 」




21. 美由希イリュージョン




5分で身支度を済ませた私は、急いで部屋を出る。
その時、すれ違ったお手伝いさんに聞くと、祥子さんは既に登校したとか・・・
ようするにボディーガードの仕事を果たせていないわけです。
屋敷内を高速で駆け抜け、小笠原家の敷地を出る。
時刻は7時48分・・・
祥子さんは、きっとバス停でバスを待っている頃だろう。
つまり、普段乗っている51分のバスに間に合わなければアウトだ。

「 走れ私! 力の限り! 」

たかだが0.5キロ・・・
全力疾走すれば、1分も掛からないはずだ(※直線路障害物なし)!
気合一発。
両手のひらで、頬を快活に叩き走り出した。


・・・


大きく鼻から息を吸って〜、口から出す〜
あ、深呼吸ですよ・・・

「、あ、あの・・・ 私、護衛として滞在しているわけで・・・、お願いですから独りで外出しないでください・・・ 」
「 ・・・どなた? 」

・・・で、
気合と根性で追いつき、息を切らしてまで行った忠告は、その一言でスルーされた・・・

「 祥子さん・・・。それ何気に酷いですよ・・・ 」
「 あぁ、美由希さんね・・・。今、判ったわ 」
「 ・・・ 」
「 だって、いつもと雰囲気が全然違うんですもの・・・ 」

・・・あぁ
てっきり、意地悪で言われているのかと思ったが、どうも、そういう事ではないらしい。
しかし、どうもうまい具合に話がシフトさせられたような気がする。

「 髪を編む時間なんてありませんでしたから・・・ 」

そう。当たり前だが、時間がなかったので寝癖を直した程度の頭できてます。
ゴムで束ねる程度なら出来たのだろうけど中途半端なので止めた。

「 でしょうね。 それに・・・ 」
「 ・・・? 」
「 眼鏡はどうしたの? 」
「 あ・・・ 」

しまった・・・
いろんな事に気をとられて、眼鏡を忘れてしまった・・・

「 取りに帰ったほうが良いのではなくて? 」
「 いや、別になかったらなかったで、それだけのものなんですけどね 」

私の言葉に、祥子さんは怪訝そうな表情を浮かべる。
まぁ普通そうだろうなぁ・・・

「 普段から眼鏡をかけてるんでしょう? 眼鏡がないと、周りが見えなくて大変でしょうに・・・ 」

と、祥子さんはほぼ予想通りのことを口にする。
これに対する答えは至極簡単なんです・・・

「 それは大丈夫です。 私、視力は両目とも4.0ですから 」

『今、明かされる衝撃の事実!?』
・・・というほどではない、なにげな事実。
要は、別に目が悪いわけではないので眼鏡は絶対に必要というわけではないのです。
しかし、自慢するわけではないが、ちょっと常人離れしたこの数値。
祥子さんにしては、かなり珍しく『鳩豆』なリアクションをしている。
そして今、彼女が頭の中に考えている疑問はこうだろう・・・

『 じゃぁ、なんで眼鏡かけてるんだ? 』と・・・




22. こんなはずでは・・・




--------------------------------------------------------------------

− 突然、お呼びたてして申し訳ありません・・・ −

  − それは構わないんだけど・・・、 それで話って・・・? −

− あ、あの・・・! −

  − うん −

− その・・・ −

  − う、うん・・・ −

− い・・・ −

  − い・・・? −

− わ、私を・・・、い、『妹』にしてくれませんか!! −

  − ふんふん・・・、・・・・・・・・・・・・・・ハッ? −

--------------------------------------------------------------------


・・・


「 つ、疲れた・・・ 」

その言葉を吐きながら、私はだらしなくも机に突っ伏した。

「 お疲れ様です・・・ 」

そう言って私を労わってくれるのは志摩子さん。
そのまま私に紅茶の入ったカップをさしだしてくれる。

「 ありがとぉ〜 」
「 いえ・・・ 」

現在、既に授業を終えて放課後の時刻となっている。
本来ならば週明けから始まった定期講座の点数に一喜一憂する頃合なのだが、
正直、私にはあまり関係ない。 点数も悪くないし・・・、しかも意味ないし・・・
それに、今この場にいるのは、祥子さんに志摩子さんだけ。
この二人もあまり、テストの点数等を過剰に気にするようなタイプではないと思う。
まぁどうでもいいことなんだけども・・・

