『ネギまちっく・ハート〜season of lovers〜』





 


          第十九符『死闘の果てに』



 恭也は呆然としていた。まさかこんなことになるとは思ってもいなかったのだろう。鼎の体の下にはおびただしい量の血溜り。

息をしていないのか、体はピクリとも動かない。どうすればいいのかわからなかった。人が死んだかもしれないのだ。それも、親友が。

しかも自分の手によって。そう思ったとたん、頭が真っ白になった。どうしよう。どうしようもない。

自分が取り返しのつかないことをしたと手遅れながらに自覚した。恭也は小太刀を地に落とし、鼎に駆け寄った。否、駆け寄ろうとした。

しかし、できなかった。できなかったというのは正確ではない。駆け寄ろうとしたら何かに殴り飛ばされたといったほうが正確である。

受身を取れなかったがそれでも何とか立ち上がる。そしてその目線の先に、果たしていた。自らの血で服を紅にそめた鼎が。両手には鉈。

それで殴られたのであろう。鼎は恭也を視認すると、目を瞑り、自らの体を一部分一部分動くことを確認するように動かし始めた。

そしてそれを終えてゆっくりと目を開く鼎。

「予定変更だ。始めは負けるつもりだったけど、どうやらそれはできそうに無い。

これほどまでに『勝ちたい』と思ったのはこれが初めてだよ。そういうことで恭也。全力で斃させてもらうよ。」

 鼎はそういうと自らの血の滴る鉈を恭也に向けた。本来ならばそうすることすらできるはずが無いが、しかし、

それは戦い始めたそのときのそれよりもしっかりとしていた。

「おーい、観客さーん。歓声が無いぞー。せっかく死地から生還したのに無反応だとさびしいじゃんか。」

 鼎がそういって観客をあおる。観客は少し戸惑いながらも、だんだんと声を大きくしていった。そして、すぐに大歓声に変わる。

「さよ、和美!!すまんかった!!!先に謝っとく!!!でも、心配するな!!!お前らを残して死ぬ気はねぇ!!!」

 鼎はそう叫ぶと小太刀を拾った恭也に飛び掛った。その動きはまるで別物。恭也も気を取り直して鼎と向かい合ったが、

鼎のまるで別人の動きに驚いた。それほどまでの変貌。恭也の攻撃も鼎を捉えるが、鼎の攻撃も恭也を捉え始めたのだ。

繰り返すが、剣士としての実力は恭也のほうが圧倒的に上である。それなのに、そんな恭也を押し始めたのだ。

鼎のその変貌振りはすさまじい。

「ぐあっ!!!」

 そんな中、鼎の鉈が恭也の額を捉えた。さしもの恭也も膝をつく。そんな恭也を鼎は容赦なく蹴り飛ばした。

恭也は受身も取ることなく地面に転がる。恭也は追撃を防ぐためにすぐ立ち上がったが、目の前が赤に変わった。

恭也は額に触れた手を見る。赤かった。鼎の一撃で額が割られたのだろう。恭也は額を袖でぬぐったが、傷は深く、

流れ出る血はとどまるところを知らない。そんな恭也に鼎が一歩一歩近づく。鼎の出血はひどく、その歩いた後に血の足跡を残した。

手には血だらけの二振りの鉈。それは恭也の血でもあり、自らの血でもある。

「ちっ・・・・意外にしぶといね恭也。さっきので終わると思ったんだけど・・・・。」

 恭也の前に鼎が立った。恭也は刀を上げて再び構える。しかし、息が上がっていて、視界も左半分が血で赤く染まっている。

そのうえ、頭を強打され、意識も朦朧としているため、そのまま倒れこんでもおかしくない。しかし、

恭也は倒れることなくしっかりと立っている。そんな恭也に鼎は鉈を振り下ろす。しかし、その一撃は不用意すぎた。

恭也は一瞬で振り下ろす鼎の腕を取るとそのまま背後に回って逆一本背負いで投げる。しかし、叩きつけるでもなく、

そのまま投げ飛ばすという形になった。鼎は受身を取らず、いや、取る余裕なんか無かったのだろう。そのまま地に転がった。

鼎は少し動かなかったが、すぐに力なく立ち上がる。しかし、投げるときにもたれた腕から鉈がこぼれ落ちた。手に力が入っていない。

よく見ると力なくだれている手の肘から下がありえない方向に曲がっている。確実に折れている。

「ん?あー・・・折れちまったか。」

 鼎はまるで痛みが無いのかのように折れてない右手で無理やり左手をまっすぐに伸ばす。

無理をすれば最悪もとに戻らなくなる可能性もあるというのに、それでも鼎は無理やり腕を元に戻した。

その痛みは相当なもののはずだが、鼎の痛覚は大量の出血で当の昔に麻痺してる。恭也は試合を終わらせるべく走った。

鼎の状況からして次の一撃を耐えることはできないと踏んだのだ。しかし、それも不用意だった。

恭也は雌雄を決するべく『閃』で疾走ったが、鼎は『瞬』で疾走ったのだ。恭也が不覚を取ったことに気付いた時は既に遅かった。

腹に走った冷たい衝撃。そのまま、恭也は地に叩きつけられた。墜ちたことによるダメージはひどいものではない。

それ以上のダメージを腹に受けていた。鼎の手に鉈が無い。なんと鉈を口にくわえているのだ。恭也が受けたのは鉈による一撃ではない。

鼎は恭也が放った飛針を鼎は拾い上げ、恭也の腹に深々と突き刺し、引き抜いたのだ。

飛針も当然大会仕様のものだったが、鼎にとってそんなものは関係なかった。血とともに力が流れ出るのが恭也には理解できた。

力が入らない。立つことすらままならない。

(終わるか・・・・。ここで終わってたまるか・・・・。エヴァの、茶々丸の笑顔のためにここで終われるか・・・!!!)

