ドキドキした

 

凄くドキドキした

 

本当にドキドキした

 

友達とは言え、今日会ったばかりの男の子に(それも強引に)下の名前で呼べと言ったのだ

 

緊張しないほうがどうかしている

 

頬が赤く染まっているのが認識できるほど照れている

 

彼も困惑してみたいだけど、大丈夫かな?

 

嫌われないかな?変な奴扱いされたりしないよね?大丈夫だよね?

 

私はもう暗くなった帰り道で自問自答する

 

 

 

彼女は間違っていなかった

 

 

 

新式日常 第4話「友達1号」

 

 

 

 

9月1日(水)

 

 

PM:350

 

 

桜花高校1年A組教室

 

 

「疲れた・・・精神的に」

 

授業が終わって俺は机に頭を乗せてぐったりしていた

 

あれから当然のように毎時間椿は机をくっつけてくるし、そのたびに巻き起こる男達の殺気

 

断ろうとしたら「椿ちゃんの誘いを断るのか!」という殺すような目つきで見てくるし

 

一体俺にどうしろっていうんだ?

 

昼休みは屋上に避難して何時もどおりの素晴らしい日常を過ごせたが・・・

 

昼からの授業はまた同じ展開が繰り広げられるし

 

まぁいい、これも椿が教科書を買うまでだ、あと2日か3日もすれば

 

・・・いや、待てよ。あと2、3日もあるのか?

 

俺は胃潰瘍とかで死ぬかもな、洒落になってないのが怖いが

 

俺は針のむしろなんて言葉は理解したくなかったぞ・・・

 

「ホームルームはじめるぞー、席に着けー」

 

担任が入ってきた

 

ああ、これで地獄の1日が終わる・・・

 

ホームルーム中に担任が椿に尋ねる

 

「おい椿、今日の授業はどうだった?ちゃんと付いていけそうか?」

 

「はい、大丈夫です。小田くんがとても優しくしてくれました」

 

嬉しそうに話す椿

 

そして「小田くんがとても優しくしてくれました」辺りで濃くなった殺気に気圧される俺

 

耐えろ、耐えるんだ。ホームルームさえ終われば素晴ららしい自由が・・・

 

「そうか、それはよかったな。では小田、ホームルームが終わったら椿に学校内を案内してやれ」

 

まだなかった!

 

恐ろしく殺意の篭ったプレッシャーが襲いかかってきた!

 

何としても断らないと俺は殺される・・・

 

「あの先生、俺は剣道部の練習が放課後にあってですね・・・」

 

俺は至極真っ当な意見で反論にかかる

 

しかし、担任は「大丈夫だ、剣道部の顧問に今日は事情があって小田は休みだと説明しておいてやる、良かったな」などとのたまいやがった

 

なんてこった!いきなり道が閉ざされた!くそ、権力には逆らえないのか。いや俺は屈しないぞ。

 

何か反論できることはないか考えろ!考えろ考えろ考え・・・・

 

「ありがとう。小田くん、よろしくね」

 

俺の沈黙を肯定と受け取ったのか、椿が微笑みながら礼を述べてくる

 

こいつ笑うと可愛いな・・いや、待て、そんなことじゃなくて、俺はまだ良いとは言ってな・・

 

「よーし、話は決まったようだな。では小田頼むぞ。これでホームルームは終わりだ。日直、号令」

 

担任も沈黙を肯定と受け取ったのか、強制的にホームルームを終了させる

 

「・・・・・・・・・・」

 

そして呆然としたまま取り残される俺

 

男共は後ろを通る際に「明日を楽しみにしておけ」「月の出ている晩ばかりだと思うなよ」「夜道に気を付けろよ」などと物騒な捨て台詞を吐いて帰っていった

 

「じゃあ正、頑張れよ、色々と」

 

二郎はそういって俺の肩をポンと叩き去っていった

 

・・・俺に味方はいないのか

 

「じゃあ小田くん、案内お願いね?」

 

何も気付いてない様子の椿はニコニコしながら俺を促す

 

「ああ・・・」

 

俺は何もかも諦めた気分になって椿と一緒に教室を出た

 

 

 

 

しかし、案内するといっても何の変哲も無い普通の高校のことだ。中庭、音楽室、工作室、体育館等普通に見て回るだけだ

 

「あとは・・・そうだな、屋上かな」

 

「屋上?」

 

「ああ、ここは珍しいことに屋上が開放されてるんだ、植木とかもしてあるし、ベンチとかも置いてあるから昼休みに昼飯とか食いに出る奴も多いぞ」

 

「へぇー、行ってみたいな、どこ?」

 

「こっちだ」

 

階段を上り、一番上にある扉を開く

 

「わぁ・・・」

 