「 あぁ、噂は本当だったんだ・・・ 」

そう言って、ビスケット扉を開けたのは令さん・・・
その後ろには、祐巳ちゃんと、由乃ちゃんが続いている。
ちなみに先週末に赤星さんが来たときに約束していたサインを忘れていたことについては、
かなり絞られていたりします。
で、話戻って・・・

「 美由希さんって、髪と眼鏡だけでずいぶんと印象がかわるんだ?  」
「 ほんとに・・・。なんていうか、今までは祐巳さんと似たような印象だったけど、
今日は薔薇様方くらい凛々しい感じしますよね 」

つまり、こういう事である。
前の学校ではそうでもなかったが、この学校だと『現在』の私は相当目立つらしい。
女子校というのは不思議だ・・・
そして続けて令さんが口にする。

「 で、かなり大変だったんだって? 」

どうやら、ずいぶんと情報は早く伝わっているらしい。
祐巳ちゃんや、由乃ちゃんの様子からするあたり、どうもみんな知ってるようだ。
そう・・・、大変だった・・・

「 1年生から11回、3年生から2回呼び出されてたわね・・・ 」

その令さんの問には、祥子さんが、呆れているような様子で答えた。
そう、その言葉の通り私は始業から放課後までに計13回、見知らぬ生徒から呼び出されて・・・

「 13回も姉妹の申し込みがあったわけ・・・? 」

あったんです・・・
この学校にはそういうモノがあるっていうのは重々承知していたけども・・・
まさか自分がソレに遭遇するとは思わなかった。

「 それで、美由希さんの"忘れてきた"眼鏡にかなう人はいたの? 」
「 いえ・・・、全部お断りしました・・・ 」

というか、仮にどんな娘が来たとしても、姉妹とかは作る気は一切ないわけで・・・
正直なところ、『お姉さま』って言うのも、言われるのも勘弁してもらいたい。
で・・・、その旨を告白された娘に言ったりしたら泣き出されてしまうこともあったり・・・

「 だけど普通、春には、いなくなる人に申し込む?」
「 いや、むしろソレがいいんじゃないの? 春までの期間限定スール 」
「 なるほど・・・ 」

黄薔薇姉妹は、既に当人を置き去りにして話し込んでいる。
期間限定スール・・・なるほど。
この学園の子は、そういう物語のような事が好きなのかもしれない。

「 あ、あの・・・ 」

そこで祐巳ちゃんが小さく挙手をした。
その少し消極的な姿勢は、『できれば怒らないでください・・・』という心の内が口にせずとも判る。
なんとなく、観ててかわいい・・・じゃなくて、

「 結局のところ、どうして、美由希様はいつも眼鏡におさげなんでしょうか・・・? 」

その祐巳ちゃんの質問に、『ソレ私も訊きたかった!』とでも言い表すが如く反応する二人・・・
無論、二人とは、令さんに由乃ちゃんのことである。
その一方で、志摩子さんは、我関せずといったところか・・・
それにしてもどうしようか。
一応、私は転入当初から目が悪いということで通っている。
実のところも祥子さんにしか話もしていないわけだし。
別に理由は言ってもいいんだが、全部話すと長くなるわけだし・・・
すると、そんな私の様子を察してか、もしくは苛ついてかの祥子さんが口を開いた。