 恭也にも負けられない理由がある。恭也にも強くなるための理由がある。一撃で致命傷を負った恭也は小太刀を支えにその力の全力を振り絞って立ち上がった。

力を入れるたびに血が流れ出る。だが、それでも恭也立ち上がった。腹から、額から血を流しながら恭也は立ち上がった。

「それでも立つか・・・・恭也・・・・。やっぱりお前はすごいよ。」

 鼎は鉈を手にとって構えながらいった。しかし、足が震えている。今の一撃で決めるつもりだったのだろう。

そのための『瞬』だったのだから。だが、恭也は立った。それは戦いの続行を意味する。

「負けられない思いがあるのは・・・・俺も同じだ・・・・。」

 恭也も構える。しかし、片手で傷口を押さえているために、小太刀は右手に一振りだけ。『瞬』を使える体力は互いに無い。

しかし、次の一撃は『瞬』による正真正銘最後の一撃。互いに動かない。立ち続ける間にも互いの体力は無くなっていく。

会場は今までの常軌を逸する攻防で既に静まり返っている。そして十分にも感じられた一刹那の均衡は破られた。

最強を決める戦いの一瞬の最終幕が幕を開けた。互いに『瞬』で疾走る。誰の目にも留まらない速度で二人は駆け抜けた。勝敗は一瞬。

瞬きすら凌ぐ速さで、互いの立ち位置が変わる。恭也が膝をついた。全力を尽くした結果、

まともに立っていることができなくなったのだろう。しかし、鼎は振り向いた。余力は互いに無い。しかし、それでも鼎は動いた。

鼎の信念が、想いが恭也のものに勝ったのだろうか。鼎が動く。否。鼎が墜ちた。糸の切れた人形のように地面に倒れこんだ。

恭也は立ち上がった。しかし、その体に力は無い。誰もが恭也の勝利を確信した。恭也は勝利した。しかし、恭也は喜ぶ気配もない。

それどころか、倒れこんだ鼎を見つめている。戦闘モードを解くことなく。

「・・・・けよ・・・・・。・・・・うごけ・・・・よ・・・・。」

 倒れた鼎が呻く。誰もが鼎の敗北を確信していた。しかし、鼎のその言葉は戦闘続行を意味している。力なく、鼎の手が体を起こす。

鉈をつき、折れたはずの腕をも使って立ち上がる。痛々しいまでの鼎の姿。しかし、それを凌ぐ勝つことへの執着心。

鼎からは誰もが殺気、闘気を凌ぐ、鬼気すら感じ取れた。

「・・・・まだ・・・・おわっちゃ・・・・いない・・・・ぜ・・・・。」

 その出血量は既に致死量を超えている。しかし、鼎は立ち上がった。意識自体、既に無いかもしれない。

自分の意思で体が動いていないかもしれない。しかし、鼎は勝利への執着により、再び死地から這い上がった。そのためか、

足取りは恭也のものより力強い。二人は再び疾走った。しかし、互いに『神速』すら使う余裕は無い。また、ただ疾走るだけの余力も無い。

歩くように距離をつめると。互いに、鉈を、小太刀を振り下ろす。互いに避ける余力も無い。二人は互いの斬撃を受け、膝を崩す。

しかし、互いに倒れなかった。互いに斬りあう。そしてそのたびに膝を崩す二人。その鬼気迫る戦いに会場は息を呑んだ。

呼吸すら忘れるほどに会場は緊迫した。



「恭也!!!もういい!!!やめてくれ!!!」

 互いに避けることもせず、斬りあう二人を見てエヴァが悲鳴にも近い声を上げた。静かな会場にエヴァの声が響く。

しかし、エヴァとして、恭也の彼女として叫ばずにはいられなかった。このままいけば、恭也は勝てたとしても、

取り返しのつかない傷を負うことははっきりとわかる。腹からの出血次第によっては命すら危うい。

そんな恭也をエヴァは見ていられないのだ。しかし、それはエヴァだけではない。

「恭也!!!やめてください!!!それ以上はあなたの命も保障できません!!!」