背後から椿の感嘆の声が聞こえてくる

 

今は丁度、陽が沈むころで屋上全体をオレンジ色に照らしている

 

「どうだ、良い眺めだろう?」

 

俺はニヤリとしながら椿に言った

 

そう言いながらもいつも部活でこの時間帯に屋上に来ることがなかった俺にも、赤く染まる屋上は新鮮だった

 

「うん、うん・・・!本当に綺麗・・・」

 

椿は長い黒髪を風になびかせながら感動するように言った

 

それから屋上に張られているフェンス際に立って俺と椿は街を眺めていた

 

「なぁ」

 

俺は朝のことを思い出し椿に尋ねた

 

「何?」

 

「いや、1時間目の時に俺が日常が、普通が一番だ、って言ったらびっくりしてたよな、あれ何でだ?」

 

「・・・・笑わない?」

 

しばし考え込むような動作をしてから椿が言った

 

「話による」

 

「・・・私ね、普通になりたいんだ」

 

「はぁ?」

 

いきなり変なことを言いだしたので俺は生返事を返してしまう

 

「私は歌手なんだけど、ちょっと有名になりすぎて、忙しくて、学校にも通えなかったんだ」

 

真剣な表情で街を眺めながら椿が言う

 

「で、テレビとかにも出たりしなかったから、そうゆう関係の友達もできなかった。私は・・・普通の女の子になりたかったの

 普通に友達と話ししたり、普通に学校で授業受けたり、普通に皆と文化祭をしてみたりしたかった・・・」

 

「それが、なんで俺の答えを聞いてびっくりする理由になるんだ?」

 

「私が思っていた願いと同じことを小田くんが言ったから、かな」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「小田くん?」

 

黙りこんだ俺を不思議そうに見る椿

 

「わははははははははは!」

 

「きゃあ!」

 

突然笑い出した俺にびっくりして椿は少し飛びのいた

 

しかし、事態を認識したのか、顔を赤くして怒り出した

 

「もう!何よ、笑わないでよ〜!何でそこで笑うの!人が真剣に話してるのに〜」

 

そこでニヤっとして言ってやる

 

「何でって・・・お前の普通になりたい、という願いが俺の願いと似ているからだよ」

 

「え?」

 

「さてさて、今度は俺が語ろうか」

 

少し芝居がかった口調を意識しながら言う

 

「4年前のことになる」

 

なるべくそっけなく言う

 

「俺の母さんが死んだ」

 

「え――」

 

凝結

 

その言葉が相応しいほどに椿は固まった

 

「で、その時は父さんも仕事が忙しい時で、俺もまだガキだったから家がゴチャゴチャになってな、結構寂しい思いをした

 それに、母さんがいなくなって本当に母さんの有難みがわかった。

 家に帰れば旨いメシを作ってくれる、タンスを開ければ洗濯した服がしまってある、家が綺麗に掃除されている」

 

うん、あの頃は本当に寂しかったな

 

「俺は無くして初めて気付いた、普通の幸せがどれだけ大事かということが。だから俺はお前と同じようにってうお!?」

 

そこで俺は驚いて話を中断した

 

「何でお前が泣いてるんだよ・・・」

 

椿がぽろぽろと涙を流して、泣いていたのだ

 

「ひあ、らんだかわたひのママがひんだようなほとをそうぞうしたらはなひくなって・・・」

 

「・・・・・・・」

 

何を言ってるのかわからん

 

「とりあえず、涙を拭けよ」

 

「うん・・・」

 

そう言うと椿は袖で涙を拭おうとする

 

「ああもう、ハンカチくらい持ってないのかよ」

 

ふるふると椿は顔を横に振る

 

俺はポケットに入れてるハンカチを渡してやった

 

椿は小さい声で「ありがとう」と呟きハンカチを受け取った

 

「ふう、まったくなんでいきなり泣くかな・・・」

 

「だって、悲しかったんだもの」

 

椿がちょっとすねたように言う

 

「まぁ、なんだ、話は途切れたけど、とりあえず、それでお前と同じように普通を俺を願うわけだ」

 

「そっか、きっかけは違うけど小田くんと私は仲間だね」

 

「仲間って・・・なんか違うと思うんだが」

 

「もう堅いなぁ、じゃあ百歩ゆずって、友達でどう?」

 

「何を百歩ゆずるのかはよくわからんが・・・それなら良いだろう」

 

「よーし!じゃ握手!」

 

そう良いながら椿が満面の笑みで右手を出す

 

こいつ、第1印象はもうちょい大人っぽい感じがしたんだがなんかガキっぽいなぁ・・

 

などと思いながら右手を差し出し、椿の手を握った

 

椿は俺の手を握ったまま嬉しそうに上下に激しく揺らす

 