「 顔が恐いのが嫌だそうよ・・・ 」
「「「 ・・・恐い? 」」」

祥子さんの言葉に、三人の言葉が揃う。
・・・にしても、なんて身も蓋もない説明ですか・・・
まぁ、そうなんだけども。
私はため息を吐いて白状する。

「 私ってさ、素だと目と眉が鋭いでしょ・・・? 」
「 ・・・まぁ、そうですね 」

と、由乃ちゃん・・・

「 そのせいか、私自身はは普通にしてるつもりでも、
周りからは怒っているように見えるって、よく言われるんですよ 」
「 それで、眼鏡とおさげなんですか・・・? 」

と、これは祐巳ちゃん

「 効果はあったでしょう? 」

そういうと、三人はコクリと頷いた。
割とすんなり納得してもらえたらしい。
さらに白状すると、ウチの家系・・・、厳密に言うと『御神』の血が通っている人間は、
だいたい似たような目に遭う。
聞いた話では、母さんと父さんも結構苦労したらしい。
まぁ中には、お父さんや、恭ちゃんのようにまったく気にしていない人もいるんだけど・・・

「 じゃ、じゃぁ目の方が悪いっていうのは・・・? 」
「 うん、だからそれ嘘 」
「 ・・・ 」

祐巳ちゃんはその言葉にすっかり唖然としている。
それを横目に今度は由乃ちゃん・・・

「 で、でもでも・・・、今のほうが格好よくていいですよ! 絶対に・・・!! 」
「 いや、正直なところ、格好いいとか言われてもあんまりうれしくない・・・ 」

するとここで令さんが、

「 あ、ソレわかるよ 」
「「 ・・・ 」」

今一瞬、由乃ちゃんと祐巳ちゃんの空気が凍った。
令さんの、その一言がかなり衝撃的だったようだ。
ともかく、この薔薇の館に来て私はやっと一息をつくことが出来た。
放課後だし、もう誰かが私を訪ねてくることはないだろう・・・

−コン、コン!−

「 ・・・ 」

一階の入り口のドアをノックする音だ。
その場にいる人間のほとんどが『またか・・・』等と口にはしないが思う。
しかし、そこで祐巳ちゃんが口を開いた。

「 あ、たぶん蔦子さんです。 『後で訪ねるかも』って言ってました 」

そう言って、祐巳ちゃんは一階の客人を迎えるために部屋を出て行った。
祐巳ちゃんの言葉を聞いた私以外のメンバは何故か納得している様子。
私には何が何だかわからない。

「 あの・・・、『蔦子さん』とは? 」 

その私の疑問に令さんが答える。

「 写真部の子よ。たぶん・・・美由希さんを撮りにきたんじゃない? 」

・・・なるほど。
話を聞くに彼女は、日頃から生徒達を陰からカメラで撮っているらしい。
そういえば、今日はよく遠くからの視線を感じた。
悪意は感じられなかったので、単なる好奇の視線と放っておいたが、もしかしたらソレがその『蔦子さん』なのかもしれない。

すると、扉をノックする音がし、祐巳ちゃんが姿を見せる。
そして祐巳ちゃんに続いて、眼鏡をかけ少し大人びた容姿の子が姿を見せる。
どうやら彼女が『蔦子さん』らしい・・・
彼女はまず、部屋のみんなに「ごきげんよう」と挨拶をし、祐巳ちゃんに連れられ私の元にきた。
祐巳ちゃんが言うには、やはりというか・・・私への用らしい。

「 はじめまして・・・高町美由希様。 写真部一年の武嶋蔦子です 」
「 はぁ・・・ご丁寧にどうも。 それでご用件のほうは・・・? 」

どうもこれまでの告白大会とは関係なさそうなので心のどこか安心。
そして彼女は用件を口にし始めた。

「 え〜、本日の美由希様のお姿を拝見してですね。 私としてはぜひその姿を写真に収めたかったのですが・・・
ことごとく失敗しましてね・・・ 」

そりゃ、視線から逃げるように移動しましたからね・・・
っていうか、やっぱりあなたでしたか・・・

「 それで、その姿は今日だけ、という情報を耳にしまして・・・。自然派趣向の私としては不本意なんですが、
そのお姿を直接撮影させて頂きたく存じます 」
「 ・・・はぁ 」
「 で、許可いただけますか? 」
「 別に構わないですけど・・・ 」