 茶々丸も、恭也を想う一人の女性として、恭也の彼女としてこれ以上は見ていられないのは当然だ。

「おねがい!!!鼎!!!もうやめてください!!!」

 さよも叫んだ。

「鼎!!!もう十分だから!!!もうやめて!!!」

 和美も。鼎の状況も最悪である。どう考えても不自然な落下による全身打撲に出血。そして腕の骨折。立っていられること自体、

本来ありえないのだ。その行き着く先は誰もがわかる。そんな鼎にこれ以上戦ってほしくない。

これ以上戦えば結果は誰の目にもわかるものになってしまう。しかし、だがしかし、二人はやめなかった。

二人はそれ以上に勝利に執着していた。勝つ。それが至上命題。自分の想いを最後まで貫くために二人は戦い続けた。



 二人の戦いは熾烈を極めた。互いに一切引かない。それは信念同士のぶつかり合い。勝利への執念。そのために二人は刃を交え続けた。

鼎の鉈は恭也を捕らえる。恭也の小太刀は鼎を捉える。しかし、互いにいつ限界を迎えるかわからない。

それは突然訪れるものだと誰もが確信していた。そして、それは事実として訪れた。恭也の小太刀が鼎を捉えた。

しかし、鼎はよろけて後退しながら鉈を振るう。後退しながら振った鉈。その先には鋭いスパイク。それが恭也の喉に迫った。

大会仕様の飛針を突き刺した手前、鼎のその一撃は死を意味していた。恭也はそんなことすら既に意識の中には無かった。

回避行動すら取ろうとしていない。しかし、恭也の喉にそれが突き刺さることは無かった。鼎の鉈先のスパイクは恭也の首の寸前で静止し、

力なく鉈を地に落とした。鼎の体は限界を超え、立ったままその活動を停止したのだ。恭也はそれを見て小太刀を地に落とし、

その手を天に向かって突き上げる。それは恭也がこの大会ではじめてみせた勝利宣言。静まり返った会場に司会の勝者宣言が響き渡る。

それから一拍おいて歓声が会場を支配した。しかし、恭也にそれは届かなかった。恭也の意識も既にない。恭也の体も限界を迎えたのだ。

最後の一撃を放っていたのが鼎でなく恭也であったなら、結果は変わっていただろう。正しく紙一重の勝敗決定だった。

しかし、これで決定した。麻帆良最強の称号を持つものが。小太刀二刀御神流高町恭也。

麻帆良最強の男は誰よりも愛するもののために、愛するものの笑顔を欲して戦った。

しかし、互いの信念を貫き戦った二人の男にとって、最強の称号はどうでもよいものだった。

信念を貫いたこと。二人にとってそれが何より大切なことだった。しかし、二人の体はともに死を迎えてもおかしくない状況。

リングに走ったエヴァ、茶々丸、さよ、和美はそれぞれを抱き寄せて何度も呼びかける。愛しいその人の名前を。

誰よりも大切な人の名前を。かけがえのない人の名前を。しかし、

その呼びかけに答えることは無かった。まるですべてを出し尽くし、使命を終えたかのように。







あとがき



十八符で終わらせようかと思いましたが、その後まで同じ話に入れるのはためらわれたのでばらしました。

(フィーネ)なるほどね。まぁ、雰囲気がガラッと変わっちゃうから仕方ないか。

そうそう。いきなり、ほわほわに戻られてもなんだかなぁ、だからね。

(フィーラ)じゃあ、さっさと次に行きましょう。

そうだな。

(フィーリア)それじゃあ、第二十符『大切な人』に続く!!


遂に決着!
美姫 「壮絶な死闘の果てに、辛くも勝利した者は恭也」
しかし、ボロボロだな。
美姫 「本当よね。さて、次話も同時に送って来て頂いているから…」
早速、読むとするか〜。
美姫 「こら、ちょっと待ちなさいよ!」



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