訂正、こいつはガキっぽいのではなくガキそのものだ

 

「だーーーーっ!手を振るなっ!うっとおしい!」

 

「いいじゃない、スキンシップスキンシップ」

 

「・・・もう暗くなってきたから帰ろうぜ、校門が閉まっちまうぞ」

 

ちょっとうんざりした口調で言ってみた

 

「あ、そうだね帰ろ帰ろ」

 

気付いてさえくれなかった

 

 

 

「でも、なんで小田くんは普通に話せるの?」

 

校門を出たところで椿は俺にまた何か言ってきた(ちなみに途中までの方向は同じだったので一緒に帰ることになった)

 

「何がだよ?」

 

「だって、その・・自慢してるみたいな物言いみたいになっちゃうけど、他の人は「椿ちゃん、椿ちゃん」って言ってきたのに小田くんはそうじゃなかったから・・」

 

「普通って言うか・・・別に俺とお前は今日初めて顔合わせをしたんだから当然じゃないのか?」

 

「いや、そうじゃなくて・・私一応有名だから、テレビとかで知ってる人が多いから、特別扱いする人が多いし・・・」

 

ああ、そうゆうことか

 

つまり、他の奴と全然態度が違うから面食らったってことだな

 

「だって、俺はお前の存在を今日初めて知ったとこだし」

 

「え?」

 

あー説明になってないか、しょうがない、不服だがあのガセ情報屋の言った通りに言おう・・

 

「俺はこの4年間ずっとゴタゴタで死ぬほど忙しかったから、テレビ、新聞とかほとんど見なかった。だから椿の存在は今日まで知らなかった」

 

椿、しばし呆然

 

「つまり・・・この情報化社会の中でかなり宣伝してたにも拘らず、小田くんはまったく知らなかったの?」

 

「まぁ・・・そうなるな・・・」

 

「ぷっ・・・!あはははは!」

 

突然爆笑しだす椿

 

「な、なんだよ!そんなに面白いかっ!」

 

顔が赤くなるのを意識できるほど恥ずかしい

 

言うんじゃなかった・・・

 

「い、いやごめんごめん、なんか無性に面白くて。しかし、小田くん見た目は好青年だけど、結構堅物だね」

 

「それを言うなら、椿も見た目大人っぽく感じるけど、中身はガキっぽいじゃないか」

 

「「・・・・・・・・・・」」

 

そのまま無言でにらみ合いながら歩いていく

 

 

 

 

「小田くんそっち?」

 

分かれ道で椿が立ち止まりながら言う

 

「ああ、椿はそっちか」

 

「・・・・・・」

 

何故か椿が俺をにらんでくる

 

何がしたいんだこいつ

 

「鈴音」

 

「はぁ?」

 

「鈴音って呼んで、椿っての他人行儀だもの」

 

「他人行儀って・・・他人じゃないか」

 

「もう他人じゃないよ?友達じゃない」

 

「いや、友達って言っても今日出会ったばっかりだし・・・」

 

「友達になって名前を呼び合うのに時間は関係ないのっ!小田くん、下の名前はなんだっけ?」

 

何て無茶な理論だ

 

後で考えたが、ここで答えるべきではなかった

 

「正だけど」

 

「よし、じゃ、あたしも小田くんじゃなくて正って呼ぶから鈴音って呼んでね、これで公平でしょ?」

 

「公平とかそういう問題じゃ・・・」

 

「あーーもうっ!グダグダ言わないっ!男ならそこでバシッと鈴音で良いって言いなさいよ!」

 

いや、どんな男でも今日あったばっかりの(しかもかなり可愛い)女に「下の名前で呼べ」って言われたら動揺すると思うんだが

 

「とりあえず、鈴音って呼ぶこと!そう呼ばないともう振り向かないから!じゃあね正!」

 

嵐のように椿――もとえ、鈴音はそうまくしたてると振り返らずに走って行ってしまった。

 

「とりあえず、帰るか・・・」

 

今日は本気で疲れたな・・・

 

しかし、今日会ったばっかりの女をいきなり下の名前で呼べ、か・・・

 

変な奴だ

 

しかし、中々面白い奴だ、悪くは無い

       

       


あとがき

 

きりしまでございます。ここまで読んでくださった方、ありがとうございます

 

うーむ、何かしまらない話になってしまいましたね

 

このSSはまだ続きます、良ければ続きをお読みくださいー

 

あと先の3話までは字が小さかったようなので大きくしました。ご容赦ください

 

 


徐々に打ち解けていく二人…。
美姫 「気になる続きは…」
実は、今回も連続投稿なのです!
美姫 「そういう訳で、次の話へ〜」
レッツラゴ〜。





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