そう答えると彼女は嬉々とした表情を浮かべ、カメラを手に取った。
今時の女子高生が持ってるとは思えないアナログフィルム式の高価なカメラのようだ。
彼女は他の生徒会メンバの邪魔にならないように部屋の隅のほうに位置取りカメラを構えた。

「 じゃ、出来るだけ普通にしててくださいね〜♪ 」



・・・



それから10分が経った頃だろうか・・・
ようやく彼女はカメラから手を離す。
どうやら、フィルムを使い果たし満足したらしい。

「 どうもご協力感謝しますね。 それではお邪魔しました 」

それを聞いてその場の人間全員がやっと安堵のため息をつく。
なんだかんだで、私以外にも山百合会の仕事中の風景ということで、写真を撮っていた。
しかし、なんというかまぁ・・・パワフルな子である。
荷物をまとめた彼女はビスケット扉のドアノブに手を掛ける。
しかしその瞬間、何かを思い出したかのように「あっ」と呟いた。

「 えっと・・・祥子様? 」
「 ・・・? 」
「 ロサ・キネンシスの事なんですけど・・・ 」
「 ・・・お姉さまが何か? 」
「 現在は、たしか受験勉強でここにはいないんですよね? 」
「 えぇ・・・そうよ。 それがどうかして? 」

すると蔦子さんは、記憶を辿るかのように俯き考え出した。
祥子様以外の人も(特に祐巳ちゃん)、気になるのか蔦子さんを注視している。

「 ちょっと・・・、そこまで言って黙って帰らないでよ・・・ 」
「 えぇ・・・それはまぁ・・・ 」

すると蔦子さんは言っていいのかどうなのか困った様子を見せ口を開く。


「 実は一昨日に、街でロサ・キネンシスを見かけたんですよ。
若い男性の方と一緒にいるのを・・・ 」


「残念ながら写真を撮ろうしたら見失ってしまいましたがね」と・・・、彼女は笑って付けたす。
この時の祥子さんの顔をいったらもう・・・





23. First Attack!?





時刻は夕方の6時を周った頃・・・
周囲は既に暗く、外灯の明りを頼りに帰宅路についている。
祥子さんは、蔦子さんの話を聴いてからというもの、どこか不機嫌なようだ。
単なる見間違いなのでは・・・?などと私などは思うのだが、
そういう事に関しては彼女の情報は100%信じれるらしい。

「 きっと、何か理由があるんですよ・・・ 」
「 あなたに言われなくても、そんなことはわかってるわ 」

・・・とりつくしまもない。
周囲には誰もおらず、ただひたすらに私達の歩く音が響くだけ・・・
なんというか、今はこれ以上この話題はよしたほうがいいのかもしれない。
しかし正直なところ、そのほうが私としてはおおいに助かる。

それから沈黙が数分場を支配した後に、
私は朝の件をもう一度切り出す事にした。

「 あの、朝の話の続きなんですけど・・・ 」
「 なにの・・・? 」
「 お願いですから、次からは独りで出歩くような事はしないでくださいね  」
「 ハァ・・・ 」

彼女は私の言葉にため息をつき、歩を進めるのを止め私のほうに振り返った。

「 こんな事は言いたくないけれど・・・、今朝の事は、あなたのほうの失態ではなくて? 
それに、あなたが来てから三週間・・・、結局何も起きてないじゃない 」
「 ・・・否定はしません 」
「 『私が狙われている?』・・・、馬鹿馬鹿しい! それこそあなたの好きな本の中の話でしょう!? 」
「 ・・・ 」

本の中の話・・・
そうであるならば、なんと幸せなことだろうか・・・

「 何か言い返す事はないの? 」
「 ・・・無知なるは愚か 」

その私の言葉を聴いた彼女は、まさに怒り心頭に発したのだろう・・・
非常に憤慨して、私の肩に掴みかかった。

「 なんですっ・・・ 」
「 以前っ!!!!!!!! 」

掴みかかり正面にいる彼女の目をまっすぐに捉える。
私は彼女の言葉を遮るように力強く叫んだ。

「 っ・・・!? 」
「 以前のことです・・・、イギリスに今のあなたと同じような立場で同じような事をいう富豪の商人の方がいました 」
「 ・・・なにを 」
「 いつまで経っても現れない犯人に、痺れを切らした彼は、雇っていた警備の人間を
全て解雇し・・・、 ・・・その翌日に殺害されました 」
「 ・・・ 」

その時、恭ちゃんは最後まで食い下がっていたが、結局私たち兄弟も解雇処分となった。
そして一旦、説得の為の策を思案するためにホテルをとったのだが、
後で聞いた話、その時には被害者はもう死んでいたらしい。

「 祥子さん・・・、あなたの信じている『日常』は・・・、けっしてあなたを守ってなどくれません。
誰にも平等に明日は来るなんてことはないんです。 そして、そんな考えは無知蒙昧以外にのなにものでもありません 」
「 ・・・ 」

すると、彼女は私の肩に掴みかかっていた手を離した。

「 ・・・もういいわ。 ごめんなさい 」

私からしても、こんな事は言いたくなかった・・・
だが、知ってほしい・・・
『日常』とは、とても儚く脆いものだということを・・・
そして、とても尊いものだという事を・・・
無知は愚かだとは思うが、けしてそれは悪い事ではない。
むしろ、知らないで生きたほうが、幸せな事だろう。
だがしかし・・・、彼女のような人間には常にその御身を・・・


瞬間・・・、
「 ・・・!? 」

まるで脳を針で刺されるかのような感覚・・・
そこで、私の思考が一瞬で切り替わった。
もしかすると、もしかするかもしれない。
そんな、私の様子を不審に思ったのか・・・

「 美由希さん・・・? 」
「 黙って! ・・・・・・後ろを気にしないで普通に歩き始めてください 」
「 ・・・!?」

すると彼女にもなんとなく状況がわかったのだろう。
一瞬にして緊張の表情を伺えた。

現在、歩いているのは人気のない住宅街の長い直線の道。
私達の進行方向の後方約100Mといったところだろうか・・・
あきらかに普通ではない、成人男性が三名。
ゆっくりと、距離を詰めてきている。

「 どうするの? 」
「 祥子さんの安全を最優先に考えます 」

さて、どうするか・・・
私が後方の三名の相手をしている間に彼女を逃がすか・・・
いや、却下だ。
進路方向が安全とは限らない。

「 とりあえず、距離を詰められない程度の速さで歩きます 」

祥子さんはちょうど壁側を歩いているので、私は片側をガードするように歩く。
発砲がないところを考えると、あちらの目的は生け捕りだろうか?
それとも事を慎重に進めたいのか・・・
そう私が思考にふけていると、思いもがけない所から声が鳴り響いた。

『 コノ先200Mノ十字路ノ右ニ、車ヲ待タセル。 令嬢ヲ、ソチラニ乗セロ 』

リスティさんに渡されていた超小型のインカムだ。
テレビでよくあるようなモザイクの掛かった男性声がソレから聴こえてきた。
なんでもこれは、『例の彼』との連絡用らしい。
私は制服についているマイクに聞こえる程度の声で応答する。

「 後ろの三人以外には? 」
『 周囲500M圏内デハ、ソレラシイ人物ハ見当タラナイ。オマエハ令嬢ヲ車ニ乗セタ後、ソノ三名ヲ確保シロ 』
「 祥子さんの方は? 」
『 俺ガ責任ヲ持ッテ、送リ届ケヨウ 』

・・・
私のインカム越のやりとりを祥子さんは心配そうに窺っている。

「 信じていいのね? 」
『 ソレハ、オマエノ勝手ダ・・・ 』
「 ・・・ 」

間違いない。
話し方といい、態度といい、こいつは嫌な奴だ・・・
まるで、香港のアノ馬鹿頭のようだ・・・
しかし、そんな個人的な事に拘っている場合でもない。

「 了解。そちらは任せます 」
『 アァ 』

そして、むこうから一方的に通信を切られた。
こちらはあくまで受信専用とのことだ。

「 祥子さん、この先の十字路で車が止まっているそうです。
そこまで送りますんで、あなたはそれに乗って先に家に戻ってください 」
「 先にって・・・、あなたはどうするの? 」

彼女にしては珍しく心配そうな声をあげる。

「 あ・・・、もしかして私の事、心配してくれてます? 」
「 あたりまえでしょう! あなたどうするのよ!? 」

そっか・・
心配してくれているんだ・・・

「 大丈夫ですよ。 私こう見えても、けっこう強いんですから! 」
「 全然そうは見えないわ・・・ 」
「 ぁぅ・・・ 」

そして言う間に目的地点に到着する。
後方から見えないように曲がり角の壁際に車は停車してあった。
後部ドアが開き、見知った警察の方が出てきて手招きをしている。
急ぎ、それに従い、彼女を後部座席に乗せる。

「 ちょっ・・・美由希さんっ!? 」
「 はい〜、とっとと乗ってくださいね〜 」

私はそんな調子で彼女を無理やり中に押し込む。

「 じゃぁ、祥子さんの事、お願いしますね 」
「 はい。高町さんも気をつけて・・・ 」

そういって、護衛の方も後から乗り込んだ。
エンジンを掛けた状態で停車してあったので、車はドアが閉まるのを確認すると、すぐに出発した。

「 −−−−っ! 」

そうして黒塗りの車種も知らない車は、遠く離れていき闇にまぎれていく。
最後に祥子さんが、車の中から何かを叫んでいたようだが、それは聴き取れなかった。

さて・・・

「 この緊張感・・・、何回目かな・・・ 」

誰もいなくなった十字路脇で独りそんな事を呟く。
初めて、実戦に遭遇したのは今からちょうど二年前・・・
私にとって、とても大事な再会となった二年前・・・
私は、あれから・・・
どれだけ強くなっただろうか・・・

制服の内に隠しておいた、ベルトと刀を制服の上から装着しなおす。
投げ物は、袖の内側に収納。多少、普段より使いづらいが、問題はない。

「 さて、さてさて・・・ 」

そして私は、ゆっくりと歩き出した・・・














同日同時刻、リリアンクラブハウスにて・・・


「 ふむ・・・、なかなか上出来ね 」

そう言って、自称写真部のエース 武嶋蔦子は焼きあがったばかりの写真を手に取る。
写真の中には、山百合会の事務作業を手伝っている美由希が映っていた。
出来上がった写真に満足すると、蔦子は部屋の奥に設置してある、壁掛け時計を見る。

「 うわ・・・、もう門閉まってるなぁ 」

蔦子は、その言葉の割りに焦っている様子は全く見せない。
それは何故かと聞かれると答えは簡単・・・

A. 毎日似たようなもんだから・・・

そんなわけで、守衛さんとは既に顔見知り。
たまにお茶までご馳走になっていたりもする。
だから今日もいつもどおりで、蔦子にとっては何ら焦る理由もない。
しかし、どういうわけか・・・今夜はいつもと違う様子を見せた。

- コン、コンッ -

と、部室のドアがノックされる。
蔦子がその音に気づき、入り口のドアのほうに目をやると、
ちょうどドアが開き、来訪者が姿を見せた。

「 下校時刻はとっくに過ぎていますよ 」

現れたのは、英語教諭の神代蒼士だった。
授業は受けていないが、生徒受けのいい評判のある教諭なので蔦子もよく知っていた。

「 あ、すいません。もう帰りますんでぇ・・・ 」
「 えぇ、それがいいです 」

神代は、特に怒るでもなく笑顔でそう言った。
たぶん、そういう所が生徒の心をがっちり掴むのだろう・・・などと蔦子は思う。

「 ここは『写真部』・・・でしたか? 」

蔦子が帰り支度をしていると、不意に神代が口を開いた。

「 えぇ、そうですよ 」
「 写真部・・・というと、やはり風景を撮ったりするんですかね? 」
「 いや〜、風景はほとんど撮りませんね。 」
「 ・・・それでは? 」
「 『人』を撮ります。 人物撮影・・・ 」

蔦子がそう答えると、神代は感嘆の声をもらす。
どうやら、その意外性をつかれたらしく妙に感心しているようだ。

「 ということは、今あなたがその手に持っている写真もそうなんですか? 」
「 えぇ、そうですよ 」

興味津々といった感じの神代に蔦子も悪い気はしないらしく、
手に持っている、先ほど焼き上がった写真を、神代にみせた。

「 ・・・・・・ 」

その写真を見た神代は言葉には出さないが、非常に驚いている。
その様は、驚きを言葉に出来ない・・・といったところか

「 先生? 」
「 ・・・あぁ、いや驚きましたね 」

蔦子に声を掛けられると、神代は急に夢から覚めたかのように、表情が戻る。

「 たしかにすごいですよね。 美由希様のこの変わりようといったら・・・。
あっ?・・・でも先生は、美由希様のことご存知なんですね? 」
「 えぇ・・・、直接に話した事はありませんが、何度かお会いしてますから 」

蔦子は、見せ終えた写真を自前の封筒にしまい、鞄を手に持つ。
それを確認した、神代はドアの横にある電気のスイッチをオフにした。

「 そういえば・・・ 」

蔦子と共に部室を出てドアの鍵をかけたのを確認すると、神代は口を開いた。

「 日本にはたしか・・・『蛙の子は蛙』というような言葉がありましたね 」
「 えぇ、まぁ・・・ 」

それがどうかしたのか・・・?
思っていても口には出さない蔦子。
どちらかというと、『日本には』というフレーズのほうが気になった。

「 意味は、子は親に似る・・・ということなんですが 」
「 ・・・? 」
「 『鴉』の場合はどうなんですかね? 」
「 ハッ? 」

蔦子には、この教諭の言いたい事がさっぱり判らない。
すると、

「 気にしないでください。独り言ですよ・・・ 」

神代は微笑してやさしく言った。

クラブハウスから出て、本来なら部室の鍵を返しにいかなければならないのだが、
神代はそれを特別にと免除した。
守衛さんに怒られながらも、校門を出る。

「 では先生・・・ごきげんよう 」
「 えぇ、気をつけて 」

神代は別れ際までずっと笑顔だった・・・

「 さて、さてさて・・・。 どうなりますかねぇ・・・ 」







あとがき・・・

気がつくと、阪神優勝・・・
前回の投稿から半年経ってますね  ( ´▽`)σ)´Д`) ヤ、ヤメ・・・
本当なら、新婚生活編なんですが、
書いてみたら、かなりの尺の長さになってしまい、
これを話の本筋にいれてしまうと、物語が大きく脱線してしまうな〜・・・
ということで、今回は本筋の話の続きで。

新婚生活編に関してですが、
9割書きあがってるんで、本筋の進度具合を見てサイドの話として投稿させてもらえればなぁ〜と。



05/09/29


いよいよ敵さんも動き出し始めたようで…。
美姫 「おまけに、神代先生の意味ありげな発言」
一体、全体何があるのか。
美姫 「いや〜、次回が気になるわね」
うんうん。それに、新婚生活編も楽しみだし。
美姫 「続きも、そちらも両方楽しみにしてますね〜」
ではでは。



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